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第3章 交錯する思惑
(18)色々な後始末
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ダリッシュ邸から悪党達を王宮まで護送して来たアルティナとリディアは、待ち受けていた近衛騎士に犯人達を引き渡してから、指示を受けた。
「アルティナ、リディア、ご苦労だった。団長とナスリーン隊長がお待ちだから、直ちに団長室に出頭するように」
「分かりました」
「今から向かいます」
予想されていた展開であり、反論する気など毛頭無かった二人は、顔を見合わせて小さく頷いてから足早に団長室へと向かった。
「失礼します。白騎士隊リディア、アルティナ、参りました」
「入れ」
「失礼します」
リディアが入室の許可を求めてから二人で室内に足を踏み入れると、もう夜もかなり遅い時間になっているにも関わらず、バイゼルとナスリーンが制服姿のまま座って待機していた。そして二人の様子を確認したバイゼルが、淡々とした口調で述べる。
「おう、二人とも怪我は無さそうで、何よりだな」
「あの、今回は」
「取り敢えず無事に」
しかし二人の謝罪の言葉は、即座に彼の怒声で遮られた。
「この跳ねっ返りどもがっ!! お前達の考え無しな行動のせいで、どれだけの人間に迷惑をかけたと思っている!!」
その叱責に、二人は即座に頭を下げた。
「申し訳ありません!!」
「猛省します!!」
「当然だ、この大馬鹿どもがっ!! ナスリーン!」
「はい」
まだ怒りも露わな状態でバイゼルが呼びかけると、ナスリーンが後を引き取る。
「それでは、二人の処分について言い渡します。機密漏洩と命令違反についての罰則として、リディアには減給一割を2ヶ月、及び謹慎十日」
「え?」
「アルティナには、謹慎五日を言い渡します。明日……、いえ、もう今日からですね」
「あの……」
「二人とも、何か不服でも?」
「いえ、不服とかではありませんが……」
「少々、処罰が軽過ぎないかと……」
そこでナスリーンが声をかけてきた為、リディアとアルティナは困惑しながらこれで良いのかと問い返したが、即座にバイゼルから先程以上の雷が落ちた。
「まだガタガタ言うなら、即刻懲戒解雇にするぞ!! お前達、その方が良いのか!?」
「はい! 謹んで減給一割を2ヶ月、謹慎十日の処分を受け入れます!」
「謹慎五日ですね! 了解しました!」
「それでは行って良し! こちらは、これから後始末の事務処理で忙しい。これ以上、こちらの手を煩わせるな!」
「失礼いたします!」
「お仕事、ご苦労様です!」
慌ただしく復唱し、敬礼してから逃げるように立ち去った二人を見て、バイゼルはナスリーンに対して愚痴めいた台詞を漏らした。
「全く……。ナスリーン、もう少し部下の手綱を手綱を締めておけ」
「申し訳ありません。それと、ありがとうございます」
「今回だけだ」
リディアの事情を考慮し、本来与るべき処罰よりかなり甘い処分にしてくれた上司に、ナスリーンは改めて頭を下げた。
一方、無事に王宮に到着したユリエラは、デニスに先導されてどんどん奥へと進んだ。そして執務棟を回り込み、後宮への入口にさしかかった所で、デニスが振り返って彼女に告げた。
「ユリエラ嬢、俺が案内できるのはここまでですが、あなたの迎えが来ています」
「迎え?」
「ユリエラ、お疲れ様」
「叔母様!」
物陰からひっそりと姿を現したグレイシアを認めて、ユリエラは目を輝かせた。そんな姪に彼女は笑顔で軽く頷いてから、デニスに向き直る。
「ありがとう、デニス。後は私が引き受けるわ」
「それならこれを。例の頼まれていた物だ」
「ありがとう。……これなら完璧ね。助かったわ」
デニスが懐から差し出した、折り畳まれた書類を受け取って広げてみた彼女は、予想通りの物が手に入り、満足そうに頷いた。
「それではユリエラ嬢、失礼します」
「はい、ありがとうございました」
役目を終えたデニスが挨拶してきた為、ユリエラは笑顔で礼を述べた。そして彼が去って二人きりになってから、グレイシアが声をかける。
「ユリエラ。女官長に許可は取ってあります。今日は私の私室で、一緒に休みなさい。それからあなたが望むなら、明日にでもあなたと養子縁組みをして、私と同様に上級女官として後宮勤務をして貰います」
グレイシアの口から告げられたあまりにも急展開な内容に、さすがにユリエラは動揺して声を荒げた。
