未だ分からず《人間らしくない人間と人間らしい怪物》

甘党でやる気ないおおかみ

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人ナラ猿モノ

第十一話 忘却クリスマスケーキ

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 十二月三十一日大晦日 協会本部ビル 処理班宿直室


 コツコツコツコツコツコツコツコツ・・・


 僕の寝泊りする場所として使わせて貰っている宿直室に来客が来ていた。この一定のリズムのコツコツと言う音も、その来客が出している音だった。

「あのさあ・・・・・・」

 その来客が、対面に礼儀良く足を揃えて座っている僕を呆れ半分、怒り半分で睨みつつ、長く続いていた沈黙を破って口を開いた。

「はい?」

 宿直室に最初から置かれていた、おそらくは鬼打さん達が時折口にする、骨董品、工芸品好きな『魔女』の先輩が何処かで買って来たのであろう、妙に民族的な模様が複雑に施された黒色の椅子に深く腰掛けている大人の女性・・・
 診察を受ける患者の僕が目の前に座っているというのにも関わらず、礼節なんて何処に行ったのか・・・脚を交差し、不機嫌そうにボールペンの先をコツコツと何度も、クリップボード上のカルテに何度も叩きつけているクールな女医は平原冷子さん・・・・・・僕の主治医だ。
 トレードマークの黒縁の眼鏡は忘れておらず、淡い柄入りの水色ワンピースの上に白衣を羽織っていた。今日は病院外での出張診察であるのに白衣を忘れないあたり、仕事熱心なことが伺える。

 ・・・・・・でも、何でこの人はワンピースの丈が膝よりちょっと上までしかないのに足を組んでいるんだろう?割と際どくて目のやり場に困るのだけれど・・・

「今日が何日か知ってる?」

「十二月三十一日です。」

「今日はどんな日?」

「えっと・・・・・・ヴァンダル人がライン川を越えて、ローマ帝国の滅亡がさらに加速した日ですね。」

「・・・・・・はっ倒すわよ?」

 ギロリと冷たい怒りの炎を灯した瞳で睨まれた・・・うん。鬼打さんの言う通り、怒ると怖い。

「何で私が大晦日・・・休日にわざわざあなたの部屋まで来て診察をしなきゃいけないのよ・・・そもそも、何であなたは退院するや否や、客観的に見ていつ体調が急変してもおかしくない身体で、犯罪組織のいる屋敷への突入任務に元気に参加しているの?あなた本物の馬鹿なの?馬鹿なんでしょ?死にたいの?」

 昨夜、僕が飯沼の捕縛作戦の会議に加わっていたことが平原さんに発覚し(おそらく鈴城さんから聞いたのだろう)、血相を変えて驚いた平原さんが、過去に類例のない人体改造を受けた僕の身を案じて電話を掛けて来た。
 病院に呼び出そうにも、大晦日で診察は行っておらず、かと言って、今回の飯沼邸で行った強度の運動で僕の身体に変調があった場合、本人である僕も気付かぬうちに命に関わる問題に発展しかねないから、正月の連休が明けるまで待っているわけにもいかない・・・

 というわけで、平原さんが僕の部屋までわざわざ来てくれたのである・・・・・・本当に申し訳ない。

 高校で習った無駄な世界史知識を使って茶化す場面では無いのだけれど・・・つい、口が滑った。

「何でそんなことにも気付かないかなあ・・・・・・君の周囲にいるのは暴力の中にいるのが当たり前の人達ばかりだから、これからは周囲と自分の認識のズレに気をつけなさい・・・」
 
 平原さんの言う通り、確かに疑問を持つべきだったかもしれない。何で身体中いじくり回されてすぐで、安静にしていなければならないのに、熊を探しに山登りさせられた後、犯罪組織が武装して待ち構えている屋敷の中に連れて行かれたのかを・・・・・・うーん・・・疑問に感じなかった僕はやっぱり頭の螺子が何処か外れているのだろう。

