クルスの調べ

緋霧

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五章

第71話 エスタへ

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「なるほど、地下洞窟…ね。まぁ、いいでしょう。元々ヴェデュールに貴方たちを送るという約束なのだし、ついでが増えたと思えば。クロエもいいかしら?」

「ええ。アンジェリカがいいのなら私は構いません」

 しばらくの沈黙の後にアンジェリカはそう納得し、クロエもまた同意した。
 納得できないというか、理解できていないのはきっと当の本人である私だけだろう。
 ちょうどいいタイミングで料理が運ばれてきて、会話が途切れる。
 アドルドは冒険者が多い街とあって、どのお店も肉がメインで味付けが濃い。この近辺にはモンスターも多いが食料に適した動物も多いので肉には事欠かないようだ。

「それにしてもシエル。貴方は一体何者なのですか?その神力量、普通のエルフとはとても思えないのですが」

「……っ!?」

 突如クロエから振られた言葉に動揺し、危うくサラダを取り分けるために持っていたトングを落とすところだった。
 その様子を多分全員が見ていたとは思うが、特に何も言われなかった。

「…僕は、普通のエルフだよ。小さいころから限界まで神力を使って鍛えさせられてきただけだ」

 セスの方を見ないようにして、私は咄嗟にそう答えた。
 あれだけの動揺を見せた後にセスに目配せでもしてしまえば、何か秘密があると言っているようなものだ。
 まぁ、動揺を見せた時点で遅いのかもしれないけど…。

「それで、そんなに?相当の才がおありだったのですね」

「……どうもありがとう」

 何だか都合がいいように解釈してくれたようだ。思うところはあるのかもしれないが、そういうことにしておこう。
 実際、転生者だから神力量が多いということが証明されているわけではないし。本当に子供の頃に頑張った成果の可能性も大いにあるのだ。

「あのさ、ヴェデュールの地下洞窟って?」

 この話をこれ以上振られないよう、私は強制的に話題を変えた。

「ヴェデュールの地下全域に広がる洞窟のことだ。そこはどういうわけか魔力濃度が異常に高い場所と、神力濃度が異常に高い場所が混在していてね。魔力濃度が高い場所なら君の訓練もできるだろうと思って」

 セスも私の意図を汲んでくれたのだろう、すぐにそう答えてくれた。
 しかし地下全域とは一体どういうことだ。凄まじく広い洞窟ってことか?

「ヴェデュールの地下全域ってことは相当広い洞窟ってこと?」

「ああ。ヴェデュール自体そこまで広い国ではないが、その地下すべてに洞窟が広がっていると思えば広大であることに変わりはない。4つある地下洞窟の出入り口は全て国に管理され、その全てが街の中にある。まぁ、街の中にあるというよりも、出入り口に街を作ったという方が正しいのだろうけど」

「へぇ…すごい」

 何だか規模が大きすぎてよくわからない。
 国が丸ごとダンジョンになってるってことか。

「じゃあ街から街へ移動するのに、洞窟の中を通って行けるってこと?」

「そうだね。実際そうして洞窟で討伐をしながら別の街まで移動する冒険者は多い。洞窟は入場料を取られるからね。入るなら長くいないともったいないと思う人間が多いのだろう」

「入場料取られるんだ…」

「国が管理している洞窟だからね。そのために出入り口に街を作ったのだろうし」

「なるほど…」

 まさかの有料ダンジョンだった。
 まぁ、それでもきっと元は取れるのだろうな。じゃなきゃ誰も入らないし。

「それで、どこの街から地下洞窟に入るつもりなの?」

 痺れを切らしたようにアンジェリカが口を挟んできた。
 地下洞窟のことを知っている人間にはつまらない会話だっただろうか。しかし私には重要な話だ。なにせ、その場所で自分の訓練をするというのだから。少しでも多くの情報は欲しい。

