3 / 6
第一章 冷たき生に、死の花束を――
第3話 もう、無かったことには出来ないほどに。
しおりを挟む「目的は何だ。お前は僕を殺すために現れた、悪魔の手先か?」
「そんなことが目的なら、とっくにやってますよう。
私の目的――現世でもう一度、生きる理由があるとすれば……そうですね……」
素っ裸の変態少女は顎元に指を添え、思案する仕草を見せた。
その視線は、魔術の焦げ跡がまだ残る天井へと向けられている。
まるで答えをそこに書き残してきたかのように。
沈黙。
その間に、僕の鼓動だけがやけに大きく耳に響く。
やがて彼女は、思いついたというより――最初から決まっていた答えを口にするように、屈託のない笑みを作った。
「カイス様のお側にいることです!」
あまりにも場違いな言葉だった。
魔術、殺意、恐怖。そのどれとも噛み合わない。
「……は?」
自分でも驚くほど、間の抜けた声が喉から漏れた。
「何だそれ。僕は既婚者だぞ? お前、むしろそっちのほうが燃え上がるタイプなのか」
「カ、カカカカイス様!? まさか現世でもう新しい伴侶を!? 誰の許可を得てそんなことしてるんですかあ!?」
「少なくともお前の許可はいらないだろ。
期限切れのクーポン券より価値がない」
「言ってることはよく分かりませんが、凄まじく侮辱されているという事実だけは理解できます!
不倫ですよ、不倫!
カイス様は誠実さだけが取り柄だったのに……うわああああ……」
……何だこいつ。
本当に泣いているのか?
というか今、さらっと僕を貶したな。
魔術に秀でているところだって、立派な取り柄だったはずだ。
そう反論しかけて――ふと、思考が止まる。
……ああ。
今の僕には、それがもう無い。
力を失い、魔術を奪われ、それでもなお立っている理由を探せば――
確かに、残っているのは誠実さくらいなものかもしれない。
ならばせめて、その最後の拠り所だけは守らねばならない。
僕の名誉のためにも。
「おい、お前。
盛大な勘違いをしているようだが、僕は現世で結婚などしていない」
変態少女の泣き声が、ぴたりと止まった。
「僕の生涯の伴侶は、アーイシャだけだ」
「……え?」
その一言は、拍子抜けするほど小さく、
しかし確かに、何かが揺らいだ音だった。
「本当ですか?」
分かりやすく顔色を明るくしたのが、ひどく腹立たしかった。
思わず平手打ちの一つでも食らわせてやりたくなる――が、それは叶わない。
今やこの女の魔力は、僕を凌駕している。
下手に感情をぶつけるのは愚策だ。少なくとも今は、彼女の機嫌を不必要に逆撫ですべきではない。
「ああ、本当だ。
だから――またアーイシャを召喚するための研究を続ける」
自分の声が、妙に冷静であることに気付く。
「お前が“僕の側にいること”を現世で生きる理由だと言うのなら、その研究を手伝え。
それが条件だ。それなら、お前を僕の側に置いてやる」
「本当ですか!? カイス様!
私、またお側に居てもいいんですね。……いやでも、私がカイス様のお嫁さんなんだけどなあ」
「馬鹿なことを言うな」
吐き捨てるように言う。
「おそらく、アーイシャの魔力を大量に注ぎ込んだせいで、記憶が混濁しているんだろう。
だから当分の間――アーイシャを“自称”することくらいは、黙認してやる」
「自称じゃなくて、私は本当にカイス様の――」
そこで、我慢の限界だった。
僕は上半身を起こし、変態少女の頭を掴んで押し退ける。
……これくらいの扱いなら、許されるだろうか。
分からない。
何もかもが手探りだ。
まるで地雷原を、細い杖で叩きながら渡っているような心地だった。
「はいはい、分かったから……もういい加減どいてくれ。
それから、僕はもうカイス・イヴン・アル=ウラキウスじゃない。現世での名はハトバ・イズヒトだ。イズヒトでいい」
「イズヒト様……イズヒト様……」
変態少女は、その名を確かめるように、ゆっくりと反芻した。
まるで、失えば二度と取り戻せない呪文でも刻み込むかのように。
前世の記憶のままなら、確かに奇妙で馴染みのない響きに聞こえるのだろう。
僕自身、この世界に転生した直後は、名前一つ取っても時代の隔たりに戸惑ったものだ。
――問題は、この自称嫁をどう扱うかだ。
一歩踏み違えれば、主従関係は容易く反転する。
かつて僕が有していた絶大な力を、そのまま受け継いだ存在。
その力は、あまりにも危険だ。
先ほどは研究を手伝えなどと言ったが、正直、期待はしていない。
仮に研究が進み、アーイシャだと確証の持てる人物を再び召喚できたとして――その後、この変態少女はどうする?
自らの居場所を失うことを恐れ、アーイシャを殺す可能性は?
否定できない。むしろ、現実的な未来だ。
だから、僕がこれから成すべきことは一つ。
――こいつから、僕の力を取り戻す方法を探る。
その決意が胸の奥で静かに固まっていくのを感じながら、
そんな思惑など露も知らぬまま、変態少女は噛み締めるように言った。
「素敵なお名前です」
「そうかな。両親が旅行先で僕を産んだものだから、その地名が付けられたらしい」
「ご両親……! 後でたくさんの手土産を持って、ご挨拶に行かなくちゃですね」
「そんな格好で行ってみろ。
手土産のお返しに、通報と手錠が付いてくるぞ」
「まあ、イズヒト様。この格好でご挨拶に行けと言うのですね……!
お望みとあらば、一肌脱ぎますとも」
「それ以上脱ぐものが無いから問題なんだよ!
服を着ろ、服を!」
声を荒げながら、ようやく気付く。
そういえばこの女、本当に何一つ身に着けていない。
今この瞬間に至るまで、僕はこの女をどう始末するか、そればかりを考えていた。
だから視界に映る異常を、意識の外へ追いやっていたのだろう。
だが「始末しない」という選択を下した途端、現実は容赦なく押し寄せてくる。
目のやり場が、無い。
本当に、どうしようもなく、すっぽんぽんだ。
憤慨と居心地の悪さを誤魔化すように、僕はふらつきながら立ち上がる。
黒く焼け焦げたクローゼットの戸に手を掛けると、魔力の熱と衝撃で歪んだ蝶番が嫌な音を立てた。
「……くそ」
力任せに引き剥がすように開く。
幸い、中身まで燃え落ちてはいないようだった。
学園の制服や私服が並ぶハンガーラックを漁り、その中から白いTシャツを一枚掴み取る。
それを、振り向きざまに放った。
「ほら。今すぐ着ろ」
床に落ちた白布を見つめ、変態少女は一瞬だけきょとんとした顔をする。
それから、宝物でも受け取ったかのように両手で抱きしめ、にやりと笑った。
「……ふふ。
イズヒト様、優しいですね」
「違う。
視界汚染の対策だ」
そう言い切りながらも、胸の奥に残る違和感を、僕はまだ言語化できずにいた。
敵か。味方か。
嫁か。化け物か。
分からない。
だが少なくとも――この女は、僕の世界に深く足を踏み入れてしまった。
もう、無かったことには出来ないほどに。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる