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番外編:あなたの色に染まります
第1話 彼女の豹変スイッチ
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その出来事は、偶々同時に昼休憩に入った弘樹と幸恵が、社員食堂で向かい合って仕事の話をしながらの食事中、空席を求めてやってきた祐司と綾乃に隣の席を勧めた事から始まった。
「それで、今度の土日に行きたい所は無いか?」
(デレデレするなら、二人きりの時にしろ)
(本当に、最近鬱陶しいのよね)
付き合い始めて半年強の二人は、最初は四人で世間話などをしていたが、社員食堂などという結構人目がある場所にもかかわらず、徐々に二人の世界に入りかけていた。その為、弘樹達が半ば呆れていると、綾乃が予想外の事を言い出す。
「あの……、それなら祐司さん」
「うん? 何?」
「実は、今度の土曜日に一緒に行って欲しい所があるんですけど……」
「どこかな? 遠慮無く言って良いから」
常には我儘な事など間違っても口にしない可愛い恋人が、珍しくおねだりっぽい言い方をしてきた為、祐司が機嫌良く先を促すと、綾乃が思い切ったように口を開いた。
「QVCマリンフィールドに行きたいんです」
「千葉マリンスタジアム? どうしてそんな所に……」
何となく嫌な予感を覚えながら、慣れ親しんだ呼称で祐司が問い返すと、綾乃が満面の笑みで告げた。
「オープン戦が有るんです! マリーンズ対広島東洋カープの!」
「…………」
そう言ってウキウキとエビピラフを口に運んだ綾乃とは対照的に、祐司は箸で掴み上げていたカツ丼のカツを取り落として無表情になった。綾乃の出身地と、先程無意識にチームの単なる略称と正式名称を呼び分けたという事実から考えると、どちらの球団のファンかは一目瞭然ではあったが、弘樹は一応確認を入れてみた。
「えっと……。綾乃ちゃんは、広島ファンなんだ」
「はい、勿論そうです! それ以前に、巨人ファンや阪神ファンなんて、広島県民じゃありません!」
「…………」
スプーンを握り締めつつ綾乃が真顔で力一杯主張した内容を聞いて、周囲の者達は思わず遠い目をしてしまった。
(何か、いつもの彼女と全然違う……)
(コイキチって、トラキチ以上に熱そうだな……)
(転勤族の巨人ファンとか、広島でうっかり職場で贔屓球団名を漏らしたら、爪弾きにされそうね……)
そんな事を三人が考えていると、何故か急に綾乃が力を無くした様に俯き、深い溜め息を吐いた。
「実は入社してから、すっかり野球から遠ざかっていまして……。ナイターを見ようにも、広島戦は首都圏では滅多に放映していませんし、シーズン中は試合を見に行こうと思っても仕事で気力体力搾り取られていて、帰宅後も休日もゴロゴロ転がってましたし。その他にも春から秋にかけて色々あって、それどころでは無かったと言うのが、本当の所ですが」
「うん、まあ……、確かに色々あったよな」
その「色々な事」に関わり過ぎていた自覚のある三人は、思わず気まずい思いに駆られたが、その間に綾乃は気を取り直したらしく、力強く主張した。
「この機会を逃すと、丸々一年カープの試合を見ないで過ごす事になってしまうんです! そんな事になったら、東京に出て来る時、止むを得ず団長の座を譲り渡してきた、私設応援団《己斐昇陣》の団員の皆さんに、顔向けできません!」
「応援団長だったの……」
生真面目に綾乃が告げた台詞に、思わず幸恵が呟いた。それに綾乃が即座に応じる。
「はい、実家の周辺地域の有志で作っている団体で、大学入学から四年間だけでしたが。因みにそこの二代前の団長は上の兄が務めていて、八代前は父でした。でも二人とも立場上長く続けられなかったのを残念に思っていて、私が団長になった時には秘蔵の応援グッズを山ほどくれたんです」
「そう……。一家揃って同じ趣味があるって良いよね?」
半ばヤケで弘樹が引き攣り気味の笑顔を向けると、綾乃は些か残念そうに首を振った。