 平原さんに電話で言われて初めて気づいたもん・・・何で僕、病み上がり(?)真っ最中なのにテロリストと戦ってたんだ?・・・・・・と。

 ていうか、ナチュラルにそんな僕を任務に連れて行った鬼打さんと戸黒さんと七谷さんの頭はどうなっているんだろう?・・・僕と同じで、螺子が一、二本吹っ飛んでいることは確実だな。

「いやあ・・・成り行きで・・・」

「さすがの鬼打さんでも移植手術を受けたばかりの病み上がりにいきなりそんな危ないことやらせないだろうと思って油断した・・・あの万年黒コートめ・・・能力を調べるために早期に退院させたけど、まさか本当に実戦に放り込むなんて・・・ぶん殴ってやろうかしら?」

 平原さんが右手で顔を覆って、何処か遠くを見て憂鬱な表情を浮かべる・・・ふむ。憂鬱な表情に前髪がしんなりと掛かっている仕草が中々大人っぽい妖艶さを・・・

 「・・・・・・何ジロジロ見てんのよ」と、その表情をマジマジと鑑賞していた僕に気付いて、平原さんがつっけんどんに言った。

「いえいえ・・・平原さんは大人っぽい色気があっていいなあって・・・イダッ!?」

 平原さんが思いっ切りボールペンを投げつけ、僕の額にクリーンヒットした。

「痛いじゃないですか・・・一応僕、退院したばかりのホヤホヤなんですよ?もっと優しくして下さいよ。」

「自分がそんな身体であることも忘れてテロリストとドンパチやっていたお馬鹿な人は何処のどいつかなあ?」

「・・・・・・ごもっともであります。」

 額をさすりながら軽口を叩いていると、まだ怒りが表情から抜け切らない平原さんが、人差し指で部屋の隅に落下したボールペンを指す・・・・・・取ってこい、ということらしい。

 投げたのあんたでしょ・・・しょうがないなあ取ってきますよ女王様・・・

「ところで・・・平原さん、『万年黒コート』って戸黒さんのことですよね?あの人、そんなに有名な人なんですか?」

「ああ、うん・・・そっか。君は彼の活躍っぷりを知らないもんね。学生の頃からそりゃあもう・・・呼吸をするみたいに英雄ヒーローしてたよあの色男は。」

 ?なんだそりゃ?

「なんてったって『G組』に所属していた十人の一人だからね・・・まあ、私は彼の英雄としての一面は伝聞でしか聞いたことなくて、見たことはないから知っているとは言いにくいかな。」

「『G組』?ゴキ◯リ組の略です?」

「違うに決まってるでしょ・・・そんな汚いものを略に使ったクラスがあってたまるか。ていうか、戸黒さんとあの虫に何の繋がりがあるのよ・・・」

「戸黒さんはいつも黒い格好してますよ?」

「・・・・・・なるほど。あの人に限っては『G組』の意味はそういう風に限定出来るかもね・・・でも、ルーンさんが帰って来たらそんなこと言わない方がいいよ。」

「ルーンさん?」

「『原初の魔女ラストウィッチ』、ルーン・スライゴー・・・あなたの先輩よ。彼女は戸黒さんと同級生・・・『G組』の一人よ。」

 原初の魔女ラストウィッチ・・・魔女・・・なるほど。確かに鬼打さんが、戸黒さんの同級生だとかなんとか・・・

「・・・結局、G組って何です?」

「一昔前に創設された特別学級よ。全国の魔法学園入学者の中で、最も人並外れた力を持つ天才達を集めた学級よ。」

「ふーん・・・」

「そんな、よく分からないって顔をされてもな・・・私だって詳しくは知らないのよ。本人が側にいるんだからそっちに詳しいことを聞きなさい。」

「それもそうですね。覚えていたら後で聞いてみます。」

「ただ、一つだけ言うとしたら・・・」

「・・・・・・?」


 GF

 
 その後は、「何で私は病院以外でも白衣を着ているんだ?」とか「休日ぐらい昼まで寝たかったのに」とか「鈴城は結局忙しくて一緒に飲みにも行けないし」とか「結局今年も彼氏出来なかった・・・」と平原さんに散々な悪態をつかれながらも、診察が始まった。

