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美和子、居候の活用法を模索する
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今日一日のスケジュールを頭の中で展開し、より効率的に諸々をこなす段取りを考えながら朝食を食べていると、少し前から我が家に住みついている、自称幽霊か生き霊付きぬいぐるみ、私や沙織が推察するエネルギー形態宇宙人が入り込んだぬいぐるみが、突然声を張り上げた。
「待遇改善を要求する!」
片腕を上げながらのその訴えで思考を遮られ、少々苛ついたが、私がそれを口にする前に、沙織が呆れた口調で言い返した。
「何? いきなり」
「だって俺はここで自我に目覚めてからずっと、一歩も外に出ていないんだよ!? 不健康じゃないか!」
今……、何だか面白いセリフを聞いた気がするわ……。
宇宙人の自我って、地球人のそれと同じなのかしら? そもそも肉体と精神からなる私達ならともかく、エネルギー体だけの宇宙人なら、自我はそのまま精神のありようって事で、存在そのものなんだから、自我が自我として存在しえるの?
何か一気に面倒くさくなってきたわね……。これは科学と言うより、もはや哲学の問題じゃないかしら?
「自我? 不健康? 何をどうやってそれを証明して主張するのか、是非とも教えて欲しいわ」
「沙織ちゃんは本当にクールだよね!」
「朝からそんなに力一杯誉めなくて良いわよ?」
「誉め言葉じゃ無いんだけど!」
相変わらず朝ご飯を食べながら素っ気なく応じる沙織と、キャンキャンと喚くゴンザレス。
二人を足して二で割ればちょうど良いと思うけど、そんな事を言ったら沙織が怒るのは確実だし、止めておきましょうか。そしてゴンザレスの訴えも、一応聞いてあげないとね。
「つまり? ゴンザレスは家の中だけではなく、広い外の世界を見てみたいのよね?」
「はい! 仰る通りです、ママさん!」
会話に割り込んだ私にゴンザレスが嬉々として頷き、沙織が渋面になって言い返してくる。
「だけどママ。こんな言葉を喋る、怪しげなぬいぐるみもどきが一人で外をウロウロしていたら、忽ち質の悪い子供に見つかってボロボロのズタズタにされるか、警察を呼ばれて大騒ぎになるわよ?」
「確かに普通のぬいぐるみにしか見えない物がうろうろしていたら、周りに不審がられるのは確実でしょうね」
「だったら」
「だから、普通じゃないぬいぐるみの設定を、こちらで作れば良いだけの話よ」
「はぁ?」
まだこの辺りの臨機応変さを、小学生の子供に求めるのは無理ね。でも変な顔になってる沙織は珍しいし、年相応で可愛いと思うわよ?
「ゴンザレス、今日は私の職場に来ない? 要するに、ちょっとした社会見学ね」
そう提案すると、ゴンザレスは表情を出す事ができたのなら、きっと目を丸くしたであろう声音で問い返してきた。
「ママさんの職場?」
「ええ。そこなら幾らうろうろキョロキョロしても、怪しまれないわよ?」
「本当に?」
「ちょっとママ。何考えてるのよ? 怪しまれないわけ無いじゃない!」
「いいから、沙織は黙ってて。ゴンザレス、どうする?」
すると能天気な顔のまま俯き加減で悩んでいたゴンザレスは、ゆっくりと顔を上げて言ってきた。
「行きます。連れて行って下さい」
「分かったわ。今日はあまり荷物は無いし、鞄に入るだろうしね。それじゃあ職場の人間に説明する、あなたの設定なんだけど……」
そうして早速、少し前に頭の中で考えた設定を話し出すと、横から沙織が「何を考えてるのよ。そんな話、部下の人達が本気で信じると思うわけ?」などとブチブチ言っていたから、思わず笑いながら言ってしまった。
「大人には、大人のやり方があるという事よ」
すると沙織は面白くなさそうな顔になって、黙々と残りのご飯を片付け始めた。
これから本当に理系を目指すなら、もうちょっと柔軟な考え方ができれば良いんだけどね?
