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実戦指導3

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 洞窟内は静寂に包まれていた。
 古い採石場だとのことだが、内部は所々が崩れていて思った程は広くない。
 一行は入口から離れた場所で暗闇に目を慣らすために立ち止まって待機している。
 レオンが洞窟奥を警戒しているが、相当緊張しているようだ。
 レオンだけではない、彼のパーティー全員が緊張に包まれている。
 マッキはしきりに装備や所持品の点検をしており、ルシアは意味もなく?祈りを繰り返している。
 カイルは魔法の詠唱の確認か、1人でブツブツと唱えている。
 闇に包まれた狭い空間に本能的に恐怖を感じているのだろう。
 その様子を見ていたレナは不安になりゼロに耳打ちする。

「彼等は大丈夫ですか?気を抜き過ぎるのも問題です・・だけど、少し緊張し過ぎのような気がするわ」

 しかし、ゼロは余裕の表情だ。

「大丈夫でしょう。この洞窟ならば然したる危険もないでしょうし。ゴブリン程度ならば彼等でも油断さえしなければね。」
「でも、ゴブリンよりも危険な魔物が出たら?ゼロが介入するの?」

 ゼロはレオン達に聞こえない程度に声を潜めた。

「ゴブリンよりも危険な魔物?そんなものこの洞窟にいるわけありませんよ」
「何故?」
「基本的には臆病で狡猾なゴブリンが住み着いているんですよ?広大なダンジョンならともかく、奥行きが限られた洞窟に自分達より強力な魔物がいるならば、そんな所にゴブリンは住み着きませんよ」

 レナも合点がいった。
 ゼロはそれを見通した上であえてレオン達に情報を与えていないのだ。

「初めから危険が少ないと思ってナメてかかっては仕方がありませんからね。初めての実戦なのですから、緊張し過ぎる程度に緊張してもらわないと。それに・・・」
「それに、何?」
「レオンさんが今の自分が不利な状況にあることに早く気がつかないと、この依頼ですら命が危ういですよ」
「どういうこと?」
「見ていれば分かりますよ。多分、間もなく侵入者の様子を見に来るゴブリンと遭遇しますから」
「様子を見に来る?」
「はい、あと2、3分程度ですかね。ゴブリンが3体近づいていますよ」

 ゼロは天井を見上げながら涼しい顔で呟く。
 ゼロの視線に誘われて天井を見上げたレナは天井に張り付いて隠れているアンデッド、スペクターに気がついた。
 ゼロはいつの間にかアンデッドを召喚して偵察をさせていたのだ。

「とりあえず、最初の遭遇は彼等に任せましょう。レナさんの実戦訓練はその後で」

 レナは黙って頷いた。

 数分後、洞窟奥を警戒していたレオンが微かな物音に気づいた。
 無言でパーティーに合図を送り、皆が臨戦態勢を取る。
 その様子を見ていたゼロが頷く。

「ここまでは及第点ですね」

 レオンが槍を構え、マッキが短弓に矢を番える。
 暗闇の中からゴブリンが姿を現した。
 その数3体、錆びた剣や古びた斧を持っている。

グルル・・・

 侵入者の姿を見て警戒し、威嚇している。

 レオンが前に出て槍を構えた。

「此奴等は俺が引き受ける!皆は援護できる態勢を取っておいてくれ」

 双方がジリジリと間合いを詰めていく。
 その様子をゼロは後方で腕組みしながら観察していた。

(早く気がつかないと、そのままでは危険ですよ)

 口に出すことは無いが、レオンの危険を見抜いているゼロは即座に援護できるよう密かに光熱魔法の射線を確保する。

 レオンは中央で剣を構えるゴブリンに狙いを付けて鋭い突きを繰り出した。
 避け切れなかったゴブリンの喉をレオンの槍が貫く。

ギャッ!

