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貴族ノリスの旅路の終わり3

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「さて、悪魔は倒したようですね」

 イザベラは周囲の戦いの跡を見渡し、悪魔の死体を確認した。
 そしてルークの前に膝をついた。

「かつては国家とシーグル教に多大なる貢献を賜りましたクロウシス家の方々に敬意を表します。ここから総本山への道のりは私達聖騎士団が護衛させていただきます。馬車を牽く馬も失ったようですが、こちらで手配しますのでご心配なく」

 そうルークに告げるとイザベラは立ち上がって振り向いた。

「ここからは私達が護衛の任を引き継ぎます。森の都市の冒険者のお2人は同行して事の一部始終を報告してください」

 そして最後にゼロを見た。

「貴方はどうしますの?同行したいならば特別に許可します。私にもその程度の権限はありますの」

 告げられたゼロは肩を竦めて首を振った。

「遠慮しておきます。悪魔は撃退しましたし、マクレインさんも捕縛されました。これ以上の危険は無いでしょう。その上で聖騎士団の方々が護衛してくれるならば私の出番は終わりました」

 ゼロの答えにオックスとルークが異を唱える。

「ちょっと待てゼロ。俺達と行かないのか?」
「ゼロさん!僕達をここまで守ってくれたのは貴方達です。是非とも祖父の旅立ちを見届けてください」

 しかし、ゼロは静かに首を振る。

「止めておきます。私は死霊の気を纏う死霊術師です。ノリスさんの安らかな旅立ちのためにも仕事を終えた私は一緒に行かない方がいいのです。この場所からならば風の都市に帰るのに丁度いいので私はここでお暇させていただきます」

 ゼロの答えにイザベラは安堵した様子でニッコリと微笑んだ。

「そうですの。良かったですわ。それでは、後は私達にお任せください。ご苦労様でした」

 イザベラはその笑顔とは裏腹に素っ気なく告げて踵を返す。
 オックスは諦めた様子でゼロに手を差し出した。
 その横ではリリスも微笑んでいる。

「じゃあ、ここから先はお前の代わりに俺達がしっかりと送り届け、見届けてくる。今回は本当に助かった。報酬は風の都市に送るから後で受け取ってくれ。それから、俺達の力が必要ならば何時でも呼んでくれよ」
「本当に助かったわ。また会いましょう」

 ゼロは頷きながらオックスの手を握り返した。

「それでは、私はこれで失礼します」

 その場を離れるゼロの後には当然の如くレナが続く。

「ゼロさん、レナさん、待ってください!」

 歩き出した2人をルークが呼び止めた。
 ゼロ達が振り返るとそこには貴族としての決意を固めたルークが立ち、その背後にはエナが控えている。

「ゼロさん、レナさん。この度は大変お世話になりました。亡きお爺さ、祖父に代わりましてお礼を申し上げます。クロウシス家はこのご恩を決して忘れません!何時の日かクロウシス家を立て直してこのご恩に報いてみせます」

 少しだけ成長したルークにゼロとレナは笑顔で頷いた。

「ありがとうございます」

 再び歩き出したゼロ達の背中に向かってルークとエナは深々と頭を下げた。
 その背後でゼロ達を見送るイザベラが溜め息混じりに笑う。

「まったく、相変わらず偏屈ですのね」

 そんなイザベラをルークが見上げた。

「聖騎士様はあの方をよくご存知なのですか?」

 ルークの質問にイザベラは笑みを見せながら答える。

「ええ、剣を交えたことが2回ほど。私、あの男が大っ嫌いですの」

 頬を膨らませながら拗ねたように語るイザベラのその様子を見たルークとエナは顔を見合わせて笑った。

「さあ、出発ですのよ。総本山でノリス様を安らかにお送りしなければなりませんから」

 イザベラの号令の下、ノリスの葬列は再び進み始めた。
 ノリスの人生数十年に渡る永い旅路も終わりの時が近い。
 彼の最後の旅は愛すべき孫のルークに見送られて安らかな最後を迎えようとしていた。

 ゼロが風の都市に帰還して数日後、ギルドに呼び出しを受けたゼロとレナはそこでイザベラの訪問を受けた。

「その後の結末を伝えに来ましたの」

 たった1人で訪問してきてそう告げたイザベラは騎士の装束ではなく、普段着のドレス姿だった。
 ギルドの応接室でシーナが入れてくれたお茶を飲みながらイザベラの話しを聞くことにする。
 そこでイザベラはことの結末を伝えた。

 ノリスの遺体と魂は無事にシーグル教総本山でシーグル司祭でもあるイザベラの手によって丁重に浄化されて埋葬されたこと。
 捕縛されたマクレインは監督官の取り調べに対してあっさりと罪を認めたこと。
 マクレインはノリスがルークに残した遺言から莫大な遺産が残されていたことを知り、心が揺らいだところを悪魔に付け込まれたこと。
 悪魔との契約という重罪を犯したマクレインには無期限の重労働の罰と教義の再教育が課せられたこと。
 ノリスの遺言はルークに知られる前にマクレインが破棄してしまったが、マクレインに対する苛烈なる監督官の取り調べの結果、その内容が判明し、ルークは隠された遺産を相続できること。
 その遺産は家を立て直すには足りないが、ルークはエナと共に再びクロウシス家を立て直す決意をしていたこと。

 イザベラの報告はその後の全てが平穏に済んだことを告げていた。
 それを聞いたゼロとレナは安堵の表情を浮かべた。

「それは良かったですね」

 そんなゼロの様子を睨むように見ていたイザベラは、手元のお茶を飲み干し、自分自身に勢いをつけると口を開いた。

「私、貴方のことが大っ嫌いですの。でも、今回の件と南の古城でのこと、合わせてお礼を申し上げますわ」

 そう言って周囲にゼロ達の他に人がいないことを確認したうえでゼロに頭を下げた。
 彼女の目の前にいるゼロは彼女が軽蔑する死霊術師であり、そのゼロに頭を下げるなど彼女にとって屈辱であるが、それでもシーグル司祭として、聖務院聖騎士として、道義に反することはできない。
 自分のプライドを胸の内にしまい込んで彼女はゼロに頭を下げたのだ。

「頭を上げてください。私は依頼を受けて仕事を遂行しただけです。お礼を言われることではありません」

 頭を下げるイザベラの様子に逆にゼロが慌てた。
 ゼロに促されて顔を上げたイザベラは普段の自信に満ちた表情に戻っていた。

「これは私の矜持の問題ですの。頭を下げたからといって図に乗らないでください」

 要件を済ませてスッキリした様子のイザベラはそのまま帰っていった。
 ここにクロウシス家の存続を巡る危機が終焉を迎えた。
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