この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

文字の大きさ
59 / 74
第6章 もう君を離さない

7 あの日の、出来事

しおりを挟む
 運がよかったのか、悪かったのか。
 いや、こうして生き延びられたのだから、よかったと思うべきなのかもしれない。
「ほう? ハルト中尉から銃をとりあげ、撃ったという勇敢な少年はこの子かね」
 愉快そうに口元を緩め、コンツェットを見下ろすその男は、ヨシア大佐と名乗った。
 コンツェットが連れられた場所は、エスツェリア軍特務部隊本部ヨシア大佐の執務室であった。
 部屋の奥には重厚な作りのオーク材の机。
 背後の壁にはエスツェリア軍の紋章である、羽を広げた鷹が刺繍されたタペストリーがかかげられていた。
 ファンローゼをあの場から逃すため、死を覚悟した。
 捨て身で軍の男に体当たりをして銃を奪い撃った。そして、反対に別の軍の男に撃たれた。
 間違いなく死んだと思った。だが、自分はこうして生き延び、彼らの上官の前へと引きずり出された。
 コンツェットは上目遣いで、目の前のヨシア大佐という男を見上げ、奥歯を噛みしめる。
 軍人というイメージとはかけ離れた、背が高くやせ形で髪をオールバックになでつけた、四十代半ばのインテリ然とした雰囲気を漂わせる男だった。
「申し訳ございません」
 ハルト中尉と呼ばれた男は、コンツェットに撃たれた右腕に手をあて、苦渋に顔を歪め苦い声を落とす。
 致命傷ではなかったとはいえ、一般市民の、それもたかが子どもに銃を奪われ撃たれたとあっては軍人としての面目は丸つぶれだ。
 これほどの屈辱はないだろう。
「なかなか勇ましい少年ではないか。愛する女性を守ろうとする男らしさ。度胸もある。銃を初めて扱ったにしては、腕もいいと思わないかい? ハルト中尉」
 ハルト中尉はぴくりと眉を動かした。
 それは返答に困る問いかけであった。
「たとえ、弾があたったのがまぐれであったとしても運がいい。運を味方にするのも実力のうち。そうだろう?」
 ヨシア大佐はにこやかな笑みを崩さなかった。
「それに、容姿もなかなかではないか。どうだね君? エスツェリア軍に入らないか? 君のような勇敢な若者は大歓迎だ。たとえ君がエティカリア人だとしてもね」
 冗談で言ったとしても、たちが悪すぎる。
 友好的な振りをみせておきながら突如、エティカリア国に攻め入り、祖国を踏みにじった敵から勧誘されるなど思いもしなかった。
 怒りがふつふつと、腹の底から沸きあがるのを押さえられなかった。
「殺せ」
 コンツェットの口から押し殺した声がもれる。
「そうか。残念だよ」
 ヨシア大佐は本心からがっかりしたような声を落とし、肩をすくめた。
 その顔から笑みが消えた。
 覚悟はしていた。
 後悔はしていない。
 もちろん、命乞いをするつもりもない。
 ヨシア大佐はため息を一つつくと、己の部下に命じた。
「連れていきたまえ」
 ハルト中尉ともう一人が両側からコンツェットの腕を掴む。
 このまま外に連れ出され射殺されるのだろうか。だがその時、コンツェットを死の淵から救う声があがった。
「ねえお父様。この人は誰? エティカリア人? 何か悪いことをしたの?」
 突然の可愛らしい少女の声に、その場にいた全員が振り返る。
 大佐の娘が、扉の影からのぞき込むようにして、立っていた。
 後から話を聞けば、大佐の娘エリスがこの場にやってきたのは本当に偶然だったという。 堅く父の執務室に立ち入ることを禁じられ、それを守ってきたエリスだが、この日は彼女の誕生日だったらしく、パーティーになかなか現れない父親をいてもたってもいられず、迎えにやってきたのだという。
「エリス、ここへ来てはいけないと言ったはずだよ。戻りなさい」
 そして、これも奇跡だ。
 エリスがコンツェットの顔を見て目を見開き、いや、と首を振った。
「この子をどうするの?」
 子どもながらにも、コンツェットがこれからどうなるのか、その場の空気を一瞬で感じとったようだ。
「私、この人のことが気に入ったわ。私の側に置いてはだめ?」
「エリス」
 父親の窘める声にも、エリスは言うことをきかなかった。
「お父様、お願い。この子が欲しいわ。だって、きれいな顔をしているもの。ね、いいでしょう? 私にちょうだい。お願い」
 娘の我がままを咎めることをやめ、大佐は苦り切った表情をする。
 どうやら、娘には特別甘いらしい。
 そのおかげもあり、大佐の娘たってのお願いに、とりあえずの処刑は免れた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...