教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

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11.脅迫 3

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 午後ほとんど手がつけられなかった仕事を、なんとかきりの良いところまで進めて終わらせた。退勤後に職員用の駐車場に行くと、見慣れたセダンの脇に長身の影が見えて少しだけほっとした。そこで同僚と別れ、迎えに来てくれた影に近づく。最近はほぼ毎日郁の退勤時間にあわせて仕事の都合をつけた室見が迎えに来ていた。
「郁、元気ないね。どうしたの?」
 車に乗り込むと、口数の少ない郁を心配して室見が訊いた。静かな車内で問われ、郁は一度口を開きかけて発語をためらい息だけを吐く。
「帰ってから話すよ……」
 車窓に流れていく光をぼんやりと追いながら、郁はどうにか家に帰るまでに心を落ち着けたいと思ったが、ざわつく気持ちを止めることは出来なかった。


「教師をやめることになるかもしれない」

 簡単な食事を済ませた後リビングのソファに移動して、郁はやっと室見にそれを言った。うなだれた郁の言葉に、室見は眉をひそめる。
「……何があったの?」
 昼間あった出来事について、件の郁あての手紙を室見に見せながら説明する。室見は手紙の文面を見てしばらく何事か思案した様子の後、口を開いた。
「……郁は先生をやめたくない?」
 室見の言葉に、郁は力なくこくりとうなずく。
「……続けたいと思っていた。でも、俺には続ける資格なんて、ないのかもしれないとも思うんだ……」
 ヒートをコントロールできずに生徒である室見を傷つけた。それは、自分の過怠の結果でしかない。苦しくて涙がこぼれそうになるのを、目の前のグラスの中身を一気に呷ってこらえる。
 毎日室見の晩酌につきあって慣れてきてはいるものの、それほどアルコールに強くない郁がこの様な飲み方をするのは珍しい。室見は郁の様子に目を見開いて背中を撫でた。

「少し休んだほうがいいんじゃかな。郁は働きすぎだよ。来年四月と言わずに、この機会に、早めに休んだらどうかな」

 室見の心配そうな瞳が郁を見つめて揺らぐ。室見の提案は郁を思ってのものだった。

「いや……、でも……三……月まで……は……」

 室見が郁のために真剣に相談にのってくれている。わかっているのに、急な眠気に襲われて、言葉が聞き取れなくなっていく。ここまで酒に弱かっただろうかと郁は頭を何度も振るが、目蓋が勝手に閉じてしまうほどの強い眠気に抗えなかった。

「郁は休んだほうがいい」

 薄れていく意識の中で最後に聞いた室見の言葉が、暗示のように頭に響いていた。
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