「えぇ!? ちょっと待ってください! いきなりそんな事を言われても! 第一、父が承知しませんわ!」
「ところがここに、ペーリエ侯爵がサインした承諾書があるのよ。これに私が記載した申請書を届け出れば、あなたは即日私の養女になれるわ」
グレイシアが先程デニスから受け取ったばかりの用紙をユリエラに見せると、彼女は益々狼狽した。
「どうしてそんな物が、ここにあるんですか!?」
「さあ……、詳細は知らないけれど、上手く他の書類に紛れ込ませて書かせたか、本来違う文章が消えるインクで書かれていた所に、サインさせたのかもね。色々と有能な人に頼んだから」
「……はぁ」
ろくでもない事を悪戯っぽく笑いながら告げた叔母を、ユリエラは唖然としながら眺めた。そんな彼女に、グレイシアが再度申し出る。
「どう? ユリエラ。私の養女になれば、あなたの事を兄達の好き勝手にはさせないわ」
「あの、でも……。既にユーリアさんが、叔母様の養女になっておられますよね?」
「確かにそうだけど、あれはあなたとダリッシュの縁談を、阻止する為だったもの。今はその心配は不要になったけど、あなたの身の安全には私達が養子縁組するのが一番だし、養子は何人いても構わないでしょう?」
そう説明されたユリエラは、素直に頷いた。
「分かりました。叔母様の養女になります。宜しくお願いします」
「それでは決まりね。取り敢えず休みましょう。詳しい話は明日よ」
「はい」
そして二人で自分が与えられている私室に向かいながら、何とか最悪の事態を回避できたグレイシアは、安堵の溜め息を吐いた。
(ちょうどデニス達が実家の内偵をしていて、このタイミングでユリエラを保護できて良かったわ。あの強欲な兄達のツケを押し付けられたら、気の毒だもの。他の甥や姪は、構わないけどね。兄夫婦譲りの強欲で、選民意識の塊の人間ばかりだし)
そんな薄情な事を考えながらも、グレイシアはユリエラに対しては相手を気遣う表情で告げた。
「朝になったら、早速主だった方々に紹介するわね。大丈夫よ。皆、心根の優しい方達ばかりだから」
「はい。精一杯、務めさせていただきます」
若干緊張気味ではあるものの、固い決意が見て取れる姪を、グレイシアは微笑ましく見やった。
バイゼルに叱責され、リディアと一緒に団長室から退散したアルティナは、二人で一度寮まで戻ったものの、入った部屋をすぐに抜け出して再び団長室へと向かった。
「失礼します。アルティナ・シャトナーです」
「ああ、入れ」
「失礼します。……団長、今回の首謀者達に関してですが」
ノックに続いて入室するなり、挨拶もそこそこに話を切り出したアルティナを、バイゼルは軽く片手を上げて制した。
「待て。一応確認を入れるが、お前は“アルティン”だな?」
「はい。アルティナは部屋に戻って早々に、熟睡しましたので」
平然と嘘八百を述べたアルティナだったが、バイゼルは溜め息を吐いて応じる。
「リディアを追って飛び出して、余程疲れたのだろう。お前が強制的に、表に出る程の荒事で無かったのは幸いだったな。そのまま寝せてやれば良いだろうに、何か急用か?」
「団長は今回の関係者の処罰を、どうなさるおつもりですか?」
アルティナが再度問いかけると、途端にバイゼルが渋面になった。
「朝一番に王太子殿下と内容を協議した上で、陛下に奏上するつもりだが……」
「平民のブレダやタシュケルが、ジャービスの密輸入に関わっていたと言うのはともかく、貴族であるダリッシュやペーリエ侯爵が密売に関わっていたなどと、外聞が悪過ぎて公にはできないのでは?」
「だがこのまま、不問に付す訳にもいかん。そこの所を、殿下と詰める必要があるが」
彼女の指摘にバイゼルの眉間の皺が一層深くなったが、そんな上司を宥めるようにアルティナが口を開いた。
「団長。それに関して、少々考えがあるのですが」
「何だ? 言ってみろ」
不機嫌なまま促したバイゼルだったが、アルティナの話を聞き終えた時には、不機嫌を通り越して完全に頭を抱えていた。
「アルティン……」
「はい、何でしょうか?」
「お前は本当にえげつないな」
「……誉め言葉として、伺っておきます」
僅かに顔を引き攣らせながら、淡々と応じたアルティナに、バイゼルが呻くように続ける。
「確かにその筋書きなら肝心の所は表沙汰にせずとも、ダリッシュとペーリエ侯爵を、完全に表舞台から放逐できるな。その方向で、話を進めよう。何か他に話はあるか?」
「いえ、特にありません。失礼します」
そして何事も無かったかのように一礼して退出したアルティナを見送ってから、バイゼルは盛大に溜め息を吐いた。
