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第3章 交錯する思惑
(17)ユリエラの決意
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「何かしら? 随分騒がしいけど……」
父親よりも早くベッドに入っていたユリエラだったが、最初廊下から微かに伝わってくきた物音が、段々大きくなってきた為、不安そうに身を起こした。
何かあれば知らせに来るであろう使用人も顔を見せず、不安になりながらドアを凝視していると、それとは別な方向から、突然低い声がかけられる。
「夜分、失礼します。ユリエラ嬢」
「ひっ!? だっ、誰!?」
施錠している筈の室内でいきなり男の声が聞こえた為、ユリエラは悲鳴を上げかけたが、相手は彼女を安心させるように十分に距離を取りながら、鋭く制止してきた。
「お静かに! グレイシアから頼まれて、あなたをここから連れ出しに来た者です」
「叔母様に?」
「その証明に、これを預かって来ています。取り敢えず、こちらに目を通してください」
そう言いながらデニスが差し出したブローチと手紙を見て、ユリエラは納得した表情になってそれらを受け取る。
「分かりました。確かにこれは以前、叔母様に私がプレゼントしたブローチですし、この手紙の筆跡も叔母様の物ですね」
彼女は早速ランプを点けて手紙の内容を確認し始めたが、すぐに驚愕の顔付きになってデニスに確認を入れた。
「ここに書かれている内容は事実ですか?」
「残念ながら。この騒ぎは、それを糾弾する為の騎士団黒騎士隊による茶番ですが、明日にでもペーリエ侯爵には、相応の罰が下ります。ペーリエ侯爵家自体は潰れる事は無いでしょうが、あいつは当主の座から追われるでしょう」
「そうですか」
彼女は静かに頷いたが、その表情には信じたくないと言うよりは、諦めに近い感情が色濃く出ていた。そんな彼女に向かって、デニスが冷静に話を進める。
「そうなった場合ペーリエ侯爵は、あなたを売り飛ばすようにろくでもない縁談を纏めて保身を図るか、生活費の為の金蔓にすると、グレイシアは考えているのです」
その失礼な想像にもユリエラは怒り出すどころか、悲し気な表情で深く頷いて同意した。
「……するでしょうね、あのお父様なら。お祖父様がそうしましたし。グレイシア叔母様とセレネイア叔母様が、その実例ですわ」
「それが嫌なら、グレイシアがあなたの身を保護すると言っています。今夜中に、ここを抜け出すのが条件ですが」
デニスがそう提案すると、元々両親に対して思う所のあった彼女は、即座に決断した。
「分かりました。この家に未練はありません。叔母様のお世話になります」
「それでは当座に必要な物を最小限纏めて、荷物を作ってください。俺は一度ここを抜けて、少ししたら戻って来ます。できればその間にお願いします」
「分かりました」
そう断りを入れて、開けておいた窓からバルコニーに出たデニスは、そこで自分が上って来る時に使用した鈎針付きの綱を背負ってきた袋に収納し、そこからユリエラの脱出用に縄梯子を取り出してそれを設置してから、音も無く地面に降り立った。そして場所を移動し、自分と一緒にこの屋敷に潜入していたローガンと落ち合って、他の首尾を尋ねた。
「あっちの方はどうだ?」
短く尋ねると、彼が薄笑いで答える。
「侯爵達が書斎を出たタイミングで、窓から入って内側からドアノブを縛って来た。端から見れば無駄な抵抗をしたと、心証が悪くなるよな」
「ケインの奴も、ノリノリで横柄な演技をしてるんだろうな……。ところで馬の用意は?」
「正門と屋敷内で、連中が必要以上に大暴れしてるんでな。何とか他の連中に気付かれずに、ホーンが必要な馬を通用門の外に揃えた」
