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那須隼人7
CLOSED
高梨が言っていたとおり、KUUKIは閉まっていた。
「CLOSED」の札が掛けられており、ただ休業しているだけのようにも見える。しかし、そうではないことを隼人は知っている。
ガラス窓の向こうに覗く店内は薄暗く、見える範囲では、前に来たときのまま何も動いていないようだった。
しばらく、その場から動けずにいた。ここを訪れるだけで何かが変わると期待していたわけではない。それでも、来てしまった以上、店を見る視線に、つい期待が混じってしまう。
ふと、思い至る。葵とは、連絡先も交換していなかった。
あれだけの世話になった。大げさではなく、命の恩人だ。それなのに、電話番号も、メッセージを送る手段も、自分にはない。
スマートフォンを取り出し、店名を検索する。すぐに電話番号が表示された。
発信ボタンを押す。
スピーカーの中で鳴る呼び出し音が、やけに大きく響いた。一回、二回、三回。何度鳴らしても、店内で動く気配はない。諦めて停止をタップし、隼人はスマートフォンをポケットに戻した。
そして、いよいよ、これまで見ないようにしてきた道路を挟んだ向かい側の家へと目を向けた。
新しい外壁と、整えられたアプローチ。周囲の住宅と何も変わらない、ありふれた一軒家だ。あの時と同じく、門扉は閉まっている。施錠された様子はない。
歩道の縁に立ち、少しのあいだ様子をうかがった。通りを行き交う人はいない。バスや自家用車のエンジン音も、今は聞こえなかった。
深呼吸をひとつして、門に手をかける。ギイと音を立てて、あっけなく門扉が開いた。
敷地に足を踏み入れた瞬間、鼻の奥に異臭が届いた。覚悟はしていたが、反射的に手で鼻を覆った。それでも、前に来たときほど強くはないようにも思える。
アプローチの先、建物の奥へ視線を向ける。
胸だけでは収まらず、肩や腕にも震えが伝わった。我知らず、ガチガチと歯が鳴る。あの日の体験は、思っていた以上に、自分の心を蝕んでいたらしい。
強い恐怖を抑え込むように、隼人は歯を食いしばった。視線を落とし、足元を確かめるようにしながら、歩を進める。
玄関扉を横目に、ポーチを過ぎて建物の横手へと回り込んだ。カメラのレンズを覗いたわけではない。それでも、深い森に分け入るような感覚があった。
目線は上げないまま、アプローチを外れて芝生へと一歩踏み出す。靴底が、わずかに沈む。
隼人は立ち止まらなかった。一瞬でも躊躇すれば、それ以上は進めなくなりそうだった。カメラバッグの重みを肩に感じながら、ゆっくりと足を動かす。
完全に建物の側面に回り込んだところで、恐怖は最高潮に達した。
自分が遭遇した怪異の記憶、そして、同じことが葵の身にも降りかかったのではないかという想像。
こみあげる吐き気を飲み込み、意を決して顔を上げた。
そこに、隼人が想像していたような光景はなかった。
ただ、泥の庭が、変わらずそこにあった。
こめかみに、冷たい汗が幾筋も伝い落ちる。それを手で拭い、深く息を吐いた。
ところどころに黒く朽ちた芝生の残骸が残る泥濘の地面は、腐臭を放ち、禍々しくはあった。
だが、ここに冷たくなった葵の身体があるのではないかという、最悪の想像は外れていた。
あの日、隼人はこの場所の泥濘に引き込まれた。体験としては、確かにそうだった。しかし、彼を発見した葵によれば、実際には、ここに突っ伏して泥に顔を埋め、窒息しかかっていたという。
ならば、泥濘の主に連れ去られた葵も、やはりここで冷たくなっているのではないか。隼人は、そう考えていた。
――では、葵さんは一体どこに……?
