Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~

るろ

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第一章 冷たき生に、死の花束を――

第5話 虚位

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「イズヒト様、学園に行きましょう」

「嫌です」

「ぬぁんでですかあ!? 私が召喚されてもう丸二日! 
 現世のことは書物で色々調べましたが、イズヒト様と同じ年代の人は皆、学園に通うと知りました。
 そこでお友達を作ったり、魔術の腕を競ったりするんですよね。私も行きたい!」

 嫁を自称するこの可哀想な頭の少女――通称カレンとの、忌まわしき……間違えた。
 数奇な出会いから、今日で三日目になる。

 僕は床に並べた木の板の上に膝をつき、工術商会こうじゅつしょうかいで調達した釘を一本ずつ打ち込んでいた。
 乾いた金属音が部屋に反響する。魔術的な静寂とは程遠い、現世らしい騒音だ。

 叩く。
 打つ。
 黙殺する。

 そうしなければ、会話になってしまう。

「……ねえイズヒト様、聞いてます?」

「聞いてる。聞いたうえで却下している」

 金槌を振り下ろす手を止めずに答える。視線は板から外さない。
 視線を合わせたら、ろくなことにならない。

「でも学園ですよ!? 魔術競技専科ですよ!? 魔術を学び、競い、未来ある若者たちが切磋琢磨する――」

「……」

 釘を打ち損ね、金属が甲高く鳴いた。
 舌打ちを噛み殺し、ため息をひとつ落とす。

「学園に行きたいだって……? 
 誰が開けた床の穴を、今まさに修理してると思ってる」

 金槌を置き、ようやく顔を上げる。

「お前だ。お前が考えなしに魔法をぶっ放したせいで、部屋一つまるごと使い物にならなくなったんだろうがあ!? 外に出れば即通報、内に籠もれば床が抜ける。そんな状況で、何を呑気に学園だ」

 言い終えて、再び釘を打つ。
 強く、深く、音が止むまで。

「身動きが取れないのは、全部お前のせいだろ」

「それは……すみません。力の加減が出来なくて」

「復活した魔王みたいなことを言うな。
 だいたい、僕が学園に行くことはあり得ない」

「どうしてですか? 靴を隠されたり、お金を貸せと脅されたり……
 チビ陰キャ引きこもり、短小包茎早漏野郎って馬鹿にされるからですか?」

 ――ぶちり、と。
 頭の奥で、何かが音を立てて切れた。

「最後のは、お前の言葉だろうがああああ!!」

 投擲の達人も顔をしかめる全力投球フォームで、金槌をぶん投げる。
 頭蓋に直撃して気絶でもしてくれれば儲けものだが、まあ、そんな都合のいい未来は来ない。

 迫り来る金槌を脇目に、カレンが瞬時に片手を開く。
 それだけで空間が歪み、煌々《こうこう》とした魔法陣が展開され、即席の魔力障壁が形成された。

 金属音。
 軽い衝撃。
 あっけないほど容易く、金槌は弾き返される。

 当たり前のようにそれを成し遂げてから、彼女は嬉々として声を上げた。

「わあ、イズヒト様こわーい♡」

 怖いのは、お前の存在そのものだ。

 きっと僕がいくらカレンを抹殺しようと試みても、今みたいに、容易く手で払われてしまうのだろう。
 分かっていたさ。最初から。

 だが――今に見ていろ。
 僕が力を取り戻した暁には、必ず目にものを見せてやる。

 荒れていた呼吸を整え、床にあぐらをかいた。
 怒りは立っている時ほど、制御が難しい。

「今さら学園に行ったって、何になる。得られる学びなんて一つもないよ。僕は魔術のスペシャリストだからね」

「今は、違いますよね?」

「……うるさい」

「では、お友達はいらっしゃらないのですか?」

 その言葉は、
 雷でも、魔術でもなかった。

 ただの疑問形だった。

 何それ、美味しいの?
 ――とまでは、言うまい。

 そんな返しをしたところで、誤魔化せる類の痛みではないと、僕自身が一番よく分かっていたからだ。

「さあね。学園に出向いたなら、話をする奴もいたさ。でも、その程度だよ。
 向こうは友達だとも思ってないだろうな。数えられるくらいしか、通ってないし」

「可哀想に……。やっぱりイズヒト様、学園では除け者にされて。
 でも大丈夫です。私だけは、イズヒト様の良いところ、たくさん知ってますから……!」

 ――ああ、これは。
 完全に“気の毒な人”を見る目だ。

 大丈夫?
 本当に僕の良いところ、知ってる?

 それ、花瓶の中で干からびた花に、まだ香りを探して回るような、苦し紛れのフォローじゃないよね?
 同情を優しさと勘違いして、そっと蓋を被せてきてるだけじゃないよな?

