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第1章 竜の国、人間の国
(9)教育係の選定
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「人間の国の各地に潜入させている密偵の記録の中に、十年ほど前の大陸最南部の戦乱の記録があった筈です。このペンダントの紋章は、その当初侵略側であるガーディラン国の紋章と同じです」
「国の紋章と同じだと?」
思わず渋面で口を挟んだザルシュに、ユーシアは頷いて話を続けた。
「はい。かの国の王族は、生まれた時にその者の名前を入れた装飾品を贈られるそうですから、この裏に刻んであるミレーヌというのが、アメリア嬢の母親の名前だと推察いたします」
「確かにそう聞いた。父親の名前はグリードだ」
今度はサラザールが頷きながら告げると、ユーシアは幾分表情を険しくしながら説明を続ける。
「当時ガーディラン国には稀代の魔術師が存在していたらしく、その者を中心に隣国に攻め入って、一時期はその国土の半分程を占領していたとか」
そこで、ここまで無言を保っていたタウラスが疑問を呈してきた。
「ユーシア殿。話の腰を折って悪いが、それは少しおかしくはないか? 幾ら能力がある稀代の魔術師といっても、その者が一人いた位で、そこまで戦況が優位になるとは思えんが」
「私も当時、報告書を読んで不思議に思いましたが、察するにその魔術師は強大な魔力を有して魔術を行使するのに長けていただけではなく、戦略家としても大層優れていた方だったのではないでしょうか? サラザール様のお話でも、長年追っ手をかわして逃走されていたみたいですし」
「確かにそうかもしれんな。それで?」
ザルシュが再度話の先を促し、ユーシアが脱線しかかった話を元に戻した。
「はい。それでガーディラン国の侵攻はそれからも続くと思われたのですが、ある時を契機にピタリとそれが止まりました。それと同時に、占領地で『ガーディラン国の若い魔術師長が出奔した』という噂が広まったのです」
「……それがアメリアの父親だと?」
「恐らくはそうでしょう。当時その付近に駐在していた者が好奇心で色々調べて送ってきた記録では、竜の血を引く魔術師は、人間の国では畏怖されると同時に忌避されております。その魔術師は当初隣国侵攻に反対していたそうなのですが、国王が『隣国を攻めて領土を増やしたら、娘と結婚させてやる』と説き伏せたそうです。普通であれば魔術師が王女と結婚など、認められる筈がございませんから」
ユーシアがそう結論付けると、タウラスとリドヴァーンが呆れ気味に感想を述べる。
「その挙げ句に、首尾良く隣国を攻め落としたら、約束を違えて王女を他の男と結婚させようとしたのか?」
「ろくでもありませんね。それで魔術師が戦場を放棄して、王女を連れて逃げ出しましたか……」
「報告書によると、そのようです。その後、ガーディラン国は占領地も戦線も維持できなくなり、攻め込んだ隣国に逆侵攻され、侵攻する以前より国土を半分程に減らしたとか。それでガーディラン側は魔術師を逆恨みして、追っ手を差し向けていたのではないでしょうか?」
「絵に描いたような自業自得だな。ガーディラン国側に全く同情できん」
「ですが、筋は通りますね。『あの裏切り者の首を取るまで帰ってくるな』とか言いそうです。他にすることは幾らでもあるでしょうに。戦で荒れた国土の復興に、力を注ごうとは思わないのでしょうか」
「ここで問題なのは……」
そこで唐突に口を閉ざしたユーシアに、ザルシュが訝しげに声をかけた。
「ユーシア、急にどうした?」
「あ、いえ……、なんでもございません」
チラッとサラザールを横目で見ながら、ユーシアは言葉を濁した。しかしそれを見たエマリールが、忌々しげに告げる。
