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第4章 裏切りと愛憎
3 残酷すぎる再会
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どよめく客たちの中から、一人の男が靴音を響かせ、颯爽とした足どりで大佐の元へ歩み寄る。
その動きにいっさい無駄がない。
ファンローゼは息をつめ、現れた青年を食い入るように見る。
エスツェリア軍の夜会服を着た、背の高い男であった。
均整のとれた身体つきに整った顔。注目する招待客たちにはいっさい目もくれず、まっすぐに大佐の元を目指す鋭く切れ長な目。
途端、女性たちの間から、熱のこもったため息がもれる。
「エティカリア人?」
「でも、素敵な男性だわ」
そんな会話が、あちこちから聞こえてきた。
「彼は私の右腕でもあり、特務部隊の優秀な戦力でもあるコンツェット中尉だ」
周りからどっと拍手がわきあがる。
「それにしても、美男美女でお似合いではないか」
「大佐の娘を射止めるとは、彼もうまくやったもんだな。羨ましい限りだ」
「はは、女を惹きつける魔物みたいな容貌だ。お嬢様が一目惚れするのも無理はない」
飛び交う賞賛に混じり、そんな冷やかす声が囁かれた。
ファンローゼは、とんと隣に立つアデルの腕に手を添え寄りかかった。
「ファンローゼ、どうした? 今度こそ本当に顔色が悪いようだけれど」
隣に立つアデルが心配そうに声をかけてくる。が、もはやアデルの声は耳には入らなかった。
どうしてコンツェットがこのパーティーにいるの。
エスツェリアの軍に。
それも、敵軍の特務部隊に。
視界がぐらついた。
三年前、自分を庇うためにエスツェリア軍に立ち向かい、銃で撃たれ倒れたコンツェット。
生きてはいないと思っていた。
それがこうして、再び巡り会えた。
けれど、神様は何と残酷な運命を突きつけてきたのだろうか。
よもや、コンツェットが敵軍の将校として現れるとは、想像できなかった。
ファンローゼは食い入るように現れた青年を凝視する。
コンツェットが生きていてくれた。けれど、人違いであって欲しいという思いも心のどこかにあったことは否めない。
「ファンローゼ?」
「少し気分が……お願いもう少しだけこうさせて」
「かまわないけど、本当に大丈夫?」
アデルの心配はファンローゼの体調ではない。ちゃんと計画をこなせるかどうか心配しているのだ。
そこへ、先ほどファンローゼをダンスに誘った男が手を叩きながら声をあげた。
「これはほんとうにおめでたい。そうだ、この記念に祝いの歌などいかがでしょうか。そうだな、君、歌ってはくれないかね」
言って、先ほどの男がファンローゼを指差し手招きをする。
大佐の目がファンローゼへと向けられた。
「ほう? これは美しいお嬢さんだ。ぜひお願いしよう。いいかね?」
え……。
「君、エスツェリアの歌〝祖国の為に〟を歌ってはくれないか」
こちらへ来るように男は手を差しだしてくる。皆が後方の壁際にいるファンローゼを振り返った。
さあ、と言わんばかりに、大佐はファンローゼを見る。
一目でエティカリア人だと分かるファンローゼに、大佐は敵国であるエスツェリア国の歌をうたえと要求する。
つまり、この場で歌わなければ、エスツェリア軍に逆らう者としてみなされる。
ファンローゼはおそるおそる歩き出す。
「そうだな、君の歌に伴奏をつけるのは」
言って、大佐はコンツェットを手招きする。
「我が娘の夫となるコンツェット中尉にぜひとも伴奏を頼もうか。彼はピアノの腕も素晴らしい」
ファンローゼの前にコンツェットが進み出る。
思わず、叫びそうになるのをこらえた。
表情を一つ変えず、ましてやファンローゼをちらりとも見ず、コンツェットはファンローゼの前を通り過ぎると、ピアノの前に座った。
軽く指を慣らすように鍵盤を滑らせると、コンツェットは曲を弾き始めた。
その後、何をどう歌ったのか覚えていない。
気づいた時には拍手喝采の中で立っているところへ大佐が近寄ってきた。
「素晴らしい歌をありがとう。それにしても、君大丈夫かね? 顔色が悪いようだが」
「いいえ……緊張して……」
「そうかね。素晴らしい歌をうたってくれた君に褒美を渡そう。後ほど、私の所へ来なさい」
「はい……」
ファンローゼは大佐から逃れるようにその場から離れる。
足元がふらついたところを、アデルに支えられた。
胸が圧迫され、吐きそうになるのをこらえる。
ちらりと会場の一角を見やると、コンツェットと、コンツェットの側に寄りそうように立つ大佐の娘の姿が目に映った。
二人を祝福しに、途切れることなく招待客が集まってくる。
コンツェットはやはり、こちらを見ようともしない。もしかしたら、自分の存在に気づかなかったのか。
そんなはずはない。
気づかないはずなどない。
なのに、私を見ようともしない。
どうして。
どうしてなの!
