一千花 - 呪われた娘 -

島崎 紗都子

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第一部 過去の罪

美夜子

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「その子は本当に德重とくしげの子かい?」
 四ヶ所タヱの一言が、歌子の胸をえぐった。
 自室で乳飲み子の娘に乳をあげていたところへ、前触れもなくやって来た、タヱの容赦ない言葉であった。
 乳を飲み、お腹がいっぱいになった娘は、腕の中でまどろんでいる。
 歌子は我が子を抱きしめ、おそるおそるタヱを見上げた。
 タヱは厳しい顔つきで、眉間にしわを寄せている。
「お義母さま……」
 四ヶ所家は由緒ある屈指の名家、月無村を代表する豪農である。
 四ヶ所家十四代目当主、四ヶ所德重の元に十七歳で嫁いできた歌子は、すぐに第一子である娘を授かり、生まれた子は美夜子と名付けられた。
 德重の母親で、歌子の義母であるタヱは、実質上、四ヶ所家を取り仕切る存在で、みなから大奥さまと呼ばれている。
 五十代半ばという年齢ではあるが、夫の死後も精力的に屋敷を切り盛りし守り続けていたタヱに、当主である德重を初めとする屋敷の人間も含め、村人たちも彼女に逆らう者はいなかった。
 タヱは昔気質の性格で、自身が義母に厳格にしつけられてきたように、嫁いできた歌子にも同じように接し、嫁としての立場を求めてきた。
 彼女の口癖はいつも同じ。四ヶ所家に嫁いできたからには、跡継ぎである男子を産むこと。それが嫁としての務めだと。
 最初は、跡継ぎとなる男子を産まなかったことで歌子を散々責めていたタヱであったが、それでも初孫は愛おしかったらしく、美夜子を見るたび、しだいに気難しい顔を緩め可愛がるようになった。それこそ、宝物を扱うように。
 同じく夫の德重も、囲っている愛人たちそっちのけで歌子の部屋を頻繁に訪れては美夜子を可愛がった。それもあってか、子を産んでからの歌子は、嫁ぎ先でようやく人間らしい扱いを受けるようになった。
 德重には愛人が二人おり、本妻である歌子と同じ屋敷に彼女たちを住まわせていた。
 一人は吾妻加代(あずまかよ)。
 德重とは幼なじみで、幼い頃から二人は恋仲であった。もちろん今も情を通じ合っている。互いに好きあっていた徳重と加代は、結婚を誓いあっていたが、加代の実家が貧しく、家柄が釣り合わないという理由で猛反対された。そして何より、加代はタヱに好かれていなかった。これが一番の理由であった。
 結婚を反対された二人は駆け落ち同然で村を出ようとした。が、村を出る前に追いかけてきた村の衆に捕まってしまった。
 当時、加代は十七歳、德重は十八であった。
 連れ戻されてすぐに加代は、二十も年の離れた持病持ちの村の男と婚姻し、子どもを一人もうけた。タヱによって別の男をあてがわれたのだ。けれど、結婚をしたものの、夫はたった二年で亡くなり、現在は四ヶ所の屋敷に前夫との間に出来た息子の夏彦とともに暮らしている。
 前夫の死因は病死だ。
 よもや、持病の糖尿病が悪化し命を落とすとは、タヱも計算外だっただろう。
 加代は愛する徳重との結婚を反対したタヱを恨み、さらに、徳重の本妻として嫁いできた歌子を忌み嫌った。
 もう一人の愛人は、牧田早苗(まきたさなえ)。村外から村の者に嫁いで来た女である。
 村人たちから余所者と軽視されていた早苗であったが、外からやってきたというだけあり、垢抜けた雰囲気と男を惑わす色気を放つ美しい女で、瞬く間に村の男たちを虜にしていった。そして、それは徳重も例外ではなかった。
 村一番の好色といわれ、多くの女と噂の絶えない德重は、一目見て早苗を気に入り、四ヶ所の権力をかさに無理矢理夫と別れさせ、自分の愛人として屋敷に囲った。
 その時早苗は十八歳。
 夫との間に一歳になる息子の冬司がいた。