 最後は僕の所為では絶対無いと思う・・・さすがに口には出さないでおいた。

 診察の様子は普通の病院で行われるものとさして変わらないからさして言うこともないのだけれど、会話を少しだけ紹介しておこう。


「体調に変化は無い?吐き気や頭痛は?」「無いです」「疲れやすかったり、気怠さ、眠気を感じたことは?」「無いです」「つまづいたり、よろめいたりしたことは?」「無いです」・・・「聴診器使うから上着をまくってもらっていい?」「いいですよ」「・・・・・・」「・・・何がとは言いませんがすごい恥ずかしいです」「黙れ」「・・・・・・」「ちょっと触診させて」「いいですよ」「・・・・・・」「やっぱ恥ず・・・」「黙ってろエロガキ」云々かんぬん。


「はあ・・・やっぱり慣れないなこういうの。」

「はいはい慣れられても逆に怖いわよ・・・まあ、正月休みに入るから心配は無いと思うけど、一応釘を指しとくわ。今のところ身体に不調は見られないけど、一週間は経過観察で運動厳禁ね。来週の今日と同じ曜日にまた来くこと・・・もちろん、それまでに何か異常を感じたらすぐに連絡してね。」

「了解です・・・事務作業なら問題ないですかね?」

「事務作業?」

「あー・・・パソコン業務って言うんですか?診察が終わったら手伝うよう先輩と約束していまして。」

「身体を動かさないんならいいわよ。」

「了解です・・・では、ありがとうございました。」

「んー・・・さようなら。お大事にー・・・」

 特に変わったこともなく診察が終わると、平原さんは大きなため息をついて落胆する一方、やっと仕事が終わって休日を楽しめることが嬉しかったのか、少し表情を和らげつつ扉を開けて部屋を去った。



 


 同日 本部ビル エレベーターにて

「上に参ります。」

 抑揚の無い音声アナウンスが流れ、エレベーターが動き出す・・・・・・無重力になったような感覚に陥って、腹の底に恐怖が少しだけ湧き上がる。
 協会の本部ビルは、かなりの高さがあると言っても、高すぎると目立って、存在が公にバレてしまう・・・という阿呆みたいな理由から、三十階という半端な高さである・・・まあ、かなり高い方ではあるのだが。
 高さも含めて、一般人には、この地域にはよくあるありきたりな高層ビルにしか見えないように外観を色々と細工してあるのだ・・・変な努力をするぐらいなら、いっそ公開してしまえばよいのではないかとも思うがしょうがない・・・俺の一存で決められることではない。

「お疲れ様です。」

 エレベーターが一階で停まり、一緒に乗っていた女性職員が出て行った。

「あぁ・・・お疲れ様です。」

 一応返事は返したが、彼女に聞こえてはいないだろう。声を出すのは苦手だし、彼女も社交辞令で挨拶しただけだ。俺が挨拶を返したかどうかなんてどうでもいいだろう。

「・・・十八時三十七分。少し遅刻だな。」

 今日は大晦日。六時半から始まるテレビの特番をミーティングルームで見ながら飲み会をする約束を七谷としていた。毎年、本部にいる処理班の班員で飲み会をするのが慣例になっていた。今年はほとんどが地方に出払っていて四人しかいないけれど。

 仕事が多いことで有名な災害級危険事物処理班も、さすがにこの時期は休日が貰える。緊急事態があればもちろん駆けつけるのだが、この時期は冬で活動する魔獣も少なく、犯罪者もわざわざ騒動を起こそうとしないのか、出勤要請が出ることはあまりない。

