子兎とシープドッグ

篠原皐月

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本編

第14話 迷走する噂

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 衝撃の懇親会から、一夜開けた翌日。
 午前中の業務を終えた公子が、香奈と綾乃を従えて社員食堂に出向くと、ガラス戸を抜けて中に入った瞬間、ざわめいていた食堂が静まり返った。

「はぁ……。視線がうざいですねぇ」
「別に悪い事をした訳では無いし、行くわよ」
「は~い」
「は、はいっ!」
 淡々と指示をして歩き出した公子に、小さく肩を竦めた香奈と、気後れ気味の綾乃が続く。その動きと共に食堂内が再びざわめき始めたが、代わりに居心地の悪い視線を三人が浴びる事になった。しかし公子と香奈はそれに怯むどころか綺麗に無視し、注文の品を受け取って空いているテーブルに堂々と陣取る。

「君島さん、一々気にしないの。人の噂も七十五日って言うわよ?」
「はぁ……」
「だけど笹木さんの告白には、本当に皆びっくりでしたよ。もう朝から……、じゃなくて昨日の夜から、笹木さんを陰でコソコソ愛人呼ばわりしていた人達、顔色が真っ青になってましたからね」
 まだ少々狼狽えながら頷いた綾乃だったが、香奈は箸を取り上げつつ訳知り顔で頷いた。しかしそれにも別段感銘を受けなかったらしい公子が、焼きうどんを冷静に食べ始める。

「それこそ今更なんだけど。誰が何を言ってたかなんて、とっくに分かっているのに。それで腹を立てるなら、とっくにその人達は退職の憂き目にあっているわよ」
「ですよね? 朝から変にゴマをするわ、お愛想笑いはするわ、鬱陶しくありません?」
「勤務評定を下げるだけだわ」
 それを聞いた香奈は、左手で軽くテーブルを叩きながら笑い出した。

「やっぱり笹木さん、最高! このタイミングで会長との事実婚と正式入籍を公表しちゃったから、君島さんと荒川さんの噂も、どっちかと言えば二の次になっちゃいましたし」
「あのっ! まさか私達のせいで、今まで秘密にしていたその事を、公表する事にしたんですか!?」
 流石に聞き流せない内容に、慌てて綾乃が会話に割り込んだが、公子は苦笑いしながら事情を説明した。

「少しは関係が有るけど……、元々、そろそろ公表するべきかと、考えてはいたのよ」
「あら、どういう心境の変化ですか?」
 思わず興味津々で身を乗り出した香奈にチラッと目を向けてから、公子は皿を見下ろしながら独り言のように続けた。

「良子に……、娘にね、英幸さんに認知はして貰っているけど、戸籍上は親子じゃないし、見た目もそうじゃないから、人前では英幸さんの事は『おじいちゃん』と呼びなさいと言っていたの」
「えっと……、でもそれは……」
「まあ、変な目で見られない為には、それが無難でしょうが」
 余所様の家庭の事であり、どこまで口を挟んで良いのか咄嗟に判断が付かず、綾乃と香奈が顔を見合わせて黙り込むと、公子は小さく溜め息を吐いてから話を続けた。

「それに関して、良子がこれまで不満を口にした事は無いんだけど、この前英幸さんが風邪をひいて体調を崩して寝込んでいる時に、枕元で言ってるのを聞いちゃったのよ。『ずっとお友達に嘘を言いたくないから、長生きして結婚式に出てね? 結婚式なら、お父さんをお父さんって言ってもお母さんは怒らないと思うから』って。それを聞いて、ちょっと反省してね。自分が意地を張っているせいで、娘に余計な気を遣わせていたなって」
 そこで僅かに重くなった空気を払拭するべく、香奈が素朴な疑問を口にした。

「あの……、そもそもどうして事実婚だったんですか? 聞いた話では、会長の最初の奥様は、結構早く亡くなっていて、会長は二十年位前に独り身になってますよね? 娘さんの年齢からすると、そういう関係になったのは十数年前でしょうから、当時入籍しても問題は無かったんじゃないですか?」
 その問いに、公子は顔を顰めた。