 短い悲鳴を上げてゴブリンが倒れた。

「やった!」

 しかし、レオンの一瞬の間隙を見逃すことなく、残りの2体のゴブリンがレオンに飛びかかってくる。

「クソッ!」

 後方に飛び退いて即座に間合いを取ったレオンは更に飛びかかってくるゴブリンに向けて槍を横薙ぎに繰り出した。

(それではダメです)

 ゼロが思ったその時、レオンの槍の切っ先が洞窟の岩肌に当たり火花を散らした。
 槍の勢いを失い飛びかかってくるゴブリンへの対処が遅れる。

「クソッ!」

 レオンが咄嗟に姿勢を低くして防御姿勢を取り、ゼロが援護の魔法を繰り出そうとするのはほぼ同時だった。
 しかし、その前にマッキの短弓の矢がゴブリンの眉間を貫き、レオンの背中を踏み台にして前方に飛び出したルシアの蹴りがもう1体のゴブリンの頚骨を砕いた。
 カイルはレオンの周囲に防御の魔法壁を張り巡らせている。

「あっ、あれ?」

 光熱魔法を発射寸前だったゼロはそのまま固まっている。
 その様子を見たレナは笑いを堪えきれずに吹き出した。

「フフッ、ゼロの反応よりも早いじゃない?」
「・・・そうですね」

 レオン達はゼロの予想を上回る連携を見せた。
 個々の能力は平均的な新米冒険者と差は無いだろう。
 しかし、それを補って余りある連携を持っていた。
 これは彼等が冒険者として生きていく上で大きな財産となるだろう。
 あとは個々の能力の向上が課題である。

「油断した、こんな狭い場所じゃ槍なんか役に立たないな」

 レオンは自らの槍を恨めし気に見上げた。

「そうだね、レオンは槍が得意だけど、前衛を担ってもらうからにはこういう場所での戦闘も見越して備える必要があるかな?」

 カイルも同意する。
 しかし、その様子を眺めていたゼロが口を開いた。

「いや、そうとも限りませんよ。槍も扱い方次第で狭隘な場所でも有効に戦えますよ。先ほどレオンさんが岩肌に槍を取られたのは自分の立ち位置と槍の長さを把握しきれていなかっただけですよ」
「確かに俺の実力が足りないのも事実ですが、狭い場所で長い槍を有効に使えるものですか?」
「そうですよ。例えば、私が使役するアンデッドに槍の名手がいますが、ダンジョンでも洞窟でも広い場所と遜色なく戦いますよ」
「そうなんですか?」
「はい、私は槍の扱いは詳しくはありませんが、例えばレオンさんは槍の長さを生かそうとして石突き付近を握っていますよね?しかし、狭い場所では先ほどのようにその長さが足枷になります。そこで槍の中程を持ち、自分の身体を槍の回転の中央に置いて戦う術を身につけてはどうですか?」

 そう言ってゼロは1体のスケルトンウォリアーを召喚した。
 レオンのそれを上回る長さの槍を携えている。

「実際に見てみた方がいいでしょう。ここから少しの間、このスケルトンウォリアーが前衛を務めます。レオンさん達は後方から見ていてください。それから、丁度良いのでレナさんも前衛に回ってもらいます」

 レナは頷く。

「近接戦闘の訓練とのことですが、準備は大丈夫ですか?」

 ゼロの言葉にレナは不満そうな表情を浮かべる。

「私も一端の冒険者よ!出発した時から常に態勢は整えているわ」

 改めて見てみれば、レナの装備は以前と変わらずに高位の魔術師の証しである濃い紫色のローブに魔術師の帽子ではあるが、軽装ながら革鎧を纏い、左腕には革籠手を巻いている。
 帽子も金属の装飾が施されているが、頭部の防御を目的としているのだろう。
 長いローブの裾は足の動きを妨げないようにスリットが入っており、腰には細身のショートソードを帯びている。
 持っている杖も先端は金属で補強されていて尖っており、いざという時に刺突武器として使えそうだ。

「これは失礼しました。それではここから少しの間、隊列を変更して前衛をスケルトンウォリアーとレナさんに任せます。最前衛はスケルトンウォリアーに任せますが、レナさんもスケルトンウォリアーと連携して自由に動いてください」

 一行は洞窟の更に奥へと歩を進めた。
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