「じゃあここに入って」
「了解しました!」
ビジネスバッグのファスナーを全開にして促せば、飛び上がって縁に掴まったゴンザレスが、いそいそと中に入り込む。スペース的にはギリギリだと思うけど、基本ぬいぐるみだし、中で多少潰れても平気だから気が楽だわ。
「じゃあ、行ってきます。沙織、戸締まりよろしくね」
「うん。行ってらっしゃい」
半ば呆れた目を向けてきた沙織に後の事を頼んで、私は職場に向かった。
「おはようございます」
ここに来るまで、特に通勤電車の中で、バッグの中から「うげ」とか「ぐぉ」とか変な声が聞こえた気がしたが、敢えて無視した。そしていつも通り職場に足を踏み入れて挨拶すると、いつも通り周囲から声がかけられる。
「あ、おはようございます」
「おはようございます、主任」
それから自分の机に到達し、バッグを開けて中からゴンザレスを取り出しながら、最終確認をした。
「じゃあ、ゴンザレス。打ち合わせ通りにね?」
「……了解です、ママさん」
何となく声に疲労感が漂っていたが、気が付かなかったふりをする。そしてさり気なくゴンザレスを机の上に立たせると、予想通り忽ち周囲の人目を引いた。
「あれ? 主任、そのぬいぐるみは何ですか?」
部下の一人がすぐに食い付いてくれた事に笑い出しそうになりながら、なんとか真面目な顔を取り繕いつつ、それらしい説明を始める。
「久しぶりに会った、大学時代の友人から預かった物なの。彼、工学部の出身なんだけど、これは研究中の試作品なのよ」
そう口にすると、徐々に集まってきた部下達が、不思議そうな視線をゴンザレスに向けた。
それはそうよ。どう見たって、何の変哲も無い熊のぬいぐるみにしか見えないもの。
「試作品?」
「普通の熊のぬいぐるみにしか見えませんが……」
「まあ、ちょっと見てて」
そして小さく咳払いをしてから、もったいぶってゴンザレスに声をかけた。
何だか、結構楽しくなってきたわ。
「おはよう、ゴンザレス」
「おはようございます」
そして私の挨拶に対して挨拶を返しながら、ぺこりと頭を下げたゴンザレスを見て、私達を囲んでいた全員が驚愕した。
「喋った!?」
「しかも頭を下げましたよ?」
「それに、なんて凄い自然な動き! 何なんですか、これは!?」
「主任のご友人って、玩具メーカー勤務なんですか?」
見事な食い付きっぷりに、思わず笑ってしまいながら、私は嘘八百の話を口にした。
「いいえ。実はその友人は、某有名工業会社の研究開発室で介護用ロボットの研究をしていて、ミニチュアの試作品を作ってみたのよ」
「介護用ロボットの試作品?」
「ミニチュアなのは分かりますけど……、どうしてぬいぐるみなんですか?」
「要介護者を抱き上げたり支えたりする時に、相手が触れたりぶつかった時に衝撃を和らげる外観の方が良いでしょう?」
怪訝な顔をした彼らに向かって、嘘を笑顔で押し通す。
正直、この荒唐無稽な話がどこまで通じるか、わくわくしてきたわ。
「……何か凄く、斬新な考えですね」
「さすが、主任のご友人です」
「絶対にそうは見えないだろうけど、これは最先端技術の固まりなのよ? どこにもカメラやセンサーが無い様に見えて、しっかり周囲の状況を判断できるし」
真面目にそう告げると、周りの皆は分野は違えど、研究者としての探究心を刺激されたらしい。途端に鋭い視線をゴンザレスに向けてきた。
「そう言えばさっき、主任の声に反応して、きちんと挨拶してましたね」