「単に、私のプライドの問題よ。ここに入社した時、一生勤め上げると自分自身に誓ったものでね。英幸さんと直接出会った時は三十四歳になっていて、結婚なんかにはとうに見切りを付けて、仕事が面白くなってた頃だし。それなのに、当時社長だった英幸さんと結婚なんかしてみなさい。まともに働けなくなるでしょうが」
 そう断言された香奈と綾乃は、そうなった場合を頭の中で考えてみた。

「それはそうでしょうね。第一、同僚に会長夫人が居たりしたら、周りがやりにくいです」
「良く分かりました」
「だからそれを理由にプロポーズを断った上、一緒に暮らすなら家事分担をきちんとこなせる人じゃない駄目ですと言ってやったら、あの人、会長業務の傍ら料理学校に通い出して、三年かけて一通りの課程を終えちゃったのよ」
 半ば呆れ果てた口調で告げてから、公子が食べるのを再開すると、香奈が如何にも楽しそうに笑った。

「うっわ、会長凄い! 執念ですね。そして笹木さん、愛されてますね。そうなると家では、会長が主夫をされているんですか?」
「そうよ。会長業務は、結構時間に余裕があるみたいだから」
あっさり言われたその台詞は、香奈は笑いのツボに入ったらしく、彼女は右手で口元を押さえ、左手でテーブルをバンバン叩いて周囲の視線を更に集めた。そんな香奈の代わりに、綾乃が質問を続ける。
「それで、職場内には内緒で結婚したんですか?」
「ええ。ただし主だった上司達には報告したし、幹部クラスは英幸さんから話を通したわ。結婚は諦めていたけど子供は欲しかったから、ギリギリ四十手前で良子を産んだの。因みに英幸さんが六十七の時よ」
「……会長、頑張りましたねぇ」
 香奈が思わず遠い目をしながら突っ込みを入れた内容を、公子はあっさりとスルーして小さく肩を竦めた。

「対外的には未婚の母になったけど、別に恥じる所は無いし、後悔してもいないわ。だけど、娘の心情までは思い至らなくてね。母親失格だなと思わされたわけ」
「そんな事は無いと思います」
「昨日チラッと見ただけですが、仲の良いご家族だと思いましたよ?」
 真顔の後輩達からの真摯な言葉に、公子は嬉しそうに僅かに顔を緩めた。

「ありがとう。そんなこんなで、いつまでも意地張ってないで、多少煩わしい思いをするけど、この際に公表しようと考えたのよ。『自分がされて嫌な事を人にしてはいけませんって言われなかった?』って賢しげに口にしたくせに、自分に関する事だけ保身の為に口を噤んでいるわけにいかないでしょう?」
 そう同意を求められた香奈は、何気なく食堂内に目を走らせてから、しみじみとした口調で言い出した。

「そうですよね。もう一方の当事者の荒川さんも、相当好機の目で見られている事確実ですし。今日は社員食堂に来ていないみたいですけど、外に食べに行ってるのかしら?」
「お弁当とか買ってきても、自分の机で落ち着いて食べる雰囲気では無いでしょうしね」
「暫くは、ちょっとキツいかもしれないですよね? 企画開発部って殆ど男性で構成されていますし。その中で徐々に頭角現していたのに、絶対『叔母のコネで入社して、社長に目をかけて貰ってる』とか、冷やかされたり妬まれてますよ?」
「でしょうね。でもあそこの部長はしっかりしている人だから、彼女の事は正当に評価してくれている筈よ」
「それはそうでしょうけど……。職場全員が正当な評価をしてくれるとは、限らないじゃないですか」
「そんなちょっとした軋轢で潰れる位なら、所詮それだけの人間って事よ」
「これまで散々噂の的になっていた笹木さんが言うと、重みがありますよね」
 訳知り顔で先輩二人が話す内容を、綾乃は半ば呆然とした表情で聞いていたが、その様子を眺めた公子が唐突に話を振ってきた。