「あ、でも母と下の兄は野球にはあまり興味が無いんです。だからそれに関してだけは、父と上の兄が二人に文句を言っていまして。『有権者に示しがつかない』とか『間違っても他のファンなどと公言するな』とか」
「そうなんだ……。でもまあ、そんなのは個人の自由だし……」
ボソボソと弁解がましく祐司が呟いたが、それは聞こえなかったらしく綾乃が平然と話を続けた。
「小さい頃、上の兄に手を引かれて市民球場に連れて行って貰って以来のファンで、リトルリーグで男子に混ざって野球をやっていたら、『だから女の子の友達が少なくて、余計に苛められるんだぞ? それにバットとボールを持つとお前は人格が変わるから、悪いことは言わないから早いうちに改めろ』なんて下の兄に酷い事を言われました。本当にちぃ兄ちゃんって、昔から一言余計なんだから。母は母で『将来綾乃が家に連れてきた恋人や結婚相手がカープ以外のファンの人だったら、生きてこの屋敷を出られないかも』と、父とお兄ちゃんが筋金入りのカープファンなのを嘆くし。ちょっと大袈裟だと思います」
「…………」
そんな事をしみじみと言われて顔を強張らせた祐司を、弘樹と幸恵が哀れむ表情で見やる。それには気付かないまま、幸恵は上機嫌に話を続けた。
「話は逸れましたが、そういう訳で、今年度中に一度は選手の皆さんの雄姿を拝みつつ、スタンドから熱いエールを送りたいんです! 祐司さんは千葉出身って聞いてましたから、球場へのアクセスとかは大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫……」
その問いかけに祐司が静かに頷くと、綾乃は心の底から安堵したように微笑んだ。
「良かったぁ……。流石に不倶戴天の敵の本拠地の東京ドームや、神宮球場や横浜スタジアムに一人で乗り込むのには勇気が要ったもので、行けなかったんです。母から『きちんと仕事を覚えるのが先だから、職場で野球の話は止めなさい』と厳命されていて、社内でカープの応援団を作るのは無理だったし、それで入社してから野球について熱く語る仲間を、全然作れませんでしたし」
そんな事をかなり悔しそうに綾乃が呟いた為、母親の懸念が理解できてしまっ他の三人は(娘の職場での立場を、余程心配したんだろうな)と密かに同情した。そこで綾乃が唐突に思い出したように、祐司の顔を見ながら問いかけてくる。
「そういえば……、これまで祐司さんから野球の話とか聞いた事が無かったと思いますけど、どこか贔屓にしている球団とかは無いんですか?」
「……え? 俺?」
「はい」
完全に虚を衝かれた感の祐司に、綾乃が笑顔のまま頷く。その顔から微妙に視線を逸らしながら、些か引き攣った笑みをその端正な顔に浮かべた祐司は、その問いに答えた。
「いや……、特に贔屓球団とかは無いな。そもそも野球は学校の授業でやった位で、詳しくもないし」
「そうですか。でも見てるだけでも面白いですから是非」
「ぐはっ! ぐっ、んぐっ!」
「むぐっ! はっ、げほっ!」
その場を取りなす様に、綾乃が祐司に観戦を勧める言葉を口にすると、何故かほぼ同時に、素知らぬふりで食事を続けていた弘樹と幸恵が、食べていた物を喉に詰まらせかけて盛大にむせた。その様子に綾乃が驚き、慌てて二人に声をかける。
「遠藤さん、幸恵さん、どうしたんですか。大丈夫ですか!?」
顔色を変えて具合を尋ねた綾乃に、弘樹と幸恵は口元を押さえたまま、小さく呻いた。
「悪い、綾乃ちゃん……」
「お茶か水を……」
「分かりました。今すぐ持って来ます!」
そして勢い良く立ち上がった綾乃が、食堂の隅に設置されている給茶器に駆け出していくと、何とか詰まらせた物を飲み込んだ二人が、揃って祐司に白い目を向けた。
「おい、誰が『野球に詳しくない』だって? リトルリーグ千葉県覇者で、中学高校も野球部だった野郎が、何を寝言ほざいてやがる」
「さっき『贔屓球団は無い』とか言った? へえぇ? 巨人対ロッテの交流戦で私が購入したチケットを見て、『敵陣に座れるか!』の一言で私を置き去りにして一人で帰ったのは、どこのどなただったかしらぁ?」
「…………」
