86 / 99
那須隼人9
乾杯
ユキが肩をすくめた。
「たしかに、水だけの客は喜ばれないよね」
そう言うと、カウンターの方に向かって手をあげる。
「すみませーん。注文いいですか?」
年配の女性店員が、オーダー票を手にすぐにやってきた。
「とりあえず、生ビール三つ……でいいよね?」
ユキが隼人と高梨にそう確認したので、隼人は頷いた。
「というか、ユキちゃん二十歳過ぎてるの?」
と訊いたのは高梨だ。
言われてみれば、隼人もユキの年齢は知らなかった。
ラジたちとシェアハウスで暮らしているので成人だろうとは思っていたが、十代だと言われても納得してしまう容姿でもある。
「あーし二十四だよ。だからお酒もタバコもだいじょーぶ」
「それならよかった」
高梨は軽く肩の力を抜いた。
「で、料理は……炙りしめ鯖ひとつに、鯨の刺身、うつぼの唐揚げもひとつずつ……」
注文する物も決めていないうちに店員を呼ばれ、隼人は少し慌てたが、ユキは迷う様子もなくメニューをめくっていく。
「あ、燻製ポテサラってのもうまそー」
「ポテトサラダを燻製にしてるんですか?」
隼人は思わず店員に訊いた。
「いえ、燻製にした半熟ゆで卵とベーコンが入ってるんです。美味しいですよ」
店員は愛想よく答える。
「じゃあそれも一人前で」
「この店では、桜エビとしらすのチヂミだけは食べてくれ」
横から高梨が口を挟んだ。
「それも美味しそうだね。頼も」
「チヂミも一人前でよろしいでしょうか?」
「うん。他も頼んでるし、とりあえず一人前で」
注文をひととおり伝えると、店員は「かしこまりました」と言ってカウンターへ戻っていった。
ほどなくして、先にビールが運ばれてくる。
水滴のついたジョッキが三つ、テーブルに置かれた。
三人は軽くジョッキを合わせた。
「乾杯って気分にはなれないけどね」
ビールをひと口飲み、喉を湿らせながら隼人は言った。
「でも、古代ギリシャじゃ、グラスを当てる音で悪いものを追っ払う魔除けの意味もあったらしーから、この席にはぴったりなんじゃない?」
ゴクゴクと豪快に喉を鳴らしていたユキが、ジョッキを置きながら言った。
「ビールはいつ飲んでも旨いんだ。隼人もちゃんと味わわないと、ビールを造った人に失礼だぞ」
高梨が言う。
こちらも一口で、ジョッキの半分ほどまでビールを減らしている。
隼人は苦笑した。
「そういえばここ、突き出しないんだね」
テーブルの上を見渡してユキが言う。
「最近ないところ多いね」
「あーし、けっこう好きなんだけどな」
「分かる。あのひと口ふた口でなくなる感じがいいんだよな」
高梨が笑う。
「まあその分、色々注文すればいいよ。
隼人に飯で釣られたって言ってたけど、ここはオレがおごるから。好きなものなんでも頼んで」
「マジで!? おにーさん男前だな」
ユキが身を乗り出す。
「ユキさん、あんまり量食べられないんじゃなかった?」
隼人が言う。
「量は食えなくても、色々食べたいじゃん」
「そういえばタバコ吸うんだっけ? オレらは気にしないから、自由に吸っていいよ」
高梨がテーブルの上に置いてあった灰皿をユキの前に押した。
「紙だけどいいの?」
「大丈夫。隼人も気にしないよな」
高梨が訊いてきたので、隼人も「うん、大丈夫」と頷いた。
隼人自身は喫煙しなかったが、カメラマンのアシスタント時代に煙には慣れていた。
電子タバコが主流になってきていたが、写真の仕事をしている人間にはなぜか紙タバコ派が多かった。
ユキは店員に一応確認を取ってから、タバコに火をつけた。
深く吸い込むと、顔を少し横に向けて煙を吐き出す。
白い煙がゆっくりと店内の照明の下へと流れていった。
「それでさ」
ユキは灰皿にタバコの灰を落としながら口を開いた。
視線を隼人へ向ける。
「ハヤトは、なんでそんな危ないことに首を突っ込んでるの?」
隼人は、今度こそゴクリとビールを飲んだ。喉から胃に苦みが降りていく。
そして、順を追って話し始めた。
三年前、恋人がむつもりヒルズで失踪したこと。
高梨の依頼で、町を回って写真を撮っていたこと。
そして――
特定の場所でファインダーを覗くと、今はないはずの森が見えること。
その森は、かつてこの町で信仰の対象であり、禁足地とされていたこと。
森の中には、人ではないものも見えたこと。
その中に――
失踪した恋人によく似た影を見たこと。
ちょうど隼人が離し終えたタイミングで、注文していた鯨の刺身が運ばれてきた。
「お待たせしました。鯨の刺身です。こちらのおろしニンニクとお醤油で食べてください」