もしかすると、この庭の件とはまったく別の事情で、自ら姿を消したのではないか。もしかすると、どこかで、何事もなかったかのように暮らしているのではないか。そんな希望が、頭をもたげる。
そのとき、隼人は、まだカメラのレンズを覗いていなかったことを思い出した。
いや、ここまで思い出さないようにしていたのかもしれない。
前は、レンズを覗いてこの場所の森を視て、しずめを視て、そうして禍々しい神に泥濘へと引きずり込まれたのだ。
視なければ、あれは自分へと手を伸ばさないのではないか――無意識に、そう考えていたのかもしれない。
しかし、森に何らかのヒントがあれば、あるいは、葵がこの件とは無関係であることが、何らかの形で証明できれば。
藁にもすがる思いで、隼人はバッグの口を開け、カメラを取り出した。
深く息を吸い、ファインダーを覗く。
「CLOSED」の札が掛けられており、ただ休業しているだけのようにも見える。しかし、そうではないことを隼人は知っている。
ガラス窓の向こうに覗く店内は薄暗く、見える範囲では、前に来たときのまま何も動いていないようだった。
しばらく、その場から動けずにいた。ここを訪れるだけで何かが変わると期待していたわけではない。それでも、来てしまった以上、店を見る視線に、つい期待が混じってしまう。
ふと、思い至る。葵とは、連絡先も交換していなかった。
あれだけの世話になった。大げさではなく、命の恩人だ。それなのに、電話番号も、メッセージを送る手段も、自分にはない。
スマートフォンを取り出し、店名を検索する。すぐに電話番号が表示された。
発信ボタンを押す。
スピーカーの中で鳴る呼び出し音が、やけに大きく響いた。一回、二回、三回。何度鳴らしても、店内で動く気配はない。諦めて停止をタップし、隼人はスマートフォンをポケットに戻した。
そして、いよいよ、これまで見ないようにしてきた道路を挟んだ向かい側の家へと目を向けた。
新しい外壁と、整えられたアプローチ。周囲の住宅と何も変わらない、ありふれた一軒家だ。あの時と同じく、門扉は閉まっている。施錠された様子はない。
歩道の縁に立ち、少しのあいだ様子をうかがった。通りを行き交う人はいない。バスや自家用車のエンジン音も、今は聞こえなかった。
深呼吸をひとつして、門に手をかける。ギイと音を立てて、あっけなく門扉が開いた。
敷地に足を踏み入れた瞬間、鼻の奥に異臭が届いた。覚悟はしていたが、反射的に手で鼻を覆った。それでも、前に来たときほど強くはないようにも思える。
アプローチの先、建物の奥へ視線を向ける。
胸だけでは収まらず、肩や腕にも震えが伝わった。我知らず、ガチガチと歯が鳴る。あの日の体験は、思っていた以上に、自分の心を蝕んでいたらしい。
強い恐怖を抑え込むように、隼人は歯を食いしばった。視線を落とし、足元を確かめるようにしながら、歩を進める。
玄関扉を横目に、ポーチを過ぎて建物の横手へと回り込んだ。カメラのレンズを覗いたわけではない。それでも、深い森に分け入るような感覚があった。
目線は上げないまま、アプローチを外れて芝生へと一歩踏み出す。靴底が、わずかに沈む。
隼人は立ち止まらなかった。一瞬でも躊躇すれば、それ以上は進めなくなりそうだった。カメラバッグの重みを肩に感じながら、ゆっくりと足を動かす。
完全に建物の側面に回り込んだところで、恐怖は最高潮に達した。
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こみあげる吐き気を飲み込み、意を決して顔を上げた。
そこに、隼人が想像していたような光景はなかった。
ただ、泥の庭が、変わらずそこにあった。
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ところどころに黒く朽ちた芝生の残骸が残る泥濘の地面は、腐臭を放ち、禍々しくはあった。
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そのとき、隼人は、まだカメラのレンズを覗いていなかったことを思い出した。
いや、ここまで思い出さないようにしていたのかもしれない。
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視なければ、あれは自分へと手を伸ばさないのではないか――無意識に、そう考えていたのかもしれない。
しかし、森に何らかのヒントがあれば、あるいは、葵がこの件とは無関係であることが、何らかの形で証明できれば。
藁にもすがる思いで、隼人はバッグの口を開け、カメラを取り出した。
深く息を吸い、ファインダーを覗く。
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