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第1章 村祭りの夜のできごと
3 腐った弁当
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「旦那様、あのう……」
障子の向こうから聞こえる下男の声に、利蔵はうんざりとしたようにため息をつく。
時刻は七時前。
今日も多佳子がやって来たのだ。
下働きの男に追い返せ、と怒鳴りつけたくなるのをこらえる。
いったい、今日は何の用でやって来たというのか。
「今行く」
乱暴な口調で答えると、下男は怯えたようにすごすごと引き下がった。利蔵はばつの悪さを抱く。
使用人に八つ当たりをしても仕方がないことだと分かっているのに。
利蔵は多佳子が待つ表門へと向かった。
門に向かう途中、何人かの使用人とすれ違ったが、みな利蔵の険しい表情を見て怯え、廊下の端へと身を寄せた。
苛立たしげに門を開き、厳しい目でそこにたたずむ娘を見下ろす。
「今日はいったい何の用だ?」
おのずと口調が荒くなる。
多佳子は抱えていた風呂敷に包まれたそれを、ぬっと差し出してきた。反射的に受け取ってしまい利蔵は躊躇する。
「これは?」
「つくった」
多佳子から受け取ったそれに視線を落とし、利蔵は眉を寄せる。
ずしりと重い。
何なのだろうか。
「作った?」
「利蔵さんのため」
「僕のため?」
吹き出物だらけの頬を赤らめ、多佳子はニっと笑って、きびすを返し走り去って行く。
なんなんだ。
相変わらず多佳子の行動は理解しかねる。
それにしても、あの娘はいったい何をよこしてきたのだろう。風呂敷に包まれているそれは四角い。
作ったということは、もしかして手料理か。
首を傾げながら利蔵は台所に向かい、多佳子から手渡されたそれを食卓に置き、薄汚れた風呂敷を解く。重箱であった。
嫌な予感を抱きつつも、怖々とした手つきで重箱の蓋を持ち上げる。
「なんだこれ!」
中身を見て利蔵は声をつまらせた。
すべて多佳子が作った料理なのだろうか。
驚いて声をあげたのは、そのできばえであった。
「旦那様、お弁当ですか? うっ!」
集まってきた女性の使用人たちも、中身を見て顔を引きつらせた。
最悪の代物であった。
煮崩れて真っ茶色になった煮物。何をどうしたらこうなるのかと思うほど、ドロドロにとろけた山菜。他にも何を作ろうとしたのか分からないものが重箱に詰められていた。
ふっと鼻先をかすめる異臭に、利蔵は目を細める。
中には痛んだものもある。
人に食べさせる料理のできばえではない。それどころか、これは嫌がらせだ。
さらに、煮物の間から太く長い黒髪が絡まっているのを見つけ、利蔵の口から呻き声がもれた。
よく見れば、蕨のおひたしにも髪の毛が絡まっている。それも一本や二本ではない。
「あの……蕨の下の、黒いかたまりは何でしょう?」
下働きの女性の一人が怖々と訊ねる。
利蔵は手にとった箸の先で、蕨のおひたしを横によけた。
「う……っ」
再び利蔵の口から呻き声がもれる。
それは、髪の毛の塊であった。まるで、風呂場の排水溝でしばらく放置されたそれのように、ドロドロになり悪臭を放っていた。
利蔵は側にいた下男に重箱を押しつける。
「捨ててくれ」
「へえ」
「それから今後、曽根多佳子がやって来ても僕に取り次がないでくれ。追い返せ。皆にもそう伝えておくように」
下男はへえ、ともう一度うなずいた。
障子の向こうから聞こえる下男の声に、利蔵はうんざりとしたようにため息をつく。
時刻は七時前。
今日も多佳子がやって来たのだ。
下働きの男に追い返せ、と怒鳴りつけたくなるのをこらえる。
いったい、今日は何の用でやって来たというのか。
「今行く」
乱暴な口調で答えると、下男は怯えたようにすごすごと引き下がった。利蔵はばつの悪さを抱く。
使用人に八つ当たりをしても仕方がないことだと分かっているのに。
利蔵は多佳子が待つ表門へと向かった。
門に向かう途中、何人かの使用人とすれ違ったが、みな利蔵の険しい表情を見て怯え、廊下の端へと身を寄せた。
苛立たしげに門を開き、厳しい目でそこにたたずむ娘を見下ろす。
「今日はいったい何の用だ?」
おのずと口調が荒くなる。
多佳子は抱えていた風呂敷に包まれたそれを、ぬっと差し出してきた。反射的に受け取ってしまい利蔵は躊躇する。
「これは?」
「つくった」
多佳子から受け取ったそれに視線を落とし、利蔵は眉を寄せる。
ずしりと重い。
何なのだろうか。
「作った?」
「利蔵さんのため」
「僕のため?」
吹き出物だらけの頬を赤らめ、多佳子はニっと笑って、きびすを返し走り去って行く。
なんなんだ。
相変わらず多佳子の行動は理解しかねる。
それにしても、あの娘はいったい何をよこしてきたのだろう。風呂敷に包まれているそれは四角い。
作ったということは、もしかして手料理か。
首を傾げながら利蔵は台所に向かい、多佳子から手渡されたそれを食卓に置き、薄汚れた風呂敷を解く。重箱であった。
嫌な予感を抱きつつも、怖々とした手つきで重箱の蓋を持ち上げる。
「なんだこれ!」
中身を見て利蔵は声をつまらせた。
すべて多佳子が作った料理なのだろうか。
驚いて声をあげたのは、そのできばえであった。
「旦那様、お弁当ですか? うっ!」
集まってきた女性の使用人たちも、中身を見て顔を引きつらせた。
最悪の代物であった。
煮崩れて真っ茶色になった煮物。何をどうしたらこうなるのかと思うほど、ドロドロにとろけた山菜。他にも何を作ろうとしたのか分からないものが重箱に詰められていた。
ふっと鼻先をかすめる異臭に、利蔵は目を細める。
中には痛んだものもある。
人に食べさせる料理のできばえではない。それどころか、これは嫌がらせだ。
さらに、煮物の間から太く長い黒髪が絡まっているのを見つけ、利蔵の口から呻き声がもれた。
よく見れば、蕨のおひたしにも髪の毛が絡まっている。それも一本や二本ではない。
「あの……蕨の下の、黒いかたまりは何でしょう?」
下働きの女性の一人が怖々と訊ねる。
利蔵は手にとった箸の先で、蕨のおひたしを横によけた。
「う……っ」
再び利蔵の口から呻き声がもれる。
それは、髪の毛の塊であった。まるで、風呂場の排水溝でしばらく放置されたそれのように、ドロドロになり悪臭を放っていた。
利蔵は側にいた下男に重箱を押しつける。
「捨ててくれ」
「へえ」
「それから今後、曽根多佳子がやって来ても僕に取り次がないでくれ。追い返せ。皆にもそう伝えておくように」
下男はへえ、ともう一度うなずいた。
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