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第7章 誰も私たちの知らない場所へ
4 『ロッタの冒険』
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「レイシー?」
ファンローゼは目を見開き、その名を呟く。
長い間忘れていた名であった。
遠い記憶の底に沈んでいたレイシーという名が、ゆっくりと意識の表面に浮上していく。
目の前にいるクレイが、あのレイシーだった。
いったいどういうことなのか。
困惑するファンローゼに、コンツェットは説明をする
「クレイ(Cray)、キャリー(Cary)、レイシー(Racy)、これらの名前はアナグラムだ。クレイは、子どもの頃クルト・ウェンデルの読書会にいた、あのレイシーだった」
「やっと、僕のことを思い出してくれたね。そう、幼い頃クルト・ウェンデルが主催する読書会に来ていた少年レイシーは僕」
「そんな……クレイ、あなたがレイシーだったなんて」
レイシーの面影を思い出す。
いつも部屋の隅に座っておとなしく本を読んでいた少年。話しかけても、なかなか打ち解けようとせず、心を開いてくれないかと、何度もあきらめずに声をかけた。
初めてレイシーが笑ってくれたときは嬉しかった。
あの時の少年がクレイだった。そして、スヴェリアの町で親切にしてくれた、花屋のクレイの本当の正体が、エスツェリア国の軍人。
「まさか、あの時の気弱そうな少年がこうしてエスツェリア軍の、それも諜報部のエリートになって再会するとはな」
「それを言うならコンツェットもだよ。君がエスツェリア軍に入隊していたとは驚いた」
クレイは目を細めにっと笑う。
「もっとも、あんな条件を突きつけられたら、断ることなんてできないよね。僕だって君と同じ選択をする」
コンツェットは苦々しい表情で、奥歯をきつく噛みしめる。
さすがは諜報部の、それもすべての情報を握る〝キャリー〟。コンツェットが軍に入った経緯まで把握しているということか。
「選択? コンツェットどういうこと?」
「おや? 聞いていなかったの。この男は、君が軍の追跡に怯えることなく、心穏やかに暮らせる条件と引き換えに、自分が敵国の軍に入ることを受け入れたんだよ」
「コンツェット……そんなことがあったなんて……私……」
ごめんなさい、とファンローゼはコンツェットの背にしがみつく。
「いいんだ、僕が望んだことだから」
肩越しに振り返り、コンツェットは笑いかける。
「それにしてもファンローゼ、君なら僕のことに気づいてくれると期待していたんだけどな」
「私が?」
「君が大好きだった本『ロッタの冒険』を覚えている?」
子どもの頃、大好きでよく読んでいた本だ。
それがどうしたというのだろ……う。
ファンローゼは息を飲む。その表情は何かを思い出したという顔であった。
あの時の記憶がよみがえる。
ファンローゼはレイシーとこんな会話を交わした。
『ロッタの危機を何度も救ってくれた親友が、実は敵の魔法使いだったってことも驚かされたわ』
『親友と敵の魔法使いの名前が、アナグラムになっていたね』
ファンローゼは目を見開き、その名を呟く。
長い間忘れていた名であった。
遠い記憶の底に沈んでいたレイシーという名が、ゆっくりと意識の表面に浮上していく。
目の前にいるクレイが、あのレイシーだった。
いったいどういうことなのか。
困惑するファンローゼに、コンツェットは説明をする
「クレイ(Cray)、キャリー(Cary)、レイシー(Racy)、これらの名前はアナグラムだ。クレイは、子どもの頃クルト・ウェンデルの読書会にいた、あのレイシーだった」
「やっと、僕のことを思い出してくれたね。そう、幼い頃クルト・ウェンデルが主催する読書会に来ていた少年レイシーは僕」
「そんな……クレイ、あなたがレイシーだったなんて」
レイシーの面影を思い出す。
いつも部屋の隅に座っておとなしく本を読んでいた少年。話しかけても、なかなか打ち解けようとせず、心を開いてくれないかと、何度もあきらめずに声をかけた。
初めてレイシーが笑ってくれたときは嬉しかった。
あの時の少年がクレイだった。そして、スヴェリアの町で親切にしてくれた、花屋のクレイの本当の正体が、エスツェリア国の軍人。
「まさか、あの時の気弱そうな少年がこうしてエスツェリア軍の、それも諜報部のエリートになって再会するとはな」
「それを言うならコンツェットもだよ。君がエスツェリア軍に入隊していたとは驚いた」
クレイは目を細めにっと笑う。
「もっとも、あんな条件を突きつけられたら、断ることなんてできないよね。僕だって君と同じ選択をする」
コンツェットは苦々しい表情で、奥歯をきつく噛みしめる。
さすがは諜報部の、それもすべての情報を握る〝キャリー〟。コンツェットが軍に入った経緯まで把握しているということか。
「選択? コンツェットどういうこと?」
「おや? 聞いていなかったの。この男は、君が軍の追跡に怯えることなく、心穏やかに暮らせる条件と引き換えに、自分が敵国の軍に入ることを受け入れたんだよ」
「コンツェット……そんなことがあったなんて……私……」
ごめんなさい、とファンローゼはコンツェットの背にしがみつく。
「いいんだ、僕が望んだことだから」
肩越しに振り返り、コンツェットは笑いかける。
「それにしてもファンローゼ、君なら僕のことに気づいてくれると期待していたんだけどな」
「私が?」
「君が大好きだった本『ロッタの冒険』を覚えている?」
子どもの頃、大好きでよく読んでいた本だ。
それがどうしたというのだろ……う。
ファンローゼは息を飲む。その表情は何かを思い出したという顔であった。
あの時の記憶がよみがえる。
ファンローゼはレイシーとこんな会話を交わした。
『ロッタの危機を何度も救ってくれた親友が、実は敵の魔法使いだったってことも驚かされたわ』
『親友と敵の魔法使いの名前が、アナグラムになっていたね』
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