この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

文字の大きさ
36 / 74
第4章 裏切りと愛憎

3 残酷すぎる再会

しおりを挟む
 どよめく客たちの中から、一人の男が靴音を響かせ、颯爽とした足どりで大佐の元へ歩み寄る。
 その動きにいっさい無駄がない。
 ファンローゼは息をつめ、現れた青年を食い入るように見る。
 エスツェリア軍の夜会服を着た、背の高い男であった。
 均整のとれた身体つきに整った顔。注目する招待客たちにはいっさい目もくれず、まっすぐに大佐の元を目指す鋭く切れ長な目。
 途端、女性たちの間から、熱のこもったため息がもれる。
「エティカリア人?」
「でも、素敵な男性だわ」
 そんな会話が、あちこちから聞こえてきた。
「彼は私の右腕でもあり、特務部隊の優秀な戦力でもあるコンツェット中尉だ」
 周りからどっと拍手がわきあがる。
「それにしても、美男美女でお似合いではないか」
「大佐の娘を射止めるとは、彼もうまくやったもんだな。羨ましい限りだ」
「はは、女を惹きつける魔物みたいな容貌だ。お嬢様が一目惚れするのも無理はない」
 飛び交う賞賛に混じり、そんな冷やかす声が囁かれた。
 ファンローゼは、とんと隣に立つアデルの腕に手を添え寄りかかった。
「ファンローゼ、どうした? 今度こそ本当に顔色が悪いようだけれど」
 隣に立つアデルが心配そうに声をかけてくる。が、もはやアデルの声は耳には入らなかった。
 どうしてコンツェットがこのパーティーにいるの。
 エスツェリアの軍に。
 それも、敵軍の特務部隊に。
 視界がぐらついた。
 三年前、自分を庇うためにエスツェリア軍に立ち向かい、銃で撃たれ倒れたコンツェット。
 生きてはいないと思っていた。
 それがこうして、再び巡り会えた。
 けれど、神様は何と残酷な運命を突きつけてきたのだろうか。
 よもや、コンツェットが敵軍の将校として現れるとは、想像できなかった。
 ファンローゼは食い入るように現れた青年を凝視する。
 コンツェットが生きていてくれた。けれど、人違いであって欲しいという思いも心のどこかにあったことは否めない。
「ファンローゼ?」
「少し気分が……お願いもう少しだけこうさせて」
「かまわないけど、本当に大丈夫?」
 アデルの心配はファンローゼの体調ではない。ちゃんと計画をこなせるかどうか心配しているのだ。
 そこへ、先ほどファンローゼをダンスに誘った男が手を叩きながら声をあげた。
「これはほんとうにおめでたい。そうだ、この記念に祝いの歌などいかがでしょうか。そうだな、君、歌ってはくれないかね」
 言って、先ほどの男がファンローゼを指差し手招きをする。
 大佐の目がファンローゼへと向けられた。
「ほう? これは美しいお嬢さんだ。ぜひお願いしよう。いいかね?」
 え……。
「君、エスツェリアの歌〝祖国の為に〟を歌ってはくれないか」
 こちらへ来るように男は手を差しだしてくる。皆が後方の壁際にいるファンローゼを振り返った。
 さあ、と言わんばかりに、大佐はファンローゼを見る。
 一目でエティカリア人だと分かるファンローゼに、大佐は敵国であるエスツェリア国の歌をうたえと要求する。
 つまり、この場で歌わなければ、エスツェリア軍に逆らう者としてみなされる。
 ファンローゼはおそるおそる歩き出す。
「そうだな、君の歌に伴奏をつけるのは」
 言って、大佐はコンツェットを手招きする。
「我が娘の夫となるコンツェット中尉にぜひとも伴奏を頼もうか。彼はピアノの腕も素晴らしい」
 ファンローゼの前にコンツェットが進み出る。
 思わず、叫びそうになるのをこらえた。
 表情を一つ変えず、ましてやファンローゼをちらりとも見ず、コンツェットはファンローゼの前を通り過ぎると、ピアノの前に座った。
 軽く指を慣らすように鍵盤を滑らせると、コンツェットは曲を弾き始めた。
 その後、何をどう歌ったのか覚えていない。
 気づいた時には拍手喝采の中で立っているところへ大佐が近寄ってきた。
「素晴らしい歌をありがとう。それにしても、君大丈夫かね? 顔色が悪いようだが」
「いいえ……緊張して……」
「そうかね。素晴らしい歌をうたってくれた君に褒美を渡そう。後ほど、私の所へ来なさい」
「はい……」
 ファンローゼは大佐から逃れるようにその場から離れる。
 足元がふらついたところを、アデルに支えられた。
 胸が圧迫され、吐きそうになるのをこらえる。
 ちらりと会場の一角を見やると、コンツェットと、コンツェットの側に寄りそうように立つ大佐の娘の姿が目に映った。
 二人を祝福しに、途切れることなく招待客が集まってくる。
 コンツェットはやはり、こちらを見ようともしない。もしかしたら、自分の存在に気づかなかったのか。
 そんなはずはない。
 気づかないはずなどない。
 なのに、私を見ようともしない。
 どうして。
 どうしてなの!
 コンツェットが生きていてくれて嬉しいのに、なのに、エスツェリア軍にいたなんて。
 コンツェットのお父さんとお母さんを殺した憎い敵なのに。
「ファンローゼ、そろそろ計画に移ることを考えないと」
 側にいたアデルの声に、ファンローゼは我に返った。
 辺りを見渡すと皆、ほどよく酒が回っている状態であった。
 男たちは気に入った女を口説き、女たちも将来有望なエリート将校との、甘い一夜に期待をはせる。
 そんな、秘密めいた会話がそこかしこに聞こえてきた。
 実行するなら、そろそろだろう。
 大佐が会場から抜けていくのを見る。
「ファンローゼ、大佐が一人になった。近づくなら今がチャンスだ」
 ファンローゼはこくりと頷き、胸元に手をあてた。
 そこにはクレイから託された、大佐の部屋の鍵がドレスの裏地に縫い込まれている。
 小さな鉄の塊を、ファンローゼは握りしめた。
 そう、クレイは部屋の鍵を用意してくれていたのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...