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決勝前夜

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 会場は異様な程静まり返っていた。
 エイリアの弓とは思えない高速かつ強力な攻撃、レナの強力な魔法、そしてゼロとガンツの戦い。
 それらを見せつけられた観客は度肝を抜かれて呆けてしまっている。
 そんな中でゼロは闘技場を降りた。
 レナは座り込んで呼吸を乱している、相当な消耗だ。

「戦いの後で悪いけど肩を貸してゼロ。ちょっと1人では歩けそうにないわ」

 力無く微笑むレナにゼロが手を差し伸べる。

「私の肩で良ければいくらでも。なんなら抱き上げてあげましょうか?所謂お姫様抱っこってやつですか?」
「止めて、柄じゃないわ。肩だけでいいわ」

 レナはゼロの手を取って立ち上がる。
 そうして立ち去ろうとしたゼロ達だが

「待てい!」

 目を覚ましたガンツが声を上げた。
 背後にはエイリアが寄り添っている。

「ネクロマンサー、いやゼロよ、いい勝負だった!戦技も武器も俺の完敗だが、本当に楽しかった!だが、次は負けん!俺の名はオックス・ガンツだ、こっちは相棒のリリス・エイリア。俺達のことは気軽にオックスとリリスと呼べ。俺達は森の都市にいる、力が必要な時は何時でも呼べい!ちったあ役に立つぞ!」

 オックスの声に振り向いたゼロは一礼して会場を後にした。
 ゼロを見送るオックスの肩に手をかけていたリリスの表情にも笑顔が浮かんでいる。

「本当に完敗ね、オックス」
「ああ、だが、不思議と悔しくはない。ただ、またやり合いたいものだ」
「だったら私達も更に強くならなくちゃね。あの2人もまだまだ強くなるわよ」
「そうだな。また頑張るか!」
「ええ、そうね」

 オックスとリリスも踵を返して闘技場を後にする。
 その時になって静まり返っていた会場が思い出したかのように歓声に包まれた。
 その観客席の中にゼロとオックスのやりとりを見ていた人物がいた。
 銀等級の冒険者、ライズとイリーナである。

「チッ、ゼロに手助けが必要な時は俺達の出番だし、アイツのライバルも俺だっつうの」
「ほら、拗ねないの」
「だってよう。本当だったら俺達も大会に出てゼロと雌雄を決していたんだぜ?」
「仕方ないじゃないの。依頼の都合でエントリーが間に合わなかったんだから」
「まあ、そうだけどよ。ゼロがパーティーを組むなら彼奴等より俺達の方がいいと思うぜ」
「本当に子供みたいに・・・だったら6人パーティーで良いじゃない?剣士に重戦士、レンジャーに弓士、ネクロマンサーに魔導師。なかなかいいバランスよ?」
「まあそうだけどな。ゼロもあちこちで人脈を作っているらしいからな。俺達のこと忘れたりしないだろうな?」
「バカなこと言わないの。あの誠実なゼロが忘れるわけないでしょう。現に闘技大会の後で一緒に飲みましょうって誘われているでしょ?ちゃんと約束を覚えてくれているのよ」
「そうだな。明日は決勝か。ゼロの優勝祝いで飲み比べで勝負するか」

 ライズとイリーナは笑い合った。
 仲間の快進撃が嬉しくて仕方なかった。

 宿舎に戻ったゼロ達だが、レナは魔力の消耗が激しく、明日の決勝に向けて回復する必要があるので軽い食事を取り、ゆっくりと入浴した後で直ぐにベッドに入り眠りに就いた。
 予想どおり明日の相手はイザベラだ。
 しかも初戦から準決勝まで危なげ無く、サポートの助力無しで勝ち上がったらしい。
 一戦一戦がギリギリの勝負だったゼロとは桁違いである。
 ここまできたら万全を期すしかない。
 ゼロは装備品の点検を入念にして一分の不安要素も無いように気持ちを作り上げた。
 幸いにしてオックスとあれだけ激しく打ち合ったにも係わらずゼロの剣には刃こぼれ1つない。
 かつてモースは話していた。

