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31.秀明の気苦労
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「えっと……、何事?」
「いや、これはちょっと」
「美幸。今取り込み中だから、出てってくれる?」
さすがに誤解されたら拙いと秀明は弁解しかけたが、美実は素っ気無く言い捨てたのみだった。しかし何とか気を取り直した美幸が、美実に対して盛大に言い返す。
「美実姉さん! 社内、じゃなくて、家庭内不倫なんて絶対駄目だから!」
「はぁ?」
「美幸ちゃん。それって誤解」
「本当に洒落にならないから! 美子姉さんにバレたら、血の雨が降るって!!」
一人でわたわたと狼狽しまくっている美幸を見て、美実が呆れ気味に言い聞かせた。
「美幸、あまり馬鹿な事を言わないで。これのどこが不倫だって言うわけ?」
その堂々とした反論っぷりに、美幸は思わず二人を指差しながら指摘する。
「現に美実姉さんが、秀明義兄さんを押し倒してるじゃない!?」
「これは『押し倒している』んじゃなくて、『拝み倒している』のよ。あんた今年受験でしょ? 内部進学とはいえ、日本語は正しく使いなさいよね」
呆れ気味の反論に(絶対、認識が間違ってる)と秀明は内心で突っ込んだが、美幸も同様の心情だったらしく、美実に背後から組み付いて力任せに秀明から引き剥がした。
「明らかに日本語の使い方を間違ってるのは、美実姉さんの方だから! ちょっと離れて! お義兄さん、今のうちに」
「あ、ちょっと美幸! 何するのよっ!」
「ありがとう、美幸ちゃん。助かったよ」
話の邪魔をされた美実は憤慨したが、身体を起こした秀明は、心からの安堵の溜め息を吐いた。
(一対一で気迫負けするとは、俺とした事が。さすがは美子の妹と言うべきか)
そんな事をしみじみと考えてから、秀明は改めて美実に向き直る。
「美実ちゃん。さっきの話の続きだが、来週の週末辺りにでもここに出向くように、該当者に声をかけよう。俺がちょっと頼めば話を聞いてくれる素直な後輩ばかりだから、心配要らないから」
それを聞いた美実は、満面の笑みで礼を述べた。
「ありがとうございます! やっぱり美子姉さんの結婚相手は、お義兄さんしかいなかったわ!」
「そうかい? 取り敢えず今日は色々あって疲れただろうし、早く休んだ方が良いんじゃないか?」
「そうします。それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そして機嫌良く自室に向かった美実を見送ってから、美幸は心配そうに義兄に尋ねた。
「一体、何があったんですか? 美子姉さんと美実姉さんが揃って変なのは、日中お客が来たせいですよね?」
その問いかけに、秀明は確認を入れる。
「内容は聞いていない?」
「はい。美恵姉さんも美野姉さんも、谷垣さんまでだんまりで。美樹ちゃんは、お客さんが来て帰ったしか言わないし。お義兄さんは美子姉さんから聞きました?」
「一応、軽くはね。今日ここに顔を出したのは、淳の両親だ」
秀明が端的に教えると、美幸は驚愕して目を丸くした。
「はぁ!? そんな予定、ありませんでしたよね?」
「約束も無しに、押し掛けて来たらしいな」
それを聞いた美幸が、がっくりと項垂れる。
「もうそれだけで、修羅場って分かりました。聞いても楽しくない事確実なので、これ以上の説明は結構です。その場に遭遇しなくて良かった」
「美幸ちゃんの、そういう察しの良いところは好きだよ?」
「ありがとうございます。ところでお義兄さんは、これからどうするつもりですか?」
そう真顔で問われた秀明は、直前の笑みを消して肩を竦めた。
「どうもこうも。取り敢えず場当たり的に、できる事をしていくしかないだろうな」
「そうですよね。これからどうなるのか、見当もつきませんし」
「そういう事。じゃあ、俺も休ませて貰うから」
「はい、おやすみなさい」
お互いに難しい顔付きで挨拶をしてから、居間に一人だけ残った美幸は、しみじみと呟く。
「美子姉さんと小早川さんとの板挟み状態になってるのに、落ち着き払ってるわね秀明義兄さん。さすがだわ」
そんな風に義妹の信頼と尊敬を上乗せした秀明は、廊下を歩きながらろくでも無い算段を立てていた。
「さて、連中を呼びつけるにしても、ある程度必要なネタを準備しておかないとな」
そして自室に戻るまでに、頭の中で計画を一通り手早く纏め上げた秀明は、奥の寝室で休んでいる美子を起こさない程度の声量で、電話をかけ始めた。
「社長、どうかされましたか?」
桜査警公社副社長の金田は、夜にも係わらずいつも通りの口調で応じたが、秀明は流石に少々申し訳なく思いながら頼み事を口にした。
「夜分すまん。大至急調べて欲しい事ができてな。だが一つや二つでは無いし、色々面倒な上、できれば来週の週末までに調べて貰いたいから、規定の割増料金の倍額を払うので、何とか都合をつけて貰えないか?」
その申し出に、彼は笑いを含んだ声音で言葉を返してくる。
「それはそれは、随分と気前の良い事ですね。ですがそこまでして頂かなくとも、普段、プライベートな案件は持ち込まない社長からのご依頼ですから、他の調査を一時的に止めても必ず期日までに調べ尽くしてご覧にいれますので、どうかご安心下さい」
「それは助かる」
あっさりと保証して貰って秀明が安堵すると、今度は金田がはっきりと苦笑いしていると分かる口調で告げてきた。
「警備部の方からも、今日の報告が上がってきております。何かあるだろうなとは思っておりました」
「確かに今日の事に、間接的に関係があるな。今から項目を一覧表にしてそちらに送るから、宜しく頼む」
「お任せ下さい。それでは失礼致します」
「ああ」
そして首尾良く事が運んで安堵した秀明だったが、これから後輩達に降りかかる厄介事を思って、思わず愚痴を零した。
「淳……。連中の恨み言の半分は、お前が引き受けろよ?」
そして手早く調査事項を纏めて入力を済ませた秀明は、金田宛にメールを送信してから、こんな時は早く寝るに限るとばかりに、黙々と寝支度を始めた。
「いや、これはちょっと」
「美幸。今取り込み中だから、出てってくれる?」
さすがに誤解されたら拙いと秀明は弁解しかけたが、美実は素っ気無く言い捨てたのみだった。しかし何とか気を取り直した美幸が、美実に対して盛大に言い返す。
「美実姉さん! 社内、じゃなくて、家庭内不倫なんて絶対駄目だから!」
「はぁ?」
「美幸ちゃん。それって誤解」
「本当に洒落にならないから! 美子姉さんにバレたら、血の雨が降るって!!」
一人でわたわたと狼狽しまくっている美幸を見て、美実が呆れ気味に言い聞かせた。
「美幸、あまり馬鹿な事を言わないで。これのどこが不倫だって言うわけ?」
その堂々とした反論っぷりに、美幸は思わず二人を指差しながら指摘する。
「現に美実姉さんが、秀明義兄さんを押し倒してるじゃない!?」
「これは『押し倒している』んじゃなくて、『拝み倒している』のよ。あんた今年受験でしょ? 内部進学とはいえ、日本語は正しく使いなさいよね」
呆れ気味の反論に(絶対、認識が間違ってる)と秀明は内心で突っ込んだが、美幸も同様の心情だったらしく、美実に背後から組み付いて力任せに秀明から引き剥がした。
「明らかに日本語の使い方を間違ってるのは、美実姉さんの方だから! ちょっと離れて! お義兄さん、今のうちに」
「あ、ちょっと美幸! 何するのよっ!」
「ありがとう、美幸ちゃん。助かったよ」
話の邪魔をされた美実は憤慨したが、身体を起こした秀明は、心からの安堵の溜め息を吐いた。
(一対一で気迫負けするとは、俺とした事が。さすがは美子の妹と言うべきか)
そんな事をしみじみと考えてから、秀明は改めて美実に向き直る。
「美実ちゃん。さっきの話の続きだが、来週の週末辺りにでもここに出向くように、該当者に声をかけよう。俺がちょっと頼めば話を聞いてくれる素直な後輩ばかりだから、心配要らないから」
