この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

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第6章 もう君を離さない

7 あの日の、出来事

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 運がよかったのか、悪かったのか。
 いや、こうして生き延びられたのだから、よかったと思うべきなのかもしれない。
「ほう? ハルト中尉から銃をとりあげ、撃ったという勇敢な少年はこの子かね」
 愉快そうに口元を緩め、コンツェットを見下ろすその男は、ヨシア大佐と名乗った。
 コンツェットが連れられた場所は、エスツェリア軍特務部隊本部ヨシア大佐の執務室であった。
 部屋の奥には重厚な作りのオーク材の机。
 背後の壁にはエスツェリア軍の紋章である、羽を広げた鷹が刺繍されたタペストリーがかかげられていた。
 ファンローゼをあの場から逃すため、死を覚悟した。
 捨て身で軍の男に体当たりをして銃を奪い撃った。そして、反対に別の軍の男に撃たれた。
 間違いなく死んだと思った。だが、自分はこうして生き延び、彼らの上官の前へと引きずり出された。
 コンツェットは上目遣いで、目の前のヨシア大佐という男を見上げ、奥歯を噛みしめる。
 軍人というイメージとはかけ離れた、背が高くやせ形で髪をオールバックになでつけた、四十代半ばのインテリ然とした雰囲気を漂わせる男だった。
「申し訳ございません」
 ハルト中尉と呼ばれた男は、コンツェットに撃たれた右腕に手をあて、苦渋に顔を歪め苦い声を落とす。
 致命傷ではなかったとはいえ、一般市民の、それもたかが子どもに銃を奪われ撃たれたとあっては軍人としての面目は丸つぶれだ。
 これほどの屈辱はないだろう。
「なかなか勇ましい少年ではないか。愛する女性を守ろうとする男らしさ。度胸もある。銃を初めて扱ったにしては、腕もいいと思わないかい? ハルト中尉」
 ハルト中尉はぴくりと眉を動かした。
 それは返答に困る問いかけであった。
「たとえ、弾があたったのがまぐれであったとしても運がいい。運を味方にするのも実力のうち。そうだろう?」
 ヨシア大佐はにこやかな笑みを崩さなかった。
「それに、容姿もなかなかではないか。どうだね君? エスツェリア軍に入らないか? 君のような勇敢な若者は大歓迎だ。たとえ君がエティカリア人だとしてもね」
 冗談で言ったとしても、たちが悪すぎる。
 友好的な振りをみせておきながら突如、エティカリア国に攻め入り、祖国を踏みにじった敵から勧誘されるなど思いもしなかった。
 怒りがふつふつと、腹の底から沸きあがるのを押さえられなかった。
「殺せ」
 コンツェットの口から押し殺した声がもれる。
「そうか。残念だよ」
 ヨシア大佐は本心からがっかりしたような声を落とし、肩をすくめた。
 その顔から笑みが消えた。
 覚悟はしていた。
 後悔はしていない。
 もちろん、命乞いをするつもりもない。
 ヨシア大佐はため息を一つつくと、己の部下に命じた。
「連れていきたまえ」
 ハルト中尉ともう一人が両側からコンツェットの腕を掴む。
 このまま外に連れ出され射殺されるのだろうか。だがその時、コンツェットを死の淵から救う声があがった。
「ねえお父様。この人は誰? エティカリア人? 何か悪いことをしたの?」
 突然の可愛らしい少女の声に、その場にいた全員が振り返る。
 大佐の娘が、扉の影からのぞき込むようにして、立っていた。
 後から話を聞けば、大佐の娘エリスがこの場にやってきたのは本当に偶然だったという。 堅く父の執務室に立ち入ることを禁じられ、それを守ってきたエリスだが、この日は彼女の誕生日だったらしく、パーティーになかなか現れない父親をいてもたってもいられず、迎えにやってきたのだという。
「エリス、ここへ来てはいけないと言ったはずだよ。戻りなさい」
 そして、これも奇跡だ。
 エリスがコンツェットの顔を見て目を見開き、いや、と首を振った。
「この子をどうするの?」
 子どもながらにも、コンツェットがこれからどうなるのか、その場の空気を一瞬で感じとったようだ。
「私、この人のことが気に入ったわ。私の側に置いてはだめ?」
「エリス」
 父親の窘める声にも、エリスは言うことをきかなかった。
「お父様、お願い。この子が欲しいわ。だって、きれいな顔をしているもの。ね、いいでしょう? 私にちょうだい。お願い」
 娘の我がままを咎めることをやめ、大佐は苦り切った表情をする。
 どうやら、娘には特別甘いらしい。
 そのおかげもあり、大佐の娘たってのお願いに、とりあえずの処刑は免れた。
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