「それはそうと、君島さんはどうするの?」
「う、うぇっ!? はいっ! すみません、何がでしょうか?」
 ある事について考え込んでいた綾乃が、急に話し掛けられて慌てて尋ね返すと、公子は些か意地の悪い笑みをその顔に浮かべながら、重ねて問いかけた。

「だから、荒川さんのご実家とあなたの家の事は取り敢えず解決したし、高木さんとの事をどうするのかって事よ」
「あ、そうそう! 昨日の懇親会での衝撃度の位置付けは、『笹木さんが実は会長夫人』告白に続いて、『高木さんの告白&お預け』事件なんだから! 社内中の噂の的になっているし」
「え、えぇっ!?」
 途端に目をキラキラさせて自分に迫ってきた香奈に、綾乃が盛大に声を裏返させて狼狽すると、横から公子が冷静に話を続ける。

「てっきり高木さんに家まで送って貰ったと思ったのに、今日聞いたらお兄さんに送って貰ったんですって? 高木さん、意外に甲斐性無しなのね」
「笹木さん、それは仕方ありませんよ。まだ付き合ってもいないのに、お兄さんの目の前からかっさらって行く真似なんかしたら、その場で敵認定確実ですよ?」
「それはそうかもしれないけど、それをどうにかするのがデキる男ってものじゃない?」
「笹木さんって、男女関係についてもシビアですね」
「あ、あの……、今すぐ返事をしないといけないでしょうか?」
 香奈と公子の会話に綾乃が恐る恐ると言った感じで割り込むと、二人は怪訝な顔で綾乃に視線を向けた。

「それはまあ……、早いに越した事は無いんじゃない?」
「断りにくくても、ビシッと言わなきゃ駄目よ? 曖昧に言っていると、男って自分に都合の良い方に解釈して、つけあがるから」
「こ、断るとかそうじゃなくて! まだ他に集中したい事があるので、それが済んだら改めてきちんと考えようかと……」
「え? この期に及んで何を考えるの?」
「荒川さんの事でしょう?」
 怪訝な表情を崩さなかった香奈とは対照的に、公子は分かっていると言う風に頷いた。すると綾乃が如何にも面目なさそうに、俯き加減で訴える。

「はい……。結果的に、私のせいで、職場内で気まずい思いをさせてしまっているみたいで……。申し訳無かったかと」
「第三者の立場から言わせて貰えば、あの人は自業自得だと思うんだけど。しかも間接的に嫌がらせをされていたのに、気遣う義理も必要も無いんじゃないかしら?」
 僅かに腹立たしげに、辛口のコメントを口にした香奈だったが、公子は年長者の余裕で彼女を宥めた。

「まあまあ、宮前さん。気持ちは分かるけど、それが君島さんの良い所だと思うし。それで? 荒川さんの職場での風当たりとかを、できれば弱めたいわけね?」
「そうなんですが……。これと言った対策が思い浮かばなくて……」
 益々面目なさそうに項垂れた綾乃を見て、公子は少しの間何やら考え込んでから、にこやかに提案した。

「それなら一つ、知恵を貸してあげましょうか? 今回の騒動は、私にも多少は原因が有るしね」
「本当ですか? 是非お願いします!」
 そして嬉々として公子の案に乗ろうとしている綾乃を眺めながら、香奈は(良いのかな? 何か笹木さん、絶対面白がっている気がするんだけど)と一抹の不安を覚えた。

 社員食堂でそんなやり取りがあった翌日。
 周囲からの居心地悪い視線を、できるだけ無視して仕事をしていた幸恵は、昼の休憩を取ろうと書類を纏めてから、重い腰を上げた。
(今日はどこに行こうかしら……)
 社員食堂での好奇に満ちた視線を避けるべく、外に食べに行こうとポーチを持って一歩足を踏み出しかけた時、廊下から室内に入ってくる人影が目に入る。

