教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

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3.暗転 1

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「……?」

 昼食後の理科の授業を問題なく終えて、理科準備室で実験で使った器材やプリントを片付けているときに郁は身体の異変に気づいた。
 異様に身体が火照っていて、でも寒気がする。額から汗が吹き出し、拭っても拭っても滴り落ちる。胃の内容物がせりあがってくるような気持ち悪さも一瞬あって、実験台に手を付けてじっとして耐える。やがて膝が震えだし、立っていることができなくなって実験台に凭れて蹲った。苦しくて喘ぐように呼吸する。

「先生……どうしたの?」

 片付けを手伝いに来た生徒が一人、準備室に入って来たのが見えた。酩酊しているような頭で瞬きをしてそちらを見る。眼鏡を掛けた、小柄で真面目な……それは今、最も同じ場に居てはいけない相手だった。
「入ってくるな!」
「大……丈夫……?」
 珍しく大きな声で怒鳴られて、その生徒はびくりと肩を震わせた。しかしそれは一瞬で、指示を無視して理科室と理科準備室の間の扉を後ろ手に閉めると、何かに吸い寄せられるようにこちらに近づいてくる。
「先生、具合……悪いの……?」
「あ……っ?!」
 声変わりしたての低い声を聞いただけで、ゾクリと肌があわたつ。触れられた肩から全身に、電流のように甘い痺れが走った。純粋に気遣ってかけられた声に、差しのべられた手に、どうしようもなく欲情する。それは欲情としか言いようのない浅ましい感覚だった。
 ヒート……? どうして?
 抑制剤は今朝も忘れず飲んでいる。それに前回のヒートは一週間前。次のヒートには早すぎる。
 まさか、彼ーー室見の近くに居すぎたから……?
 目の前に膝を付いて自分を伺う室見を見つめる。まだ幼いとも言える彼の僅かに開かれた唇から赤い舌がのぞいて、その唾液で濡れた様子にごくりと唾を飲み込む。触れられた手に手を重ね、自分の中心に導いて……。
 ーーいけない。
 慌てて首を振った。そして近くにあった薬さじの柄で自分の太股を突き刺すように抉る。激しい痛みにヒートにうかされた頭が数秒醒める。こんな密室でアルファと……ましてや室見と二人きりで正気でなどいられない。とにかく退室して保健室か職員室に備えてある特効薬を打つ。急ぎ立ち上がり出口に向かうが、震える身体は強い力に足を掴まれて床に引き倒された。のし掛かってきた室見の瞳は潤み、頬を紅潮させて、明らかに欲情していた。オメガのヒートに誘発されたアルファのヒートが既に始まっていた。常からは想像もつかないような強い力で押さえつけられ、服を引きちぎるように脱がされる。
「室見、離せ! 今、だめだ、今、俺は、逃げ」
 混乱した頭のまま言葉を紡ぐ口が塞がれる。開いていた口の中に舌が入れられ粘膜同士が触れると、ビリッと音がしたのではないかというほどに全身が痺れた。手で室見の額と肩を押して抵抗するが、股間を強めに掴まれて手の力が抜ける。

 生徒にこんなことを、許されない、彼に一生消せない傷を植え付ける気か、俺は担任で、こんなことは絶対に、……、……。
 抗いがたい性欲に支配された頭の片隅で理性が叫ぶ。だめだ、と教師の郁が遠くで喚くが、指一本その指示には従えなかった。代わりに郁の身体は、浅ましい欲望の支配者が指揮をとる。

 運命の番。アルファとオメガのみに存在すると言われる唯一の相手。アルファには何人も会ったことがあるが、出会った瞬間に、肌があわたつのは初めてだった。この出会いが本当にそうなのか。とても、抗えない。思考が霞み、頭がぼうっとして、ただ与えられる快楽に溺れる。ここがどこで、相手や自分の身分が何か、人間として守るべき倫理の輪郭すらぼやけてしまう。

 室見の欲情した瞳に見つめられると、郁の身体は勝手に期待にうち震えた。
 しかし心はそれにまったく追い付かなかった。生徒に欲情するという禁忌を犯す自分を許せない。一方で目の前の運命のアルファを逃すまいとする本能に抗えず、口からは支離滅裂な言語しか発せられなかった。

 だめ、ほしい、いやだ、すき……。

 朦朧として、何を言って言われたかも定かではない。

 ただ、室見と郁の間で許されない行為があったことだけが現実として残った。
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