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月代葵
胸騒ぎ
隼人が店を出てから、ずっと胸騒ぎがしていた。
道を挟んだ、すぐ向かいの家に行くだけのこと。それなのに、ざわつく心はまるで止まらなかった。
──何か、嫌な感じがする
自分に言い聞かせるように、「すぐに出てくる」と何度も思い直した。
建物の中には入れないのだ。敷地を見てまわって、なにも得られず戻ってくるに違いない。
それでも、葵の視線は落ち着かず、店内の窓越しに何度も道の向こうをちらちらと見ていた。
隼人の姿は、なかなか戻ってこない。
あるいは探索を終えて、彼女には声をかけずに、次の調査地へ向かったのかもしれない。
──どうして、わざわざ私に声をかける必要なんてあるの?
そう思った瞬間、自分だけが親しくなったつもりでいたことが、急に恥ずかしくなった。
それでも、胸騒ぎは消えない。
──馬鹿げてる。……でも、やっぱり見に行こう
店の客が帰ったタイミングで様子を見に行くつもりだった。
ところが、この日に限ってランチタイムを過ぎても、テーブルに居座る客が二組。談笑しながら、なかなか腰を上げない。
──まだ、かかるのかな?
焦燥を抑えきれず、とうとう葵はカウンターを出て、客のもとへと歩いていった。
「すみません、ちょっと、五分ほどだけ外しても大丈夫ですか」
二組の客は、それぞれ特に気にする様子もなく頷き、会話に戻った。
葵は店を出るなり、小走りで向かいの家へと向かった。
門は半ば開いた状態で、誰かが通った直後のようにわずかに揺れていた。
ためらうことなく敷地に足を踏み入れたとき、思わず息を止めた。
──臭い
初めてこの家の近くに来た。これまで道路のこちら側からしか見ていなかったせいで、まるで気づかなかったが──
──この庭、死んでる
湿気と腐敗の臭いが混じり合ったような空気。
芝は黒ずみ、その下からは真っ黒な土が覗いている。
門から続くアプローチは玄関へと向かっていたが、途中で裏手の方へ回り込むようにも伸びていた。
どこからともなく感じた確信が、葵をその裏手へと向かわせた。
コンクリートのアプローチを小走りで進むと、裏庭が開けた。
そこで、葵は息を呑んだ。
「……は、隼人さんっ!」
悲鳴のような叫び声が、庭に響いた。
奥の泥濘んだ地面に、隼人がうつ伏せに倒れていた。
顔が、ぬかるみに埋まっている。まるで水死体のように。
数センチの水たまりでも、人は溺れることがある──どこかで聞いたそんな知識が思い浮かび、恐怖がひゅっと喉を締めつけた。
泥に足を取られながら駆け寄る。
ローファーがぐしゃりと沈み、足の甲まで泥に飲まれた。
それでも構わず進み、隼人のすぐそばに膝をついた。
近づいてようやく、彼がわずかにもがいているのが見えた。
──生きてる!
「隼人さん! 聞こえますか!? 大丈夫ですか!?」
何度も名前を呼びながら、葵は必死に彼の肩を掴み、引き上げようとした。
思ったよりも重く、泥に沈んでいるせいもあって、びくともしない。
膝をついて体勢を安定させ、なんとか頭部を持ち上げて横を向かせる。
──これじゃ、まだ鼻も口も出てない
咄嗟に、救命講習で習った動作が頭をよぎった。
背中に覆いかぶさるようにして腕を伸ばし、隼人の反対側の脇の下に手を通す。
もう一方の手は後頭部から背中に回し、ぐっと力を込めて引いた。
泥がずるりと割れ、ようやく仰向けになった隼人の顔が、空気に触れた。
その直後、隼人は激しく咳き込んだ。
上体を跳ねるように震わせ、泥と唾とを吐き出しながら、もがき、四つん這いの姿勢をとる。
涙も、よだれも、鼻水も、泥と一緒にぐちゃぐちゃに流れ出ていた。
葵はただ、その背中をさすることしかできなかった。
道を挟んだ、すぐ向かいの家に行くだけのこと。それなのに、ざわつく心はまるで止まらなかった。
──何か、嫌な感じがする
自分に言い聞かせるように、「すぐに出てくる」と何度も思い直した。
建物の中には入れないのだ。敷地を見てまわって、なにも得られず戻ってくるに違いない。
それでも、葵の視線は落ち着かず、店内の窓越しに何度も道の向こうをちらちらと見ていた。
隼人の姿は、なかなか戻ってこない。
あるいは探索を終えて、彼女には声をかけずに、次の調査地へ向かったのかもしれない。
──どうして、わざわざ私に声をかける必要なんてあるの?
そう思った瞬間、自分だけが親しくなったつもりでいたことが、急に恥ずかしくなった。
それでも、胸騒ぎは消えない。
──馬鹿げてる。……でも、やっぱり見に行こう
店の客が帰ったタイミングで様子を見に行くつもりだった。
ところが、この日に限ってランチタイムを過ぎても、テーブルに居座る客が二組。談笑しながら、なかなか腰を上げない。
──まだ、かかるのかな?
焦燥を抑えきれず、とうとう葵はカウンターを出て、客のもとへと歩いていった。
「すみません、ちょっと、五分ほどだけ外しても大丈夫ですか」
二組の客は、それぞれ特に気にする様子もなく頷き、会話に戻った。
葵は店を出るなり、小走りで向かいの家へと向かった。
門は半ば開いた状態で、誰かが通った直後のようにわずかに揺れていた。
ためらうことなく敷地に足を踏み入れたとき、思わず息を止めた。
──臭い
初めてこの家の近くに来た。これまで道路のこちら側からしか見ていなかったせいで、まるで気づかなかったが──
──この庭、死んでる
湿気と腐敗の臭いが混じり合ったような空気。
芝は黒ずみ、その下からは真っ黒な土が覗いている。
門から続くアプローチは玄関へと向かっていたが、途中で裏手の方へ回り込むようにも伸びていた。
どこからともなく感じた確信が、葵をその裏手へと向かわせた。
コンクリートのアプローチを小走りで進むと、裏庭が開けた。
そこで、葵は息を呑んだ。
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悲鳴のような叫び声が、庭に響いた。
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泥に足を取られながら駆け寄る。
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それでも構わず進み、隼人のすぐそばに膝をついた。
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その直後、隼人は激しく咳き込んだ。
上体を跳ねるように震わせ、泥と唾とを吐き出しながら、もがき、四つん這いの姿勢をとる。
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葵はただ、その背中をさすることしかできなかった。
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