「王太子殿下が、何と仰られるか……。近衛騎士団全体が、無茶と無謀が専売特許の集団だと、思われたくはないのだが」
そんな愚痴めいた呟きを漏らした彼は、短い睡眠を取るべく団長室をあとにして、自分の屋敷へと戻って行った。
「アルティナ、リディア、ご苦労だった。団長とナスリーン隊長がお待ちだから、直ちに団長室に出頭するように」
「分かりました」
「今から向かいます」
予想されていた展開であり、反論する気など毛頭無かった二人は、顔を見合わせて小さく頷いてから足早に団長室へと向かった。
「失礼します。白騎士隊リディア、アルティナ、参りました」
「入れ」
「失礼します」
リディアが入室の許可を求めてから二人で室内に足を踏み入れると、もう夜もかなり遅い時間になっているにも関わらず、バイゼルとナスリーンが制服姿のまま座って待機していた。そして二人の様子を確認したバイゼルが、淡々とした口調で述べる。
「おう、二人とも怪我は無さそうで、何よりだな」
「あの、今回は」
「取り敢えず無事に」
しかし二人の謝罪の言葉は、即座に彼の怒声で遮られた。
「この跳ねっ返りどもがっ!! お前達の考え無しな行動のせいで、どれだけの人間に迷惑をかけたと思っている!!」
その叱責に、二人は即座に頭を下げた。
「申し訳ありません!!」
「猛省します!!」
「当然だ、この大馬鹿どもがっ!! ナスリーン!」
「はい」
まだ怒りも露わな状態でバイゼルが呼びかけると、ナスリーンが後を引き取る。
「それでは、二人の処分について言い渡します。機密漏洩と命令違反についての罰則として、リディアには減給一割を2ヶ月、及び謹慎十日」
「え?」
「アルティナには、謹慎五日を言い渡します。明日……、いえ、もう今日からですね」
「あの……」
「二人とも、何か不服でも?」
「いえ、不服とかではありませんが……」
「少々、処罰が軽過ぎないかと……」
そこでナスリーンが声をかけてきた為、リディアとアルティナは困惑しながらこれで良いのかと問い返したが、即座にバイゼルから先程以上の雷が落ちた。
「まだガタガタ言うなら、即刻懲戒解雇にするぞ!! お前達、その方が良いのか!?」
「はい! 謹んで減給一割を2ヶ月、謹慎十日の処分を受け入れます!」
「謹慎五日ですね! 了解しました!」
「それでは行って良し! こちらは、これから後始末の事務処理で忙しい。これ以上、こちらの手を煩わせるな!」
「失礼いたします!」
「お仕事、ご苦労様です!」
慌ただしく復唱し、敬礼してから逃げるように立ち去った二人を見て、バイゼルはナスリーンに対して愚痴めいた台詞を漏らした。
「全く……。ナスリーン、もう少し部下の手綱を手綱を締めておけ」
「申し訳ありません。それと、ありがとうございます」
「今回だけだ」
リディアの事情を考慮し、本来与るべき処罰よりかなり甘い処分にしてくれた上司に、ナスリーンは改めて頭を下げた。
一方、無事に王宮に到着したユリエラは、デニスに先導されてどんどん奥へと進んだ。そして執務棟を回り込み、後宮への入口にさしかかった所で、デニスが振り返って彼女に告げた。
「ユリエラ嬢、俺が案内できるのはここまでですが、あなたの迎えが来ています」
「迎え?」
「ユリエラ、お疲れ様」
「叔母様!」
物陰からひっそりと姿を現したグレイシアを認めて、ユリエラは目を輝かせた。そんな姪に彼女は笑顔で軽く頷いてから、デニスに向き直る。
「ありがとう、デニス。後は私が引き受けるわ」
「それならこれを。例の頼まれていた物だ」
「ありがとう。……これなら完璧ね。助かったわ」
デニスが懐から差し出した、折り畳まれた書類を受け取って広げてみた彼女は、予想通りの物が手に入り、満足そうに頷いた。
「それではユリエラ嬢、失礼します」
「はい、ありがとうございました」
役目を終えたデニスが挨拶してきた為、ユリエラは笑顔で礼を述べた。そして彼が去って二人きりになってから、グレイシアが声をかける。
「ユリエラ。女官長に許可は取ってあります。今日は私の私室で、一緒に休みなさい。それからあなたが望むなら、明日にでもあなたと養子縁組みをして、私と同様に上級女官として後宮勤務をして貰います」
グレイシアの口から告げられたあまりにも急展開な内容に、さすがにユリエラは動揺して声を荒げた。
「えぇ!? ちょっと待ってください! いきなりそんな事を言われても! 第一、父が承知しませんわ!」
「ところがここに、ペーリエ侯爵がサインした承諾書があるのよ。これに私が記載した申請書を届け出れば、あなたは即日私の養女になれるわ」