長く入り組んだ物語だと隼人自身は思っていた。
だが、こうして言葉にしてしまうと、ひどく短い話だった。
まるで、誰か別の人間の体験を語っているようだった。
「たしかに、水だけの客は喜ばれないよね」
そう言うと、カウンターの方に向かって手をあげる。
「すみませーん。注文いいですか?」
年配の女性店員が、オーダー票を手にすぐにやってきた。
「とりあえず、生ビール三つ……でいいよね?」
ユキが隼人と高梨にそう確認したので、隼人は頷いた。
「というか、ユキちゃん二十歳過ぎてるの?」
と訊いたのは高梨だ。
言われてみれば、隼人もユキの年齢は知らなかった。
ラジたちとシェアハウスで暮らしているので成人だろうとは思っていたが、十代だと言われても納得してしまう容姿でもある。
「あーし二十四だよ。だからお酒もタバコもだいじょーぶ」
「それならよかった」
高梨は軽く肩の力を抜いた。
「で、料理は……炙りしめ鯖ひとつに、鯨の刺身、うつぼの唐揚げもひとつずつ……」
注文する物も決めていないうちに店員を呼ばれ、隼人は少し慌てたが、ユキは迷う様子もなくメニューをめくっていく。
「あ、燻製ポテサラってのもうまそー」
「ポテトサラダを燻製にしてるんですか?」
隼人は思わず店員に訊いた。
「いえ、燻製にした半熟ゆで卵とベーコンが入ってるんです。美味しいですよ」
店員は愛想よく答える。
「じゃあそれも一人前で」
「この店では、桜エビとしらすのチヂミだけは食べてくれ」
横から高梨が口を挟んだ。
「それも美味しそうだね。頼も」
「チヂミも一人前でよろしいでしょうか?」
「うん。他も頼んでるし、とりあえず一人前で」
注文をひととおり伝えると、店員は「かしこまりました」と言ってカウンターへ戻っていった。
ほどなくして、先にビールが運ばれてくる。
水滴のついたジョッキが三つ、テーブルに置かれた。
三人は軽くジョッキを合わせた。
「乾杯って気分にはなれないけどね」
ビールをひと口飲み、喉を湿らせながら隼人は言った。
「でも、古代ギリシャじゃ、グラスを当てる音で悪いものを追っ払う魔除けの意味もあったらしーから、この席にはぴったりなんじゃない?」
ゴクゴクと豪快に喉を鳴らしていたユキが、ジョッキを置きながら言った。
「ビールはいつ飲んでも旨いんだ。隼人もちゃんと味わわないと、ビールを造った人に失礼だぞ」
高梨が言う。
こちらも一口で、ジョッキの半分ほどまでビールを減らしている。
隼人は苦笑した。
「そういえばここ、突き出しないんだね」
テーブルの上を見渡してユキが言う。
「最近ないところ多いね」
「あーし、けっこう好きなんだけどな」
「分かる。あのひと口ふた口でなくなる感じがいいんだよな」
高梨が笑う。
「まあその分、色々注文すればいいよ。
隼人に飯で釣られたって言ってたけど、ここはオレがおごるから。好きなものなんでも頼んで」
「マジで!? おにーさん男前だな」
ユキが身を乗り出す。
「ユキさん、あんまり量食べられないんじゃなかった?」
隼人が言う。
「量は食えなくても、色々食べたいじゃん」
「そういえばタバコ吸うんだっけ? オレらは気にしないから、自由に吸っていいよ」
高梨がテーブルの上に置いてあった灰皿をユキの前に押した。
「紙だけどいいの?」
「大丈夫。隼人も気にしないよな」
高梨が訊いてきたので、隼人も「うん、大丈夫」と頷いた。
隼人自身は喫煙しなかったが、カメラマンのアシスタント時代に煙には慣れていた。
電子タバコが主流になってきていたが、写真の仕事をしている人間にはなぜか紙タバコ派が多かった。
ユキは店員に一応確認を取ってから、タバコに火をつけた。
深く吸い込むと、顔を少し横に向けて煙を吐き出す。
白い煙がゆっくりと店内の照明の下へと流れていった。
「それでさ」
ユキは灰皿にタバコの灰を落としながら口を開いた。
視線を隼人へ向ける。
「ハヤトは、なんでそんな危ないことに首を突っ込んでるの?」
隼人は、今度こそゴクリとビールを飲んだ。喉から胃に苦みが降りていく。
そして、順を追って話し始めた。
三年前、恋人がむつもりヒルズで失踪したこと。
高梨の依頼で、町を回って写真を撮っていたこと。
そして――
特定の場所でファインダーを覗くと、今はないはずの森が見えること。
その森は、かつてこの町で信仰の対象であり、禁足地とされていたこと。
森の中には、人ではないものも見えたこと。
その中に――
失踪した恋人によく似た影を見たこと。
