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パーティ・パーティ

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「いや、入りたくはない、かな」

 前回の依頼は、ルシッドの無理やりの勧誘で同行しただけなのだ。その事はここにいる皆にも説明している。というよりもあの時はここにいる面々に背中を押されて、あのパーティーに同行することにしたのだ。

「あの時は私が無理に勧めちゃったからね」

 トヨケが少ししゅんとした面持ちで言った。
 オレがリッチに遭遇したことを気に病んでいるのだろう。

「そりゃあ仕方ないさ。女としちゃ、旦那になる男の出世を望むのは普通ってもんだろ」

 ハンガクが言い放った途端に、うつむき加減だったトヨケの顔が赤く染まる。

「やめとけよ、ハンガク」

 オレは思わず言った。
 ハンガクなりに場を和ませようとしているのだろうけど、これじゃ逆効果だ。
 まるでお詫びにオレと結婚しろと要求しているように感じられて、いたたまれない気持ちになる。これに乗っかれるほど図太くも悪どくもないのだ。

 保存食を多く扱うトヨケの店に来る客の大半は冒険者だ。そして誰にでも分け隔てなく親切に接するトヨケに惚れている野郎は多い。笑顔で糧食の相談に乗ってくれて、依頼や冒険の心配までしてくれるトヨケに、みんな良妻や賢母を見るのだろう。中には自分にだけ優しくしてくれると勘違いしているヤツもいるだろうし。
 かく言うオレ自身がそういうやつらの一人なのだ。だからこそ勘違いしないようにと、日々自制を重ねているのだ。

「たしかにトヨケは、オレのことを思ってルシッドのとこに入るのを勧めてくれたんだろう。でもトヨケが親切なのはみんなに対してだ。いくらオレだってそんなことで勘違いしたりしないぜ」

 あれ、なんだろう。言っていて涙が流れそうになってきた。

「そうですよハンガクさん。その言い方はトヨケさんが否定しづらいですよ。
 そうするとまるで、怖い目にあったカズさんが、アドバイスしたトヨケさんの引け目に付け込んで卑劣に結婚を迫っているような卑劣な状況みたいに見えてしまいます。いくらカズさんだってそんなことはしませんよ」

 おっとりとした口調で紡がれるツルの言葉がなかなかひどい。そのまるで雪の妖精のような清楚な見た目とは裏腹に、傷口に塩を塗るというか水に落ちた犬を打つというか死体を蹴るというかそういうことを無自覚でやるところがあるらしい。一番たちの悪いやつだ。

「そ、そうだ。いくらオレでもそんなことはしないぜ」

 しぼり出すように何とか言った。
 複雑そうな顔をしたが、ハンガクは何も言わなかった。
 肝心のトヨケがどんな顔をしているのか、怖くてオレは見ることができなかった。

「でも疾風の剣ゲイルアームズに入る気がないのでしたら、私たちと一緒にくればいいんじゃありませんか?」

 ツルがにっこりと笑った。

「私たちとってどういうことだ?」

「だから、私たちのパーティーと一緒にシージニアに行きませんか?」

「ん? ツルもシージニアに行くのか?」

「もちろんです」

「シージニアに行くのはハンガクだけじゃないのか?」

「そりゃパーティーリーダーのあたしが行くんだから、みんな行くに決まってるだろ」

「って、ことはトヨケも?」

 オレが訊くとトヨケはコクリと頷いた。
 それぞれがソロで依頼をこなすことも多いが、ハンガクのパーティーといえば、ハンガク、トヨケ、ツルの三人だ。
 考えてみれば当たり前の話だ。他州まで行く隊商の護衛なんて任務は、信頼できるパーティーで引き受けるものだろう。

「カノミは連れていってもらえないけどね」

 拗ねたような口調でカノミが言った。
 小さな胃袋にはすでにギョウザを詰め込むキャパが残っていないらしく、ずいぶんと前から彼女はハチミツ漬けにしたナッツをポリポリと齧っていた。

「もう少し大きくなったらね。今はカノミにはお店をお願いするね」

 トヨケが言うと、カノミは渋々といった感じではあるが頷いた。

「モリも自分とこのパーティーで参加だぜ」

 ハンガクが言う。
 そういえば倉庫整理をしていた時には依頼の詳細までは聞いていなかったが、モリも自分がリーダーを務めるパーティーで依頼を受けているのだ。樹海の魔獣フォレストベアーズという名前の、城壁修理の依頼にも来ていたベテラン勢で構成された実力派パーティーだ。

「モリさんもいらっしゃるんですから、ぜひカズさんも来てください」

 ツルが言った。
 オレはハンガクの顔を見た。
 意見を求めているわけじゃない。
 パーティーで請け負った仕事なのだから、参加人数が増えれば一人当たりの報酬が減る。必須でない人員は増やすべきじゃない。的なことを、リーダーなら言うだろうなと思って水を向けたつもりだった。ようするに「お前はダメだっていうだろ?」という感じだ。

 そもそもオレはこの依頼をやりたいわけじゃない。そりゃあ、トヨケが行くんならオレだって同行したい気持ちはなくはない。だけど隊商の護衛なんて依頼でオレが何の役にも立てないことは自明なのだ。何をしたらいいのかも分からないし。
 ところが何をどう受け取ったのか、ハンガクはまるでパス回しをするかのように、そのままトヨケの顔を見た。

「わたしは、その、カズさんが一緒に来てくれたら……嬉しい、かも」

 さらに深々と俯いて、途切れ途切れの言葉でトヨケは言った。それから消え入るような声で言葉を付け足す。

「ごめんね、カズさん。シルバーさんがいつ戻ってくるか分からないから街は離れたくないよね」

「いや、全然まったく」

 反射的にオレはそう答えていた。

「よし、じゃあカズも参加決定だなっ!」

 勢いよくそう言い、ハンガクは指を鳴らした。
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