しずめ

山程ある

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見学学1

賭け

 徐行で車をゆっくりと転がす。

 前を行く二人との距離は、まだ十分にある。このまま車で追うことも、不可能ではない。
 だが、それは見つからなければの話だ。
 駅前を抜ければ、道は限られる。住宅地に入れば、なおさらだ。
 徒歩の人間を車で追う。それがどれだけ不自然かは、考えるまでもない。

「……あかんな」

 小さく呟いた。
 ハンドルに置いた手が、わずかに動く。

 近くに車を止め、徒歩で追うか。
 いや、近くに止められる場所を探している間に見失うかもしれない。

 それとも、先回りするか。
 彼らが向かうであろう場所の見当はついている。

「シズメの森、やんな?」

 二人の背に問いかける。
 視線を外し、その先へと向ける。

「外したら、終わりやけどな」

 ぽつりと漏らす。

 見失うだけではない。
 次にどこで何をするか分からなくなる。
 資料館で『六守谷の信仰』がなくなっていることに気付き、ここで彼らを見つけることができた。この幸運を台無しにしてしまうことになる。

 今この瞬間の判断で、結果が大きく動く。

 再びハンドルを軽く叩く。トン、トン、と乾いた音が車内に響く。
 車内で考え事をする時の、彼の癖だった。

 同行者が何者なのかが気になっていた。
 隼人が協力を要請した相手なのか、隼人の水先案内をする人物なのか。
 遠目に窺う限りでは、親しげな様子だ。気心の知れた協力者というところか。

 隼人は、振り返らない。
 その足取りには迷いがない。

「ああ、そうかい」

 深くため息を吐いた。

 あれは、誰かに案内されている歩き方だ。
 隣の協力者か、それとも違う何かにか。

 見学はウインカーを出した。
 左折。県道から外れ、脇道へと入る。

「賭けるしか、ないか」

 短く言い切る。

 向かうのは、シズメの森に近いコインパーキング。
 頭の中に位置は入っている。

 ゆっくりとアクセルを踏む足に、迷いはなかった。

 五分も経たず、コインパーキングに着いた。
 他に一台の車も止まっていない。
 入り口から一番手前の枠に車を収める。

 最寄りとはいえ、ここから歩けばそれなりに距離はある。
 それでも、かなりの余裕を持って二人を待ち受けられるだろう。

「予想が当たってればやけどな」

 キーを回す。エンジンが止まり、車内が静かになる。
 その静けさが、やけに耳についた。

 ドアを開けると、ひやりとした外の空気が流れ込んでくる。
 冷たいばかりでなく、わずかに湿っている。

 ドアを閉め、軽く伸びをしてから歩き出す。

 パーキングを出て、住宅地を抜ける。
『鏡池公園(約300m)→』という看板が目に入る。

「知ってる」

 と呟く。
 幾度も通った道だ。
 だが、焦る気持ちからか、今日は遠く感じる。
 距離が伸びているような、そんな違和感。

「すぐそこや」

 自分に言い聞かせるように、低く言う。
 だが、足は自然と速くなる。

 自分は焦っているらしい。
 それを自覚して、舌打ちする。

 やがて、公園が見えてきた。
 整備された市民公園で、背の低い木が等間隔に植えられているのが見える。

 見学は足を止めず、そのまま中へ入る。
 公園の入り口には、色の褪せた公園内の案内地図が描かれた看板が立つ。
 そこから伸びるゆるやかなスロープが、池の周りを一周する遊歩道へと続く。

 スロープを下りきった、その瞬間。

 音が、ひとつ消えた気がした。

 風の音か。
 公園の外の車の音か。

 何かは分からないが、明らかに音がひとつ欠けたのが分かった。

 見学は、池を囲う鉄柵を前に足を止めた。
 石色の舗装路。ベンチ。冬枯れの低木。
 見慣れたはずの公園。

 池に目を移すと、空と山と木々を写し込んだ静かな水面。
 見慣れたはずの池だ。
 そのはずなのに、

「なんや、これ」

 口の中で転がすように、呟く。

 空気が、ねばつく。
 あたりの色が鈍い。
 すべての物の輪郭が、わずかに滲んでいる。

「僕もいよいよ老眼かあ……」

 わざとおどけた声を出し、目を擦る。

 再び開いた目に映ったのは、やはり焦点の合わない世界。

 まだ、何かが見えたわけではない。
 それでも分かる。

「これがハヤト君が言うてた……」

 一歩踏み出し、手を乗せようとして、そこにあったはずの鉄柵がなくなっていることに気付いた。
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