この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

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第2章 さまよう心

2 僕が君を守るから

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 ほどなくして店の外に現れたクレイとともに、町の衣類等が売られている店に寄り、そこで気に入ったマフラーと手袋を買うと、クレイがおすすめだという店に連れられ夕食をとることになった。
「ここの料理は美味しいんだ。きっとファンローゼも気に入ると思うよ」
 洒落た雰囲気の店内にファンローゼは一瞬、躊躇しつつも、クレイのエスコートで席につく。
 クレイがすすめるというだけあって、料理はとてもおいしかったし、クレイは飽きさせない話題で楽しませてくれた。
 食事を終え支払いの時。
「あの、困ります。私も払います」
 アレナおばさんから頂いたお小遣いがまだ少しだが残っている。
「僕から誘ったんだ、今日は僕にご馳走させて」
「そういうわけには」
「じゃあ、次は半分ずつということで。だから、次もまた君のことを誘ってもいいかな?」
 ファンローゼはこくりと頷いた。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。あの……今日のお礼に私、お菓子を焼くわ。クレイは甘い物は好きかしら」
「いいね。なら、リクエストがあるんだけどいい?」
「ええ、私に作れるものであれば」
「なら、アップルパイ。大好物なんだ」
 ファンローゼはくすりと笑った。
「よかった。アップルパイなら得意だわ」
「嬉しいな。ファンローゼ手作りのアップルパイが食べられるなんて。楽しみにしてる」
 店を出るとすでに日も落ちあたりは暗い。
「少し歩かないか。ちゃんと、家まで送るから」
「はい」
 アレナおばさんは、少しくらい遅くなってもかまわないと言ってくれた。おそらく、一緒にいるのがクレイだと分かって言ったのだろう。
 二人は夜の街を歩いた。
 繁華街は人の波で賑わっている。
 すぐ隣の国エティカリアではエスツェリア軍によって国を荒らされ、多くの民たちが苦しんでいるというのに、この国は嘘のように平和だった。
「ここは大丈夫かしら」
 ぽつりと不安そうに呟いたファンローゼに、クレイはああ、と頷く。
「心配はいらないよ。この国は大丈夫。いくら何でも強国スヴェリアを相手にエスツェリアも喧嘩をしかけてくることはないさ」
 ファンローゼはかすかな笑みを浮かべた。
 その笑みは、どこか不安が拭いきれていない、そんな笑みであった。
「ここにいる限り大丈夫。もしかして、何か思い出したとか? それで不安を抱いている?」
 けれど、ファンローゼはいいえと首を振る。
 そうか、とクレイは声を落とした。
「きっと、何かのきっかけで思い出すさ。焦ることなんてない」
「ええ、でも私、記憶を取り戻したいと思うと同時に、心のどこかですべてを思い出すのが怖いと感じているの」
「そう思うのは当然だよ。自分の名前以外、過去のことを何もかも失ってしまっているのだから。でもね……」
 クレイは立ち止まり、真剣な顔でファンローゼと向き合う。
「こんなことを言ったら、君に怒られるかもしれないけれど……」
 クレイはいったん言葉を切り、視線を斜めに落とした。
 言うべきかどうしようか、悩む様子をみせていたクレイだが、決意したように顔をあげ再びファンローゼを見つめる。
「僕は、君が何も思い出さなければいいと思う時がある」
 ファンローゼは首を傾げクレイを見上げた。
「ずっと君が、ここにいてくれたらいいと」
 クレイの碧い瞳に見つめられ、ファンローゼはうつむいた。
「君を見ていると不安になるんだ。君が突然消えていなくなってしまうのではないかと」
 クレイは優しい。
 自分もこのまま何も思い出さず、クレイと一緒にいられたらとさえ思う。
 多分、記憶を思い出したとしても、辛い思い出しかないに決まっている。
 クレイの側にいて、アレナさんたちのもとで暮らせたらどんなに素敵だろうか。
「たとえ、君が記憶を思い出しても、過去に何があったとしても僕は君を守る」
 ファンローゼは足をとめた。
 君を守る。
 この言葉を、かつて誰かにも言われたことがあるような気がして。
 懐かしい言葉。
 愛しい……。
 ファンローゼはこめかみを押さえた。
「え? 本当に何か思い出したの?」
「いいえ、ごめんなさい。何でもないの。ちょっと頭痛が。でももうおさまったわ」
 そうこうするうちに、家にたどり着いた。
「ありがとう、クレイ」
 クレイは静かに微笑み、ファンローゼの手をとりその甲にキスをした。
 驚いた顔をするファンローゼから離れ、クレイは照れた顔で頭に手をあてた。
「突然、ごめん……」
「いえ……」


 それからクレイとは何度か食事や、映画を観に行ったり、クレイの仕事が休みの日にはお弁当を持って出かけたりもした。
 彼はとても誠実で、自分のことを気遣ってくれた。
 クレイと一緒にいると楽しいと思うようにさえなった。
 それ以上に、彼の側にいると安心することができた。
 幸せだと思った。
 けれど、そんなささやかな幸せすら、長くは続かなかった。
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