 別れさせられた夫は、何度も妻を取り戻そうと屋敷を訪れたが、ある日、突然の事故で亡くなった。深夜、酔って歩いていたところ、不注意で畑脇の野壺に落ちたのだ。
 これに関して村人たちも徳重が絡んでいると思ったが、誰も村の権力者である四ヶ所家の当主にものを言える者はいなかった。
 その早苗も四ヶ所家に連れてこられ、屋敷内の離れで息子とともに生活をしている。
 加代と早苗は犬猿の仲で、德重を巡ってことあるごとに衝突をしていた。そこへ、本妻となった歌子がやって来てからは、彼女たちの鬱憤のはけ口は、歌子へと向けられた。
 嫉妬深い加代はことあるごとに歌子に嫌がらせをし、性格のきつい早苗もあからさまに歌子に苛立ちを抱いていじめるなど、屋敷は常に諍いが多かった。
 そんな我の強すぎる愛人二人に常に圧力をかけられ、徳重の本妻という立場でありながらも肩身の狭い思いを抱いていた歌子であったが、美夜子が生まれたことによって自分の居場所をようやく見いだすことができ安堵していたが、その安泰な生活も長くは続かなかった。
 美夜子が一歳を過ぎたあたりから、タヱが不審な顔をすることが増えた。
 それは、生まれてから一年以上経っても、美夜子はいまだ言葉らしい言葉を発することができず、それどころか起き上がることもできなかった。平坦な顔で表情が乏しく、あきらかに他の子と比べると成長が劣っているように見えた。
 にこりとも笑わない美夜子を訝しんだタヱは、村医者を屋敷に呼び診察させた。
 医師の話によれば、子どもの成長は人それぞれだから心配することはないと言う。
 それを聞いて安心した歌子であったが、タヱは家の体面を何よりも気にする人で、孫娘に何かしらの障がいがあると疑い始めたタヱの風当たりはその日からきつくなった。
 そして、歌子の部屋に突然やってきたタヱに、責められることとなったというわけである。
「うすうす感じてはいたんだよ。いまだに言葉を話せない。にこりとも笑わない。その子は知恵遅れではないのかい? 本当に德重の子?」
「そんなことは! この子は正真正銘、德重さんの娘で普通の子です。医師も他の子より少しだけ成長が遅いと言ったではないですか!」
 タヱは目を細め美夜子を見る。その目に以前の孫娘を慈しむ感情はなかった。
「だけど、その子と同じ頃に生まれた他所の子は、すでに大人たちの言ったことをちゃあんと理解して言葉を喋るし、それどころか読み書きもできるっていうじゃないか」
 歌子は首を振った。
 一歳そこそこの幼子にそんなことができるはずがない。だが、美夜子がいまだ言葉らしきものを喋れないのも、まともに起き上がれないのも、他の子と比べ表情が乏しいのも事実であった。
「この子だっていずれ言葉を覚えて喋るし、他の子のように、歩くことだってできます。もう少しだけ待ってあげてください」
 実質上、四ヶ所家を取り仕切るタヱに口答えをするのは、嫁の立場として恐れ多くもあっただろう。本当ならば、逆らうことさえ許されない相手。
 タヱは嫌悪もあらわな目で美夜子を見下ろした。
「この四ヶ所家に厄介者の血が混じるとは。本当に德重の子かねえ」
「お義母さま、それはあんまりです」
 美夜子は正真正銘、德重の子。何故そんな言われようをされなければならないのか。
「もういいわ。おまえはさっさと仕事に行きなさい」
 タヱはまるで犬猫を追い払うように手を振り、歌子を部屋から追いやった。
「はい」
 歌子はタヱに頭を下げ、おんぶ紐で美夜子を背負い家事をするため部屋を出て行った。
 美夜子が障がいを持っている子だと疑われるようになって以降、タヱは孫のことをあからさまに避けるようになった。それどころか、この子は四ヶ所の血筋とは認めないと言い出すようになったのだ。
 そのことで、歌子に対する周りの風当たりが、再び強くなっていくのはいうまでもない。
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