「ふぅ・・・仕事終わってよかった・・・」

 今年はその例外。人猿の封印解放に伴う多くの被害を処理するために全職員が仕事に駆り出された。最後の被害者・・・つまりうちの新人の助言で人猿の行動予測が一気に進み、ほぼ全員が新年前に仕事を終わらせられた・・・らしい。それこそ、先ほどエレベーターを降りた女性ぐらいなものだろう。他に仕事が残っている人なんて・・・

「鈴城さんは終わっていないだろうな。」

 管理職って大変だな。新年の挨拶がてら差し入れしておこう。守塚課長も見舞いに行かなきゃな・・・・・・反面、同じ管理職でも鬼打さんは多分、仕事が残っていても投げ出して帰ってくるだろう。あの人は人命に関わる仕事に対しては真面目だが、積み上がった書類の山と耐久勝負しようなんて勤勉さなんて一切持ち合わせていない・・・少しは鈴城さんを見習って欲しいものだ。

 今度、鈴城さんの爪の垢を煎じて鬼打さんに飲ませてみようかしら・・・よく考えるとこのことわざ、かなり気持ち悪いこと言ってるな・・・

「ポーン・・・三十階に着きました。」

 滑らかに扉が開き、見慣れた光景・・・処理班のマークが書かれた白い壁が立ち現れた。ミーティングルームに行く前に、仕事が忙しくなったため二週間ほど前から自分が宿泊させてもらっている宿直室に向かう・・・処理班が所有している宿直室は複数存在し、新入りが寝床にしている部屋とは別の部屋である。
 カードキーで扉を開け、引き出しから着替えを適当に引っ張り出す。バスルームで服を洗濯物入れに放り込んでシャワーを浴びた。
 今日は森で保護した小熊を含め、飯沼に違法に飼育されていた魔獣の移送の手伝いをしていた。その関係で、服と体が心なしか獣臭い。直接獣に触れたわけでは無いから激しく臭う訳でもないが、このまま年を越したくはなかった。
 どうせ飲み会でまた汗を掻くだろうと考えて早々に体を洗い終えて着替えていると、変更するのが面倒臭くて、デフォルトのままの携帯着信音が鳴り出す・・・シャツを着ながらバスルームを出て、ベッドに投げ置いたスマートフォンを手に取った。

 発信者 ルーン・スライゴー

 疲れていたからか、発信者をあまり確認せずに、つい緑のボタンを押して電話に出てしまった。

「ヤッホー。今電話してOK?」

 憎たらしい同僚の声が電話の向こうから聞こえてくる・・・どうしようかなあ。今すぐ電話を切りたい。さすがにそんな失礼なことはしないが。

「ただいま戸黒は仕事疲れで電話に出ることが出来ません。誠に恐れ入りますが、後ほど改めてお掛け直し下さい。その間に携帯の電源を落として着信できないようにしておきますので。御用のあるお方はあったとしてもメッセージを残さず今すぐ電話を切りやがれ。」

 返事も待たずに電話を切り、電源も切って枕元に放る。

「なんか酒のつまみとかあったかな。」

 普段、それほど使わない冷蔵庫を開けてみると、クリスマスパーティー用に買ってきた、ホールケーキの入った白い箱があった。人猿の所為でそれどころでは無かったためパーティー自体中止になって放置・・・戸黒自身も冷蔵庫を開けるまでその存在を忘れていた。

「届いたのが二十五日だから・・・・・・六日経ってるけど食えるのか?」

 首を傾げてしばらく考えるが、鬼打さんの毒入り差し入れを経験している戸黒からすれば、賞味期限が一週間弱過ぎているからといって健康を害されるほど軟弱な生き方はしていなかったので、