「ユーシア、正直に申して構わないぞ? そこの愚息があっさり騎士逹を皆殺しにしてしまったおかげで、ガーディラン国では今でも騎士逹がアメリア親子を追っている、または騎士逹が返り討ちに合って親子が生き延びていると推測しているとな。全く、魔術で意識操作をして騎士逹に魔術師親子を殺したと思わせて、大人しく帰国させれば面倒がなかったものを……」
「…………」
母親の容赦ない台詞に、サラザールは無言で項垂れた。そんなサラザールを気の毒に思ったタウラスとリドヴァーンが、口々に弁護してくる。
「まあまあ、エマリール様。生きるか死ぬかの状況に遭遇して、そこまで咄嗟に判断しろというのは些か酷というものです」
「乱入した段階では、そこまでの事情は分からなかったのですから」
そこで粗方の事情を把握したユーシアが、話を纏めにかかる。
「分かりました。竜の国にいる間は安泰でしょうが、アメリア嬢が人間の国で生活するようになった場合、不特定多数の追っ手に遭遇する可能性がゼロではないということですね? それで私逹に、それを踏まえた上での教育をして欲しいと仰る」
「その通りだ。タウラスにはあらゆる襲撃をかわせるよう、アメリアが修得可能な範囲での武術全般を、リドヴァーンには健康管理の上での薬師としての教育と毒物への対処法を、ユーシアには人間社会で生活する上での知識全般の教育をお願いしたい。よろしく頼む」
エマリールが三人に対して深々と頭を下げると、彼らは真顔で力強く頷いた。
「承った。人間の娘をどれだけ鍛えられるかは分からんが、人間相手なら大抵の危険は回避できるようにしてみせよう」
「了解いたしました。毒劇物の取り扱いや、怪我の処置などはきちんと修得しておくのに越したことはありませんね」
「お任せください。人間の国に暮らすにしても、先程の推測が当たっているなら、ガーディラン国が存在する大陸南部でアメリアが暮らすのは危険でしょう。崖に近い最北側の国で生活させると仮定して、今後しばらくはそちらの情報収集に注力いたします」
「皆、よろしく頼む」
エマリールに続けてサラザールも頭を下げ、この瞬間、アメリアの教育に対する最強の布陣が確立された。
「国の紋章と同じだと?」
思わず渋面で口を挟んだザルシュに、ユーシアは頷いて話を続けた。
「はい。かの国の王族は、生まれた時にその者の名前を入れた装飾品を贈られるそうですから、この裏に刻んであるミレーヌというのが、アメリア嬢の母親の名前だと推察いたします」
「確かにそう聞いた。父親の名前はグリードだ」
今度はサラザールが頷きながら告げると、ユーシアは幾分表情を険しくしながら説明を続ける。
「当時ガーディラン国には稀代の魔術師が存在していたらしく、その者を中心に隣国に攻め入って、一時期はその国土の半分程を占領していたとか」
そこで、ここまで無言を保っていたタウラスが疑問を呈してきた。
「ユーシア殿。話の腰を折って悪いが、それは少しおかしくはないか? 幾ら能力がある稀代の魔術師といっても、その者が一人いた位で、そこまで戦況が優位になるとは思えんが」
「私も当時、報告書を読んで不思議に思いましたが、察するにその魔術師は強大な魔力を有して魔術を行使するのに長けていただけではなく、戦略家としても大層優れていた方だったのではないでしょうか? サラザール様のお話でも、長年追っ手をかわして逃走されていたみたいですし」
「確かにそうかもしれんな。それで?」
ザルシュが再度話の先を促し、ユーシアが脱線しかかった話を元に戻した。
「はい。それでガーディラン国の侵攻はそれからも続くと思われたのですが、ある時を契機にピタリとそれが止まりました。それと同時に、占領地で『ガーディラン国の若い魔術師長が出奔した』という噂が広まったのです」
「……それがアメリアの父親だと?」
