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第3章 そして事態は混迷を深める
(19)不穏な話
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サラザールに見つからないようにその場を後にした二人は、足早に道を曲がって一息ついた。
「もう角を曲がったから大丈夫じゃないかな?」
「そうですね。見つからなくて良かった」
しみじみとした口調で応じたアメリアに、ルーファが何気なく尋ねる。
「お兄さんは、結構心配性なのかい?」
「そうかもしれませんね。保護者意識が強いんです」
「親元を離れて兄妹だけで暮らし始めたばかりなら、そうだろうな」
ルーファは納得したように頷いたが、そこでアメリアは溜め息を堪えながら考えを巡らせる。
(本当は、殺されかけた私を助けて引き取ることになったから、その責任も感じているからだと思うけど。でもこんな事、一々口にしなくても良いわよね)
いつの間にか無言になって歩いていた彼女を心配して、ルーファが声をかけてきた。
「アメリア、やっぱり少し疲れたかな?」
「いえ、そんなことはありませんけど。どうかしましたか?」
「急に黙り込んだから。疲れたのなら、乗合馬車を探すけど」
「いえ、大丈夫です。ちょっとさっきのお店のトラブルを考えていて」
アメリアは、少々慌てながらそれらしい理由を捻りだした。するとルーファは、微妙に困った表情になる。
「ああ、あれか……。確かに、咳が変に長引いている患者が結構出ているけど原因が分からないし、君が責任を負うような話でもないだろう」
そこでアメリアは、思わず彼に伝えた。
「原因かどうかは分かりませんけど、ちょっと気になる事は分かったんです」
「そうなのか? どんなことかな?」
「咳が変に長引いている患者さんは、今でも虫除けを使っているんです」
「……虫除け?」
途端に要領が得ない顔つきになったルーファを見て、アメリアは溜め息を吐いて話を続けた。
「そうですよね。こんな話を聞いたら、そういう反応になりますよね……。私だって、半信半疑ですから」
「ごめん。疑っているわけではないんだが、もう少し詳しく教えてくれるかな?」
促されたアメリアは、素直に詳細について語り出した。
「今年の夏の暑い時期に虫が大量発生した時、窓際に吊して使う鳥籠に似た形状の虫除けが流行ったそうなんです。ご存じですか?」
「……ああ、知っている」
ルーファは微妙に硬い表情になったが、彼女はそれに気がつかないまま話を続ける。
「うちの薬師所に通っている、変に咳が長引いている患者さんのお宅にお邪魔したとき、香りが気持ちを落ち着かせるという理由で、今でも継続してそれを使っているのが分かったんです。それで他にも同様の患者さんに尋ねてみたんですけど、五人全員が同様に継続して使っていました」
「そうなのか?」
「はい。それとは別に、当初咳が出ていたけど自然に治まったという人に聞いてみたら、同様に当初虫除けを使っていましたが、虫が出なくなったら使うのを止めてしまった方ばかりでした」
「…………」
「ルーファさん? どうかしましたか?」
急に難しい顔つきで黙考しているルーファを見て、不思議に思ったアメリアは声をかけた。すると彼は、重々しい口調で告げる。
「その虫除け……、俺の父親もまだ使っているんだ」
それを聞いたアメリアは、瞬時に顔色を変えた。
「え!? 今もですか?」
「ああ。同じように、香りが良くて気分が落ち着くからと言って。何か悪い物が入っているのか?」
彼から怖いくらい真剣な顔つきで尋ねられたアメリアは、若干動揺しながら解説する。
「いえ、あの……、中に入れてある薬草を確認してみたら、三種類のブレンドでした。でも以前から普通に虫除けとして流通している物ばかりで、中には静穏作用も併せ持っている物もありますから、それ自体では問題はないはずなんです」
「でも君は、気になっているんだろう?」
「ええ、まあ……。それでちょっと、私の先生に実物を見て貰おうと思って、ランデル、あ、いえ、ラリサに持って行って貰っている最中なんです。私の知識だけでは分かりませんので」
「そうか……」
それきり難しい顔のまま黙り込んだルーファに、アメリアは神妙に声をかける。
「すみません。変に不安にさせるような事を言ってしまいましたね。もしかしてお父様は、咳が長引いていますか?」
「ああ。最近その他にも、色々と不調が出ていて」
「そうなんですね。どんな状態か、一度診せて貰っても良いですか?」
心配になったアメリアは、思わず申し出た。しかしルーファは、申し訳なさそうに首を振る。
「気持ちはありがたいし、是非そうして貰いところなんだが……。付き合いで、ちょっと断り切れない医師がいるんだ」
複雑そうな事情を察した彼女は、それ以上余計な事は言わなかった。
「それだったら、変に波風を立てない方が良いですね。何も問題ないとは思いますけど他にも何かあるかもしれませんし、何か分かったら知らせます」
「ああ、よろしく頼むよ。そう言えば、ギブス人材紹介所の場所はメモで以前渡したけど、実際に行ったことはないよな?」
「そうですね」
「ここからだと、帰り道の途中だ。ついでに教えておくよ」
