しずめ

山程ある

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那須隼人7

ここに沈められたのは、本当に鏡だけだったのだろうか

 鏡池公園は、地図アプリのレビューにあったとおり、いたって普通の公園だった。

 入口脇の案内板には、色あせた園内図が掲げられている。
 中央に水色の楕円――鏡池。
 その周囲を一周する遊歩道。ベンチや低木が簡略化されたイラストで描かれ、左側には可愛らしいタッチの木立が並んでいる。
 北門、東門(正門)、南門。駐車場はない。

「鏡池」

 池の中央に、その名が記されている。
 隼人はしばらくその二文字を見つめた。
 モリサマと鎮め女の婚姻の儀で沈められた鏡――それが名の由来なのだろうか。

――

 公園へ足を踏み入れる。
 くすんだ石畳風の舗装路。
 芝生は冬枯れの色をしているが、短く刈り揃えられている。
 低木も整然と植えられ、落ち葉ひとつ目立たない。

 普通だ。拍子抜けするほどに。

 池の縁、金属製の柵の前まで進み、水面を見下ろす。

 静かだ。風は吹いているのに、水はほとんど揺れない。空と山と、公園内の植栽がそのまま映り込んでいる。

──シズメの森

 深く息を吸い、カメラを取り出す。

 これまでに遭遇した様々な感触が蘇ってくる。
 観察されるような視線。
 足首を掴まれた軋む痛み。
 泥に引き込まれた冷たさ。
 胸が空洞になる恐怖。

 
 カメラを構えたところで、一度目を閉じる。

──来るなら来い。

 決意とともにファインダーを覗いた。

 だが、池は――ただの池だった。

 いや、そうではない。

 水面の美しさは変わらない。
 だが、そこに鉄柵はない。石積みもない。岸に輪郭らしい輪郭はなく、いびつで不規則な形をしている。

 レンズを上げ、対岸へ向ける。

 岸と呼べる境は見当たらない。
 葦と低木が絡み合い、湿地がそのまま森へ続いている。
 どこからが池で、どこからが森なのか分からない。

 樹影は濃く、圧をもって迫る。
 その奥には、矢隈山の稜線が沈んでいる。

 分かってはいた。
 ここにも、モリサマがあったのだ。

 レンズを左右へ滑らせる。
 周縁はどこも曖昧だ。葦が無秩序に伸び、水と土の境を隠している。
 だが水面は静まり返っている。

 中心へ視線を移すにつれ、透明度が増していく。
 そして――中央は暗い。

 池は左右に細長い楕円だ。
 その中央を横切るように、黒い帯が沈んでいる。
 隼人は一瞬、水底に何か巨大なものが横たわっているのかと思った。
 しかしすぐに、そうではないと分かる。
 底が、その部分だけ特に深いのだ。

 隼人はしばらくその暗さを見つめていた。
 何も起こらない。

 風が吹き、水面がわずかに揺れる。
 映り込んでいた空が崩れ、すぐに元へ戻る。

 ただの池だ。

 ファインダーから目を離す。

 冷えた空気が頬を撫でる。
 大きく息を吐くと、胸の奥に居座っていた恐怖が、少しだけほどけた。
 安堵と落胆が同時にきた。
 火事の廃屋や、ドタの森跡で感じた生々しい気配はここには感じなかった。

──ここじゃ、ないのか?

 そう断じる確信も持てなかった。
 まだ見ていない森跡がある。
 少し迷った末、他も回ることに決める。

 やはり先に、高梨に連絡を入れておこう。

 そう思い、隼人は近くのベンチに腰を下ろした。
 カメラを膝に置き、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 この件について、直接会ってから話したいと考えていたが、会う前に文章ででも現状を知らせておくべきだ。

 泥の庭で遭遇した怪異と、葵に助けられたこと。
 モリサマに関して大まかな話はしてあったが、『六守谷の信仰』という本やその執筆者の一人である見学のことなど、詳細な部分までは伝えていない。

 長文を打つため、画面に指を滑らせる。
 ふと顔を上げると、池は変わらず静かだった。

 水面は、やはり綺麗なままだ。
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