「……失礼します、すみません」
(この声……、まさか!?)
 同様に休憩に入ろうとした同僚達が、移動を始めてドア付近にかなりの人数がたむろしていたが、それらをすり抜けて綾乃が幸恵の元にやって来た。そして元気良く笑顔で挨拶してくる。

「幸恵さん、お疲れ様です!」
 それに対し、幸恵が疑わしげな視線を向けた。
「あんた、一体ここに何しに来たのよ?」
「お昼ご飯、二人で一緒に食べましょう!」
「は?」
「私、幸恵さんの分もお弁当を作って来たんです。良かったら食べて下さい!」
 そう言って手にしていたお弁当包みの片方を、幸恵に向かってまっすぐ差し出してきたのを見て、幸恵は一種呆気に取られ、次いで怒りの感情が湧き上がってきた。

「……あんた、馬鹿?」
「え?」
 キョトンとした綾乃の様子に、益々幸恵の怒りが増幅される。
「どうして諸悪の根元と、同じお弁当を仲良く食べなくちゃいけないのよっ!?」
「私が、幸恵さんと一緒に食べたいからです。幸恵さんのお好きな物を取り揃えてきましたので、多分、満足して貰えると思いますし」
「どうして私の好みがあんたに分かるのよ? 適当な事を言わないで!」
「高木さんにお願いして、色々教えて貰いました」
 そこで幸恵と、二人のやり取りを興味津々で見守っていた周囲の者達の顔が、揃って微妙に引き攣った。

「……祐司に?」
「はい」
「へえぇ? それはそれは。随分と従順な飼い犬に成り下がったのね、あいつ」
「は? 何がですか?」
 一人訳が分からなくてキョトンとしている綾乃だったが、企画開発部の室内では、そこかしこで囁き声が満ちた。

「おい……。幾ら言い寄ってる相手だからって、元カノの情報を流すのって有りなのか?」
「と言うか、そもそも普通、男に聞かないよな? 元カノの傾向なんて」
「容赦なさそうだな……。人畜無害っぽい顔なのに、流石は荒川の従妹なだけはある」
 それを耳にした幸恵は、これ以上の問答は無用とばかりに、勢い良く踵を返した。

「馴れ馴れしく名前を呼ばないで! 冗談じゃないわ、誰があんたなんかと食べるものですか!」
「あ、幸恵さん!?」
 反射的に引き止めようとした綾乃の手を振り払い、幸恵が足音も荒くその場を後にすると、呆然と彼女を見送った綾乃の肩に軽くポンと手が乗せられた。

「行っちゃったねぇ……」
「やっぱり行動が素早いですよね」
 苦笑いで話し掛けてきた弘樹に、綾乃も苦笑いで返すと、弘樹が続けて興味深そうに尋ねてきた。

「それで? どうして荒川にお弁当を作って来たわけ?」
「それが……。昨日笹木さんに、今回の事で幸恵さんが、周囲から変な目で見られているけど、お昼位リラックスして食べたいだろうから、暫くは社員食堂に出入りしないだろうって言われまして」
「……まあ、それは否定しないね」
 軽く相槌を打った弘樹に力を得たように、綾乃が話を続ける。

「それで……、外食だと費用が嵩むし、近場で済ませようとしてもワンパターンになりがちだし、お弁当を作って親近感をアップさせてみてはどうかと。一人で居るより二人で居た方が、より気まずい思いをしなくて済むだろうから、この際手作りのお弁当を渡して勧めてみたらどうかと笹木さんに言われました」
(確かに二人で仲良く食べれば周囲を気にしなくて済むかもしれないけど、集める視線は二倍以上って言ってあげた方が良いかな? 全く公子さんも、一体何を考えて、綾乃ちゃんにこんなアドバイスをしたのやら)
 真顔で告げられた内容に、弘樹が苦労して溜め息を吐きたいのを堪えていると、綾乃が決意を新たにしながら言い出す。

