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那須隼人8
マルツカの森①
かつてマルツカの森があったとされるのは、町のほぼ中心にあたる区画だった。
むつもりヒルズ計画では第二期に造成・分譲された区画で、空き地や建築途中の住宅などはみられない。新築の真新しさこそ幾分薄れてはいるが、それでも十分に綺麗な街並みだ。
『六守谷の信仰』には、こう記されている。
六守谷町三丁目あたりの住宅が建ち並ぶ中に、マルツカの森はあります。
家と家との間の道を進むと、こんもりとした樫の木々が姿を現します。
少し離れたところから見ると、家々の屋根の中に、ひときわ大きな緑の山があるように見えます。
森の中には大きな丸い自然石があり、これが丸い塚、すなわちマルツカの森の名の由来であるとされています。
ここも他の森と同様、「モリサマの木は伐ってはいけない」と戒められてきました。
木が枯れたときでも、これを処理してよいのは守りの家の者だけで、その際も守りの家で伐った木を使うことは禁じられていました。
ただし、守りの家から他所の家へ木が与えられた場合には、その家で木を使うことは差し支えないとされていたそうです。
守りの家では、さまざまな年中行事の際に、赤飯のおにぎりや油揚げ、油揚げ飯、山菜の煮物などをマルツカに供えていたといいます。
このとき、森の中に一本だけ生えているホホノキの葉を皿として、その上に料理を乗せることになっていました。
これはキツネが食べるための供物であったという人もいます。
キツネがマルツカのモリサマの使いであると考えられていたのかもしれません。
これが書かれた当時、森はまだあったのだろう。
しかし、すっかり新しくなった今の街並みの中には、樫の木の一本も見つけられない。
住所でいえば三丁目にあったことは分かっているので、少し歩いてみようと隼人は思った。
日はすでに傾きはじめていたが、スマートフォンの時計を確認すると、時刻はまだ十五時を少しまわったところだった。高梨との約束までには、まだまだ時間がある。
今いる場所の住所を確認しようと、あたりを見回した。
すぐ近くの家の表札の下に貼られたプレートに、「三丁目7-6」の表記を見つけた。やはり森はこの近くのようだ。
そこで、表札に書かれた名前が目に入った。
「藤原」
黒い石板に、端正な書体で彫られている。
ものすごく珍しい名前ではないが、学校の一学年に何人もいる名前でもない。
――もしかしてここが……
美月の実家なのだろうか。
胸の奥が強く脈打った。
中学時代には交流はなかった。大学で再会し、付き合い始めてからも、結局一度も実家を訪ねたことはない。一度、美月の両親に挨拶に行きたいと言ったことがあったが、その時の美月はやんわりと話を逸らした。
ここが本当に美月の実家なら、彼女は森の近くで育ったのか。
門柱の前に立ち、インターホンを見る。押せば、誰かが――美月の両親が出てくるかもしれない。
しかし、指は伸びない。
両親と会って、今さら何を話せばいいのか。もし美月が隼人のことを親に話していなければ、自分の存在すら知らないのだ。
美月が失踪するより以前に、交際は終わりを迎えていた。隼人は何の後ろめたさも感じる立場にはない。それでも、彼女の父と母に会って、話をする勇気がどうしても持てなかった。
深いため息を吐いて、隼人は門扉から数歩下がった。
代わりにカメラを取り出す。
門越しに、家屋へレンズを向ける。ファインダーを覗く。
家に変化はない。
しかし、その向こう、住宅の裏側に、こんもりとした森が立ち上がっていた。
むつもりヒルズ計画では第二期に造成・分譲された区画で、空き地や建築途中の住宅などはみられない。新築の真新しさこそ幾分薄れてはいるが、それでも十分に綺麗な街並みだ。
『六守谷の信仰』には、こう記されている。
六守谷町三丁目あたりの住宅が建ち並ぶ中に、マルツカの森はあります。
家と家との間の道を進むと、こんもりとした樫の木々が姿を現します。
少し離れたところから見ると、家々の屋根の中に、ひときわ大きな緑の山があるように見えます。
森の中には大きな丸い自然石があり、これが丸い塚、すなわちマルツカの森の名の由来であるとされています。
ここも他の森と同様、「モリサマの木は伐ってはいけない」と戒められてきました。
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ただし、守りの家から他所の家へ木が与えられた場合には、その家で木を使うことは差し支えないとされていたそうです。
守りの家では、さまざまな年中行事の際に、赤飯のおにぎりや油揚げ、油揚げ飯、山菜の煮物などをマルツカに供えていたといいます。
このとき、森の中に一本だけ生えているホホノキの葉を皿として、その上に料理を乗せることになっていました。
これはキツネが食べるための供物であったという人もいます。
キツネがマルツカのモリサマの使いであると考えられていたのかもしれません。
これが書かれた当時、森はまだあったのだろう。
しかし、すっかり新しくなった今の街並みの中には、樫の木の一本も見つけられない。
住所でいえば三丁目にあったことは分かっているので、少し歩いてみようと隼人は思った。
日はすでに傾きはじめていたが、スマートフォンの時計を確認すると、時刻はまだ十五時を少しまわったところだった。高梨との約束までには、まだまだ時間がある。
今いる場所の住所を確認しようと、あたりを見回した。
すぐ近くの家の表札の下に貼られたプレートに、「三丁目7-6」の表記を見つけた。やはり森はこの近くのようだ。
そこで、表札に書かれた名前が目に入った。
「藤原」
黒い石板に、端正な書体で彫られている。
ものすごく珍しい名前ではないが、学校の一学年に何人もいる名前でもない。
――もしかしてここが……
美月の実家なのだろうか。
胸の奥が強く脈打った。
中学時代には交流はなかった。大学で再会し、付き合い始めてからも、結局一度も実家を訪ねたことはない。一度、美月の両親に挨拶に行きたいと言ったことがあったが、その時の美月はやんわりと話を逸らした。
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門柱の前に立ち、インターホンを見る。押せば、誰かが――美月の両親が出てくるかもしれない。
しかし、指は伸びない。
両親と会って、今さら何を話せばいいのか。もし美月が隼人のことを親に話していなければ、自分の存在すら知らないのだ。
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深いため息を吐いて、隼人は門扉から数歩下がった。
代わりにカメラを取り出す。
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家に変化はない。
しかし、その向こう、住宅の裏側に、こんもりとした森が立ち上がっていた。
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