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30.美実の決意
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食堂を出て部屋に戻ろうとした秀明の背後から、呼び止める声がかけられた。
「秀明義兄さん!」
丁度本人から直接話を聞きたかった事もあり、秀明は笑顔で振り返って、廊下を小走りにやって来た義妹と向き合う。
「ああ、美実ちゃん。今日は大変だったね。体調は大丈夫かな?」
その問いかけに、美実は神妙な顔付きで謝罪の言葉を口にしてから頭を下げた。
「はい、私は平気ですけど、美子姉さんに怪我をさせてしまって……。今日は本当にすみませんでした」
「気にしなくて良いよ。美子の怪我は、美実ちゃんのせいじゃ無いだろうし」
「でも!」
頭を上げて尚も言いかけた美実の台詞を、片手を挙げて止めさせた秀明は、真顔で要求を繰り出す。
「それより今後の事もあるから、できれば日中何があったのか、できるだけ詳しく教えて欲しいんだが。一応簡単に美子から聞いているから、できるならお義父さんには内緒で。お義父さんまで怒らせたくはない」
その申し出に、美実は硬い表情で頷いた。
「お父さんに関しては同感です。それなら美子姉さんが会話を録音していたデータがありますから、一部始終を聞きますか?」
「どうしてそんな物が?」
「美子姉さんが、準備していたんです。後から言った言わないの水掛け論にならないように、録る事にしたんじゃないかと。でも本人がすっかり忘れてしまったみたいなので、私が回収しておきました」
事情を聞いた秀明は、若干疲れた様に溜め息を吐く。
「……美子らしくないな」
「はい。いつもの姉さんなら、忘れたりしませんから」
沈んだ調子でそう言ってから、美実は気を取り直した様に冷静に提案してきた。
「それじゃあ、お義兄さん。先に居間に行ってて貰えますか? 一度部屋に行って、レコーダーとイヤホンを持って行きます。お父さんは食事が済んだら、すぐに書斎に行くでしょうし」
「分かった。頼むよ」
そんな風に話が纏まり、二人は一度別れて動き出した。そして秀明が他に誰もいなくなっていた居間で新聞を読み始めると、すぐに美実が現れる。
「お待たせしました。これです」
「ああ。ちょっと借りるよ?」
広げたばかりの新聞を綺麗に畳み、その間に向かい側のソファーに座った美実から頼んだ物を受け取った秀明は、早速イヤホンを耳に付けてデータの再生を始めた。
最初は落ち着き払って聞こえてくる会話に耳を傾けていた秀明だったが、すぐに顔が強張り、終盤に差し掛かると片手で額を押さえてしまう。そんな彼の様子を無言で観察していた美実は、身の置き所が無さそうにしていたが、最後まで聞き終えた秀明が顔を上げ、疲れた様に感想を述べた。
「経過は良く分かった。美子があれだけキレたのも当然だな。蹴り倒すのは拙いと、判断するだけの理性が残っていて良かった」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「気にしなくて良いから。しかしこれはどうしたものか……」
耳からイヤホンを外した秀明が、レコーダー共々美実の前に置きながら独り言を口にすると、ここで彼女が思い詰めた口調で言い出した。
「秀明義兄さん。私、美子姉さんが電話しながら泣いているのをこっそり見てから、ずっと考えてました」
「ああ、見ていたのか。だけどそれは、美子には内緒だよ? 面と向かって言ったりしたら、美子が怒ったり拗ねるから」
「勿論、見なかった事にします。それで今回の事で猛省して、考えを改めました」
「『改めた』って、何を?」
真剣な表情で告げられ、秀明は何事かと瞬きして義妹を見やると、美実は若干涙ぐみながら言い出した。
「今日……。美子姉さんが淳のお母さんに向かって、私の事を『誉める事はあっても恥ずかしいと思った事など一度も無い』って、あんなにはっきり言い切ってくれて……。私の仕事に関して、これまで美子姉さんに怒られたり嫌がられた事は無かったけど、きっと心の中では恥ずかしいとか、本当は止めて欲しいとか考えてるんだろうなって、ずっと思っていたんです」
そう言って目元を拭った美実の心境もそうだが、妻である美子の性格をそれ以上に把握していた秀明は、少々おかしそうに笑いながら言い聞かせた。
