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第一章 冷たき生に、死の花束を――
第4話 カレン
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「ほら、早く服を着てくれ。目に毒だ。
サイズの心配はいらない。僕は華奢だからな……お前でも、余裕をもって着られるはずだ」
あえて、ぞんざいな口調を選んだ。
必要なのは思いやりではない。距離だ。
この女に――自分の内側の揺らぎを、悟られないための。
そんな胸中など知る由もなく、彼女はむっと唇を尖らせた。
「イズヒト様。
もう少しだけ、愛のある接し方ってものを、覚えてくれませんか?」
「哀なら、もう十分に込めたつもりだが。
……まだ足りないのか。困った奴だな」
「ち~が~い~ま~す~!」
変態少女は頬を朱に染め、ぷりぷりと怒りながら、投げ渡された服に腕を通した。
――失敗した。
白いTシャツという選択は、明らかに判断ミスだった。
サイズには想像以上の余裕があり、布地は彼女の身体を拒むどころか、むしろ素直すぎるほど従っている。
その結果がどうなるかなど、考えるまでもない。
……透けている。
色々と。
別に、気遣う必要などない相手だというのに。
それでも僕は、無意識のうちに視線を逸らしていた。
「と、とりあえず……今日はそれで我慢しろ」
声が、わずかに上ずる。
「後で、お前の服は適当に見繕ってくる。
だから――その……変な動きをするな」
言い終えてから、自分が何を警戒しているのか分からなくなり、内心で舌打ちした。
「わあ、イズヒト様が選んでくださるんですか? 嬉しいです。
たとえドブネズミの毛皮でも、一生大切にしますね! ……あ、私、もう死んでるんでした」
「もう、どこから突っ込めばいいんだ……」
額に手を当て、心臓の奥から息を吐き出すように溜め息をつく。
考えるな。考えるほど、精神が削られる。
そのまま、指先で軽く合図した。
「お前、ちょっとこっちに来い」
「はい? 何でしょうか」
「……」
「……?」
少女は素直に歩み寄り、僕の目の前で立ち止まった。
いや、確かに呼んだのは僕だ。
それは事実だが――
来いと言われて、ここまで詰めてくる奴があるか。
視界いっぱいに広がる顔。
吐息が、わずかに混じる距離。
耐えきれず、声が跳ねた。
「近すぎるだろ!? お前、距離感が完全に壊れてるぞ!
初対面なのに名前呼びして、週末のランチに誘ってくる奴と同じ詰め方だ!」
「え? すみません、何を言っているのかよく分かりません」
「なんで僕が変なこと言ってるみたいな顔をするんだあああ!」
少女はきょとんと目を瞬かせ、心底不思議そうに首を傾げる。
「イズヒト様が私をお側に呼ぶなんて……てっきり、“そういうこと”が始まるのかと」
「……一体、何が始まるって言うんだ」
問い返した声には、怒気よりも疲労のほうが勝っていた。
こいつには、どうやら一般常識というものが根本から欠け落ちているらしい。
現世の尺度をそのまま当てはめて、真面目に相手をしてはいけないタイプだ。
だからこそ――今、やるべきことがあった。
僕は無言で、少女の額を指ではじいた。
「あだっ」
「少し離れろ。現世での最低限の常識は今から渡しておいてやる。
全部を教える気はないから、分からないことは自分で調べて、考えろ」
少女は額を両手で押さえたまま、きょとんとした表情でこちらを見る。
「あ、ありがとうございます……?」