「色々バレてしまったので、開き直って直接アタックしてみましたが、幸恵さんがそうそう簡単に打ち解けてくれる筈はありませんでしたね。また明日、出直します」
 それを聞いた弘樹は、小さく笑ってからある事を指摘した。

「頑張るね。それはそうと、そのお弁当はどうするの?」
「流石に二つは食べられませんから……。勿体ないけど、持って帰って捨てようかと思います」
 かなり気が重そうに告げた綾乃だったが、ここで弘樹が真面目くさって言い出した。

「それは駄目だな、せっかくの綾乃ちゃんの力作を。よし、部下の尻拭いは上司の役目。綾乃ちゃん、良かったらそれを俺に食べさせて貰えないかい?」
「え? 遠藤さんにですか?」
 予想外の事を言われて目を丸くした綾乃に、弘樹は真顔で続ける。

「だって無駄にするのは勿体ないし。俺は別に食事は準備してないし。綾乃ちゃんが良ければって話だけど」
 理路整然と告げられた綾乃は、救われたように安堵した笑顔を向けた。

「こちらこそ、申し訳ありません。それなら一つ食べて頂けますか? 私もその方が嬉しいです」
「うん、喜んで。じゃあそこの応接スペースに座って待ってて? ご馳走になるから、お茶位淹れるよ。一緒に食べよう」
「分かりました。お願いします」
 そして周囲が驚きの視線を向ける中、弘樹の誘導で綾乃は弁当を二つ手にしたままソファーに収まり、弘樹はお茶を淹れるべく給湯室へと向かった。そしてこれから広がるであろう噂を推測して、茶を淹れながら一人でほくそ笑む。

(全く……、公子さん、これが狙いだったか? これが祐司の耳に入ったら、どういう反応をするんだろうな?)
 そんな事を考えて面白がる一方、弘樹は幸恵に対するフォローをどうするべきかと、真面目に考え始めた。

 綾乃が幸恵の元に、弁当持参で押しかけ始めてから数日後。祐司は少々躊躇ってから、彼女に電話をかけた。
「こんばんは。高木だけど」
「はい、お疲れ様です。今日はどうかしましたか?」
「その……、ちょっと聞き捨てならない噂を耳にしたものだから、直接確認しようと思って、電話をしてみたんだ」
「噂? 何についての噂ですか?」
「君が連日のように、弘樹の所に二人分の手作り弁当を持参して、仲良く一緒に食べているって言う噂なんだが……」
 困惑気味に尋ねてみたが、対する綾乃はそれまでの訝し気な口調から一変して、明るく断言してきた。

「あ、その話なら本当ですよ? 最近は殆ど毎日、遠藤さんと一緒に食べてますから」
 あまりにも事も無げに言われた為、祐司は自身の顔が引き攣るのを自覚しながらも、なんとか穏やかな口調を心がけて質問を続けた。

「できれば、その理由を聞かせて貰いたいんだが……」
「それは笹木さんから、助言を貰ったからです」
「あの人が、今度は何を言ったんだ?」
「それはですね……」
 どう考えても何か裏があるのを感じさせる名前が出てきた為、祐司が慎重に尋ねると、綾乃が真面目に説明を始めた。その間、色々突っ込みどころがあったにも関わらず、祐司は無言で聞き役に徹する。
「……そう言う訳で、無駄になりかけたお弁当を、幸恵さんの代わりに遠藤さんが食べてくれているんです」
「…………」
 一応最後まで黙って聞いた祐司は、無言のまま溜め息を吐いた。そして電話越しに何も伝わってこない事を不審に思ったのか、綾乃が戸惑った声を出す。

「高木さん? あれ? 電波状態が悪いのかな?」
「いや、大丈夫。聞こえているから」
「そうですか。でも、急に黙ってどうかしましたか?」
 不思議そうに問われて、祐司は率直な意見を口にした。

「弘樹と笹木さんの間には血の繋がりは無い筈なのに、同類の気配がするなと思って。……絶対に面白がっているし」
「別に、面白がってはいないと思いますが。二人とも親身になって、相談に乗ってくれますよ?」
「まあ、確かにある意味では、そうだろうがな」
 一応同意して、口の中で何やらブツブツと言い出した祐司に、綾乃が思い出たように尋ねた。