大学在学中からの友人である弘樹は当然、祐司が熱烈なマリーンズファンであるのを熟知しており、幸恵に至っては祐司と最終的に別れるきっかけになったのが巨人ファンである自分と相容れない事だった為、嫌味にも拍車がかかった。しかし誤魔化した事に対して反論できないのを理解していた祐司は、黙ってその非難を受け止める。そんな祐司を見て二人は思わず顔を見合わせ、呆れた口調で言い合った。
「あぁ~あ、アホらしい。彼女に良いとこ見せたいって柄かよ」
「正直に言っても愛想尽かされたりはしないと思うけど? 係長、ここら辺無駄に暑くありません? 空調の故障でしょうか?」
「ああ、確かにあっついな~。ついでにどこかネジでも緩んでないか、総点検した方が良いかもな~」
「春先でこれじゃあ、夏になったら酷そうですものねぇ」
手を振って仰ぐ仕草を見せながら嫌味を繰り出す二人に、祐司は未だ無言のままだった。そうこうしているうちに、両手にコップを持った綾乃が戻って来る。
「お待たせしました。お二人とも大丈夫ですか?」
そう言いながら心配そうに水の入ったコップを差し出してきた綾乃に、弘樹と幸恵は苦笑気味に礼を言ってコップを受け取り、水を飲んだ。
「ああ、心配させちゃって悪いね。頂くよ」
「何とか落ち着いたから、心配しないで」
「酷くなくて良かったですね」
安堵して再び席に着いた綾乃が食事を再開すると、食べ終わった弘樹が席を立とうとしながら、さり気なく綾乃に問いかけた。
「さっきのマリーンズ対カープの試合の事だけどさ、そうすると当然綾乃ちゃん達は、三塁側ビジター席に座るんだよね」
「はい、勿論そうですよ?」
如何にも当然の如く答えた綾乃に、その向かいの席で祐司が顔を強張らせたが、それを視界の隅に捉えながら、幸恵も唆すように綾乃に囁いた。
「一塁側のマリーンズファンに圧倒されないように頑張ってね? 数で負けていても、気合いで負けちゃ駄目よ?」
「はい、頑張ります!!」
幸恵に激励して貰ったと思った綾乃はすっかり嬉しくなって力強く頷き、それを見た弘樹と幸恵は一足先に食堂を出てから、廊下で腹を抱えて爆笑した。しかし、つい綾乃に嘘を吐いてしまった祐司はそれどころではなく、綾乃に本当の事を告げるべきか、また旧知の人物が大挙して押しかけているであろう球場で、当日どうやって身を隠すかなどと、顔を青ざめさせながら考えを巡らせる羽目に陥ってしまった。
「それで、今度の土日に行きたい所は無いか?」
(デレデレするなら、二人きりの時にしろ)
(本当に、最近鬱陶しいのよね)
付き合い始めて半年強の二人は、最初は四人で世間話などをしていたが、社員食堂などという結構人目がある場所にもかかわらず、徐々に二人の世界に入りかけていた。その為、弘樹達が半ば呆れていると、綾乃が予想外の事を言い出す。
「あの……、それなら祐司さん」
「うん? 何?」
「実は、今度の土曜日に一緒に行って欲しい所があるんですけど……」
「どこかな? 遠慮無く言って良いから」
常には我儘な事など間違っても口にしない可愛い恋人が、珍しくおねだりっぽい言い方をしてきた為、祐司が機嫌良く先を促すと、綾乃が思い切ったように口を開いた。
「QVCマリンフィールドに行きたいんです」
「千葉マリンスタジアム? どうしてそんな所に……」
何となく嫌な予感を覚えながら、慣れ親しんだ呼称で祐司が問い返すと、綾乃が満面の笑みで告げた。
「オープン戦が有るんです! マリーンズ対広島東洋カープの!」
「…………」
そう言ってウキウキとエビピラフを口に運んだ綾乃とは対照的に、祐司は箸で掴み上げていたカツ丼のカツを取り落として無表情になった。綾乃の出身地と、先程無意識にチームの単なる略称と正式名称を呼び分けたという事実から考えると、どちらの球団のファンかは一目瞭然ではあったが、弘樹は一応確認を入れてみた。
「えっと……。綾乃ちゃんは、広島ファンなんだ」
「はい、勿論そうです! それ以前に、巨人ファンや阪神ファンなんて、広島県民じゃありません!」
「…………」
スプーンを握り締めつつ綾乃が真顔で力一杯主張した内容を聞いて、周囲の者達は思わず遠い目をしてしまった。
(何か、いつもの彼女と全然違う……)
(コイキチって、トラキチ以上に熱そうだな……)