疑問形で礼を言われたのは初めてだ。
僕は小さく息を吐き、指先で魔術式を組み上げる。
人差し指に、青白い蛍火のような光が宿った。
――よし。
これくらいの魔術は、まだ問題なく使えるらしい。
僕はその光を、もう一度デコピンする要領で、赤くなった少女の額に触れさせた。
「これからお前と、どう生活するか考えないとな」
「イズヒト様、私は『お前』じゃなくて、アーイシャです」
「冗談はそのぽんこつ頭だけにしてくれ。僕がお前をアーイシャと呼ぶことは、絶対にない」
「じゃあ、現世での新しい名前を下さい。イズヒト様みたいな!」
心なしか、嬉々とした表情まで浮かべている。
だが正直なところ、こんな奴の名前などどうでもよかった。
とはいえ――アーイシャ“もどき”と呼ぶのは、最愛の妻に対してあまりにも不敬だ。
その一点だけが、僕の口を縛っている。
僕は吐き捨てるように言った。
「じゃあ、ポチでもタマでも好きな方を選べ」
「酷い! 拾われたペットだって、そんな適当に名付けられませんよ!?」
「もはやお前も、ぽんこつも、とんこつも大差ないよ」
「もっと、すたいりっしゅに!」
――果たして、意味が分かって言っているのか。
仕方ない。
ならばせめて、こいつに相応しい“名前”を与えてやろう。
僕はわざとらしく顎に手を当て、考えるふりをしてから告げた。
「じゃあ……アーヘラだ。
アーヘラ・アルクス。どうだ」
「わあ、格好良さげですね。どんな意味なんでしょう」
「ああ……“踊る娼婦”だよ」
その瞬間、僕の足元に大穴が開いた。
床は抉られ、立ち上る白い煙の渦に巻かれるようにして、僕は奥歯をカチカチ鳴らしながら身を震わせるしかなかった。
恐る恐る少女を見やる。
床に差し向けた右手のひらから、柴色の稲妻がピリピリと音を立てて空気を裂き、霧散していく。
――無詠唱で発現可能な初級魔術、【雷砲】。
本来は貫通力のない痺れ玉に過ぎないはずだが、この威力と速度は尋常ではない。
心臓が喉元まで飛び出るかと思った。思わず身を引き、床の熱を踏みしめながら、わずかに震える手を握りしめる。
もしもほんの数センチでも角度が違えば――今、死んでいたかもしれない。
凍てつく瞳で、少女は僕に微笑みかける。
「あは。イズヒト様、もう一度言って欲しいなあ」
言葉の端に潜む無邪気さに、僕は思わず声を荒げた。
「いやいやいやいや違う違う。君にはもっと、暴力的な――じゃない、女の子らしくて可憐な名前が必要だろ?」
「あ、今の何だか良い響きです!」
ひぃっ――と、思わず漏れた声は、かつての眷属も耳を疑うほどの腑抜けっぷり。
両手で身を守る仕草は、まるで自分を抱きしめるようで滑稽極まりない。
突然指を差されたものだから、再び魔術でも放つのではと、本気で死を覚悟した。
「良い、響き……?
暴力的ってところ? 殺人衝動に目覚めちゃったの?」
「違いますよ。
女の子らしくて“可憐な”って言ったじゃないですか」
「言った」
「良い感じです」
少女は腰に手を当て、満足げにふんぞり返った。
――可憐とは、何だ。
指先ひとつで人の心臓に風穴を開けかねない、このバイオレンス少女が可憐だというのか。
あっははは。せめて名前の前に「殺戮兵器」とでも冠してやらなければ、世界に対して不誠実だろう。
とはいえ、そんな本音を口に出せるほど、僕は命知らずではない。
僕はまるで、機嫌を損ねれば即座に消される下っ端のように、へらりと笑って平手を擦った。
「そうだ。
僕は君に――“カレン”って名前を付けたかったんだ」
「本当ですか?