「そうか。じゃあちょっと手伝ってくれ。一番大きい荷物を運び出さないといけないからな」
「了解。確かに手間取りそうだよな」
予め段取りを話し合っていた為、デニスが言う所の「一番大きい荷物」と言うのが、この家の令嬢の一人である事を知っていたローガンは、思わず笑いを噛み殺した。
それから二人で密か庭を移動し、ユリエラの部屋の下まで移動したデニスは、そこにローガンを待たせ、再び縄梯子を経由して彼女の部屋に戻った。
「ユリエラ嬢、急かしてすみません。荷造りはどの程度進みましたか?」
「あ、ちょうど今、終わりました」
そこで振り返った彼女の横には、少し大きめの旅行用の鞄が一つあるだけであり、デニスは当惑しながら問いかけた。
「え? あの……、終わったと言うのは……」
「はい、これですが」
「…………」
改めてユリエラが鞄を指し示すと、デニスは意外そうな表情になって黙り込む。そんな彼の反応を目の当たりにした彼女は、急に不安になって問い返した。
「あの……、これがどうかしましたか? 持って行く物を、もう少し減らした方が良いでしょうか?」
大真面目に尋ねられてデニスは我に返り、苦笑しながら首を振った。
「失礼しました。仮にも侯爵令嬢の荷造りですから、全く荷物を纏められないか、とんでもない量になるのではないかと見くびっていましたので。さすがは彼女の姪ですね」
「ありがとうございます。今の言葉は私にとって、最高の誉め言葉ですわ」
彼がそう正直に告げると、ユリエラは心から嬉しそうに笑った。
それからデニスは旅行鞄をバルコニーから投げ落としてローガンに受け取らせ、かなり不安そうなユリエラを宥めながら縄梯子を使って地上に下りて貰い、誰にも見咎められずに通用門を抜け出た。そこで馬を確保して彼らを待っていたホーンと合流して、一路王宮へと向かった。
一方、屋敷内で派手に破壊活動に及んでいたケインも、そろそろ潮時なのを悟った。
「副隊長、書斎の中の書類は、全て差し押さえました」
「よし、これで良いだろう。撤収するぞ」
荒れ放題の書斎の中を見回して、素っ気なく撤収の指示を出したケインを、ジェストが盛大に怒鳴りつける。
「貴様ら……、こんな事をしでかして、ただで済むとは思うなよ!?」
「そうだな。割増しの、夜間勤務手当が必要だな。方々に対する慰謝料に加えて、貴様に請求するとしよう。皆、速やかに撤収!」
「はい!」
しかし全く動じないケインの指示で、騎士達は整然とその場から立ち去る。それを忌々しく思いながら見送り、書斎に一人取り残されたジェストは悪態を吐いた。
「全く、ろくでもない」
「旦那様! 大変です!」
「どうした?」
そこに、暫くその場を離れていたダレスが駆け戻り、蒼白な顔で主に報告した。
「気になって屋敷の者に、ブレダ画廊とダリッシュ邸とタシュケルの様子を見に行かせたのですが、全て踏み込まれた後でした」
「何だと!?」
「しかもブレダ画廊では、主が出たきり戻って来ないと騒ぎになっておりまして。ダリッシュ邸の方は、使用人を含めてもぬけの殻だとか」
「…………」
「旦那様……」
全く予期せぬ事態に、ジェストは茫然自失状態になったが、ダレスが不安も露わに声をかけてきた為、何とか気を取り直した。
「大丈夫だ。この屋敷からは、連中と繋がっている証拠になる物など、何一つ出ていない。連中が何か言い立てても、言いがかりだと反論すれば良い。そもそも建国以来の名家のペーリエ侯爵家を、些細な疑惑だけでどうこうできる筈もないからな」
「はぁ……、左様でございますね」
自分に言い聞かせるようにジェストが主張すると、ダレスは未だ不安を拭い去れないような表情で、曖昧に頷いてからその場を離れた。そして再び取り残されたジェストが、誰に言うともなく呟く。