「どこの街へ転移できる?」

「どこでも構いませんよ。ミトスの街であれば、すべてのレコードを作ってありますから」

「レコード?」

 聞きなれない単語が出てきて、思わず3人の会話に口を挟んでしまった。

「場所の情報を記録した石のことです。触媒の一種ですね。それを作っておくと、別の場所からその場所に転移できるんですよ」

 会話に割り込んでしまっても気を悪くした様子もなく、クロエは黒い小さい石をテーブルに置いた。その石に、白い模様が刻まれている。

「これがレコード?」

「ええ。私たちは依頼を受けて人や物を転移させたり、転移石を作って売ったりして生計を立ててますからね。所謂転移屋です。だからミトスのどの街へ依頼されても大丈夫なように、すべての街のレコードを作ってあるのです」

「転移屋!?」

 何でもないことのようにサラッとクロエは言っているが、すごいことなのではないだろうか。
 いや、転移術の適性を持ったルミアス族ならなんてことないのかもしれないが。

「じゃあここからカルナに飛ばしてって言ったら飛ばしてくれるってこと?」

「ええ、そういうことです」

「そんなすごいことができるなら、狙われたりしないの?クロエは戦えないんだよね」

 ただでさえ天族自体がミトスでは珍しいのに、完全に天族と分かるような見た目で、なおかつすごい力を持っていて、さらに自身は戦えないときたもんだ。悪い考えを持つ人間に簡単に利用されてしまいそうな気がする。ガレンとかヴィレッタとかそういう人間に。

「もしそういうことがあったとしても、転移ですぐ逃げられますから」

「あぁ…なるほど…」

 クロエは笑みを崩さないままそう言った。
 そうか、危なくなったらとりあえずどこかに転移しちゃえばいいのか。戦えなくとも逃げる能力は段違いに高いというわけだ。便利だな、転移術。

「ではエスタまで頼もうか」

「エスタですね。分かりました」

 セスの言葉にクロエは素直に頷いた。
 ここから目的地の1つであるエスタまで一気にいけるのか。しかもそこで訓練もできるなんて。今まで苦労して歩いてきたのは一体何だったんだろうレベルだな。2人と別れた後また歩いて移動すると思うと、ここで楽を知ってしまって果たしていいのだろうか。

「じゃあ早速明日エスタに移動しましょう」

 早く借りを返して私たちとはおさらばしたい、アンジェリカの言い方はそんな気持ちがにじみ出ているようだった。






 その後、特に目立った会話もなく普通に4人で食事を摂り、解散となった。ちなみにここでの食事代はすべてセスが払っている。それをセスが言い出した時、これ以上借りは作りたくないと苦虫を噛み潰したような顔で言ったアンジェリカと、さすがにこれを貸しにするほど性悪ではないと心底嫌そうな顔で返していたセスがちょっぴり面白かった。

「いきなり明日エスタに行けるなんてびっくりだ」

 下の階に泊まっている2人を送り届けた後、私は聞きたいことがあるからとセスの部屋を訪れた。

「転移術は便利だからね。値は張るだろうが、転移術の触媒をクロエに作って貰ってもいいかもしれないな」

 飲み物を私と自分の前に置いて、セスは私の向かいへと腰かけた。
 ありがとう、と一声かけてそれを口に含むと、何とも言えない苦みが口いっぱいに広がった。これはバルロ茶だ。何だか久しぶりに飲んだ気がする。

「そっか、触媒さえあれば転移術を使えるんだもんね」

「まぁ、消費が激しすぎて常人には実用的じゃないけどね。君なら問題ないだろう」

「まるで僕が常人じゃないみたいな言い方だ…」

 クロエといい、セスといい、私が普通じゃないみたいな言い方はやめてほしい。チート能力を持って転生したのならともかく、神力量が多いという以外は特に変哲もないエルフなのだから。

「それで、聞きたいことって?」

 私の言葉には特に触れず、セスは背もたれにゆったりと背を預けて聞いてきた。

「さっきの話で、アンジェリカは夢を見させて神力を吸うって言っていたと思うけど、寝ている間に吸われるの?」

「あぁ…そうだね。その辺りは君には不明瞭だったか。カムニ族は夢魔とも呼ばれていてね。いい夢を見させる代わりに神力や魔力を吸う一族なんだ。寝ている間のことだから吸われること自体に苦痛はないはずだよ」