(転勤族の巨人ファンとか、広島でうっかり職場で贔屓球団名を漏らしたら、爪弾きにされそうね……)
そんな事を三人が考えていると、何故か急に綾乃が力を無くした様に俯き、深い溜め息を吐いた。
「実は入社してから、すっかり野球から遠ざかっていまして……。ナイターを見ようにも、広島戦は首都圏では滅多に放映していませんし、シーズン中は試合を見に行こうと思っても仕事で気力体力搾り取られていて、帰宅後も休日もゴロゴロ転がってましたし。その他にも春から秋にかけて色々あって、それどころでは無かったと言うのが、本当の所ですが」
「うん、まあ……、確かに色々あったよな」
その「色々な事」に関わり過ぎていた自覚のある三人は、思わず気まずい思いに駆られたが、その間に綾乃は気を取り直したらしく、力強く主張した。
「この機会を逃すと、丸々一年カープの試合を見ないで過ごす事になってしまうんです! そんな事になったら、東京に出て来る時、止むを得ず団長の座を譲り渡してきた、私設応援団《己斐昇陣》の団員の皆さんに、顔向けできません!」
「応援団長だったの……」
生真面目に綾乃が告げた台詞に、思わず幸恵が呟いた。それに綾乃が即座に応じる。
「はい、実家の周辺地域の有志で作っている団体で、大学入学から四年間だけでしたが。因みにそこの二代前の団長は上の兄が務めていて、八代前は父でした。でも二人とも立場上長く続けられなかったのを残念に思っていて、私が団長になった時には秘蔵の応援グッズを山ほどくれたんです」
「そう……。一家揃って同じ趣味があるって良いよね?」
半ばヤケで弘樹が引き攣り気味の笑顔を向けると、綾乃は些か残念そうに首を振った。
「あ、でも母と下の兄は野球にはあまり興味が無いんです。だからそれに関してだけは、父と上の兄が二人に文句を言っていまして。『有権者に示しがつかない』とか『間違っても他のファンなどと公言するな』とか」
「そうなんだ……。でもまあ、そんなのは個人の自由だし……」
ボソボソと弁解がましく祐司が呟いたが、それは聞こえなかったらしく綾乃が平然と話を続けた。
「小さい頃、上の兄に手を引かれて市民球場に連れて行って貰って以来のファンで、リトルリーグで男子に混ざって野球をやっていたら、『だから女の子の友達が少なくて、余計に苛められるんだぞ? それにバットとボールを持つとお前は人格が変わるから、悪いことは言わないから早いうちに改めろ』なんて下の兄に酷い事を言われました。本当にちぃ兄ちゃんって、昔から一言余計なんだから。母は母で『将来綾乃が家に連れてきた恋人や結婚相手がカープ以外のファンの人だったら、生きてこの屋敷を出られないかも』と、父とお兄ちゃんが筋金入りのカープファンなのを嘆くし。ちょっと大袈裟だと思います」
「…………」
そんな事をしみじみと言われて顔を強張らせた祐司を、弘樹と幸恵が哀れむ表情で見やる。それには気付かないまま、幸恵は上機嫌に話を続けた。
「話は逸れましたが、そういう訳で、今年度中に一度は選手の皆さんの雄姿を拝みつつ、スタンドから熱いエールを送りたいんです! 祐司さんは千葉出身って聞いてましたから、球場へのアクセスとかは大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫……」
その問いかけに祐司が静かに頷くと、綾乃は心の底から安堵したように微笑んだ。
「良かったぁ……。流石に不倶戴天の敵の本拠地の東京ドームや、神宮球場や横浜スタジアムに一人で乗り込むのには勇気が要ったもので、行けなかったんです。母から『きちんと仕事を覚えるのが先だから、職場で野球の話は止めなさい』と厳命されていて、社内でカープの応援団を作るのは無理だったし、それで入社してから野球について熱く語る仲間を、全然作れませんでしたし」
そんな事をかなり悔しそうに綾乃が呟いた為、母親の懸念が理解できてしまっ他の三人は(娘の職場での立場を、余程心配したんだろうな)と密かに同情した。そこで綾乃が唐突に思い出したように、祐司の顔を見ながら問いかけてくる。
「そういえば……、これまで祐司さんから野球の話とか聞いた事が無かったと思いますけど、どこか贔屓にしている球団とかは無いんですか?」
