教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

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2.教師と生徒 8

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 月に二回、二クラス合同で教室とは別のランチルームで昼食をとる日があり、その日は郁と西条が受け持つクラスが集まっていた。
 生徒たちは給食か、持参の弁当などをそこでみんな揃って食べる。食育の一環で、普段は個別のグループで自由に食べている生徒たちが、他クラスの生徒と交流したり、調理室での調理の場面を見て食事への興味を持つなどの体験をしてもらう。
「室見……」
 ランチルームのテーブルは水溜まりのような不規則な円形をしており、自由に座って良いことになっていた。郁ら教師の分の給食は配膳係が運んで来ることになっているが、今日は室見がそうだったらしい。室見は郁と自分の分を持って、席の端を確保して手招きしていた。
「隣のクラスと一緒に食べられる機会は少ないんだから、先生以外と食べていいんだぞ」
「先生と昼食べられる機会も全然ないんだから、いいじゃない」
 室見は郁が横に座ると機嫌良さそうに笑った。食事を始めると、室見はまた郁を質問攻めにして周りの生徒に呆れられていた。
「室見ってほんと明科先生のこと好きだよね」
「俺たち運命の番だからな」
「ハイハイ。熱い熱い」
 郁は、生徒たちの会話から室見が郁を好きなことは、既にクラスの中では知れ渡っているらしいと知った。また、運命の番と公言していることから、室見は自分の性別種まで皆に教えている。
 室見の気持ちに応えることができない自分は、どう振る舞えば良いのだろう。室見には、自分が言われて傷つくような断りかたはするな、などと言ったが室見の告白に対して自分はいつも軽くあしらうような態度ばかりとっている。もしかしたら、誠実さに欠けていたかもしれない。後で西条にまた相談してみよう、と郁は思った。

「今日のスープおいしいよ。ミネストローネだけど、先生食べられる?」
「ああ、食べられるよ」
「一応、少なめにしといたよ。このくらいなら食べられる?」
「……ありがとう」
 椀を見ると、半分より少し下くらいまで赤いスープが入っていた。
 トマトが苦手なことは、前に質問された時に確かに答えた記憶があった。酸味が苦手で、どうしても食べなければならない時は、味のことを考えずに一気に流し込む、なんてことも話した。好き嫌いはなるべくしないように、と指導している手前、苦手な食べ物があることは秘密にしておいたほうが良かったかもしれないな、と郁はスープを流し込みながら思った。
 自分がよそったスープを郁がちゃんと飲み干せたのを見て、室見は笑みを浮かべた。
「室見は苦手な食べ物ないのか?」
「あんまりないかな。でも、ゴーヤとかパクチーは苦手かも」
「ああ、癖がある食べ物はしょうがないよな」
「はい! 私パクチー好きー」
「マジで? あれカメムシのにおいじゃん」
「おまえらには聞いてねーよ」
「ハイハイ、室見はすぐ嫉妬すんだから。みんなの先生なんだから、ちょっとくらい遠慮してよね」
 そばに居た生徒たちが話に加わり、賑やかな食卓になる。室見がクラスメイトとちゃんと馴染めている様子に、郁は少しほっとした。
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