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第1章 村祭りの夜のできごと
6 歓迎されない余所者
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孤月村に到着した頃には、すでに昼を過ぎていた。
町から延々とバスに揺られ、〝孤月村入り口〟という停留所まで一時間。
そこから、利蔵家から迎えにやってきた車に乗り、さらに峠を一つ越えるのだという。
道の状態も悪く、車はつねに揺れた。
最初は迎えに来た者にいろいろ話かけていた雪子であったが、あまりの悪路に舌を噛みそうになり、しだいに口数が減り、とうとう口を閉ざしてしまった。
乗り物に弱い者なら、すぐに酔っていただろう。
それほどひどい道であった。
窓からの景色を眺める。
辺りは深い山々に囲まれ、代わり映えのしない景観。
遠い場所にあると隆史に散々聞かされていたが、こうして自分の足で出向くと、とてつもなく遠い所なのだとあらためて実感する。そう簡単に実家に帰ることもできないであろう。
車はいったん停止する。
「少し休憩をしましょう」
「はい」
車から降りた雪子は深呼吸をする。長時間、車に揺られ続け正直、身体中が悲鳴をあげていた。
「あれが孤月村でございます」
山の頂上のちょっとした展望台に立つと、迎えの者が一点を指さした。
示されたその指先、ぐるりと山に囲まれたくぼみに、これから雪子が向かう村があった。
田畑が広がり、ところどころに家が点々と存在する。
よくいえばのどかな、悪くいえば不便すぎる場所というのが雪子の感想であった。
「あそこの山の中腹あたりに建っているお屋敷が利蔵家でございます」
思わず言葉を失う。
遠目からでもはっきりと確認できるくらい、屋敷が立派であることは分かった。
ぐるりと白い壁に囲まれた屋敷はまるで城塞のようで、村一番の権力者だと聞かされていたが、これほどまで立派な屋敷だとは雪子の想像をはるかに超えていた。
隆史は謙遜して、田舎の古い家だと笑って言っていたが、本当にあんな屋敷の嫁として自分がこれからやっていけるかどうか不安と気後れを抱く。
「参りましょうか」
「はい……」
迎えの者に促され、再び雪子は車に乗る。
車はさらに四、五十分ほど走り、ようやく村にたどりついた。
あらかじめ雪子が来ることを聞かされていたのか、利蔵家の前に到着すると、村人たちが集まっていた。
車から降りた雪子を見るなり、彼らはひそひそと、こちらには聞こえない声で会話を始め、遠慮のない視線を向けてきた。
どうやら、自分を歓迎するために集まったわけではないと雪子は察する。
仕事を中断してきたのか、皆作業着姿であった。乏しい表情のため、どの顔も同じに見え、雪子は戸惑う。
村もそこに住まう人々も、独特の雰囲気であった。
村人たちと目があった雪子は会釈をするが、彼らは無言でこちらを見つめ返すばかり。
外から来た人間が珍しいのか、それとも、挨拶を返したくないほど余所者を歓迎していないのか。
あるいはその両方か。
思えば迎えに来てくれた人も、こちらから訊ねることにはあたりさわりのない返事をしたが、向こうから話題を振ってくることはなかった。
あきらかに、距離をおいて接しているというふうであった。
不安を抱きつつ、雪子は利蔵家表門へと続く緩やかな坂をみやり、屋敷を見上げた。
遠目で見ても立派な屋敷であったがこうして間近で見ると、やはり利蔵家がこの村でどれほどの存在で、権力を有しているのか想像にかたくない。
屋敷はまるでお城としかいいようがなかった。
どこまでが敷地なのか、漆喰の白壁の塀が延々と続き、塀の向こうには立派な主屋の一角がのぞかせている。
思わず口を開けて屋敷を見上げる雪子を、迎えの者が参りましょうと促してきた。
雪子はごくりと唾を飲み、表情を引き締めて歩き出す。
緊張で震える手をきつく握りしめた。
今日からこの屋敷が自分の新しい家となる。
がんばって馴染んでいく努力をしなければならない。
長屋門をくぐり、利蔵家の敷地内へと足を踏み入れる。
外から見たときと同様、主屋を囲むように作られた庭園も風靡なものであった。
手入れの行き届いた木に池。風情のある灯籠。あの灯籠は夜になれば灯りがつくのか。きっと見事な景観だろう。さらに、池には朱塗りの橋までかかり、池には鯉が優雅に泳いでいた。
土蔵や何の用途で使われているのか分からない建物に、離れと思われる別邸まである。
実家の崩れかけた神社だって修繕もままならないのに、これだけの屋敷を維持するのは大変であろう。
そんな下世話なことまで考える。
玄関まで続く石畳を歩き、ようやく主屋へたどりつく。
「ここでお持ちください」
「はい」
「大奥様、雪子様が到着されました」
そう言い、ここまで自分を連れてきてくれた者は雪子を一人残し去って行った。
玄関先に立つ雪子は周りを見渡し両腕をさすった。