「……え? 俺?」
「はい」
完全に虚を衝かれた感の祐司に、綾乃が笑顔のまま頷く。その顔から微妙に視線を逸らしながら、些か引き攣った笑みをその端正な顔に浮かべた祐司は、その問いに答えた。
「いや……、特に贔屓球団とかは無いな。そもそも野球は学校の授業でやった位で、詳しくもないし」
「そうですか。でも見てるだけでも面白いですから是非」
「ぐはっ! ぐっ、んぐっ!」
「むぐっ! はっ、げほっ!」
その場を取りなす様に、綾乃が祐司に観戦を勧める言葉を口にすると、何故かほぼ同時に、素知らぬふりで食事を続けていた弘樹と幸恵が、食べていた物を喉に詰まらせかけて盛大にむせた。その様子に綾乃が驚き、慌てて二人に声をかける。
「遠藤さん、幸恵さん、どうしたんですか。大丈夫ですか!?」
顔色を変えて具合を尋ねた綾乃に、弘樹と幸恵は口元を押さえたまま、小さく呻いた。
「悪い、綾乃ちゃん……」
「お茶か水を……」
「分かりました。今すぐ持って来ます!」
そして勢い良く立ち上がった綾乃が、食堂の隅に設置されている給茶器に駆け出していくと、何とか詰まらせた物を飲み込んだ二人が、揃って祐司に白い目を向けた。
「おい、誰が『野球に詳しくない』だって? リトルリーグ千葉県覇者で、中学高校も野球部だった野郎が、何を寝言ほざいてやがる」
「さっき『贔屓球団は無い』とか言った? へえぇ? 巨人対ロッテの交流戦で私が購入したチケットを見て、『敵陣に座れるか!』の一言で私を置き去りにして一人で帰ったのは、どこのどなただったかしらぁ?」
「…………」
大学在学中からの友人である弘樹は当然、祐司が熱烈なマリーンズファンであるのを熟知しており、幸恵に至っては祐司と最終的に別れるきっかけになったのが巨人ファンである自分と相容れない事だった為、嫌味にも拍車がかかった。しかし誤魔化した事に対して反論できないのを理解していた祐司は、黙ってその非難を受け止める。そんな祐司を見て二人は思わず顔を見合わせ、呆れた口調で言い合った。
「あぁ~あ、アホらしい。彼女に良いとこ見せたいって柄かよ」
「正直に言っても愛想尽かされたりはしないと思うけど? 係長、ここら辺無駄に暑くありません? 空調の故障でしょうか?」
「ああ、確かにあっついな~。ついでにどこかネジでも緩んでないか、総点検した方が良いかもな~」
「春先でこれじゃあ、夏になったら酷そうですものねぇ」
手を振って仰ぐ仕草を見せながら嫌味を繰り出す二人に、祐司は未だ無言のままだった。そうこうしているうちに、両手にコップを持った綾乃が戻って来る。
「お待たせしました。お二人とも大丈夫ですか?」
そう言いながら心配そうに水の入ったコップを差し出してきた綾乃に、弘樹と幸恵は苦笑気味に礼を言ってコップを受け取り、水を飲んだ。
「ああ、心配させちゃって悪いね。頂くよ」
「何とか落ち着いたから、心配しないで」
「酷くなくて良かったですね」
安堵して再び席に着いた綾乃が食事を再開すると、食べ終わった弘樹が席を立とうとしながら、さり気なく綾乃に問いかけた。
「さっきのマリーンズ対カープの試合の事だけどさ、そうすると当然綾乃ちゃん達は、三塁側ビジター席に座るんだよね」
「はい、勿論そうですよ?」
如何にも当然の如く答えた綾乃に、その向かいの席で祐司が顔を強張らせたが、それを視界の隅に捉えながら、幸恵も唆すように綾乃に囁いた。
「一塁側のマリーンズファンに圧倒されないように頑張ってね? 数で負けていても、気合いで負けちゃ駄目よ?」
「はい、頑張ります!!」
幸恵に激励して貰ったと思った綾乃はすっかり嬉しくなって力強く頷き、それを見た弘樹と幸恵は一足先に食堂を出てから、廊下で腹を抱えて爆笑した。しかし、つい綾乃に嘘を吐いてしまった祐司はそれどころではなく、綾乃に本当の事を告げるべきか、また旧知の人物が大挙して押しかけているであろう球場で、当日どうやって身を隠すかなどと、顔を青ざめさせながら考えを巡らせる羽目に陥ってしまった。
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