しずめ

山程ある

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那須隼人5

再読

 念のため、受付で『六守谷の信仰』の販売用のものはないかと尋ねたが、やはり在庫はないとのことだった。

「一部10円でコピーは取っていただけますが」

 職員がそう提案してくれたので

「ありがとうございます。もしかするとお願いするかもしれません」

 と隼人は答えた。
 モノクロではあるが、写真や図版も掲載された本だった。メモを取るつもりだったが、必要になれば複写を頼もうと思った。

 郷土資料室のガラス戸を引くと、前回と同じように古い紙の匂いがふわりと流れ出してきた。どことなく安心する匂いだ。
 隼人はまっすぐ書架に向かい、背表紙を辿る。『六守谷の信仰』はすぐに見つかった。
 部屋の中央に置かれた閲覧机に着席し、カバンから大学ノートを取り出して本を開いた。

 まず目的としていた「シズメメ」の項を読み、ノートに丁寧にメモを取る。
 その後は、それ以外の節も丹念に読み込んでいった。前回は斜め読みだったが、改めて目を通すと、この本が町の人々への聞き取り調査に基づいて、非常に丁寧にまとめられていることが分かる。

 収穫は大きかった。かつて六つの森があった場所についても、推測を交えながら記述されており、それぞれの森に関連した現在では行われていない祭礼や儀礼についても詳しく記録されていた。

 雨乞いの火振りについて書かれたページを読んでいると、あの夜の恐怖が思い出され、手が微かに震えた。
 それでも隼人は読み進めた。読み進めるほどに、ますますこの本に引き込まれていった。

『六守谷の信仰』は、全体として非常に淡々とした筆致で記されている。
 話し手の言葉をできるだけ忠実に残すことに注力されており、脚色やオカルト的な記述は一切ない。
 モリサマが町にとってどのような存在であったのか、それぞれの儀式が人々の生活にどのように根ざしていたのかが、自然と伝わってくる文章だった。

 また、この本を通じて、六守谷町には神社が存在しないことに初めて気がついた。



 六守谷町は、神社のない町として非常に珍しい存在です。日本全国を見渡しても、神社のない町というのはほとんど見当たりません。
 なぜ六守谷町には神社がないのでしょうか──
 それは、六つの森が神社の役割を担ってきたからに他なりません。
 社殿を持たない聖地は他にも存在します。たとえば、沖縄の御嶽(ウタキ)、壱岐のヤボサ、薩摩のモイドン。
 海外では朝鮮半島の堂(タン)などが知られています。
 私はこうした自然信仰の聖地こそが、神社の原初的な姿なのではないかと考えています。
 六守谷のモリサマもまた、古い時代からの信仰を今に伝えるものでしょう。



 遥かな昔より連綿と続く、村の人々の信仰と儀礼を隼人は想像した。静かな資料室の中にいながら、木々のざわめきが耳の奥に蘇るようだった。
 あの夜、カメラのファインダー越しに見た森とそこにいた白い女に対しての恐怖はほとんど感じなくなっていた。
 供物は失われ、祭りも儀式も廃れ、森そのものが伐られた今、あの者たちは何を思うのだろうか──そんなことを考えながら、隼人はページをめくり、メモを取り続けた。


 あとがきまでを読み終え、何気なく開いた最後のページには、奥付として、印刷所の名前と発行年、そして執筆者の名が並んでいた。


 平成27年3月1日 初版発行
 発行者:六守谷町民俗会
 執筆者:臼田清助、程山有子、見学学
 印刷所:株式会社 皆星社


 隼人の指が止まった。

「……見学?」

 思わず声に出た。まさか、あの見学が。
 目を疑ったが、確かにそこに記されているのは、あの飄々とした郷土史家の名だ。
 全国にそう多くはない苗字だし、「重言がどうこう」と言っていた名前も一致している。
 郷土史を専門にしていると言っていたのも、嘘ではなかった。
 隼人が廃墟で出会った見学は、この本の執筆に関わった人物だったのだ。

 ──やっぱり、ただの“物好き”ってわけじゃなかったんだ……

 思い返すと、あの時の知識の深さも、軽やかな語り口も、すべてが腑に落ちる。
 あの時はこの本のことは知らないなどと言っていたが、見学自身が執筆者の一人だったのだ。
 やはり、話をしなくてはならない。
 この本を読み終えた今、見学に訊きたいことが山ほどある。

 隼人はスマートフォンを取り出し、LINEのトーク欄を開いた。未送信のままになっていたテキストを消して、新しいメッセージを打ち込む。

「こんにちは。見学さんに、改めてお話を聞かせていただきたいです。近々、どこかでお時間いただけますか?」

 送信ボタンを押したあと、隼人はしばらく画面を見つめていた。
 やがて静かにノートを閉じ、椅子から立ち上がる。
 夜勤明けでそのまま来たのに眠気はなかった。
 しかし隼人は、自分がかなり空腹であることに気がついた。
 資料室の窓の外には、やわらかな昼の光が満ちていた。
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