「そうとも……。奴らには、何もできんのだ」
その呟きには、多分にジェストの願望が含まれていた。
父親よりも早くベッドに入っていたユリエラだったが、最初廊下から微かに伝わってくきた物音が、段々大きくなってきた為、不安そうに身を起こした。
何かあれば知らせに来るであろう使用人も顔を見せず、不安になりながらドアを凝視していると、それとは別な方向から、突然低い声がかけられる。
「夜分、失礼します。ユリエラ嬢」
「ひっ!? だっ、誰!?」
施錠している筈の室内でいきなり男の声が聞こえた為、ユリエラは悲鳴を上げかけたが、相手は彼女を安心させるように十分に距離を取りながら、鋭く制止してきた。
「お静かに! グレイシアから頼まれて、あなたをここから連れ出しに来た者です」
「叔母様に?」
「その証明に、これを預かって来ています。取り敢えず、こちらに目を通してください」
そう言いながらデニスが差し出したブローチと手紙を見て、ユリエラは納得した表情になってそれらを受け取る。
「分かりました。確かにこれは以前、叔母様に私がプレゼントしたブローチですし、この手紙の筆跡も叔母様の物ですね」
彼女は早速ランプを点けて手紙の内容を確認し始めたが、すぐに驚愕の顔付きになってデニスに確認を入れた。
「ここに書かれている内容は事実ですか?」
「残念ながら。この騒ぎは、それを糾弾する為の騎士団黒騎士隊による茶番ですが、明日にでもペーリエ侯爵には、相応の罰が下ります。ペーリエ侯爵家自体は潰れる事は無いでしょうが、あいつは当主の座から追われるでしょう」
「そうですか」
彼女は静かに頷いたが、その表情には信じたくないと言うよりは、諦めに近い感情が色濃く出ていた。そんな彼女に向かって、デニスが冷静に話を進める。
「そうなった場合ペーリエ侯爵は、あなたを売り飛ばすようにろくでもない縁談を纏めて保身を図るか、生活費の為の金蔓にすると、グレイシアは考えているのです」
その失礼な想像にもユリエラは怒り出すどころか、悲し気な表情で深く頷いて同意した。
「……するでしょうね、あのお父様なら。お祖父様がそうしましたし。グレイシア叔母様とセレネイア叔母様が、その実例ですわ」
「それが嫌なら、グレイシアがあなたの身を保護すると言っています。今夜中に、ここを抜け出すのが条件ですが」
デニスがそう提案すると、元々両親に対して思う所のあった彼女は、即座に決断した。
「分かりました。この家に未練はありません。叔母様のお世話になります」
「それでは当座に必要な物を最小限纏めて、荷物を作ってください。俺は一度ここを抜けて、少ししたら戻って来ます。できればその間にお願いします」
「分かりました」
そう断りを入れて、開けておいた窓からバルコニーに出たデニスは、そこで自分が上って来る時に使用した鈎針付きの綱を背負ってきた袋に収納し、そこからユリエラの脱出用に縄梯子を取り出してそれを設置してから、音も無く地面に降り立った。そして場所を移動し、自分と一緒にこの屋敷に潜入していたローガンと落ち合って、他の首尾を尋ねた。
「あっちの方はどうだ?」
短く尋ねると、彼が薄笑いで答える。
「侯爵達が書斎を出たタイミングで、窓から入って内側からドアノブを縛って来た。端から見れば無駄な抵抗をしたと、心証が悪くなるよな」
「ケインの奴も、ノリノリで横柄な演技をしてるんだろうな……。ところで馬の用意は?」
「正門と屋敷内で、連中が必要以上に大暴れしてるんでな。何とか他の連中に気付かれずに、ホーンが必要な馬を通用門の外に揃えた」
「そうか。じゃあちょっと手伝ってくれ。一番大きい荷物を運び出さないといけないからな」
「了解。確かに手間取りそうだよな」
