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第6章 もう君を離さない
3 捕らえられたファンローゼ
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アジトはすでに荒らされた後だった。
間違いなく、先ほど通り過ぎて行ったエスツェリア軍に襲われたのだ。
アパートに足を踏み入れる。
誰もいない。
「ああ……」
口元に手をあて、ファンローゼは悲痛の声をもらす。
床に折り重なるようにして倒れている二人の男女の姿。
すでに息がないのはあきらかであった。
ところどころに染みついた血のあと。
銃弾が撃ち込まれた壁や天井、家具。
ふと、かすかな呻き声が耳に届く。
二階からだ。
もう一度耳をすますと、やはり、すすり泣く声が聞こえてくる。
運良くエスツェリア軍から逃れられた者がいるのか。
おそるおそる二階へ続く階段を昇る。
声がはっきりと聞こえてくる。
階段をあがったすぐ目の前の部屋からであった。
扉を開け部屋の中をのぞき込む。
やはり、泣き声はこの部屋から聞こえる。クローゼットからだ。ファンローゼは半開きになっているクローゼットに歩み寄る。
「誰か……いる?」
声をかけながら中をのぞく。
乱雑に押し込まれた衣服の山に埋もれ、一人の女性が座っていた。
「カリナさん!」
ファンローゼを裏切り者と激しく罵り、ナイフで髪を切った女だ。
ファンローゼの呼びかけに、カリナは涙に濡れた顔を持ち上げる。
「大丈夫! 怪我はない?」
ざっと見る限り外傷はなさそうだ。
「いったい……」
「エスツェリア軍がいきなり押し入ってきて、あたしはその時ちょうど二階にいたからすぐにクローゼットの中に隠れて……でも、他の人たちは……」
自分は運良く連れさられるのを免れることがきたが、他の者はみな捕らえられたとカリナは語った。
「あなたが無事でよかった。立てる?」
「あんた、裏切り者ではなかったの?」
カリナの問いにファンローゼはいいえ、と首を振る。
「あたし……」
ごめんなさいとカリナの口から謝罪の言葉がもれ、それが嗚咽に変わった。
ファンローゼはカリナの腕をとり立たせる。
とにかく、ここにいてはいつ敵が戻ってくるか分からない。早く逃げなければ。カリナを連れ、アパートを出ようとしたその時。
階下から聞こえてくる数名の靴音。
自分たちの存在を隠そうともしないその足音は、あきらかに仲間のものではない。真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「隠れて。絶対に出てきてはだめ。私が何とかする」
「何とかって……ファンローゼ、あなたは?」
「私は大丈夫」
と、言って笑ってみせた。
大丈夫など、何も根拠はないのに。
「どうして私を助けてくれるの?」
「これ以上、人が死んでいくのを見たくないの。そんなことより早く入って! 声を出してはだめよ」
カリナの目に涙が浮かぶ。
「あなたのこと疑ってごめんなさい」
ファンローゼは再びカリナをクローゼットに押し込む。
ありったけの衣服をかき集めカリナの頭にかぶせた。
クローゼットを閉めた直後、扉から数人のエスツェリア軍の男たちが銃を手に現れた。
間一髪であった。
大丈夫、落ち着いて。絶対にこの場を切り抜けてみせる。カリナさんを敵軍に連れて行かせはしない。
「やはり、戻ってきた奴がいたな。それとも隠れていたのか」
「おまえ一人か?」
「そうよ」
「そこで何をしている」
男の一人がおや? と、目を細めた。
「その顔、どこかで見たことがあるな」
男は考えるように眉根を寄せた。
「そうだ! 先日、大佐の屋敷で開かれたパーティで歌をうたった娘だ。そのおまえがなぜここにいる。まあいい、詳しい話は本部で聞こう。なかなか興味深い話が聞けそうだ。他に仲間はいるのか? 正直に言わないと、後悔することになるぞ」
「いないわ」
男たちは疑わしげな目でファンローゼを見下ろす。
「怪しいな。もう一度よく部屋を探せ!」
「私はクルト・ウェンデルの娘ファンローゼよ。エスツェリア軍は反エスツェリア組織にいたクルトの娘を探しているのでしょう?」
ファンローゼの名乗りに男たちは顔を見合わせた。
真偽を確かめているという様子だ。
「嘘をつくな。クルトの娘は三年前に死んだと聞いている」
「だとしたらその報告はでたらめね。私はこうしてここにいる。本当かどうか、私を本部に連れていけば分かるわ」
男はにやりと唇を歪めた。
「そうだな。確か、ファンローゼ・ウェンデルはコンツェット中尉の知り合いだったな。中尉に確かめればすぐに分かるだろう」
