飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原皐月

文字の大きさ
21 / 51
第1章 進退窮まった人々

(20)とんでもない告白

しおりを挟む
 傍目には和やかに世間話で盛り上がっているうちに、勤務を終えたラーディスが帰宅し、エリオットが慌てて兄に事の次第を報告するも、特に対策を取る暇も無く夕食の時間帯となった。
 クライブを迎えての晩餐という事で、料理長以下、厨房に詰めている者達が丹精込めて準備していた晩餐は彼にも好評で、その賛辞に食堂に勢揃いしたレンフィス伯爵家の面々は、笑顔で応えていた。
 本音を言えばその場に居合わせた者達は、給仕の為に出入りしている使用人達を含めて、「愛人を連れてくるつもりではなかったのか」とか、「まさかあの老女が愛人なのか」とか、失礼にも程がある問いかけをしたかったのだが、ぐっと堪えて晩餐の時間をやり過ごしていた。しかし食後のお茶の段階になって、クライブがさり気なく申し出る。

「それでは食事が終わりましたので、先程お話しした通り、皆さんに話を聞いていただきたいのですが。それからゼナも、こちらに呼んで貰えますか?」
「分かりました。ニーナ、お願いね」
「少々お待ちください」
 その場に僅かながら緊張が走る中、セレナは以前彼がこの屋敷を訪れた時の事を思い返した。

(重大な話って、一体何事かしら? そう言えば殿下が、以前この屋敷にいらして結婚の条件云々について話した時、三つ目の条件が、私達に話を聞いて貰う事だったわね)
 彼女の家族達も、若干の不安と緊張が入り交じった表情を浮かべていると、すぐにニーナがゼナを連れて食堂に戻って来た。

「お待たせしました。ゼナさんをお連れしました」
「ありがとう」
 しかし笑顔で礼を述べたのも束の間、ゼナに続いてこの屋敷の使用人達が、ぞろぞろと列になって入室して来たのを見て、クライブは面食らった。そして瞬く間に侍女や執事だけでは無く、料理人や庭師達まで、屋敷内の使用人全員が広い食堂に勢揃いしたのを見て、彼は困惑も露わにフィーネに問いかけた。

「あの……、伯爵夫人? どうしてこちらの屋敷の使用人が、これほど集まっているのですか?」
「クライブ様は我が家の使用人で信用の置ける口が堅い者も、話をする時に同席させて欲しいと仰いましたので」
「はい、確かにそのようにお願いしましたが……」
「この屋敷の使用人は、全員腕が立つ上に、信用が置けて口が堅い者ばかりです」
 笑顔で事も無げに言い切ったフィーネを見てクライブは一瞬呆気に取られ、改めて使用人達を眺めてから、おかしそうに笑い出した。

「参りましたね。そうきましたか……。周囲が自分を裏切るはずもない、信頼できる人間ばかりという状況は、本当に羨ましいですね」
(ちょっと困った顔をされてはいるけど、怒ってはいないわよね?)
 そして少しの間苦笑していたクライブは、顔つきを改めて宣言した。

「分かりました。良いでしょう。皆さんにお話しする事にします」
 しかしここでゼナが、周囲を見回しながら狼狽した声を上げる。

「ですが、クライブ様!」
「ゼナ。ここで露見するようなら、この先も隠し通す事は不可能だと思いますよ? この際、きちんと状況を説明した上で、レンフィス伯爵家の皆様の判断を仰ぎましょう」
「分かりました……。もう余計な事は、申しません」
(どういう事? クライブ殿下が晴れ晴れとした表情をしているのに対して、ゼナさんがもの凄く悲壮な顔付きをしているんだけど……)
 一応異議を唱えてみたものの、それは本当に形だけのものであったらしく、ゼナはすぐに引き下がって俯いた。そして周囲の者が彼女に椅子を勧めていると、クライブが改めて話を切り出す。