「儂の打ったのはただの剣。それ以上でもそれ以下でもない」

と。
 そう、モースの打ったゼロの剣は魔力も無ければ特別な力もないただの剣だった。
 そうでありながら、剣としての能力には些かの陰りもなかった。

「明日も頼みますよ」

 ゼロは目の前に並んだ装備品に対して無意識のうちに声をかけていた。

 その夜、ギルド本部の屋上にいたゼロはただ星空を見上げていた。
 そこにゼロを探しにきたシーナが背後に立つ。

「星を見ているんですか?」

 シーナの声に一度だけ振り向いたゼロは再び空を見上げた。

「はい、星というのは亡くなった者達の魂の輝きだとよく言われます。私と共に戦って輪廻の門をくぐった彼等もあの中にいるのかと思いましてね。皆さんにはうじゃうじゃといる見分けのつかないアンデッドでしょうが、私には見分けがつくんです。私に付いて来てくれて上位アンデッドまで成長した彼等だけでなく、見た目の違いが殆ど無い下位アンデッドまで、人々の性格が違うように私には彼等の個性が分かるんです、何百というアンデッド全ての違いが。中には私と戦い、満足して旅立った者達も無数にいます。彼等の魂も輝ければいいなと思います」

 シーナはゼロの背中に言いようのない悲しみを感じた。

(ゼロさんはどれほど多くの魂を背負っているの?)

 シーナはゼロの背中に触れたい感情を押し殺して口を開いた。

「明日の決勝の前にこんなことと思われるかもしれません」
「?」
「実は私の実家がこの王都にあります。先程実家からの使いが来ました。で、両親から結婚を勧められました。お相手は貴族の次男で、ギルドを辞めて彼の元に嫁ぐようにと」
「そうですか」

 シーナの表情が曇る。
 止めて欲しいと願ってもゼロはそんなことを言う性格ではない。
 分かっていてもそうですかの一言だけでは寂しかった。
 今度こそゼロの背中にすがりつきたい衝動に駆られる。

「何も言ってくれないんですか?」
「私は何も言う立場にありません。シーナさんの人生の道筋を決めるのは私ではありません」
「そうですか」
「貴女の人生です。貴女が決めなければいけません。決めるのはご家族でも、ましてや私でもありません。貴女自身です。と私は思います」

(ああ、そうでした。この人は自分の人生を自分で選んできた人でした。他人に委ねることなく、他人からの評価にも揺らぐことなく、自分で選んだ道をひたすらに歩き続けているんですね。だからこそ私も・・・)

 シーナも空を見上げた。
 雲一つない夜空に無数の宝石を散りばめたような星が輝いている。
 その空には優しい光を放つ大きな月がある。
 シーナはその手に握りしめたアミュレットに目を落とす。
 ゼロがくれた御守り、これを持つ者の魂は死後にネクロマンサーに捕らわれることなく安らかに冥界の門をくぐれる。
 即ち、ゼロのアンデッドにはなれない御守りだ。

(だとしたら、私は月になりたい。彼に背負われるのではなく、優しく包む光を送りたい)

 シーナの迷いは吹っ切れた。

「決めました。私はまだギルドを辞めることは出来ません。行く末を見届けなければいけない人がいますから。結婚なんてしている暇はありません」

 決意を込めて明るく言い放つシーナにゼロは今一度振り向いた。

「そうですか」
「また、そうですか、だけですか?」
「他に言いようがありませんし」
「そ・う・で・す・か!私もゼロさんを見習って自分の道に誇りを持ち、自分で切り開いていきます!結婚もまだ先ですが、親に決められた人でなく、自分で決めます。ライバルは強力ですが!」
「そうですか」

(鈍っ!ここまで言ってもですか?まっそれもゼロさんらしいですね)

「そうですよ!」

 シーナはゼロに歩み寄るとその肩を軽く叩いた。

「さあ、明日は決勝戦です!ゼロさんも早く休んでくださいね」

 先程まであれほど遠く感じたゼロの背中が目の前にあった。
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