「なるほど…」

 悪夢ではないようだ。よかった。それに吸われている間に何も感じないなんて最高だ。さすがに目が覚めたら苦しいのだろうけど、苦痛は少ないに越したことはない。

「じゃあ地下洞窟の魔力濃度の高いところへ行って、そこで神力を吸ってもらうって感じ?」

「そうだね。その間君たちは無防備になるけど、俺が守るから心配しないで」

「そっか、ありがとう」

 モンスターが蠢く洞窟で寝るってことか。しかも目が覚めたら神力がほとんどない状態なんて、普通に考えれば死にに行くようなものだ。ずいぶんとセスも強行な手段を取る。でもまぁ、そうでもしない限り私が神力を感じるための訓練はできないのだろう。必要なことだ。

「神力が満タンの状態でセスの神気を感じるようになれるまで洞窟内で訓練するってことだよね?どれくらいかかるのかな…」

 まさかその場ですぐできるようにはならないだろうし、何日かは洞窟に籠ることになるのだろう。
 苦しい思いはなるべくしたくないし、早く終わらせたいところではあるが…。

「どれくらいかかるのかはやってみないと分からないけど…魔気は感じられるんだよね?」

「多分…?ヘルムートさんが僕の腕を切り落とす時に剣に纏った気のようなものは感じられた」

 セスの質問に首を捻らざるを得ない。
 見えない煙のようなものは感じたけれど、あれが魔気だったと証明してくれる人がいない以上、はっきりできると言えないところが辛い。

「じゃあそう時間はかからずに習得できるんじゃないかな。一度自分と他人の神力の違いが分かってしまえば後は早いだろうから」

「なるほど…?」

 そういうものなのか。まぁ、何事もやってみなければ分からないのだし、やるしかないのだからやってみよう。

「でもヨハンさんに会えるのはしばらく先になりそうだなぁ…」

「……ヨハンか…」

 私の呟きにただそれだけを返して、セスはそれきり口を閉ざした。
 目を伏せて静かにバルロ茶を口にする様子は、美しくもありどこか悲しげに見える。

「……?」

 今ヨハンの名を出すのは何かいけなかったのだろうか。でも元々エスタにはそれを目的として行く予定だったわけだし、ここでセスが黙る理由がよくわからない。

「…あの、僕何か変なこと言った?」

「いや、ごめん。ただ君に会ったヨハンがどんな反応をするんだろうと思ってね。彼も、同郷の者に会いたいと思っているだろうから」

 私の言葉にセスは悲しそうな笑みを浮かべてそう言った。
 この世界の人間に散々利用されたせいで隠れるように生きているヨハンを憐れんでいるのだろうか。

「歓迎してくれるといいんだけど」

 中々気難しそうな人なので思わずそう呟くと、セスは何も答えず悲しそうな笑みを浮かべたまま再び目を伏せた。
 何だろう。言葉以上の何かがセスの中にある気がする。セスとヨハンの関係性がいまいち把握できていないのではっきりとは分からないけど。

「僕、そろそろ戻るね。色々と教えてくれてありがとう」

 言うほど色々話をしたわけじゃないが、何となく気まずくなって私は席を立った。

「いや…おやすみ、ユイ。また明日」

 そんな私を引きとめることもなく、セスは穏やかに笑って部屋の外まで見送ってくれた。

「…おやすみ」

 突然その名を呼ばれて心臓がドキリと跳ねたが、それを悟られないように私は急いで部屋へと戻り、ベッドへと潜り込んだ。
 2人きりの時なんて今までもあったというのに、何故急に今その名を呼んだのだろう。そんなことを考えながら、私はいつの間にか深い眠りへと落ちていった。






「では、準備はよろしいでしょうか?」

 朝食を済ませ、広い場所だからという理由で決められた東側のワープポイント前で私たちは落ち合った。
 ここからすぐにエスタに移動するというので、リッキーやライム、シリウスもちゃんと連れてきている。

「全員一気に飛ぶの?」

「ええ。ルミアス族は転移の適性を持っていますから、そうでない者より消費は著しく低いのですよ。この人数をエスタまで転移させるくらいなら問題ありません」

 私の質問にクロエはにこやかに笑ってそう答えた。
 そんなクロエは白のフリフリドレスに、ピンクの刺繍をあしらった可愛らしい装いをしている。対するアンジェリカは黒いシックなドレスに真紅の刺繍をあしらった装いで、まるで対になっているようだ。実際それを意識して衣装を決めているのだろうし、よく似合ってもいるのだが、非常に目立っている。先ほどから道行く人のほとんどがこちらをチラチラと振り返って行く。

「そっか…じゃあ、早速お願い」

 そんな視線に耐えかねて、私はクロエにそう告げた。
 その瞬間、クロエが何か呪文のようなものを唱えた。おそらくそれはアルディナ語だったんだろうけど、私には何と言っていたのか聞き取れなかった。

「……っ!」

 フェリシアによってルブラに落とされた時と同じような陣が足元に広がる。
 あの時を思い出して思わず警戒したが、陣から発せられる光に飲み込まれ、一瞬で視界が暗転した。






 転移した先は丘のような場所だった。
 ロッソやアドルド周辺は緑も少なく岩肌の土地が多かったが、ここはまさしく草原と言っていい。地を踏む足に草の柔らかい感触が伝わってくる。
 眼前に見下ろせる街道には人々が行きかい、それが続く先にはシスタスと同じ大きさと思わしき街が広がっていた。あれがエスタなのだろう。
 さらにその先には海も見える。この世界に来てこんなに間近に海を見たのは初めてかもしれない。
 ここから見下ろせるエスタの街並みは、どの建物も薄い黒色をしたレンガの壁に、橙色の屋根という感じで統一されていた。一際大きな建物は神魔術学校だろうか。一見城を思わせるそれは、まるで映画にでも出てきそうな複雑な構造をした建物だ。
 奥には港も見える。大きな帆船が幾艘も船着き場に停まっており、出発を待っているようだ。あそこからアルセノ行きの船が出ているのだろうか。

「街の外か」

 一言静かにそう呟いたセスの声で、思考が中断する。

「基本的にどの街も外にレコードを作っています。街中にいきなり現れると周りの人間の目を引いてしまいますから」

「なるほど」

 クロエの言葉にセスは納得したように頷いた。
 確かに道を歩いていて、いきなり目の前に人が現れたら誰だってびっくりする。

「早速行きましょう」

 そう言ってアンジェリカは動きづらいであろう恰好を物ともせずに丘を下り始めた。

 転移で出た場所からエスタまでは歩いて1時間もかからなかったように思う。
 さすがに女性2人を差し置いて自分たちがリッキーとライムに乗るわけにはいかないので、彼女たちを乗せ、私は練習を兼ねてシリウスにぶら下がりながらエスタまでの道のりを辿った。
 頭がいい鳥というだけあって、指で方向を示しながら笛を吹き、すぐに"進め"や"上がれ"などの言葉をかけていたら、笛を吹かずとも言葉だけで従ってくれるようになってきた。
 そんな私とシリウスの様子をアンジェリカとクロエは興味深そうに眺めていたが、特に声をかけられることもなかった。

 エスタに入るとアドルドとは違い、術師風の格好をしている人が多く目についた。
 しかも、同じようなローブを纏った人が多い。一様に皆若いので、もしかしなくても神魔術学校の生徒なのだろう。

「ここから私は別行動させていただきますね。地下洞窟にはご一緒できませんから」

 ライムから降りるとセスに手綱を渡しながらクロエが言った。

「アンジェリカと後で落ち合う場所とか決めなくていいの?」

「問題ありません。アンジェリカは私が設置した帰還点に戻るための転移石を持っていますから」

 ずいぶんあっさり別れるんだなと思って聞いてみたら、そんな返事が返ってきた。
 あの時アドルドに帰ってきた転移石はアドルドに戻るためではなく、クロエが設置した帰還点に戻るためのものだったというわけか。

「では、これで。また後ほどお会いしましょう」

 そう言ってクロエは優雅に微笑むと、雑踏の中に消えて行った。
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