怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁

島崎 紗都子

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第1章 村祭りの夜のできごと

5 閉ざされた村に嫁ぐ

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雪子ゆきこが、あんな立派な地主様のところへお嫁にいくだなんて、神様に感謝しなければいけないねえ」
 雪子は苦笑いを口元に刻み、神棚に向かって手を合わせる母の背中を見つめていた。
 雪子の結婚が決まって以来、母はこんな調子で機嫌がよい。
 心から娘の結婚を喜んでいるのだ。

「行き遅れた娘をもらってくださる方がいるなんて、本当にありがたい、ありがたい」
 雪子は今年で二十四歳になる。
 すでに周りの同級生や友人たちは結婚して子どもがいる。なのに、雪子はいまだ独身。恋人すらいない。

 色白の細面な顔立ちに、形のよい薄い唇。通った鼻筋に切れ長の目。美人な方ではあるにも関わらず、これまでまったく男っ気がなかった。
 神社である家の手伝いに追われ、なかなかよい男性と巡り会う機会がなかったせいもあるのかも。

 婚期を逃しかけ、もしかしたら一生いい人に巡り会うこともなく、このまま独身を通すのかと周りから心配されていた矢先のことであったから、母もよほど嬉しかったようで、毎日のようにはしゃいでいた。

 縁談話が雪子に持ち込まれたのは、一ヶ月前のことである。
 相手は孤月村の地主の旦那様で、名を利蔵隆史とくらたかふみといい、すらりとした長身に均整のとれた体つき。整った顔立ち、女性の心を蕩かすような甘い声。
 若い娘ならば一瞬にして、熱をあげてしまいそうな美しい若者であった。

 利蔵家の若き当主である利蔵隆史は、時折仕事で町にやって来ては雪子の実家の神社に足を運びお参りをしていった。
 隆史を初めて神社の境内で見かけたのは、今年の春の初め。
 それから何度か参拝にやってくる隆史に、雪子から熱心ですねと声をかけたのが最初で、以来、隆史がやって来るたびに他愛もない会話をするようになった。時には彼に誘われ食事に行くことも。

 物腰が柔らかく、穏やかな好青年だというのが雪子の隆史に対する印象である。そして、彼が結婚を申し込んできたのは、出会ってから三ヶ月後の初夏の頃。

 隆史からの結婚の申し込みに、涙混じりに一番喜んだのは母であった。
 だが、父は母と同じように手放しで喜ぶことはなかった。
 結婚の話を聞いた父の顔が渋いものだったのは、今でもよく覚えている。
 それは、大切な一人娘を嫁にやるという、父親としての複雑な思いからだろうと、このときの雪子は疑いもしなかった。

「雪子、無理して嫁がなくてもいい」
 正直、隆史とは出会ったばかりで、好意はあってもそれが恋愛感情なのか、このときの雪子にはまだはっきりと分からなかった。
 とはいえ、雪子も年齢が年齢。自分を好いてくれるのなら嬉しいことだ。

 それに、ここで結婚を逃せばもしかしたら、それこそ一生誰かと結ばれることはないかも。子どもだって望めなくなる。だから、隆史のことはこれからゆっくりと知り、歩み寄ればいいと思っていた。
 山奥の寒村に馴染めるかどうかも、このときの雪子はそれほど深く考えていなかった。

「父さん大丈夫よ。こんな私をお嫁に迎えてくれるのだからむしろ感謝しなければ」
「だが、利蔵家は……」
「利蔵家がどうしたの?」
「いや」
 言葉を濁す父に雪子は笑った。

「父さんは心配しすぎよ。本当に私は大丈夫だから」
 雪子はつとめて明るく笑った。
 だが、もしここで娘の結婚を渋る父の理由を執拗に問いつめていたら。
 あるいは、父が利蔵家にまつわる深い業を話していたら。
 そうしたら、この後に起こる因縁に満ちた恐怖に、雪子が巻き込まれることもなかった。

 もっとも父として、嫁いでいく雪子を心から純粋に祝福したかった。よけいなことを話して、娘に心配をかけたくはなかったという思いもあったのかもしれない。
「それよりも、立派なお屋敷で私なんかがやっていけるか、その方が心配だわ。私、お父さんに似て大雑把な性格だから」

 娘のことを気遣い、それ以上のことは父は何も言わなかった。
 実際の結婚式はまだ三ヶ月後の秋ではあったが、行儀見習いも兼ね、屋敷に慣れるのはどうですかという先方の提案に従い、雪子は早々に利蔵家がある孤月村へと向かった。
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