予め段取りを話し合っていた為、デニスが言う所の「一番大きい荷物」と言うのが、この家の令嬢の一人である事を知っていたローガンは、思わず笑いを噛み殺した。
それから二人で密か庭を移動し、ユリエラの部屋の下まで移動したデニスは、そこにローガンを待たせ、再び縄梯子を経由して彼女の部屋に戻った。
「ユリエラ嬢、急かしてすみません。荷造りはどの程度進みましたか?」
「あ、ちょうど今、終わりました」
そこで振り返った彼女の横には、少し大きめの旅行用の鞄が一つあるだけであり、デニスは当惑しながら問いかけた。
「え? あの……、終わったと言うのは……」
「はい、これですが」
「…………」
改めてユリエラが鞄を指し示すと、デニスは意外そうな表情になって黙り込む。そんな彼の反応を目の当たりにした彼女は、急に不安になって問い返した。
「あの……、これがどうかしましたか? 持って行く物を、もう少し減らした方が良いでしょうか?」
大真面目に尋ねられてデニスは我に返り、苦笑しながら首を振った。
「失礼しました。仮にも侯爵令嬢の荷造りですから、全く荷物を纏められないか、とんでもない量になるのではないかと見くびっていましたので。さすがは彼女の姪ですね」
「ありがとうございます。今の言葉は私にとって、最高の誉め言葉ですわ」
彼がそう正直に告げると、ユリエラは心から嬉しそうに笑った。
それからデニスは旅行鞄をバルコニーから投げ落としてローガンに受け取らせ、かなり不安そうなユリエラを宥めながら縄梯子を使って地上に下りて貰い、誰にも見咎められずに通用門を抜け出た。そこで馬を確保して彼らを待っていたホーンと合流して、一路王宮へと向かった。
一方、屋敷内で派手に破壊活動に及んでいたケインも、そろそろ潮時なのを悟った。
「副隊長、書斎の中の書類は、全て差し押さえました」
「よし、これで良いだろう。撤収するぞ」
荒れ放題の書斎の中を見回して、素っ気なく撤収の指示を出したケインを、ジェストが盛大に怒鳴りつける。
「貴様ら……、こんな事をしでかして、ただで済むとは思うなよ!?」
「そうだな。割増しの、夜間勤務手当が必要だな。方々に対する慰謝料に加えて、貴様に請求するとしよう。皆、速やかに撤収!」
「はい!」
しかし全く動じないケインの指示で、騎士達は整然とその場から立ち去る。それを忌々しく思いながら見送り、書斎に一人取り残されたジェストは悪態を吐いた。
「全く、ろくでもない」
「旦那様! 大変です!」
「どうした?」
そこに、暫くその場を離れていたダレスが駆け戻り、蒼白な顔で主に報告した。
「気になって屋敷の者に、ブレダ画廊とダリッシュ邸とタシュケルの様子を見に行かせたのですが、全て踏み込まれた後でした」
「何だと!?」
「しかもブレダ画廊では、主が出たきり戻って来ないと騒ぎになっておりまして。ダリッシュ邸の方は、使用人を含めてもぬけの殻だとか」
「…………」
「旦那様……」
全く予期せぬ事態に、ジェストは茫然自失状態になったが、ダレスが不安も露わに声をかけてきた為、何とか気を取り直した。
「大丈夫だ。この屋敷からは、連中と繋がっている証拠になる物など、何一つ出ていない。連中が何か言い立てても、言いがかりだと反論すれば良い。そもそも建国以来の名家のペーリエ侯爵家を、些細な疑惑だけでどうこうできる筈もないからな」
「はぁ……、左様でございますね」
自分に言い聞かせるようにジェストが主張すると、ダレスは未だ不安を拭い去れないような表情で、曖昧に頷いてからその場を離れた。そして再び取り残されたジェストが、誰に言うともなく呟く。
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