「大丈夫だろ」

 と、変な自信を持ってクリスマスケーキを冷蔵庫に入っていた他のつまみと一緒に抱えて玄関扉の取っ手に手を掛ける。

 プルルルルル・・・プルルルルル・・・

 今度は部屋に備え付けの内線に着信が入る。このタイミングは電話を切ってやったあいつだろう・・・あの野郎、協会本部の事務局に電話を掛けて内線に繋ぎやがったな。

 内線は処理班への緊急要請が掛ってくることもあるため、どんな時でも取らなければならないとルールづけられている。

 あいつはそれを理解した上でこの手段を取ったのだ・・・性質たちが悪い。事務員の仕事を増やしやがって・・・まあ俺の所為でもあるけど。

 戸黒は渋々、抱えていたケーキとつまみをテーブルに下ろして、受話器を取った。

「・・・もしもし。」

「この野郎。用件も聞かずに電話を切るとはいい度胸じゃないか。」

「すまん。やっと仕事が終わって疲れてるのにお前と会話するのが本っ・・・当に嫌でな。」

「おい・・・いくら強靱な精神力を持ったルーンちゃんでも泣くぞ?泣いちゃうよ?親友泣かせちゃっていいの?」

「この程度で悲しんでくれるなら大喜びだ。」

 こいつのことだ。俺が電話を切るのも予測していただろう。最初から内線に繋ぐ気満々だったに違いない・・・内線も取られなければ、七谷にでも電話して、無理矢理俺に繋がせたことだろうし・・・

 そして、この性悪魔女は電話を切ったぐらいの嫌がらせでへこたれるような真人間でも無い・・・中学からの付き合いだ。それぐらいわかる。

「むぅ・・・まあいいや。今日は単純に戸黒の声を聞きたかっただけだから長話にはならないよ。そっちも仕事終わったんだね。てことは鬼打さんと七谷と・・・例の新入りとで飲み会かな?」

「あぁ・・・人猿の情報は全部見たか?」

 やはり新人の話になるか・・・それもそうだ。ただ同僚が増えたから、と言うわけでも無い。他の魔法使いの心臓を体に秘める人間だ。



 最悪、



「うん・・・大変だね。彼・・・あれ、彼女?・・・まだ症状は出てないんでしょう?」

「佐竹課長と平原さん曰く、『』だとさ。」

「なるほどね。上手い言い回しだ・・・うん。一端暗い話は置いておこう。報告書通りなら彼、人間らしくないんでしょ?会うのが楽しみだなあ。」

「面白い奴ではあるな。お前は絶対気に入ると思うぞ。」

 頭の螺子が外れた変人同士だからな。

「君も一般的にはかなりの変人だからね?」

 ・・・・・・あれ?心の声が読まれているんだけど?

「全く、自分のことは棚に上げて・・・・・・あ、そうだ。一月中旬にはそっちに戻ることになりそう。新人君の歓迎パーティーはその後にしてよ。私も参加したいから。」

「はいはい。鬼打さんにそう伝えておくよ・・・そろそろ電話切るぞ。良いお年を。」

「うん。じゃあねー。良いお年をー・・・あ、ちょっと待った!大事なことを聞き忘れてた!」

「・・・なんだ?」


「新人君、外見は女なんだよね?容姿は綺麗かい?君が教育係になったって聞いているけど任務中に吊り橋効果でいい感じの雰囲気になったりしてないよね?恋愛関係に発展しないか凄い不安だったんだよ!私というものがありながら他の女に手を・・・」

 
ガチャンッ!!!




 






「あ、やっと戸黒来たー。遅いぞーもう番組始まってんぞー。」

「すまん。ちょっと性悪魔女と電話していてな。」

 コンビニで四人分の食料と飲み物を調達し、本来はミーティングに使う電子黒板をパソコンに繋いでテレビ番組を映す・・・・・・飲み会の準備をしていたところ、戸黒さんが大きな白い箱といくつかのつまみを持ってミーティングルームに入って来た。いつもの全身真っ黒ファッションではなく、青黒の横縞長袖Tシャツの上に黒色パーカーを羽織っていた。