「そう言えば高木さんに、ちょっとお聞きしたい事があったんです」
「何かな?」
「幸恵さんとお付き合いしていたのに、どうして別れたんですか?」
「……え?」
 完璧に予想外の事を言われて面食らった彼に、綾乃の問いかけが続く。

「それに、どうして私と付き合いたい云々の話をされたのかと不思議でして。誰がどう見ても、幸恵さんの方が美人ですし、世慣れている感じがしますし、きっと仕事だってできますよ?」
 心底不思議がっている口調のそれを聞いて、祐司は(これは嫌みじゃなくて、本心から聞いてるんだよな?)と自問自答しつつ、慎重に言葉を選びながら話し出した。

「どうしてと言われても、一言で説明しきれないんだが……。普通に友人としての付き合いだった頃は、上手くいっていたと思う」
「そうなんですか?」
「ああ。変に媚びない感じで、自分自身を確立している所とか、的確に意見を出す姿勢も割と気に入ってたし」
「確かに幸恵さんって、そんな感じですよね」
「でも、実際に付き合ってみると、言動が妙に鼻につく所があって。あ、勿論俺も、意外に融通が利かないって言われたが」
 一方的に相手の非だけを言えないと、自分の悪かった点も併せて祐司が告げてみると、綾乃が半分納得して半分理解できないような口調で応じた。

「色々、難しいんですね。友達として仲が良かったなら、恋人としてもそれなりに上手くいきそうなのに」
「そうは言っても、何でもかんでも相手に依存するとか、主体性の無い人間は御免なんだ。面倒くさいと思われそうだけど」
 自分で言ってみても相当面倒くさいかもしれないと思いながら、祐司が正直に言ってみると、綾乃が小さく笑う気配が伝わってきた。

「でも、そういう高木さんの正直な所は、美点だと思います」
「ありがとう。そういう方向から見ると、確かに君は幸恵よりは華は無いタイプだけど、一見流されやすそうでも、自分の意見はしっかり持っているし、地道に頑張る姿勢は好ましいと思うし、だけど放っておくと、何だか色々巻き込まれそうで心配と言うか、保護欲をかき立てられると言うか。こんな風に感じたのは、初めてで、上手く表現できないんだが……」
 色々と頭の中で考えを纏めながら、思った事を口にしてみると、綾乃は明るく言葉を返してきた。

「そうですか。高木さんのお考えは、良く分かりました。やっぱり聞いてみて良かったです」
「そうか?」
 そこで祐司が安堵したのも束の間、綾乃が急に話題を変えてきた。

「因みに高木さんは、今でも幸恵さんと円満な友達付き合いをしたいと思っていますか?」
「え? あ、ああ……。それは、まあ……。金輪際、顔も見たくないって、毛嫌いしたわけじゃないし……。俺としては友達付き合いするのに抵抗は無いんだが、別れて以来、彼女とは疎遠になっているし……」
 困惑しながらも正直に告げると、決意も新たな彼女の声が電話越しに伝わってくる。

「そうですか。それならやっぱり、何が何でも幸恵さんとの友好関係は、樹立しなくちゃいけませんね。良く分かりました。これからも頑張ります!」
「はぁ?」
「それでは、明日の準備がありますので、失礼します。おやすみなさい」
「あ、ちょっと待って」
 慌てて呼びかけたものの、あっさり通話が終わってしまった為、祐司は呆然と手の中の携帯電話を見下ろした。一瞬、かけなおそうかと思ったものの、何を同言えば良いかは、自分でも良く分からなかった為、ここで終わりにする。

「彼女……、俺の言った意味、ちゃんと理解してるんだろうな?」
 一抹の不安を覚えたものの、弘樹との事情が明確になった為、祐司はもう一人の問題人物に対してのアプローチを、真剣に考え始めた。


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