ちょうど隼人が離し終えたタイミングで、注文していた鯨の刺身が運ばれてきた。
「お待たせしました。鯨の刺身です。こちらのおろしニンニクとお醤油で食べてください」
長く入り組んだ物語だと隼人自身は思っていた。
だが、こうして言葉にしてしまうと、ひどく短い話だった。
まるで、誰か別の人間の体験を語っているようだった。
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/4/14:『かえる』の章を追加。2026/4/21の朝頃より公開開始予定。
2026/4/13:『へび』の章を追加。2026/4/20の朝頃より公開開始予定。
2026/4/12:『ぱにっく』の章を追加。2026/4/19の朝頃より公開開始予定。
2026/4/11:『どろどろ』の章を追加。2026/4/18の朝頃より公開開始予定。
2026/4/10:『なきごえ』の章を追加。2026/4/17の朝頃より公開開始予定。
2026/4/9:『ぐつぐつぐつ』の章を追加。2026/4/16の朝頃より公開開始予定。
2026/4/8:『ねじれまわる』の章を追加。2026/4/15の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
近づいてはならぬ、敬して去るべし
句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら……
近づいてはいけない。
敬して去るべし。
山を降りろ。
六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。
28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。
田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。
大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。
会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。
失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。
「名付け得ぬ神」。
東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。
コウイチは訪ねてみることにする。
道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——
深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。
不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。
日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
怪異の忘れ物
木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた
「怪異の忘れ物」につきまして、
審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。
ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。
さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
出版化は難しいという結論に至りました。
私どもはこのような結論となりましたが、
当然、出版社により見解は異なります。
是非、他の出版社などに挑戦され、
「怪異の忘れ物」の出版化を
実現されることをお祈りしております。
以上ご連絡申し上げます。
アルファポリス編集部
というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。
www.youtube.com/@sinzikimata
私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。
いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。