初めて利蔵家の屋敷に足を踏み入れた瞬間、嫌な気配に身震いをする。
全身が総毛立ち、風邪を引く前兆のような背筋に悪寒が走った。
町から延々とバスに揺られ、〝孤月村入り口〟という停留所まで一時間。
そこから、利蔵家から迎えにやってきた車に乗り、さらに峠を一つ越えるのだという。
道の状態も悪く、車はつねに揺れた。
最初は迎えに来た者にいろいろ話かけていた雪子であったが、あまりの悪路に舌を噛みそうになり、しだいに口数が減り、とうとう口を閉ざしてしまった。
乗り物に弱い者なら、すぐに酔っていただろう。
それほどひどい道であった。
窓からの景色を眺める。
辺りは深い山々に囲まれ、代わり映えのしない景観。
遠い場所にあると隆史に散々聞かされていたが、こうして自分の足で出向くと、とてつもなく遠い所なのだとあらためて実感する。そう簡単に実家に帰ることもできないであろう。
車はいったん停止する。
「少し休憩をしましょう」
「はい」
車から降りた雪子は深呼吸をする。長時間、車に揺られ続け正直、身体中が悲鳴をあげていた。
「あれが孤月村でございます」
山の頂上のちょっとした展望台に立つと、迎えの者が一点を指さした。
示されたその指先、ぐるりと山に囲まれたくぼみに、これから雪子が向かう村があった。
田畑が広がり、ところどころに家が点々と存在する。
よくいえばのどかな、悪くいえば不便すぎる場所というのが雪子の感想であった。
「あそこの山の中腹あたりに建っているお屋敷が利蔵家でございます」
思わず言葉を失う。
遠目からでもはっきりと確認できるくらい、屋敷が立派であることは分かった。
ぐるりと白い壁に囲まれた屋敷はまるで城塞のようで、村一番の権力者だと聞かされていたが、これほどまで立派な屋敷だとは雪子の想像をはるかに超えていた。
隆史は謙遜して、田舎の古い家だと笑って言っていたが、本当にあんな屋敷の嫁として自分がこれからやっていけるかどうか不安と気後れを抱く。
「参りましょうか」
「はい……」
迎えの者に促され、再び雪子は車に乗る。
車はさらに四、五十分ほど走り、ようやく村にたどりついた。
あらかじめ雪子が来ることを聞かされていたのか、利蔵家の前に到着すると、村人たちが集まっていた。
車から降りた雪子を見るなり、彼らはひそひそと、こちらには聞こえない声で会話を始め、遠慮のない視線を向けてきた。
どうやら、自分を歓迎するために集まったわけではないと雪子は察する。
仕事を中断してきたのか、皆作業着姿であった。乏しい表情のため、どの顔も同じに見え、雪子は戸惑う。
村もそこに住まう人々も、独特の雰囲気であった。
村人たちと目があった雪子は会釈をするが、彼らは無言でこちらを見つめ返すばかり。
外から来た人間が珍しいのか、それとも、挨拶を返したくないほど余所者を歓迎していないのか。
あるいはその両方か。
思えば迎えに来てくれた人も、こちらから訊ねることにはあたりさわりのない返事をしたが、向こうから話題を振ってくることはなかった。
あきらかに、距離をおいて接しているというふうであった。
不安を抱きつつ、雪子は利蔵家表門へと続く緩やかな坂をみやり、屋敷を見上げた。
遠目で見ても立派な屋敷であったがこうして間近で見ると、やはり利蔵家がこの村でどれほどの存在で、権力を有しているのか想像にかたくない。
屋敷はまるでお城としかいいようがなかった。
どこまでが敷地なのか、漆喰の白壁の塀が延々と続き、塀の向こうには立派な主屋の一角がのぞかせている。
思わず口を開けて屋敷を見上げる雪子を、迎えの者が参りましょうと促してきた。
雪子はごくりと唾を飲み、表情を引き締めて歩き出す。
緊張で震える手をきつく握りしめた。
今日からこの屋敷が自分の新しい家となる。
がんばって馴染んでいく努力をしなければならない。
長屋門をくぐり、利蔵家の敷地内へと足を踏み入れる。
外から見たときと同様、主屋を囲むように作られた庭園も風靡なものであった。
手入れの行き届いた木に池。風情のある灯籠。あの灯籠は夜になれば灯りがつくのか。きっと見事な景観だろう。さらに、池には朱塗りの橋までかかり、池には鯉が優雅に泳いでいた。
土蔵や何の用途で使われているのか分からない建物に、離れと思われる別邸まである。
実家の崩れかけた神社だって修繕もままならないのに、これだけの屋敷を維持するのは大変であろう。
そんな下世話なことまで考える。
玄関まで続く石畳を歩き、ようやく主屋へたどりつく。
「ここでお持ちください」
「はい」
「大奥様、雪子様が到着されました」
そう言い、ここまで自分を連れてきてくれた者は雪子を一人残し去って行った。
玄関先に立つ雪子は周りを見渡し両腕をさすった。
初めて利蔵家の屋敷に足を踏み入れた瞬間、嫌な気配に身震いをする。
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