男たちに両腕をとられ、ファンローゼは軍本部へと連れていかれた。
間違いなく、先ほど通り過ぎて行ったエスツェリア軍に襲われたのだ。
アパートに足を踏み入れる。
誰もいない。
「ああ……」
口元に手をあて、ファンローゼは悲痛の声をもらす。
床に折り重なるようにして倒れている二人の男女の姿。
すでに息がないのはあきらかであった。
ところどころに染みついた血のあと。
銃弾が撃ち込まれた壁や天井、家具。
ふと、かすかな呻き声が耳に届く。
二階からだ。
もう一度耳をすますと、やはり、すすり泣く声が聞こえてくる。
運良くエスツェリア軍から逃れられた者がいるのか。
おそるおそる二階へ続く階段を昇る。
声がはっきりと聞こえてくる。
階段をあがったすぐ目の前の部屋からであった。
扉を開け部屋の中をのぞき込む。
やはり、泣き声はこの部屋から聞こえる。クローゼットからだ。ファンローゼは半開きになっているクローゼットに歩み寄る。
「誰か……いる?」
声をかけながら中をのぞく。
乱雑に押し込まれた衣服の山に埋もれ、一人の女性が座っていた。
「カリナさん!」
ファンローゼを裏切り者と激しく罵り、ナイフで髪を切った女だ。
ファンローゼの呼びかけに、カリナは涙に濡れた顔を持ち上げる。
「大丈夫! 怪我はない?」
ざっと見る限り外傷はなさそうだ。
「いったい……」
「エスツェリア軍がいきなり押し入ってきて、あたしはその時ちょうど二階にいたからすぐにクローゼットの中に隠れて……でも、他の人たちは……」
自分は運良く連れさられるのを免れることがきたが、他の者はみな捕らえられたとカリナは語った。
「あなたが無事でよかった。立てる?」
「あんた、裏切り者ではなかったの?」
カリナの問いにファンローゼはいいえ、と首を振る。
「あたし……」
ごめんなさいとカリナの口から謝罪の言葉がもれ、それが嗚咽に変わった。
ファンローゼはカリナの腕をとり立たせる。
とにかく、ここにいてはいつ敵が戻ってくるか分からない。早く逃げなければ。カリナを連れ、アパートを出ようとしたその時。
階下から聞こえてくる数名の靴音。
自分たちの存在を隠そうともしないその足音は、あきらかに仲間のものではない。真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「隠れて。絶対に出てきてはだめ。私が何とかする」
「何とかって……ファンローゼ、あなたは?」
「私は大丈夫」
と、言って笑ってみせた。
大丈夫など、何も根拠はないのに。
「どうして私を助けてくれるの?」
「これ以上、人が死んでいくのを見たくないの。そんなことより早く入って! 声を出してはだめよ」
カリナの目に涙が浮かぶ。
「あなたのこと疑ってごめんなさい」
ファンローゼは再びカリナをクローゼットに押し込む。
ありったけの衣服をかき集めカリナの頭にかぶせた。
クローゼットを閉めた直後、扉から数人のエスツェリア軍の男たちが銃を手に現れた。
間一髪であった。
大丈夫、落ち着いて。絶対にこの場を切り抜けてみせる。カリナさんを敵軍に連れて行かせはしない。
「やはり、戻ってきた奴がいたな。それとも隠れていたのか」
「おまえ一人か?」
「そうよ」
「そこで何をしている」
男の一人がおや? と、目を細めた。
「その顔、どこかで見たことがあるな」
男は考えるように眉根を寄せた。
「そうだ! 先日、大佐の屋敷で開かれたパーティで歌をうたった娘だ。そのおまえがなぜここにいる。まあいい、詳しい話は本部で聞こう。なかなか興味深い話が聞けそうだ。他に仲間はいるのか? 正直に言わないと、後悔することになるぞ」
「いないわ」
男たちは疑わしげな目でファンローゼを見下ろす。
「怪しいな。もう一度よく部屋を探せ!」
「私はクルト・ウェンデルの娘ファンローゼよ。エスツェリア軍は反エスツェリア組織にいたクルトの娘を探しているのでしょう?」
ファンローゼの名乗りに男たちは顔を見合わせた。
真偽を確かめているという様子だ。
「嘘をつくな。クルトの娘は三年前に死んだと聞いている」
「だとしたらその報告はでたらめね。私はこうしてここにいる。本当かどうか、私を本部に連れていけば分かるわ」
男はにやりと唇を歪めた。
「そうだな。確か、ファンローゼ・ウェンデルはコンツェット中尉の知り合いだったな。中尉に確かめればすぐに分かるだろう」
男たちに両腕をとられ、ファンローゼは軍本部へと連れていかれた。
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