「恐らくはそうでしょう。当時その付近に駐在していた者が好奇心で色々調べて送ってきた記録では、竜の血を引く魔術師は、人間の国では畏怖されると同時に忌避されております。その魔術師は当初隣国侵攻に反対していたそうなのですが、国王が『隣国を攻めて領土を増やしたら、娘と結婚させてやる』と説き伏せたそうです。普通であれば魔術師が王女と結婚など、認められる筈がございませんから」
ユーシアがそう結論付けると、タウラスとリドヴァーンが呆れ気味に感想を述べる。
「その挙げ句に、首尾良く隣国を攻め落としたら、約束を違えて王女を他の男と結婚させようとしたのか?」
「ろくでもありませんね。それで魔術師が戦場を放棄して、王女を連れて逃げ出しましたか……」
「報告書によると、そのようです。その後、ガーディラン国は占領地も戦線も維持できなくなり、攻め込んだ隣国に逆侵攻され、侵攻する以前より国土を半分程に減らしたとか。それでガーディラン側は魔術師を逆恨みして、追っ手を差し向けていたのではないでしょうか?」
「絵に描いたような自業自得だな。ガーディラン国側に全く同情できん」
「ですが、筋は通りますね。『あの裏切り者の首を取るまで帰ってくるな』とか言いそうです。他にすることは幾らでもあるでしょうに。戦で荒れた国土の復興に、力を注ごうとは思わないのでしょうか」
「ここで問題なのは……」
そこで唐突に口を閉ざしたユーシアに、ザルシュが訝しげに声をかけた。
「ユーシア、急にどうした?」
「あ、いえ……、なんでもございません」
チラッとサラザールを横目で見ながら、ユーシアは言葉を濁した。しかしそれを見たエマリールが、忌々しげに告げる。
「ユーシア、正直に申して構わないぞ? そこの愚息があっさり騎士逹を皆殺しにしてしまったおかげで、ガーディラン国では今でも騎士逹がアメリア親子を追っている、または騎士逹が返り討ちに合って親子が生き延びていると推測しているとな。全く、魔術で意識操作をして騎士逹に魔術師親子を殺したと思わせて、大人しく帰国させれば面倒がなかったものを……」
「…………」
母親の容赦ない台詞に、サラザールは無言で項垂れた。そんなサラザールを気の毒に思ったタウラスとリドヴァーンが、口々に弁護してくる。
「まあまあ、エマリール様。生きるか死ぬかの状況に遭遇して、そこまで咄嗟に判断しろというのは些か酷というものです」
「乱入した段階では、そこまでの事情は分からなかったのですから」
そこで粗方の事情を把握したユーシアが、話を纏めにかかる。
「分かりました。竜の国にいる間は安泰でしょうが、アメリア嬢が人間の国で生活するようになった場合、不特定多数の追っ手に遭遇する可能性がゼロではないということですね? それで私逹に、それを踏まえた上での教育をして欲しいと仰る」
「その通りだ。タウラスにはあらゆる襲撃をかわせるよう、アメリアが修得可能な範囲での武術全般を、リドヴァーンには健康管理の上での薬師としての教育と毒物への対処法を、ユーシアには人間社会で生活する上での知識全般の教育をお願いしたい。よろしく頼む」
エマリールが三人に対して深々と頭を下げると、彼らは真顔で力強く頷いた。
「承った。人間の娘をどれだけ鍛えられるかは分からんが、人間相手なら大抵の危険は回避できるようにしてみせよう」
「了解いたしました。毒劇物の取り扱いや、怪我の処置などはきちんと修得しておくのに越したことはありませんね」
「お任せください。人間の国に暮らすにしても、先程の推測が当たっているなら、ガーディラン国が存在する大陸南部でアメリアが暮らすのは危険でしょう。崖に近い最北側の国で生活させると仮定して、今後しばらくはそちらの情報収集に注力いたします」
「皆、よろしく頼む」
エマリールに続けてサラザールも頭を下げ、この瞬間、アメリアの教育に対する最強の布陣が確立された。
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