「それでは……。以前、セレナと寝室は別でとお願いした事で察していただいたと思いますが、私とセレナの結婚は実態の伴わない、偽装結婚となります。これからその理由をご説明します」
「あ、はい……。宜しくお願いします」
(その反応は、偽装結婚を持ちかけられている側としてはどうなんだろう? それにどうして、いきなりスカーフを解き始めるんだ?)
 素直に頷いたセレナを見て、ラーディスは溜め息を吐くと同時に、クライブが首周りに巻いているスカーフを解いた上、スタンドカラーのシャツの留め金を外し始めた事に困惑した。するとクライブは小さな留め金を二つ外してからその合わせ目を広げ、喉元を露わにしながらセレナ達に尋ねる。

「伯爵家の皆様にお尋ねしますが、私のこの傷の由来はご存知ですか?」
「確か……、クライブ殿下が十三歳か十四歳の時、剣術の稽古中に誤って斬りつけられた時にできた傷ではありませんか?」
「一時は命が危うくなり、王妃様の生国から派遣されていた教育担当の武官が、責任を取って祖国に送還されたと伺っております」
「その事件以後は、クライブ様の武術訓練は可能な限り免除されて、内政に関する教育が重視されたとも聞いておりますが」
「対外的にはその通りです」
「対外的には?」
 大人達は揃って首を捻ったが、この間黙って問題の傷を観察していたエリオットは、顔を顰めながら発言した。

「あれ? すみません、その傷の辺り、何だかおかしくありませんか?」
 それにクライブが、笑顔で応えて手招きする。
「さすが、エリオット君は目敏いですね。もう少し近くで見ても構いませんよ? 触ってみても構いませんし」
「そうですか? それでは失礼します」
(え? エリオットは何を言っているの? それに傷跡をじろじろ見るなんて、失礼じゃない)
 全く臆する事無く歩み寄ったエリオットは、言われた通りクライブの喉元を凝視し、更に直に触れてみてから、確信した口調で告げた。

「やっぱり……。これは傷跡の模様が付けてある肌の色に合わせた布が、喉に貼ってあるんですね?」
「正解です。ほら、比較的簡単に剥がす事ができますよ?」
「…………」
 そう言いながら、いとも容易くその傷跡をめくって剥がしてしまったクライブを見て、エリオット以外の者達は揃って固まった。

「確かに、傷跡を凝視するのは非礼に当たりますし、見苦しい傷跡を周囲の方に晒して不快な思いをさせたくないと言う名目で常に喉元を隠しておけば、至近距離で見られる危険性は更に低くなりますね。それで真相に気付かれる可能性が、少なくなるわけか……」
「やはりエリオット君は、頭の回転が早いですね。これからユリウスに、良い刺激を与えてくれそうで嬉しいです」
 にこやかに呑気な事を言っているクライブとは裏腹に、エリオットの表情はどんどん苦悩するものに変化していった。

「これは、あれですか? どうしても成長するに従って男女差が出て来ますから、それが顕著になる前に武術訓練の回避の理由をでっち上げると同時に、喉仏が目立たない、または喉を人目に晒さないで済む状況を、当時の担当武官と図って作り出したと言うわけですか?」
「全くその通り。お見事」
「うわぁ……、本当にとんでもない。ある意味、国家機密に匹敵するじゃないか……」
「…………」
 クライブは笑顔で拍手してエリオットの察しの良さを褒めたが、当のエリオットは本気で頭を抱えた。そして室内が不気味に静まり返る中、セレナが恐る恐る問いかける。

「あ、あの……、クライブ様? その……、つまりどういう事ですか?」
「セレナ? まだ、分かりませんか?」
(いえ、分かったつもりではいますよ? いますけど……、現状を認めるのを、頭が拒否していると言うか何と言うか……。偶々骨格的に喉仏が無い、または目立たない男性だって線も捨てきれないし……)
 平然と微笑まれたセレナは、顔を引き攣らせながら埒も無い事を考えていたが、そこでクライブが決定的な一言を放った。

「申し訳有りませんが、私はれっきとした女性です。『喉だけで分かるか。確認の為に脱いでみせろ』と仰るのなら、この場で脱いでも構いませんが、さすがにその時には女性だけに確認して貰いたいのですが」
 困ったように微笑みながら申し出たクライブに、誰も何も反応できなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...