「他にも、例えば……。ゴンザレス、これを持ってくれる?」
「かしこまりました」
声をかけながら机の上に有ったボールペンを差し出すと、両手を出してそれを受け取るゴンザレス。受け取るって言っても、正確には両腕の先に乗せている状態なんだけど、それを見た皆は真剣な顔で頷いた。
「おお、凄いな」
「それじゃあゴンザレス、次にこれを持ってくれる?」
咄嗟に厚さ十センチはある文献集を取り上げてゴンザレスの前に差し出すと、周りが焦った声を上げた。
「ちょっ……、主任!?」
「幾ら何でも潰れます!」
「それはどう考えても無理」
「すみません、持てません」
「……え?」
ゴンザレスが微動だにせず、冷静に拒否した為、周りは揃って唖然となった。
「断った、んだよな?」
「ああ。自分の判断でな」
「と言う事は……、とてもそうは見えませんが、少なくともこれには物体を認識する極小カメラと、それの材質や形状から重量を判断するシステムが、組み込んであるって事ですよね!?」
「しかもその重量が、自分が支えられる範囲内の重さかどうかを判断して、音声で可否を伝える回路も保持しているって事じゃないですか」
「凄い! それだけの能力が有るのに、通常のぬいぐるみ並みの重さしか無いなんて!」
「これは画期的な技術革新じゃないんですか!?」
驚愕の顔付きで勝手に推測しつつ机に迫り、興奮気味に次々ゴンザレスを持ち上げながら訴えてきた部下達に、思わず苦笑いしてしまった。
「専門外だから分からないけど、私も見せて貰った瞬間にそう思ったわ。だけど本人は、まだまだ改良の余地があると思っているらしいの。だから実用化は、まだまだ先の事になると考えているらしいわ」
「これ以上、何をどうしろと?」
「如何にも、技術畑の人みたいですね」
興奮が一旦落ち着き、皆が呆れを含んだ感想を漏らしたタイミングで、わざわざ職場にゴンザレスを連れて来た、尤もらしい理由を告げた。
「どうしても同じ様な視点を持つ人間ばかりだと、意見や問題点の掘り下げ方も似通った物しか出ないし、偶には門外漢の人間、かつ秘密保持には厳しい倫理観を持っている人間の、率直な意見が欲しいと言う事なの。それでちょっと預かって、色々意見を貰えないかって頼まれたのよ」
「まあ、確かにここの特殊性を考えたら、うっかり機密漏洩する様な人間はいませんがね」
「因みに、主任が気になってる事とかはあるんですか?」
「そうね……」
真顔で尋ねられて、ちょっとやってみようと思い付いた事が有ったので、実行に移してみる事にした。
「例えば……、ここにこう座らせるでしょう?」
「はい」
「それから、どうするんですか?」
手に持っていた文献集を机に起き、その縁にゴンザレスを座らせる。
「それで、ここでこう引いても」
そして勢い良く文献集を背後に引っ張ったら、ものの見事にゴンザレスは後方にしりもちをついて仰向けになった。
なんだ……。宇宙人なんだから、空気椅子位するかと思ったのに、根性無いのね。
「座った状態のまま、体勢を保つ事ができないのかしらと。……無理みたいね」
「主任! それ、無茶ぶり過ぎますって!」
「そうですよ。そんな繊細なオートバランス機能まで、こんな小さな物に組み込むなんて!」
「悩み過ぎて、ご友人がハゲそうで気の毒です!」
「それにそんなシチュエーション、介護現場であり得ないでしょう!?」
「そうかしら?」
思い付いた事を軽く言ってみただけなのに、妙に皆の不評を買ってしまった。何故かしら?