「えーと・・・お帰りなさい?」

「・・・ただいま?」

「何その疑問形の挨拶、謎すぎる。はいビール。お疲れ様。」

 七谷さんが缶ビールを戸黒さんに投げ渡す。

「お前らもお疲れ様・・・ちゃんと終わったんだな。こんな膨大な書類業務。」

 戸黒さんがテーブルの端に追いやられた書類の束とパソコンを指して言う。

「いやあ・・・新人君の能力、やり方さえ知っていればなんにでも使えてねえ。パソコンに使ったら僕と同じスピードで仕事をこなすもんだから、予定より早く終わって助かったよ。」

 新人が辛い外回りだけでは可哀想だ、と七谷さんが主張した(駄々をこねた)ため今日は戸黒さんではなく七谷さんと一緒に仕事をした。
 昨日の任務のような解決済み事件の報告書作りや消費した資材の帳簿付け、他の部署から回されてきた調査資料の裏付け等々・・・とにかく文字を目で追い、数字と文章を打ち込む単調な仕事を一日がかりで終わらせた。

「いや、能力使っても七谷さんのスピードの方が早かったですよ。なんだかんだ僕の魔法、使い勝手悪いんですよね。」

 『道具の能力を極限まで引き出せる』能力は「使用時に持っている知識や筋肉量で実質的に可能な最大値」までしか道具を使えない。

 つまり、知らないことは出来ないし、力不足なことは出来ない

 どんな天才でも出来ないことは何か?・・・「知らないこと」だ。何も教わらず、または自分で調べる動作無しに何でも出来てしまう人間なんていない。

「僕が君より優っているのは、経験則って奴だね。省略出来る、ショートカットする方法を知っている・・・その分君より作業が早いんだよ。逆に言えば、それでしか差がつかない時点で鳥肌モノなんだけどね。」

「そうですけど・・・」

「緑の女と喧嘩した時みたいに、方法を教わっていなくても出来ることもあるんだろ?出来る出来ないの境界がぼんやりしてるな。」

 戸黒さんの言うとおり、あの時僕はまだ存在を知らなかった魔力強化を使っていた。知らないことであったとしても、感覚でなんとなく出来ることは出来てしまう・・・本当に曖昧な能力だ。

「難しい話はやめようよぉ・・・ゆっくり特番見ようよ・・・あれ?なんでケーキがあんの?絶妙に酒に合わなそうで凄いんだけど・・・よく見たらムカつく顔をしているサンタ人形が乗ってるクリスマスケーキだし・・・今日クリスマスだっけ?」

「なわけないだろ。クリスマスパーティー用に買ったものだ。パーティーが中止になって忘れてたんだよ。」

「賞味期限大丈夫なんですか?」

 中身は真っ白で巨大なショートケーキ。パーティー用に買ったためなのか、かなりの大きさがある。異様に目が大きい不格好なサンタ人形が「メリークリスマス」と文字が書かれたチョコレートを抱えて笑っている。

「三人でこれはキツくない?」

「ですね・・・」


 ウイィィィーーーン・・・


「オーッス・・・お疲れー・・・」

 タイミング良く自動ドアが開き、赤髪の少女が気取ったオッサンみたいにスーツを肩に掛け、疲れたオッサンみたいな口調で部屋に入ってきた。

「あ、四人になった。」
「お疲れ様です。」
「声の高さと見た目以外全部中年男性にしか見えないのは僕だけですか?」

 鬼打さんがスーツをテーブルに放り出しながらドカッと、これまたオッサンみたいに椅子に倒れ込む。

「あー・・・疲れた。甘いモン食いてえ・・・ん?ケーキあるじゃん・・・なんでサンタの人形が刺さってるんだ?今日ってクリスマスだったか?」

「いやだからそんなわけ無いでしょう・・・」

 戸黒さんは説明が面倒くさくなったのか、続きは言わずに押し黙ってしまった。

「あぁ?・・・まあいいや、そんなことどうでもいい。早く食べようぜ・・・あ、忘れてた。おい、新入り。」

「はい?」

 鬼打さんがスーツのポケットからクシャクシャに丸まった紙を取り出し、僕に差し出す。

「ゴミぐらい自分で捨てて下さい・・・子供ですか?」

 いや・・・・・実際子供だったか。

「違えよバーカ。戸籍の登録書だ。」

 破らないように慎重に紙を広げると、名前の欄に何かを書いた後、修正液で修正した跡のある戸籍登録書だった。

 ・・・・・・こういう書類って折り曲げたり修正液使ったりしていいの?

