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人ナラ猿モノ
第一話 日常発非日常行
しおりを挟む・・・・・・・・・・・・夢?
そうつぶやいたつもりであったが、おそらく発音出来ていないだろう。「だろう」、というのも、ぼんやりして自分が言葉を上手く発しているかどうか分からないからだ。
「・・・ラッキーだな。」
これが巷で言う明晰夢なのか?
この状況をラッキーだと言い切れる自分はおかしいのだろうか。友達はよく僕を「人間らしくない」と言う。酷い言い草だ。感性は人それぞれ違うって言うのに。
直近だと・・・一昨日、「ご飯って食べるの面倒くさいよね。」と言ったら、友達は僕が食べようとしていたコンビニおにぎりを目にもとまらぬ早さでふんだくり、「非人間は食べなくていい!」と言って食べてしまった。おにぎりの代金ぐらい返せよな・・・
まあそんなことはどうでもいい。
今日は十二月後半・・・よりによって赤い変態オジサンが子供の部屋に忍び込んで来る日。大学も休みだ。「せめて正月ぐらいまでには帰って来てよ」と母親にメールで促され帰省中である。実家はまあまあの田舎。大学に通うために一人暮らししている東京からは、数回電車を乗り継がなければならない。
そして、一日に数回しか走らず乗客なんて僕以外一人もいない、田舎によくある電車に乗っているところである。この電車を乗り切れば、実家の最寄駅に到着する。現実の僕はその座席で疲れて眠っているはずだ。
まあ、夢の中でもその電車の中にいるのだけれど。
意識がぼんやりして体がうまく動かせない。体の感覚が希薄だ。中途半端に柔らかい電車の座席に同じ態勢で座っていると尻に感じる、あの圧迫感や熱感もない。怠いわけでも、体が硬直しているわけでもない。力が入らないというか・・・不思議な感覚だ。
次に、この世界が夢だと確信している一番の理由は窓からの景色だ。
真っ白・・・いや、透明?色で表現することが出来ない。あえて言うとすれば・・・なにもない。
これが現実であるならば、車窓からは雪に覆われた地面と木々が見えるはずだ。吹雪のたびに「なんも見えねえ」とどこかの有名人の名言に似た感想をたれていた白銀の世界が無い。同じように見えないのであれば、なぜ「雪の所為ではない」と分かるのか、と聞かれても困るけれど、とにかく何もないのだ。何も無い世界が電車の周りに広がっている。
・・・誰かが聞いているわけでもないのに、頭の中で状況説明をしていてもしょうがない。他の情報はないかと視界に入る限りで周囲を探る・・・すると、向こう側に張られた広告が目についた。
「カフェインで元気百倍!残った仕事を片付けろ!」
エナジードリンクの広告だった。
世も末だな・・・夢の中でも働けと言われるのか。全国のブラック企業にお勤めの方々が絶望しそうだ・・・まさに「夢」も「希望」も無い。寝させてくれないから夢も見れない上、休ませてくれないから希望なんて残らない・・・皮肉な話だ。
こんな過激な広告がなぜ許されたのか甚だ疑問でかなり気になるけれど、とりあえず緊急性の高い問題に集中しよう・・・本当に気になるけれど。
「いつ覚めるんだ?」
珍しい体験だとは思うけれど、さすがに飽きた。最初のうちは意識がはっきりとしなかったから辛いとも思わなかったし、この世間一般だと恐怖体験だと言われそうな状況を楽しんでいたが、思考のスピードが通常運転に戻ってくると(電車だけに)、さすがに少し不安になってきた。
「え?なに?もう死んでるみたいな落ち?」
体感30分ぐらいはこの状態のような・・・このまま覚めずに死んでしまうのか・・・それとも今はやりの異世界転生とか?・・・にしてはイベントの進行が遅い。近くの役所の手続きぐらい遅い。東京に引っ越したとき、めちゃくちゃ待たされたなあれ・・・
「ハァ・・・」
もう寝ようかな・・・と夢を見ている真っ最中なのに考えていた・・・・
「・・・うん?」
かなり注意深く見ればようやく、やっと見えるぐらいに、薄ら、半透明のなにかが僕のすぐ目の前に・・・え?
「化け物?」
口にした瞬間、その化け物が首を横に振った・・・・・・ように見えた。意思疎通が出来るのか?少しびびった・・・なんで今まで見えなかったんだ?
