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第2章 さまよう心

3 繰り返される悪夢

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 それは早朝の出来事だった。
 激しく家の戸を叩く音に、ファンローゼは目を覚ましベッドから飛び起きた。
 階下で話し声が聞こえてくる。
 数人の男の声とアレナおばさんの声。
 会話の内容までは聞きとれなかったが、あまり穏やかではない様子であった。
 窓の向こうを見ると、夜が明けきったばかりでまだ薄暗い。
 こんな早朝に誰が訪ねてきたのか。
 いいえ、違う。
 ファンローゼは首を振り、胸のあたりに手をあてた。
 これと同じ光景を、前にも経験したことがある気がした。そう、あの時も夜明け前、突然誰かが押しかけてきて。
 そう、私たちは追われていて……。
 あの時?
 追われていた?
 どこで?
 誰に?
 いくつもの疑問が頭の中を駆け巡る。
 私たち?
 ファンローゼはきつく眉根を寄せ、椅子にかけてあったガウンを羽織り、そっと部屋から出た。
 足音を忍ばせ、階下の話し声を聞こうとする。
「この家にエティカリアから亡命してきた娘がいるな」
 ファンローゼは口元に手をあて、息を殺して男たちとアレナおばさんの様子をうかがった。
 エティカリアから亡命してきた娘?
 私のこと?
 心臓の音があり得ないくらいに速く鼓動を打つ。
 得たいの知れない恐怖に身体が震えた。
 アレナおばさんが、ふうと息をついたのが聞こえた。
「こんな非常識な時間に突然尋ねてきて、何かと思えば……そんな娘はうちにはおりませんよ」
「かくまうとおまえも同罪だぞ」
 威圧的な男たちの言葉に、アレナは落ち着いた口調で切り返す。
「そもそも、あなたたちは誰ですの?」
 男たちはまあまあ、とアレナをなだめ始めた。
「私たちはスヴェリアの警察の者だ」
 ファンローゼはびくりと肩を跳ねた。
 警察?
 なぜ私が警察に追われているの。
 私は捕まるの?
 あの時のように。
 あの時……?
 ファンローゼは唇をきつく噛み、自分の肩を両腕で抱きしめた。
 まただわ……。
 あの時って、いつのことだというの。
 私は何をしたの?
 いくつもの疑問が頭の中を過ぎっては消えていく。思い出せそうで思い出せない失った記憶。
 そこにある真実にすら、辿り着くこともできない。
「警察がいったい何の用です? とにかく、そんな娘はおりません。うちは年老いた夫との二人暮らし」
 警察の一人がくつりと嗤った。
「それがねえ、とある親切な人がここに若い娘がいると通告してきた。その娘はエティカリア人で、エティカリアからわけあって亡命してきたとな」
「時々、遠い親戚の子が遊びにくることはありますけどね」
 アレナは少しも相手に怯むことなく言い返す。
「まあいい、家の中を調べさせてもらおう」
 ファンローゼの胸がどきりと鳴った。
「ええ、気が済むまでどうぞ。好きにしたらいいですよ」
 ファンローゼは震えを押さえるように、握りしめた手にさらに力をこめた。
「マーティン、マーティン! あなた起きて! 警察が突然やって来て家の中を調べたいと言うの!」
 アレナは声をあげ、夫の名を呼ぶ。
 まるで何かを訴えかけるように。
 いや、ファンローゼと夫に、この危機を知らせるように。
「おい! 家の中をくまなく調べろ。絶対に娘を逃がすな!」
 男たちが慌てた様子で家の中にあがりこんできた。
 どこに隠れてももはや無駄であろう。
 このままではアレナさんたちに迷惑をかける。
 親切にしてくれたのに。
 私が彼らに捕まれば……。
 階下へ降りようと足を一歩踏み出したその時、肩を掴まれ引き止められる。
 振り返るとマーティンが、厳しい顔つきで立っていた。
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