しずめ

山程ある

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那須隼人9

乾杯

 ユキが肩をすくめた。

「たしかに、水だけの客は喜ばれないよね」

 そう言うと、カウンターの方に向かって手をあげる。

「すみませーん。注文いいですか?」

 年配の女性店員が、オーダー票を手にすぐにやってきた。

「とりあえず、生ビール三つ……でいいよね?」

 ユキが隼人と高梨にそう確認したので、隼人は頷いた。

「というか、ユキちゃん二十歳過ぎてるの?」

 と訊いたのは高梨だ。

 言われてみれば、隼人もユキの年齢は知らなかった。
 ラジたちとシェアハウスで暮らしているので成人だろうとは思っていたが、十代だと言われても納得してしまう容姿でもある。

「あーし二十四だよ。だからお酒もタバコもだいじょーぶ」

「それならよかった」

 高梨は軽く肩の力を抜いた。

「で、料理は……炙りしめ鯖ひとつに、鯨の刺身、うつぼの唐揚げもひとつずつ……」

 注文する物も決めていないうちに店員を呼ばれ、隼人は少し慌てたが、ユキは迷う様子もなくメニューをめくっていく。

「あ、燻製ポテサラってのもうまそー」

「ポテトサラダを燻製にしてるんですか?」

 隼人は思わず店員に訊いた。

「いえ、燻製にした半熟ゆで卵とベーコンが入ってるんです。美味しいですよ」

 店員は愛想よく答える。

「じゃあそれも一人前で」

「この店では、桜エビとしらすのチヂミだけは食べてくれ」

 横から高梨が口を挟んだ。

「それも美味しそうだね。頼も」

「チヂミも一人前でよろしいでしょうか?」

「うん。他も頼んでるし、とりあえず一人前で」

 注文をひととおり伝えると、店員は「かしこまりました」と言ってカウンターへ戻っていった。

 ほどなくして、先にビールが運ばれてくる。
 水滴のついたジョッキが三つ、テーブルに置かれた。

 三人は軽くジョッキを合わせた。

「乾杯って気分にはなれないけどね」

 ビールをひと口飲み、喉を湿らせながら隼人は言った。

「でも、古代ギリシャじゃ、グラスを当てる音で悪いものを追っ払う魔除けの意味もあったらしーから、この席にはぴったりなんじゃない?」

 ゴクゴクと豪快に喉を鳴らしていたユキが、ジョッキを置きながら言った。

「ビールはいつ飲んでも旨いんだ。隼人もちゃんと味わわないと、ビールを造った人に失礼だぞ」

 高梨が言う。
 こちらも一口で、ジョッキの半分ほどまでビールを減らしている。

 隼人は苦笑した。

「そういえばここ、突き出しないんだね」

 テーブルの上を見渡してユキが言う。

「最近ないところ多いね」

「あーし、けっこう好きなんだけどな」

「分かる。あのひと口ふた口でなくなる感じがいいんだよな」

 高梨が笑う。

「まあその分、色々注文すればいいよ。
 隼人に飯で釣られたって言ってたけど、ここはオレがおごるから。好きなものなんでも頼んで」

「マジで!? おにーさん男前だな」

 ユキが身を乗り出す。

「ユキさん、あんまり量食べられないんじゃなかった?」

 隼人が言う。

「量は食えなくても、色々食べたいじゃん」

「そういえばタバコ吸うんだっけ? オレらは気にしないから、自由に吸っていいよ」

 高梨がテーブルの上に置いてあった灰皿をユキの前に押した。

「紙だけどいいの?」

「大丈夫。隼人も気にしないよな」

 高梨が訊いてきたので、隼人も「うん、大丈夫」と頷いた。
 隼人自身は喫煙しなかったが、カメラマンのアシスタント時代に煙には慣れていた。
 電子タバコが主流になってきていたが、写真の仕事をしている人間にはなぜか紙タバコ派が多かった。

 ユキは店員に一応確認を取ってから、タバコに火をつけた。
 深く吸い込むと、顔を少し横に向けて煙を吐き出す。

 白い煙がゆっくりと店内の照明の下へと流れていった。

「それでさ」

 ユキは灰皿にタバコの灰を落としながら口を開いた。
 視線を隼人へ向ける。

「ハヤトは、なんでそんな危ないことに首を突っ込んでるの?」

 隼人は、今度こそゴクリとビールを飲んだ。喉から胃に苦みが降りていく。
 そして、順を追って話し始めた。


 三年前、恋人がむつもりヒルズで失踪したこと。
 高梨の依頼で、町を回って写真を撮っていたこと。

 そして――
 特定の場所でファインダーを覗くと、今はないはずの森が見えること。
 その森は、かつてこの町で信仰の対象であり、禁足地とされていたこと。
 森の中には、人ではないものも見えたこと。

 その中に――
 失踪した恋人によく似た影を見たこと。


 ちょうど隼人が離し終えたタイミングで、注文していた鯨の刺身が運ばれてきた。

「お待たせしました。鯨の刺身です。こちらのおろしニンニクとお醤油で食べてください」

 長く入り組んだ物語だと隼人自身は思っていた。
 だが、こうして言葉にしてしまうと、ひどく短い話だった。
 まるで、誰か別の人間の体験を語っているようだった。
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