コンツェットが生きていてくれて嬉しいのに、なのに、エスツェリア軍にいたなんて。
コンツェットのお父さんとお母さんを殺した憎い敵なのに。
「ファンローゼ、そろそろ計画に移ることを考えないと」
側にいたアデルの声に、ファンローゼは我に返った。
辺りを見渡すと皆、ほどよく酒が回っている状態であった。
男たちは気に入った女を口説き、女たちも将来有望なエリート将校との、甘い一夜に期待をはせる。
そんな、秘密めいた会話がそこかしこに聞こえてきた。
実行するなら、そろそろだろう。
大佐が会場から抜けていくのを見る。
「ファンローゼ、大佐が一人になった。近づくなら今がチャンスだ」
ファンローゼはこくりと頷き、胸元に手をあてた。
そこにはクレイから託された、大佐の部屋の鍵がドレスの裏地に縫い込まれている。
小さな鉄の塊を、ファンローゼは握りしめた。
そう、クレイは部屋の鍵を用意してくれていたのだ。
その動きにいっさい無駄がない。
ファンローゼは息をつめ、現れた青年を食い入るように見る。
エスツェリア軍の夜会服を着た、背の高い男であった。
均整のとれた身体つきに整った顔。注目する招待客たちにはいっさい目もくれず、まっすぐに大佐の元を目指す鋭く切れ長な目。
途端、女性たちの間から、熱のこもったため息がもれる。
「エティカリア人?」
「でも、素敵な男性だわ」
そんな会話が、あちこちから聞こえてきた。
「彼は私の右腕でもあり、特務部隊の優秀な戦力でもあるコンツェット中尉だ」
周りからどっと拍手がわきあがる。
「それにしても、美男美女でお似合いではないか」
「大佐の娘を射止めるとは、彼もうまくやったもんだな。羨ましい限りだ」
「はは、女を惹きつける魔物みたいな容貌だ。お嬢様が一目惚れするのも無理はない」
飛び交う賞賛に混じり、そんな冷やかす声が囁かれた。
ファンローゼは、とんと隣に立つアデルの腕に手を添え寄りかかった。
「ファンローゼ、どうした? 今度こそ本当に顔色が悪いようだけれど」
隣に立つアデルが心配そうに声をかけてくる。が、もはやアデルの声は耳には入らなかった。
どうしてコンツェットがこのパーティーにいるの。
エスツェリアの軍に。
それも、敵軍の特務部隊に。
視界がぐらついた。
三年前、自分を庇うためにエスツェリア軍に立ち向かい、銃で撃たれ倒れたコンツェット。
生きてはいないと思っていた。
それがこうして、再び巡り会えた。
けれど、神様は何と残酷な運命を突きつけてきたのだろうか。
よもや、コンツェットが敵軍の将校として現れるとは、想像できなかった。
ファンローゼは食い入るように現れた青年を凝視する。
コンツェットが生きていてくれた。けれど、人違いであって欲しいという思いも心のどこかにあったことは否めない。
「ファンローゼ?」
「少し気分が……お願いもう少しだけこうさせて」
「かまわないけど、本当に大丈夫?」
アデルの心配はファンローゼの体調ではない。ちゃんと計画をこなせるかどうか心配しているのだ。
そこへ、先ほどファンローゼをダンスに誘った男が手を叩きながら声をあげた。
「これはほんとうにおめでたい。そうだ、この記念に祝いの歌などいかがでしょうか。そうだな、君、歌ってはくれないかね」
言って、先ほどの男がファンローゼを指差し手招きをする。