「やっぱり主任、鬼だ……」
「とことん極めないと、納得できないタイプだからな」
なにやら小声でボソボソ言っている人間もいるけど、始業時間が迫っている事もあって話を終わらせる事にした。
「そういう訳だから、今日一日このゴンザレスをここに置いておくから、皆、空き時間や休憩時間に色々試してみて、後から気が付いた事とか感想を聞かせて頂戴」
「分かりました」
「主任、早速ですが、今日の実験スケジュールの確認を……」
それからすぐに日常の光景に戻ったけど、これでゴンザレスは一日退屈しない筈よ。最新技術と信じている物を目の当たりにして、皆のモチベーションも高まった様だし、一石二鳥よね。
「待遇改善を要求する!」
片腕を上げながらのその訴えで思考を遮られ、少々苛ついたが、私がそれを口にする前に、沙織が呆れた口調で言い返した。
「何? いきなり」
「だって俺はここで自我に目覚めてからずっと、一歩も外に出ていないんだよ!? 不健康じゃないか!」
今……、何だか面白いセリフを聞いた気がするわ……。
宇宙人の自我って、地球人のそれと同じなのかしら? そもそも肉体と精神からなる私達ならともかく、エネルギー体だけの宇宙人なら、自我はそのまま精神のありようって事で、存在そのものなんだから、自我が自我として存在しえるの?
何か一気に面倒くさくなってきたわね……。これは科学と言うより、もはや哲学の問題じゃないかしら?
「自我? 不健康? 何をどうやってそれを証明して主張するのか、是非とも教えて欲しいわ」
「沙織ちゃんは本当にクールだよね!」
「朝からそんなに力一杯誉めなくて良いわよ?」
「誉め言葉じゃ無いんだけど!」
相変わらず朝ご飯を食べながら素っ気なく応じる沙織と、キャンキャンと喚くゴンザレス。
二人を足して二で割ればちょうど良いと思うけど、そんな事を言ったら沙織が怒るのは確実だし、止めておきましょうか。そしてゴンザレスの訴えも、一応聞いてあげないとね。
「つまり? ゴンザレスは家の中だけではなく、広い外の世界を見てみたいのよね?」
「はい! 仰る通りです、ママさん!」
会話に割り込んだ私にゴンザレスが嬉々として頷き、沙織が渋面になって言い返してくる。
「だけどママ。こんな言葉を喋る、怪しげなぬいぐるみもどきが一人で外をウロウロしていたら、忽ち質の悪い子供に見つかってボロボロのズタズタにされるか、警察を呼ばれて大騒ぎになるわよ?」
「確かに普通のぬいぐるみにしか見えない物がうろうろしていたら、周りに不審がられるのは確実でしょうね」
「だったら」
「だから、普通じゃないぬいぐるみの設定を、こちらで作れば良いだけの話よ」
「はぁ?」
まだこの辺りの臨機応変さを、小学生の子供に求めるのは無理ね。でも変な顔になってる沙織は珍しいし、年相応で可愛いと思うわよ?
「ゴンザレス、今日は私の職場に来ない? 要するに、ちょっとした社会見学ね」
そう提案すると、ゴンザレスは表情を出す事ができたのなら、きっと目を丸くしたであろう声音で問い返してきた。
「ママさんの職場?」
「ええ。そこなら幾らうろうろキョロキョロしても、怪しまれないわよ?」
「本当に?」
「ちょっとママ。何考えてるのよ? 怪しまれないわけ無いじゃない!」
「いいから、沙織は黙ってて。ゴンザレス、どうする?」
すると能天気な顔のまま俯き加減で悩んでいたゴンザレスは、ゆっくりと顔を上げて言ってきた。
「行きます。連れて行って下さい」
「分かったわ。今日はあまり荷物は無いし、鞄に入るだろうしね。それじゃあ職場の人間に説明する、あなたの設定なんだけど……」
そうして早速、少し前に頭の中で考えた設定を話し出すと、横から沙織が「何を考えてるのよ。そんな話、部下の人達が本気で信じると思うわけ?」などとブチブチ言っていたから、思わず笑いながら言ってしまった。
「大人には、大人のやり方があるという事よ」
すると沙織は面白くなさそうな顔になって、黙々と残りのご飯を片付け始めた。
これから本当に理系を目指すなら、もうちょっと柔軟な考え方ができれば良いんだけどね?