「なんで名前を変える必要があるんです?」

「お前の名前、人猿の情報を各所に伝えた関係で知れ渡っちまってるからな。違う名前に変えてくれるとお前だけじゃ無くこっちも助かる。」

「なるほど。名前を変える機会なんて滅多に無いですからね。折角なんで変えてみます。」

 一端その場に紙を置き、積み上げられた書類の束からボールペンを探す。

「折角だからって理由で親から貰った名前を躊躇無く変えるのはどうなんだ?」

「ねえ鬼打ちゃん。名前の欄になにか書いて消した跡があるけどこれなに?」

 置かれた紙をのぞき込み、記入欄が修正されていることに気づいた七谷さんが鬼打さんに何が書いてあったのか聞く。

「ん?『布林好太郎』って書いて、読み仮名を『プリンスキタロウ』にして提出したら、鈴城に突っぱねられた。そんでしょうが無く、修正液で消して本人に書かせてるって訳だ。」

「うわぁ・・・」

 さすがにその名前は嫌だ。ていうか、病院でのプリンネタここまで引き摺るの?

「あはは・・・太郎じゃ男になっちゃうじゃん。」

「いやそこじゃねえだろ。もっと根本の部分がおかしいだろ。」

「ですね・・・おし。これでお願いします。」

 書類の間から引っ張り出したボールペンで記入する。悩んでも仕方ないから思いついた言葉を適当に並べて名前を作った。

「面白くなかったら書き直しな。」

 鬼打さんがそう忠告して記入した紙を受け取る・・・そんな理不尽な。


「なになに?・・・『三藤玄みふじ げん』?」


「なんでその名前に?」

「『ふじ』はまあ、もとの名前から取ったんだろ?」

 僕の意図がわからず目を点にしている二人とは違い、鬼打さんだけは口角を吊り上げてニヤリと笑う。解けたのだろうか?この名前の意味が。

「テメエも名前で遊んでんじゃねえか。人のこと言えねえだろ・・・いや、俺と違って本気でやってる分こっちの方が悪趣味だ。」

「・・・バレましたか。」

「うん?二人だけで会話しないでよ。ヒント頂戴!」

 七谷さんが子供みたいに駄々をこねる。この人の方が鬼打さんより精神年齢が低い気がする。

「ヒントォ?あー・・・『西遊記』」

「正解。」

 ああ、なるほど、と戸黒さんも合点がいったようである。

「え?えぇ?西遊記ぃ?・・・・・・うへぇ・・・頭いいねぇ三人とも・・・僕ちゃん全く分かんない。」

「分からなくていいですよ七谷さん・・・どうでもいい言葉遊びです。」

「そうだな。本当にどうでもいいぜ・・・名前なんてただの記号だ。そんなことより・・・」
「腹減ったから早く乾杯しようぜ。」

 鬼打さんと戸黒さんがそう言ってガサガサと食料を漁り始めた。

「あ、ずるいずるい!唐揚げ独り占めしようとしないでよ鬼打ちゃん!僕ちゃんも食べたい!」

「ウルセェ!ファムチキは全部俺のもんだ!ケーキも全部俺のもんだ!」

「鬼打さんそんな食べれないでしょ・・・無駄なことしてないで分けて分けて・・・」

 すぐに、僕のふざけた名前の付け方のことなど忘れて食料を奪い合い出した三人を見て・・・・・・名前で遊ぶだなんて・・・人間がこの世界で唯一持つ、名付けという大事な行為をこんな残酷な意味付けで終わらせた僕の「人間らしくない」行為にすぐに興味を無くした三人を見て、僕は思った。