大佐の目がファンローゼへと向けられた。
「ほう? これは美しいお嬢さんだ。ぜひお願いしよう。いいかね?」
え……。
「君、エスツェリアの歌〝祖国の為に〟を歌ってはくれないか」
こちらへ来るように男は手を差しだしてくる。皆が後方の壁際にいるファンローゼを振り返った。
さあ、と言わんばかりに、大佐はファンローゼを見る。
一目でエティカリア人だと分かるファンローゼに、大佐は敵国であるエスツェリア国の歌をうたえと要求する。
つまり、この場で歌わなければ、エスツェリア軍に逆らう者としてみなされる。
ファンローゼはおそるおそる歩き出す。
「そうだな、君の歌に伴奏をつけるのは」
言って、大佐はコンツェットを手招きする。
「我が娘の夫となるコンツェット中尉にぜひとも伴奏を頼もうか。彼はピアノの腕も素晴らしい」
ファンローゼの前にコンツェットが進み出る。
思わず、叫びそうになるのをこらえた。
表情を一つ変えず、ましてやファンローゼをちらりとも見ず、コンツェットはファンローゼの前を通り過ぎると、ピアノの前に座った。
軽く指を慣らすように鍵盤を滑らせると、コンツェットは曲を弾き始めた。
その後、何をどう歌ったのか覚えていない。
気づいた時には拍手喝采の中で立っているところへ大佐が近寄ってきた。
「素晴らしい歌をありがとう。それにしても、君大丈夫かね? 顔色が悪いようだが」
「いいえ……緊張して……」
「そうかね。素晴らしい歌をうたってくれた君に褒美を渡そう。後ほど、私の所へ来なさい」
「はい……」
ファンローゼは大佐から逃れるようにその場から離れる。
足元がふらついたところを、アデルに支えられた。
胸が圧迫され、吐きそうになるのをこらえる。
ちらりと会場の一角を見やると、コンツェットと、コンツェットの側に寄りそうように立つ大佐の娘の姿が目に映った。
二人を祝福しに、途切れることなく招待客が集まってくる。
コンツェットはやはり、こちらを見ようともしない。もしかしたら、自分の存在に気づかなかったのか。
そんなはずはない。
気づかないはずなどない。
なのに、私を見ようともしない。
どうして。
どうしてなの!
コンツェットが生きていてくれて嬉しいのに、なのに、エスツェリア軍にいたなんて。
コンツェットのお父さんとお母さんを殺した憎い敵なのに。
「ファンローゼ、そろそろ計画に移ることを考えないと」
側にいたアデルの声に、ファンローゼは我に返った。
辺りを見渡すと皆、ほどよく酒が回っている状態であった。
男たちは気に入った女を口説き、女たちも将来有望なエリート将校との、甘い一夜に期待をはせる。
そんな、秘密めいた会話がそこかしこに聞こえてきた。
実行するなら、そろそろだろう。
大佐が会場から抜けていくのを見る。
「ファンローゼ、大佐が一人になった。近づくなら今がチャンスだ」
ファンローゼはこくりと頷き、胸元に手をあてた。
そこにはクレイから託された、大佐の部屋の鍵がドレスの裏地に縫い込まれている。
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そう、クレイは部屋の鍵を用意してくれていたのだ。
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