 ……違う。
 学園に通っていないのには、ちゃんと理由がある。

 僕は一度、息を吐いた。

「違うよ。全部、アーイシャと再会する為さ。
 学園に通う時間も、すべて死霊術の研究に費やしてきた。
 出席した数少ない日だって、書庫で魔術書を漁るためだったし」

「まあ、イズヒト様。急に愛の告白なんて、照れるじゃないですか。
 そんなに、私のことを想ってくれてたんですね」

「いや、お前はアーイシャじゃない」

「ひどい……。数十年も連れ添った嫁の顔も忘れるなんて……!
 私に飽きたら、ご自身の記憶ごと粗大ゴミにポイですか?
 積み重なった思い出のサイズが大きすぎて、回収料金、高くつきますよ!?」

「お前みたいな妄言女、回収してくれる業者があるなら、今すぐ連絡するわ!
 なんなら再生工房リサイクルショップでもいい! 土下座でお願いしちゃおうかなあ!?」

「言ってくれましたね。
 言ってくれましたね。
 言ってくれましたねえええ!」

 カレンは顔を真っ赤に染め、右手を僕に向かって差し出す。
 何か魔術を唱える気だろうか。掌に光の粒が徐々に集約していく。

 額から滝のように冷や汗が流れ落ちるのを感じる。
 今のカレンの瞳――完全に錯乱し、何をしでかすか分からない狂気のそれだ。

 勢いに任せれば、僕など一瞬でスクラップにされ、粗大ゴミとして廃棄されかねない。
 弁明しなければ、今すぐに……!

「な、ななな、何度も言わせるな。お前とアーイシャは、見た目が全然違うんだ。信じてくれって言う方が無理だろう」

 前世の嫁、アーイシャの肌は褐色で、瞳はコバルトブルー。
 対して自称嫁のカレンは、白い肌に琥珀色の瞳。
 さらに、童顔で振る舞いまで幼い。
 アーイシャはもっと、気品と慎ましさを備えた女性だったはずだ。

 心臓が喉を逆流するように脈打つ。
 だが、頭だけは冷静を保つ。
 策略を練る余裕は、恐怖と紙一重で存在する。

「僕もカレンを信じたい。
 でももし違っていたら――考えただけで怖いんだ。
 僕は、終生アーイシャだけを愛し続けると誓ったからね」

 ――保身のためだけに編み出した、全力投球の上辺だけの美しい言葉。
 この女を信じたいだなんて、毛ほども思っちゃいない。

 カレンは差し出した右手を見下ろす。
 その白い肌を見つめ、やがて目を伏せ、複雑そうな笑みを浮かべる。
 魔力をそっと収め、手を下ろした。

「……それは、ずるい言葉ですね。
 信じたいって言われたら、寄り添いたくなるじゃないですか」

 ――あれ、助かったのか?
 何だか分からないけれど、今しかない。
 安堵の隙間に、ここぞとばかりに僕の舌が躍る。
 踊れ、僕の舌根。舞え、言葉の小さな魔術よ。

「あ、ああ。僕たちはまだ現世では出会ったばかりだろう?
 これから長い時間をかけて、お互いのことを知れたらいいじゃないか。
 そうだ、この後、一緒に何か食べに行かないか?
 良く行くカフェテラスがあって――ティーズ……なんたら、ドラゴンって店だ。確か。
 カレンも気に入ると思うよ」

 よく行く店、と言いながら店名すら曖昧なのは――
 そもそも行ったことがほとんどないからである。
 そして今、カレンの許しを内心、地中に頭をめり込ませる勢いで乞うている。
 滑稽だ。文字通り、頭を土に突っ込むような、そんな気持ちだ。

 カフェテラスとカフェテリアの違いもわからない僕が、洒落た店に通うわけがない。
 行ってみたい気持ちがないわけではない――いや、正確には、行ってみたいのではなく、カレンを機嫌よくさせたいだけだ。

 誘いの言葉を放つと、カレンの表情が曇天の空から差し込む光のようにぱっと晴れた。
 その瞬間、僕の胸の奥に、小さな安堵と、しかし危ういほどの緊張が同時に芽生えた。

「二人でお出かけですか? 男女が並んで歩く、それはつまりデートですか!?」

「思考が思春期男子学生みたいだな……うーん、まあ、多分デートだと思う。もうそれでいいや。部屋の修繕用具も買い足さなきゃいけないし、二人だと運ぶのも楽だ」

――余計な一言で、一気にムードが霧散する。
カレンは顔を曇らせ、ぶーたれたように唇を尖らせる。

「イズヒト様ぁ、じゃあせめて、一緒に見つめ合いながら歩きましょうね」

「二人で電柱に頭ぶつけて絶対死ぬだろう、やだよ」

「もう、いけず!」

 騒ぎ立てるカレンを無視し、僕は立て付けの悪いクローゼットに手をかけ、学園のコートを取り出して羽織る。
 学園に通っていないくせに、なぜこんな格好をするか――理由は簡単だ。
 生徒だと判明すれば、何かと施設でのサービスを受けやすくなる。
 一人暮らしの貧乏学生にとって、無料で得られる恩恵は貪欲に享受すべきだ。

 制服だけでなく、身分証も忘れない。学園内の序列を示す、最低ランクのTier5『虚位インフェリオ』の指輪を――。
 指先に装着する冷たい金属が、僕の掌に静かな決意を刻む。
 今日、カレンと共に歩むこの道は、単なる買い物などではない。すべては、計算の一手だ。


 
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