どんな意味でしょうか」
「可愛らしい、とか。愛らしい、って意味だよ。
うん。君にぴったりだ」
――そんなわけがあるか、モンスターめ。
少女はその新しい名前を身体で理解しようとでもするように、くねりと身をよじらせた。
「ふわ~、可愛らしいだなんて……もう、イズヒト様~!」
今は、これでいい。
僕がこいつの手綱をどうにか握り続けられるのなら、きっと――普通の生活も成り立つはずだ。
そして、その時が来たなら。
必ずお前から力を取り戻し、今度こそ、正しくあの世へ送り返してやる。
これから僕、イズヒトと、
殺戮兵器カレンとの――
魔術競技専科での学園生活が、静かに始まる。
サイズの心配はいらない。僕は華奢だからな……お前でも、余裕をもって着られるはずだ」
あえて、ぞんざいな口調を選んだ。
必要なのは思いやりではない。距離だ。
この女に――自分の内側の揺らぎを、悟られないための。
そんな胸中など知る由もなく、彼女はむっと唇を尖らせた。
「イズヒト様。
もう少しだけ、愛のある接し方ってものを、覚えてくれませんか?」
「哀なら、もう十分に込めたつもりだが。
……まだ足りないのか。困った奴だな」
「ち~が~い~ま~す~!」
変態少女は頬を朱に染め、ぷりぷりと怒りながら、投げ渡された服に腕を通した。
――失敗した。
白いTシャツという選択は、明らかに判断ミスだった。
サイズには想像以上の余裕があり、布地は彼女の身体を拒むどころか、むしろ素直すぎるほど従っている。
その結果がどうなるかなど、考えるまでもない。
……透けている。
色々と。
別に、気遣う必要などない相手だというのに。
それでも僕は、無意識のうちに視線を逸らしていた。
「と、とりあえず……今日はそれで我慢しろ」
声が、わずかに上ずる。
「後で、お前の服は適当に見繕ってくる。
だから――その……変な動きをするな」
言い終えてから、自分が何を警戒しているのか分からなくなり、内心で舌打ちした。
「わあ、イズヒト様が選んでくださるんですか? 嬉しいです。
たとえドブネズミの毛皮でも、一生大切にしますね! ……あ、私、もう死んでるんでした」
「もう、どこから突っ込めばいいんだ……」
額に手を当て、心臓の奥から息を吐き出すように溜め息をつく。
考えるな。考えるほど、精神が削られる。
そのまま、指先で軽く合図した。
「お前、ちょっとこっちに来い」
「はい? 何でしょうか」
「……」
「……?」
少女は素直に歩み寄り、僕の目の前で立ち止まった。
いや、確かに呼んだのは僕だ。
それは事実だが――
来いと言われて、ここまで詰めてくる奴があるか。
視界いっぱいに広がる顔。
吐息が、わずかに混じる距離。
耐えきれず、声が跳ねた。
「近すぎるだろ!? お前、距離感が完全に壊れてるぞ!
初対面なのに名前呼びして、週末のランチに誘ってくる奴と同じ詰め方だ!」
「え? すみません、何を言っているのかよく分かりません」
「なんで僕が変なこと言ってるみたいな顔をするんだあああ!」
少女はきょとんと目を瞬かせ、心底不思議そうに首を傾げる。
「イズヒト様が私をお側に呼ぶなんて……てっきり、“そういうこと”が始まるのかと」
「……一体、何が始まるって言うんだ」
問い返した声には、怒気よりも疲労のほうが勝っていた。
こいつには、どうやら一般常識というものが根本から欠け落ちているらしい。
現世の尺度をそのまま当てはめて、真面目に相手をしてはいけないタイプだ。
だからこそ――今、やるべきことがあった。
僕は無言で、少女の額を指ではじいた。
「あだっ」
「少し離れろ。現世での最低限の常識は今から渡しておいてやる。
全部を教える気はないから、分からないことは自分で調べて、考えろ」
少女は額を両手で押さえたまま、きょとんとした表情でこちらを見る。
「あ、ありがとうございます……?」
疑問形で礼を言われたのは初めてだ。
僕は小さく息を吐き、指先で魔術式を組み上げる。
人差し指に、青白い蛍火のような光が宿った。
――よし。
これくらいの魔術は、まだ問題なく使えるらしい。
僕はその光を、もう一度デコピンする要領で、赤くなった少女の額に触れさせた。
「これからお前と、どう生活するか考えないとな」
「イズヒト様、私は『お前』じゃなくて、アーイシャです」
「冗談はそのぽんこつ頭だけにしてくれ。僕がお前をアーイシャと呼ぶことは、絶対にない」
「じゃあ、現世での新しい名前を下さい。イズヒト様みたいな!」
心なしか、嬉々とした表情まで浮かべている。
だが正直なところ、こんな奴の名前などどうでもよかった。
とはいえ――アーイシャ“もどき”と呼ぶのは、最愛の妻に対してあまりにも不敬だ。
その一点だけが、僕の口を縛っている。
僕は吐き捨てるように言った。
「じゃあ、ポチでもタマでも好きな方を選べ」
「酷い! 拾われたペットだって、そんな適当に名付けられませんよ!?」
「もはやお前も、ぽんこつも、とんこつも大差ないよ」
「もっと、すたいりっしゅに!」
――果たして、意味が分かって言っているのか。
仕方ない。
ならばせめて、こいつに相応しい“名前”を与えてやろう。
僕はわざとらしく顎に手を当て、考えるふりをしてから告げた。
「じゃあ……アーヘラだ。
アーヘラ・アルクス。どうだ」
「わあ、格好良さげですね。どんな意味なんでしょう」
「ああ……“踊る娼婦”だよ」
その瞬間、僕の足元に大穴が開いた。
床は抉られ、立ち上る白い煙の渦に巻かれるようにして、僕は奥歯をカチカチ鳴らしながら身を震わせるしかなかった。
恐る恐る少女を見やる。
床に差し向けた右手のひらから、柴色の稲妻がピリピリと音を立てて空気を裂き、霧散していく。
――無詠唱で発現可能な初級魔術、【雷砲】。
本来は貫通力のない痺れ玉に過ぎないはずだが、この威力と速度は尋常ではない。
心臓が喉元まで飛び出るかと思った。思わず身を引き、床の熱を踏みしめながら、わずかに震える手を握りしめる。
もしもほんの数センチでも角度が違えば――今、死んでいたかもしれない。
凍てつく瞳で、少女は僕に微笑みかける。
「あは。イズヒト様、もう一度言って欲しいなあ」
言葉の端に潜む無邪気さに、僕は思わず声を荒げた。
「いやいやいやいや違う違う。君にはもっと、暴力的な――じゃない、女の子らしくて可憐な名前が必要だろ?」
「あ、今の何だか良い響きです!」
ひぃっ――と、思わず漏れた声は、かつての眷属も耳を疑うほどの腑抜けっぷり。
両手で身を守る仕草は、まるで自分を抱きしめるようで滑稽極まりない。
突然指を差されたものだから、再び魔術でも放つのではと、本気で死を覚悟した。
「良い、響き……?
暴力的ってところ? 殺人衝動に目覚めちゃったの?」
「違いますよ。
女の子らしくて“可憐な”って言ったじゃないですか」
「言った」
「良い感じです」
少女は腰に手を当て、満足げにふんぞり返った。
――可憐とは、何だ。
指先ひとつで人の心臓に風穴を開けかねない、このバイオレンス少女が可憐だというのか。
あっははは。せめて名前の前に「殺戮兵器」とでも冠してやらなければ、世界に対して不誠実だろう。
とはいえ、そんな本音を口に出せるほど、僕は命知らずではない。
僕はまるで、機嫌を損ねれば即座に消される下っ端のように、へらりと笑って平手を擦った。
「そうだ。
僕は君に――“カレン”って名前を付けたかったんだ」
「本当ですか?
どんな意味でしょうか」
「可愛らしい、とか。愛らしい、って意味だよ。
うん。君にぴったりだ」
――そんなわけがあるか、モンスターめ。
少女はその新しい名前を身体で理解しようとでもするように、くねりと身をよじらせた。
「ふわ~、可愛らしいだなんて……もう、イズヒト様~!」
今は、これでいい。
僕がこいつの手綱をどうにか握り続けられるのなら、きっと――普通の生活も成り立つはずだ。
そして、その時が来たなら。
必ずお前から力を取り戻し、今度こそ、正しくあの世へ送り返してやる。
これから僕、イズヒトと、
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