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【怪談師のはなし】泥の足跡
泥の足跡②
浩一さんが寝室のドアノブに手をかけたところで、奈央さんが声を出した。
「あれ、陽奈は?」
佐伯家では、寝室に置いたクイーンサイズのベッドで親子三人が川の字になって寝ている。しかし、布団に入っていたはずの陽奈ちゃんの姿がどこにもなかった。掛け布団は乱れておらず、まだ彼女の体温が残っているように感じられた。
「どこ行ったんだ……?」
浩一さんの声が震える。
寝室を見回すが、どこにも隠れるような場所はない。部屋を出て耳を澄ますと、階下から何か小さな物音が聞こえてくる。
二人はそろりと階段を降り、音のする方向を探る。どうやらリビングの方から聞こえてくるようだった。なぜか声を出すのがはばかられ、黙ってうなずき合ってからリビングルームへ入る。
ポリポリと何かを齧るような音が、奥にあるカウンターキッチンの向こうから聞こえていた。
浩一さんはリビングの奥まで進み、カウンターの中を覗き込んだ。リビングの常夜灯の明かりは届かず、キッチンの中は真っ暗だ。
目が慣れてくると、冷蔵庫の前にうずくまる小さな影が見えた。
「陽奈……?」
奈央さんがそっと呼びかける。
陽奈ちゃんはぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。その手には何かが握られていた。そして彼女の小さな口は、かり、ぽり、と音を立てながら、それを齧っていた。
「なにしてるの、こんな時間に?」
奈央さんがキッチン脇にある照明のスイッチを押した。
途端に、蛍光灯の白い光がキッチンを照らし出す。
床には無数の白い粒が散乱していた。生米だ。
陽奈ちゃんの手に握られ、そして口の中にあるのも、どうやら生米らしかった。彼女は米びつの蓋を開け、米を手づかみで取り出して口に運んでいたのだ。
しかし、その目はどこか焦点が合っていない。夢遊病のような、意識のない目つきだった。
「お米をお腹いっぱい食べていいよって言われたの」
ぽつりと、陽奈ちゃんが言った。
彼女の手を取って立たせた浩一さんが「あ」と声を上げた。
その足裏に、泥がついていたのだ。
「陽奈、外に出たのか?」
「……うん。お庭のお山に」
「山?」
当然だが、この家の狭い庭には山などない。
夢を見て寝ぼけていたのだろう。夢遊病というやつだろうか。明日にでも病院に連れていった方がいいな、と浩一さんは考えた。
「泥んこのお山。呼ばれたの」
ぞくりと、二人の背筋に寒気が走る。
「誰に、呼ばれたの?」
奈央さんがためらいながらもそう訊くと、陽奈ちゃんはかすかに笑った。
「おねえちゃん……」
「お姉ちゃん?」
「森のお山においでって。お米をたべようって」
その瞬間、玄関の方から、
――ぺちゃ、ぺちゃ。
あの湿った足音が聞こえてきた。
浩一さんははっとした。
たった今まで、泥の足跡は陽奈がつけたものだと納得しかけていた。しかし、昨日の朝、泥の足跡を発見した時には、陽奈ちゃんの足に汚れなどなかった。
浩一さんと奈央さんは、凍りついたように顔を見合わせる。
玄関に、誰かがいる。
「あれ、陽奈は?」
佐伯家では、寝室に置いたクイーンサイズのベッドで親子三人が川の字になって寝ている。しかし、布団に入っていたはずの陽奈ちゃんの姿がどこにもなかった。掛け布団は乱れておらず、まだ彼女の体温が残っているように感じられた。
「どこ行ったんだ……?」
浩一さんの声が震える。
寝室を見回すが、どこにも隠れるような場所はない。部屋を出て耳を澄ますと、階下から何か小さな物音が聞こえてくる。
二人はそろりと階段を降り、音のする方向を探る。どうやらリビングの方から聞こえてくるようだった。なぜか声を出すのがはばかられ、黙ってうなずき合ってからリビングルームへ入る。
ポリポリと何かを齧るような音が、奥にあるカウンターキッチンの向こうから聞こえていた。
浩一さんはリビングの奥まで進み、カウンターの中を覗き込んだ。リビングの常夜灯の明かりは届かず、キッチンの中は真っ暗だ。
目が慣れてくると、冷蔵庫の前にうずくまる小さな影が見えた。
「陽奈……?」
奈央さんがそっと呼びかける。
陽奈ちゃんはぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。その手には何かが握られていた。そして彼女の小さな口は、かり、ぽり、と音を立てながら、それを齧っていた。
「なにしてるの、こんな時間に?」
奈央さんがキッチン脇にある照明のスイッチを押した。
途端に、蛍光灯の白い光がキッチンを照らし出す。
床には無数の白い粒が散乱していた。生米だ。
陽奈ちゃんの手に握られ、そして口の中にあるのも、どうやら生米らしかった。彼女は米びつの蓋を開け、米を手づかみで取り出して口に運んでいたのだ。
しかし、その目はどこか焦点が合っていない。夢遊病のような、意識のない目つきだった。
「お米をお腹いっぱい食べていいよって言われたの」
ぽつりと、陽奈ちゃんが言った。
彼女の手を取って立たせた浩一さんが「あ」と声を上げた。
その足裏に、泥がついていたのだ。
「陽奈、外に出たのか?」
「……うん。お庭のお山に」
「山?」
当然だが、この家の狭い庭には山などない。
夢を見て寝ぼけていたのだろう。夢遊病というやつだろうか。明日にでも病院に連れていった方がいいな、と浩一さんは考えた。
「泥んこのお山。呼ばれたの」
ぞくりと、二人の背筋に寒気が走る。
「誰に、呼ばれたの?」
奈央さんがためらいながらもそう訊くと、陽奈ちゃんはかすかに笑った。
「おねえちゃん……」
「お姉ちゃん?」
「森のお山においでって。お米をたべようって」
その瞬間、玄関の方から、
――ぺちゃ、ぺちゃ。
あの湿った足音が聞こえてきた。
浩一さんははっとした。
たった今まで、泥の足跡は陽奈がつけたものだと納得しかけていた。しかし、昨日の朝、泥の足跡を発見した時には、陽奈ちゃんの足に汚れなどなかった。
浩一さんと奈央さんは、凍りついたように顔を見合わせる。
玄関に、誰かがいる。
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