「じゃあここに入って」
「了解しました!」
ビジネスバッグのファスナーを全開にして促せば、飛び上がって縁に掴まったゴンザレスが、いそいそと中に入り込む。スペース的にはギリギリだと思うけど、基本ぬいぐるみだし、中で多少潰れても平気だから気が楽だわ。
「じゃあ、行ってきます。沙織、戸締まりよろしくね」
「うん。行ってらっしゃい」
半ば呆れた目を向けてきた沙織に後の事を頼んで、私は職場に向かった。
「おはようございます」
ここに来るまで、特に通勤電車の中で、バッグの中から「うげ」とか「ぐぉ」とか変な声が聞こえた気がしたが、敢えて無視した。そしていつも通り職場に足を踏み入れて挨拶すると、いつも通り周囲から声がかけられる。
「あ、おはようございます」
「おはようございます、主任」
それから自分の机に到達し、バッグを開けて中からゴンザレスを取り出しながら、最終確認をした。
「じゃあ、ゴンザレス。打ち合わせ通りにね?」
「……了解です、ママさん」
何となく声に疲労感が漂っていたが、気が付かなかったふりをする。そしてさり気なくゴンザレスを机の上に立たせると、予想通り忽ち周囲の人目を引いた。
「あれ? 主任、そのぬいぐるみは何ですか?」
部下の一人がすぐに食い付いてくれた事に笑い出しそうになりながら、なんとか真面目な顔を取り繕いつつ、それらしい説明を始める。
「久しぶりに会った、大学時代の友人から預かった物なの。彼、工学部の出身なんだけど、これは研究中の試作品なのよ」
そう口にすると、徐々に集まってきた部下達が、不思議そうな視線をゴンザレスに向けた。
それはそうよ。どう見たって、何の変哲も無い熊のぬいぐるみにしか見えないもの。
「試作品?」
「普通の熊のぬいぐるみにしか見えませんが……」
「まあ、ちょっと見てて」
そして小さく咳払いをしてから、もったいぶってゴンザレスに声をかけた。
何だか、結構楽しくなってきたわ。
「おはよう、ゴンザレス」
「おはようございます」
そして私の挨拶に対して挨拶を返しながら、ぺこりと頭を下げたゴンザレスを見て、私達を囲んでいた全員が驚愕した。
「喋った!?」
「しかも頭を下げましたよ?」
「それに、なんて凄い自然な動き! 何なんですか、これは!?」
「主任のご友人って、玩具メーカー勤務なんですか?」
見事な食い付きっぷりに、思わず笑ってしまいながら、私は嘘八百の話を口にした。
「いいえ。実はその友人は、某有名工業会社の研究開発室で介護用ロボットの研究をしていて、ミニチュアの試作品を作ってみたのよ」
「介護用ロボットの試作品?」
「ミニチュアなのは分かりますけど……、どうしてぬいぐるみなんですか?」
「要介護者を抱き上げたり支えたりする時に、相手が触れたりぶつかった時に衝撃を和らげる外観の方が良いでしょう?」
怪訝な顔をした彼らに向かって、嘘を笑顔で押し通す。
正直、この荒唐無稽な話がどこまで通じるか、わくわくしてきたわ。
「……何か凄く、斬新な考えですね」
「さすが、主任のご友人です」
「絶対にそうは見えないだろうけど、これは最先端技術の固まりなのよ? どこにもカメラやセンサーが無い様に見えて、しっかり周囲の状況を判断できるし」
真面目にそう告げると、周りの皆は分野は違えど、研究者としての探究心を刺激されたらしい。途端に鋭い視線をゴンザレスに向けてきた。
「そう言えばさっき、主任の声に反応して、きちんと挨拶してましたね」
「他にも、例えば……。ゴンザレス、これを持ってくれる?」
「かしこまりました」
声をかけながら机の上に有ったボールペンを差し出すと、両手を出してそれを受け取るゴンザレス。受け取るって言っても、正確には両腕の先に乗せている状態なんだけど、それを見た皆は真剣な顔で頷いた。