グレイシアが先程デニスから受け取ったばかりの用紙をユリエラに見せると、彼女は益々狼狽した。
「どうしてそんな物が、ここにあるんですか!?」
「さあ……、詳細は知らないけれど、上手く他の書類に紛れ込ませて書かせたか、本来違う文章が消えるインクで書かれていた所に、サインさせたのかもね。色々と有能な人に頼んだから」
「……はぁ」
ろくでもない事を悪戯っぽく笑いながら告げた叔母を、ユリエラは唖然としながら眺めた。そんな彼女に、グレイシアが再度申し出る。
「どう? ユリエラ。私の養女になれば、あなたの事を兄達の好き勝手にはさせないわ」
「あの、でも……。既にユーリアさんが、叔母様の養女になっておられますよね?」
「確かにそうだけど、あれはあなたとダリッシュの縁談を、阻止する為だったもの。今はその心配は不要になったけど、あなたの身の安全には私達が養子縁組するのが一番だし、養子は何人いても構わないでしょう?」
そう説明されたユリエラは、素直に頷いた。
「分かりました。叔母様の養女になります。宜しくお願いします」
「それでは決まりね。取り敢えず休みましょう。詳しい話は明日よ」
「はい」
そして二人で自分が与えられている私室に向かいながら、何とか最悪の事態を回避できたグレイシアは、安堵の溜め息を吐いた。
(ちょうどデニス達が実家の内偵をしていて、このタイミングでユリエラを保護できて良かったわ。あの強欲な兄達のツケを押し付けられたら、気の毒だもの。他の甥や姪は、構わないけどね。兄夫婦譲りの強欲で、選民意識の塊の人間ばかりだし)
そんな薄情な事を考えながらも、グレイシアはユリエラに対しては相手を気遣う表情で告げた。
「朝になったら、早速主だった方々に紹介するわね。大丈夫よ。皆、心根の優しい方達ばかりだから」
「はい。精一杯、務めさせていただきます」
若干緊張気味ではあるものの、固い決意が見て取れる姪を、グレイシアは微笑ましく見やった。
バイゼルに叱責され、リディアと一緒に団長室から退散したアルティナは、二人で一度寮まで戻ったものの、入った部屋をすぐに抜け出して再び団長室へと向かった。
「失礼します。アルティナ・シャトナーです」
「ああ、入れ」
「失礼します。……団長、今回の首謀者達に関してですが」
ノックに続いて入室するなり、挨拶もそこそこに話を切り出したアルティナを、バイゼルは軽く片手を上げて制した。
「待て。一応確認を入れるが、お前は“アルティン”だな?」
「はい。アルティナは部屋に戻って早々に、熟睡しましたので」
平然と嘘八百を述べたアルティナだったが、バイゼルは溜め息を吐いて応じる。
「リディアを追って飛び出して、余程疲れたのだろう。お前が強制的に、表に出る程の荒事で無かったのは幸いだったな。そのまま寝せてやれば良いだろうに、何か急用か?」
「団長は今回の関係者の処罰を、どうなさるおつもりですか?」
アルティナが再度問いかけると、途端にバイゼルが渋面になった。
「朝一番に王太子殿下と内容を協議した上で、陛下に奏上するつもりだが……」
「平民のブレダやタシュケルが、ジャービスの密輸入に関わっていたと言うのはともかく、貴族であるダリッシュやペーリエ侯爵が密売に関わっていたなどと、外聞が悪過ぎて公にはできないのでは?」
「だがこのまま、不問に付す訳にもいかん。そこの所を、殿下と詰める必要があるが」
彼女の指摘にバイゼルの眉間の皺が一層深くなったが、そんな上司を宥めるようにアルティナが口を開いた。
「団長。それに関して、少々考えがあるのですが」
「何だ? 言ってみろ」
不機嫌なまま促したバイゼルだったが、アルティナの話を聞き終えた時には、不機嫌を通り越して完全に頭を抱えていた。
「アルティン……」
「はい、何でしょうか?」
「お前は本当にえげつないな」
「……誉め言葉として、伺っておきます」
僅かに顔を引き攣らせながら、淡々と応じたアルティナに、バイゼルが呻くように続ける。
「確かにその筋書きなら肝心の所は表沙汰にせずとも、ダリッシュとペーリエ侯爵を、完全に表舞台から放逐できるな。その方向で、話を進めよう。何か他に話はあるか?」
「いえ、特にありません。失礼します」
そして何事も無かったかのように一礼して退出したアルティナを見送ってから、バイゼルは盛大に溜め息を吐いた。
「王太子殿下が、何と仰られるか……。近衛騎士団全体が、無茶と無謀が専売特許の集団だと、思われたくはないのだが」
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