よくみたら人の形をしているような・・・ということは幽霊?明晰夢じゃなくて金縛り?あれ?もしかして今までの僕の独り言、ちゃんと声に出てた?この幽霊に全部聞かれてたってことか?・・・照れるなおい・・・最初からここにいたのか?逃げたくても動けないし・・・
体感で数分間、じっとその半透明な幽霊を(他に出来ることも無いから)見ていると、だんだん彼の風貌がわかってきた。病弱そうな白い肌に同じく白い髪、そして赤い瞳を持つ端整な顔立ちをした青年だった。嫉妬するぐらいには顔立ちが整っていて、神秘的な外見だった・・・アルビノ?
街中で彼とすれ違ったら、男女問わず誰もが振り返ることだろう。それほどの・・・非現実的な美しさにしばらく呆然とした・・・・・・なんてことはなかった。原因は彼の服装だ。
白装束・・・しかも着付けが左前で死装束である。
「まんま幽霊じゃん・・・」
ご老人が見たら卒倒しそうな見た目だ。こんな意味分からない恐怖体験中に目の当たりにするのは御免被りたい。(ていうか、どんな状況でもこんな外観の人と鉢合わせたくはない。)
やっぱり僕はすでに死んでいるのか?この人は幽霊か死神なのか?
極め付けに、その両目以外は頭の先からつま先まで真っ白な白年・・・おっと間違えた・・・青年が必死な様子でなにかを叫んでいた。
「・・・・・・・・・・・・。」
後方車両を指さして、なにかを僕に大声で訴えている。しかし、耳がよく聞こえない。なにを言っているのかわからない。なにを伝えようとしているんだ?後方車両になにかあるのか?
突如天井のスピーカーから雑音が流れ出す。
「つぎ・・・△・×え・・。つ・・はー○・・駅ー。・らく・・・・・・」
車内アナウンス?どういうことだ?なぜこっちの音は聞こえる?
僕が混乱しているなか、もともと判然としていなかった世界がさらにぼんやりと、白く滲んでいく・・・
目の前の青年が悔しそうな表情でスピーカーを睨む・・・両手を握りしめ・・・下にうつむき・・・・・・・・・もう見えない・・・視界が白く・・・
「すまない」
・・・え?なにか言われた?・・・誰に・・・・・・・あれ?
キキィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
「・・・着いたのか。」
耳障りなタイヤの音で目を覚ます。変な姿勢で寝ていたようだ。体の節々が痛い。寝起き直後の怠い体を無理矢理動かして、赤い座席シートから立ち上がる。
「・・・お降りのお客様はぁ、手荷物をお忘れ無きよう、お気をつけくださ・・・」
「はいはいわかってますよー。」と、アナウンスに心の中で悪態をつきつつ、田舎の電車特有、扉の開くボタンを押して車外に出る・・・途端に、肌を刺す寒い空気が吹き付けてきた。
「さっむ・・・」
無意味とはわかっていても気温の低さに不満をたれてしまう。さすが我が故郷。マジで寒い・・・僕のためにこの今降っている雪が止んでくれてもいいんだよ?まあ電車が止まらない程度の雪だから助かってるほうだけど・・・東京だったらこの程度でも電車は止まるんだろうなあ。
雪がちらちらと降っていた。夜というのにはまだ早いが、あたりは薄暗くなりかけている。とは言え、家族に車で迎えに来てもらえるはずだから真っ暗になる前に家に着くだろう。
背伸びしたり肩を回したりして体をほぐしながらホームを歩き出す・・・が、都会の電車に馴れてしまっていたせいか、扉を閉め忘れたことに気づいて慌てて戻る。別に閉め忘れたからと言って寒がる他の乗客なんていなかったけれど。
・・・あれ?誰かいたっけ・・・?
なにか違和感を感じて首をかしげてみる。誰かに声をかけられた気がするような・・・
「・・・気のせいだろ。」
再び改札に向かってキャリーケースをころがした。とにかく、暖かい我が家に早く帰りたかった・・・あぁ、早く飼い猫のクロスケに会いたい・・・家族はむしろどうでもいいかな・・・
なんて考えながらホームの階段を降りた。
―――「『・・・あのとき、夢の内容を覚えていなかった上、夢の中に現れた彼、白神さんの言葉が聞き取れなかったのだから、今更言っても、本当に無意味で、無価値で、無理のあることです・・・けれど、その違和感の正体をもっと深く考えて、家に向かわなければ・・・あるいは再び電車に乗って遠くに逃げていれば、いつも通りの、なごやかで、少し退屈な日々が続いたんでしょうか?
・・・さすがにあの状況でそんな行動とるわけがないだろ・・・詰んでたじゃん・・・』
五十人目の被害者は笑ってそう言った。」―――
――日本魔法使協会魔法・超常存在対策課 災害級危険事物処理班 「人猿に関する調査書」より抜粋――
第1話終
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