Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~

るろ

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第一章 冷たき生に、死の花束を――

第3話 もう、無かったことには出来ないほどに。

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「目的は何だ。お前は僕を殺すために現れた、悪魔の手先か?」

「そんなことが目的なら、とっくにやってますよう。
 私の目的――現世でもう一度、生きる理由があるとすれば……そうですね……」

 素っ裸の変態少女は顎元に指を添え、思案する仕草を見せた。
 その視線は、魔術の焦げ跡がまだ残る天井へと向けられている。
 まるで答えをそこに書き残してきたかのように。

 沈黙。
 その間に、僕の鼓動だけがやけに大きく耳に響く。

 やがて彼女は、思いついたというより――最初から決まっていた答えを口にするように、屈託のない笑みを作った。

「カイス様のお側にいることです!」

 あまりにも場違いな言葉だった。
 魔術、殺意、恐怖。そのどれとも噛み合わない。

「……は?」

 自分でも驚くほど、間の抜けた声が喉から漏れた。


「何だそれ。僕は既婚者だぞ? お前、むしろそっちのほうが燃え上がるタイプなのか」

「カ、カカカカイス様!? まさか現世でもう新しい伴侶を!? 誰の許可を得てそんなことしてるんですかあ!?」

「少なくともお前の許可はいらないだろ。
 期限切れのクーポン券より価値がない」

「言ってることはよく分かりませんが、凄まじく侮辱されているという事実だけは理解できます!
 不倫ですよ、不倫! 
 カイス様は誠実さだけが取り柄だったのに……うわああああ……」

 ……何だこいつ。
 本当に泣いているのか?
 というか今、さらっと僕を貶したな。

 魔術に秀でているところだって、立派な取り柄だったはずだ。
 そう反論しかけて――ふと、思考が止まる。

 ……ああ。
 今の僕には、それがもう無い。

 力を失い、魔術を奪われ、それでもなお立っている理由を探せば――
 確かに、残っているのは誠実さくらいなものかもしれない。

 ならばせめて、その最後の拠り所だけは守らねばならない。
 僕の名誉のためにも。

「おい、お前。
 盛大な勘違いをしているようだが、僕は現世で結婚などしていない」

 変態少女の泣き声が、ぴたりと止まった。

「僕の生涯の伴侶は、アーイシャだけだ」

「……え?」

 その一言は、拍子抜けするほど小さく、
 しかし確かに、何かが揺らいだ音だった。

「本当ですか?」

 分かりやすく顔色を明るくしたのが、ひどく腹立たしかった。
 思わず平手打ちの一つでも食らわせてやりたくなる――が、それは叶わない。

 今やこの女の魔力は、僕を凌駕している。
 下手に感情をぶつけるのは愚策だ。少なくとも今は、彼女の機嫌を不必要に逆撫ですべきではない。

「ああ、本当だ。
 だから――またアーイシャを召喚するための研究を続ける」

 自分の声が、妙に冷静であることに気付く。

「お前が“僕の側にいること”を現世で生きる理由だと言うのなら、その研究を手伝え。
 それが条件だ。それなら、お前を僕の側に置いてやる」

「本当ですか!? カイス様!
 私、またお側に居てもいいんですね。……いやでも、私がカイス様のお嫁さんなんだけどなあ」

「馬鹿なことを言うな」

 吐き捨てるように言う。

「おそらく、アーイシャの魔力を大量に注ぎ込んだせいで、記憶が混濁しているんだろう。
 だから当分の間――アーイシャを“自称”することくらいは、黙認してやる」

「自称じゃなくて、私は本当にカイス様の――」

 そこで、我慢の限界だった。

 僕は上半身を起こし、変態少女の頭を掴んで押し退ける。
 ……これくらいの扱いなら、許されるだろうか。

 分からない。
 何もかもが手探りだ。

 まるで地雷原を、細い杖で叩きながら渡っているような心地だった。

「はいはい、分かったから……もういい加減どいてくれ。
 それから、僕はもうカイス・イヴン・アル=ウラキウスじゃない。現世での名はハトバ・イズヒトだ。イズヒトでいい」

「イズヒト様……イズヒト様……」

 変態少女は、その名を確かめるように、ゆっくりと反芻はんすうした。
 まるで、失えば二度と取り戻せない呪文でも刻み込むかのように。

 前世の記憶のままなら、確かに奇妙で馴染みのない響きに聞こえるのだろう。
 僕自身、この世界に転生した直後は、名前一つ取っても時代の隔たりに戸惑ったものだ。

 ――問題は、この自称嫁をどう扱うかだ。

 一歩踏み違えれば、主従関係は容易く反転する。
 かつて僕が有していた絶大な力を、そのまま受け継いだ存在。
 その力は、あまりにも危険だ。

 先ほどは研究を手伝えなどと言ったが、正直、期待はしていない。
 仮に研究が進み、アーイシャだと確証の持てる人物を再び召喚できたとして――その後、この変態少女はどうする?

 自らの居場所を失うことを恐れ、アーイシャを殺す可能性は?
 否定できない。むしろ、現実的な未来だ。

 だから、僕がこれから成すべきことは一つ。

 ――こいつから、僕の力を取り戻す方法を探る。

 その決意が胸の奥で静かに固まっていくのを感じながら、
 そんな思惑などつゆも知らぬまま、変態少女は噛み締めるように言った。

「素敵なお名前です」

「そうかな。両親が旅行先で僕を産んだものだから、その地名が付けられたらしい」

「ご両親……! 後でたくさんの手土産を持って、ご挨拶に行かなくちゃですね」

「そんな格好で行ってみろ。
 手土産のお返しに、通報と手錠が付いてくるぞ」

「まあ、イズヒト様。この格好でご挨拶に行けと言うのですね……!
 お望みとあらば、一肌脱ぎますとも」

「それ以上脱ぐものが無いから問題なんだよ!
 服を着ろ、服を!」

 声を荒げながら、ようやく気付く。
 そういえばこの女、本当に何一つ身に着けていない。

 今この瞬間に至るまで、僕はこの女をどう始末するか、そればかりを考えていた。
 だから視界に映る異常を、意識の外へ追いやっていたのだろう。

 だが「始末しない」という選択を下した途端、現実は容赦なく押し寄せてくる。
 目のやり場が、無い。
 本当に、どうしようもなく、すっぽんぽんだ。

 憤慨と居心地の悪さを誤魔化すように、僕はふらつきながら立ち上がる。
 黒く焼け焦げたクローゼットの戸に手を掛けると、魔力の熱と衝撃で歪んだ蝶番が嫌な音を立てた。

「……くそ」

 力任せに引き剥がすように開く。
 幸い、中身まで燃え落ちてはいないようだった。
 学園の制服や私服が並ぶハンガーラックを漁り、その中から白いTシャツを一枚掴み取る。

 それを、振り向きざまに放った。

「ほら。今すぐ着ろ」

 床に落ちた白布を見つめ、変態少女は一瞬だけきょとんとした顔をする。
 それから、宝物でも受け取ったかのように両手で抱きしめ、にやりと笑った。

「……ふふ。
 イズヒト様、優しいですね」

「違う。
 視界汚染の対策だ」

 そう言い切りながらも、胸の奥に残る違和感を、僕はまだ言語化できずにいた。

 敵か。味方か。
 嫁か。化け物か。

 分からない。
 だが少なくとも――この女は、僕の世界に深く足を踏み入れてしまった。

 もう、無かったことには出来ないほどに。
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