「おお、凄いな」
「それじゃあゴンザレス、次にこれを持ってくれる?」
咄嗟に厚さ十センチはある文献集を取り上げてゴンザレスの前に差し出すと、周りが焦った声を上げた。
「ちょっ……、主任!?」
「幾ら何でも潰れます!」
「それはどう考えても無理」
「すみません、持てません」
「……え?」
ゴンザレスが微動だにせず、冷静に拒否した為、周りは揃って唖然となった。
「断った、んだよな?」
「ああ。自分の判断でな」
「と言う事は……、とてもそうは見えませんが、少なくともこれには物体を認識する極小カメラと、それの材質や形状から重量を判断するシステムが、組み込んであるって事ですよね!?」
「しかもその重量が、自分が支えられる範囲内の重さかどうかを判断して、音声で可否を伝える回路も保持しているって事じゃないですか」
「凄い! それだけの能力が有るのに、通常のぬいぐるみ並みの重さしか無いなんて!」
「これは画期的な技術革新じゃないんですか!?」
驚愕の顔付きで勝手に推測しつつ机に迫り、興奮気味に次々ゴンザレスを持ち上げながら訴えてきた部下達に、思わず苦笑いしてしまった。
「専門外だから分からないけど、私も見せて貰った瞬間にそう思ったわ。だけど本人は、まだまだ改良の余地があると思っているらしいの。だから実用化は、まだまだ先の事になると考えているらしいわ」
「これ以上、何をどうしろと?」
「如何にも、技術畑の人みたいですね」
興奮が一旦落ち着き、皆が呆れを含んだ感想を漏らしたタイミングで、わざわざ職場にゴンザレスを連れて来た、尤もらしい理由を告げた。
「どうしても同じ様な視点を持つ人間ばかりだと、意見や問題点の掘り下げ方も似通った物しか出ないし、偶には門外漢の人間、かつ秘密保持には厳しい倫理観を持っている人間の、率直な意見が欲しいと言う事なの。それでちょっと預かって、色々意見を貰えないかって頼まれたのよ」
「まあ、確かにここの特殊性を考えたら、うっかり機密漏洩する様な人間はいませんがね」
「因みに、主任が気になってる事とかはあるんですか?」
「そうね……」
真顔で尋ねられて、ちょっとやってみようと思い付いた事が有ったので、実行に移してみる事にした。
「例えば……、ここにこう座らせるでしょう?」
「はい」
「それから、どうするんですか?」
手に持っていた文献集を机に起き、その縁にゴンザレスを座らせる。
「それで、ここでこう引いても」
そして勢い良く文献集を背後に引っ張ったら、ものの見事にゴンザレスは後方にしりもちをついて仰向けになった。
なんだ……。宇宙人なんだから、空気椅子位するかと思ったのに、根性無いのね。
「座った状態のまま、体勢を保つ事ができないのかしらと。……無理みたいね」
「主任! それ、無茶ぶり過ぎますって!」
「そうですよ。そんな繊細なオートバランス機能まで、こんな小さな物に組み込むなんて!」
「悩み過ぎて、ご友人がハゲそうで気の毒です!」
「それにそんなシチュエーション、介護現場であり得ないでしょう!?」
「そうかしら?」
思い付いた事を軽く言ってみただけなのに、妙に皆の不評を買ってしまった。何故かしら?
「やっぱり主任、鬼だ……」
「とことん極めないと、納得できないタイプだからな」
なにやら小声でボソボソ言っている人間もいるけど、始業時間が迫っている事もあって話を終わらせる事にした。
「そういう訳だから、今日一日このゴンザレスをここに置いておくから、皆、空き時間や休憩時間に色々試してみて、後から気が付いた事とか感想を聞かせて頂戴」
「分かりました」
「主任、早速ですが、今日の実験スケジュールの確認を……」
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