 ・・・どうやら、僕を「人間らしくない」と否定する普通の人間はここにはいないようだ。

「ここは本当に変人の巣窟だな・・・」

 人知れず肩を竦め・・・僕には珍しく、他人のためにではなく、自分のために心から笑った。
 僕は、そのことに安心したのだろうか?・・・分からない。

「非日常に引き込まれたからこそ、出会えた人達・・・なんだよな。」

 人猿の悪行を許すわけではないけれど・・・それでも、僕はこの三人に出会えたきっかけが人猿である事実に苦笑した。

「・・・・・・強くならなきゃな。」

 人猿を倒すため・・・この身体にけじめをつけるため・・・新たな被害者を出さないため。

 空っぽな僕の無意味な人生を・・・そのために捧げよう


「さて、鬼打ちゃん・・・せっかくだし乾杯の音頭取ってよ。」

「はいはいわかったよ。」

 テーブルに置いたままだった、僕の新しい名前が書かれた戸籍登録書をポケットに突っ込むと、鬼打さんがジュースの入った紙コップを掲げて演説し始めた。

「あー・・・年明けまでもう残り半日もねぇけど、この忘年会を精一杯楽しんで来年も頑張るぞ仕事中毒者ワーカホリック共ォ!」


「頑張ろー!でも社畜はいやだー!」(七谷)
「オォーーー・・・あれ?」(戸黒)
「・・・頑張りましょー」(三藤)


「それでは・・・・・・メリークリスマス!!!」


「メリークリスマース!!!」
「メリークリスマ・・・ん?」
「・・・・・・メリークリスマス。」


「「イエーーーイ!」」


 ノリのいい七谷さんと鬼打さんがハイタッチしてジングルベルを歌い出す・・・今日は大晦日なのに・・・二人とももう深夜テンションに突入したようだ。

「・・・ツッコミ担当はいないんですか?」

「あぁ・・・ここは基本ボケしかいないな。」

「大変ですね。」

「お前もボケだからな?」


 こうして、僕の人生一忙しい年末は終わった。これからどうなるのか、なんて不安も、魔法を使えるようになったことへの期待も無いけれど、なにか、僕がやらなければならないこと、変わらなければならないことがあると感じている。そう思う時点で、僕の中で何かが変わり始めているのかもしれない。

 ・・・・・・後で聞いた話だが、先日保護した小熊は館の地下に閉じ込められていた親との再会を果たし、その後無事自然に帰されたそうだ・・・めでたしめでたし。










「んぐんぐうまうま・・・ちょっとパサパサしてるけど美味・・・カッ!?・・・アッ・・・グッ・・・グフッ・・・」

「うわっ!七谷さんが白目むいてぶっ倒れた!」

「おいおい・・・鬼打さん、いつのまに毒入れたんです?」

「え?いやいやいや・・・さすがにこんな疲れてる中、悪戯悪戯したりはしねぇ・・・あ。」

「「・・・?」」

「・・・一週間前、クリスマス用にケーキ買ったって聞いて戸黒の部屋に忍び込んで睡眠薬を一粒、先に仕込んどいたの忘れてた。当たりを食った奴は楽しいパーティーを一人だけ寝過ごし、気づいたときには朝になってさみしい思いをするっていう面白発想だったんだが・・・」

「・・・ガキ○か録画しときましょうか。」

「そうだな。七谷すげえ楽しみにしてたもんな。部屋のテレビで録画してくる。」

「ここまでお疲れムードかつ少人数だと当たり引いた奴見てもあんま面白くねえな・・・つまんねえの。もっと派手に泡吹いたり爆発したりとかしろよなー七谷ぃ。」

「・・・面倒臭いんでツッコミませんよ?」
 
第一章 終わり
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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グミ食べたい
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 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

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