それを聞いた美実は、満面の笑みで礼を述べた。
「ありがとうございます! やっぱり美子姉さんの結婚相手は、お義兄さんしかいなかったわ!」
「そうかい? 取り敢えず今日は色々あって疲れただろうし、早く休んだ方が良いんじゃないか?」
「そうします。それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そして機嫌良く自室に向かった美実を見送ってから、美幸は心配そうに義兄に尋ねた。
「一体、何があったんですか? 美子姉さんと美実姉さんが揃って変なのは、日中お客が来たせいですよね?」
その問いかけに、秀明は確認を入れる。
「内容は聞いていない?」
「はい。美恵姉さんも美野姉さんも、谷垣さんまでだんまりで。美樹ちゃんは、お客さんが来て帰ったしか言わないし。お義兄さんは美子姉さんから聞きました?」
「一応、軽くはね。今日ここに顔を出したのは、淳の両親だ」
秀明が端的に教えると、美幸は驚愕して目を丸くした。
「はぁ!? そんな予定、ありませんでしたよね?」
「約束も無しに、押し掛けて来たらしいな」
それを聞いた美幸が、がっくりと項垂れる。
「もうそれだけで、修羅場って分かりました。聞いても楽しくない事確実なので、これ以上の説明は結構です。その場に遭遇しなくて良かった」
「美幸ちゃんの、そういう察しの良いところは好きだよ?」
「ありがとうございます。ところでお義兄さんは、これからどうするつもりですか?」
そう真顔で問われた秀明は、直前の笑みを消して肩を竦めた。
「どうもこうも。取り敢えず場当たり的に、できる事をしていくしかないだろうな」
「そうですよね。これからどうなるのか、見当もつきませんし」
「そういう事。じゃあ、俺も休ませて貰うから」
「はい、おやすみなさい」
お互いに難しい顔付きで挨拶をしてから、居間に一人だけ残った美幸は、しみじみと呟く。
「美子姉さんと小早川さんとの板挟み状態になってるのに、落ち着き払ってるわね秀明義兄さん。さすがだわ」
そんな風に義妹の信頼と尊敬を上乗せした秀明は、廊下を歩きながらろくでも無い算段を立てていた。
「さて、連中を呼びつけるにしても、ある程度必要なネタを準備しておかないとな」
そして自室に戻るまでに、頭の中で計画を一通り手早く纏め上げた秀明は、奥の寝室で休んでいる美子を起こさない程度の声量で、電話をかけ始めた。
「社長、どうかされましたか?」
桜査警公社副社長の金田は、夜にも係わらずいつも通りの口調で応じたが、秀明は流石に少々申し訳なく思いながら頼み事を口にした。
「夜分すまん。大至急調べて欲しい事ができてな。だが一つや二つでは無いし、色々面倒な上、できれば来週の週末までに調べて貰いたいから、規定の割増料金の倍額を払うので、何とか都合をつけて貰えないか?」
その申し出に、彼は笑いを含んだ声音で言葉を返してくる。
「それはそれは、随分と気前の良い事ですね。ですがそこまでして頂かなくとも、普段、プライベートな案件は持ち込まない社長からのご依頼ですから、他の調査を一時的に止めても必ず期日までに調べ尽くしてご覧にいれますので、どうかご安心下さい」
「それは助かる」
あっさりと保証して貰って秀明が安堵すると、今度は金田がはっきりと苦笑いしていると分かる口調で告げてきた。
「警備部の方からも、今日の報告が上がってきております。何かあるだろうなとは思っておりました」
「確かに今日の事に、間接的に関係があるな。今から項目を一覧表にしてそちらに送るから、宜しく頼む」
「お任せ下さい。それでは失礼致します」
「ああ」
そして首尾良く事が運んで安堵した秀明だったが、これから後輩達に降りかかる厄介事を思って、思わず愚痴を零した。
「淳……。連中の恨み言の半分は、お前が引き受けろよ?」
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