「分かりました。お願いします」
ルーファはさりげなく話題を変え、二人は何事もなかったかのように再び世間話をしながら歩き出した。
「もう角を曲がったから大丈夫じゃないかな?」
「そうですね。見つからなくて良かった」
しみじみとした口調で応じたアメリアに、ルーファが何気なく尋ねる。
「お兄さんは、結構心配性なのかい?」
「そうかもしれませんね。保護者意識が強いんです」
「親元を離れて兄妹だけで暮らし始めたばかりなら、そうだろうな」
ルーファは納得したように頷いたが、そこでアメリアは溜め息を堪えながら考えを巡らせる。
(本当は、殺されかけた私を助けて引き取ることになったから、その責任も感じているからだと思うけど。でもこんな事、一々口にしなくても良いわよね)
いつの間にか無言になって歩いていた彼女を心配して、ルーファが声をかけてきた。
「アメリア、やっぱり少し疲れたかな?」
「いえ、そんなことはありませんけど。どうかしましたか?」
「急に黙り込んだから。疲れたのなら、乗合馬車を探すけど」
「いえ、大丈夫です。ちょっとさっきのお店のトラブルを考えていて」
アメリアは、少々慌てながらそれらしい理由を捻りだした。するとルーファは、微妙に困った表情になる。
「ああ、あれか……。確かに、咳が変に長引いている患者が結構出ているけど原因が分からないし、君が責任を負うような話でもないだろう」
そこでアメリアは、思わず彼に伝えた。
「原因かどうかは分かりませんけど、ちょっと気になる事は分かったんです」
「そうなのか? どんなことかな?」
「咳が変に長引いている患者さんは、今でも虫除けを使っているんです」
「……虫除け?」
途端に要領が得ない顔つきになったルーファを見て、アメリアは溜め息を吐いて話を続けた。
「そうですよね。こんな話を聞いたら、そういう反応になりますよね……。私だって、半信半疑ですから」
「ごめん。疑っているわけではないんだが、もう少し詳しく教えてくれるかな?」
促されたアメリアは、素直に詳細について語り出した。
「今年の夏の暑い時期に虫が大量発生した時、窓際に吊して使う鳥籠に似た形状の虫除けが流行ったそうなんです。ご存じですか?」
「……ああ、知っている」
ルーファは微妙に硬い表情になったが、彼女はそれに気がつかないまま話を続ける。
「うちの薬師所に通っている、変に咳が長引いている患者さんのお宅にお邪魔したとき、香りが気持ちを落ち着かせるという理由で、今でも継続してそれを使っているのが分かったんです。それで他にも同様の患者さんに尋ねてみたんですけど、五人全員が同様に継続して使っていました」
「そうなのか?」
「はい。それとは別に、当初咳が出ていたけど自然に治まったという人に聞いてみたら、同様に当初虫除けを使っていましたが、虫が出なくなったら使うのを止めてしまった方ばかりでした」
「…………」
「ルーファさん? どうかしましたか?」
急に難しい顔つきで黙考しているルーファを見て、不思議に思ったアメリアは声をかけた。すると彼は、重々しい口調で告げる。
「その虫除け……、俺の父親もまだ使っているんだ」
それを聞いたアメリアは、瞬時に顔色を変えた。
「え!? 今もですか?」
「ああ。同じように、香りが良くて気分が落ち着くからと言って。何か悪い物が入っているのか?」
彼から怖いくらい真剣な顔つきで尋ねられたアメリアは、若干動揺しながら解説する。
「いえ、あの……、中に入れてある薬草を確認してみたら、三種類のブレンドでした。でも以前から普通に虫除けとして流通している物ばかりで、中には静穏作用も併せ持っている物もありますから、それ自体では問題はないはずなんです」
「でも君は、気になっているんだろう?」
「ええ、まあ……。それでちょっと、私の先生に実物を見て貰おうと思って、ランデル、あ、いえ、ラリサに持って行って貰っている最中なんです。私の知識だけでは分かりませんので」
「そうか……」
それきり難しい顔のまま黙り込んだルーファに、アメリアは神妙に声をかける。
「すみません。変に不安にさせるような事を言ってしまいましたね。もしかしてお父様は、咳が長引いていますか?」
「ああ。最近その他にも、色々と不調が出ていて」
「そうなんですね。どんな状態か、一度診せて貰っても良いですか?」
心配になったアメリアは、思わず申し出た。しかしルーファは、申し訳なさそうに首を振る。
「気持ちはありがたいし、是非そうして貰いところなんだが……。付き合いで、ちょっと断り切れない医師がいるんだ」
複雑そうな事情を察した彼女は、それ以上余計な事は言わなかった。
「それだったら、変に波風を立てない方が良いですね。何も問題ないとは思いますけど他にも何かあるかもしれませんし、何か分かったら知らせます」
「ああ、よろしく頼むよ。そう言えば、ギブス人材紹介所の場所はメモで以前渡したけど、実際に行ったことはないよな?」
「そうですね」
「ここからだと、帰り道の途中だ。ついでに教えておくよ」
「分かりました。お願いします」
ルーファはさりげなく話題を変え、二人は何事もなかったかのように再び世間話をしながら歩き出した。
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