「美子は、そういう女じゃないだろう。そう思っているなら、はっきり口に出してそう言うさ。今回、それが良く分かったんじゃないか?」
「はい。だからとても驚いたし、凄く嬉しかったんです。それなのに私のせいで、悔し泣きまでさせてしまって……。それで今回、心を入れ替えました」
「『心を入れ替えた』って……」
そして再び真顔になって断言した美実を見て、秀明は内心で困惑した。
(今後はBL作家を止めて、他の路線で書くと言う事だろうか? それならそれで、不幸中の幸いだとは思うが)
しかしそんな秀明の期待と予測を、美実は真逆の方向に裏切った。
「私、人生を舐めてました。今まで私と子供が食べて生活していける位、書いた物がそこそこ売れていれば良いと思っていたんです」
「確かにそれだけ稼げれば、十分じゃないのか?」
「いえ、駄目です。今日庇ってくれた美子姉さんの期待に応える為にも、プロの作家としてのプライドの為にも、これからはトップを目指します」
「美実ちゃん、トップってどういう意味? BLのジャンルでベストセラー作家を目指すって事かな?」
「いえ。BL作品での、日本文壇の完全制覇です」
そんな事をはっきりきっぱり宣言された秀明は、一瞬絶句してから、慎重に義妹に言葉をかけた。
「……ちょっと待ってくれ、美実ちゃん。少し冷静に話し合おう」
本気で(今日のショックで頭がどうにかなったのか?)と心配してしまった秀明だったが、生憎と美実はこれ以上は無い位、正気で本気だった。
「私は未だかつて無い位、真剣に抱負を述べています。確かにBLと呼ばれる分野は、世間一般には色物だと見られて肩身が狭いし、偏見を持たれる事が多いです。ですが、そのハンデを克服してなお、万人に理解され感激して貰える作品を作り上げる事が、作家としての至上の喜びではないかと、今日漸く気が付きました。ええ、開眼したんです」
「いや、崇高な目標を持つ事は、確かに褒められるべき事だろうが」
あくまでも真顔で崇高な抱負を語る美実に、秀明は未だ動揺しながらも何とか宥めようとした。しかし彼女の訴えが、更にヒートアップする。
「だから私、決心しました!! いつの日かきっと、美子姉さんが誇れるBL作家になってみせます!! 必ず真実の愛と深い葛藤と人生の真理を、余す事無く表現しきって高らかに奏でる、万人の心に深く訴える不朽の名作を書き上げて、日本の文芸界に金字塔を打ち立ててみせますから!!」
二人の間のローテーブルに両手を付き、自分の方に身を乗り出して鼻息荒く宣言してくる美実に、秀明は心持ち身体を後ろに引きながら、何とか宥めようと試みた。
「美実ちゃん……、それはどう考えても、少々無理がある様な気が……。そこまで頑張らなくても、もう少し気楽に目標設定を」
「何を言ってるんですか、秀明義兄さんともあろう人がっ!!」
「え?」
いきなり本気で叱り付けられて、秀明は目を丸くした。そんな彼の戸惑いには構わず、美実が怒りの形相で言い募る。
「天下の最難関、東成大出身者のお義兄さんがそんな事を言うなんて! 見損ないましたよ!?」
「……それは申し訳ない」
「二番手、三番手辺りで良いなんて言ってる人間は、十番以内にも入れないって相場が決まってるんです! 最初からトップを目指してひたすら努力した人間が、あと少し、僅かに力及ばず二番手三番手になるんじゃないんですか!?」
「まあ……、それは確かに、そう言えるだろうが……」
「だからお義兄さん。私に男を紹介して下さい」
「は?」
いきなりの話題の転換に加えて、言われた内容が内容だけに、秀明は咄嗟に話の流れが理解できなかった。すると美実が、真顔になってその理由を説明してくる。
「去年の春、私がスランプに陥った時、お義兄さんが大学時代の後輩さんを紹介してくれた上、その人達に何でも私の言う事を聞いてくれるように、頼んでくれたじゃないですか。あのお二人に協力して貰ったお陰で私、あの『情熱と劣情の狭間で』を無事に書き上げる事ができたんですから!」
「ああ……。そんな事もあったね、そういえば……」
前年の偶発的な出来事を思い出した秀明は、とんだ災難に見舞われた後輩達を不憫に思い、遠い目をしながら頷いた。すると脱力気味の秀明とは対照的に、両眼を血走らせた美実が勢い良く立ち上がり、ローテーブルを回り込みながら叫ぶ。
「本当だったら安易にコネに頼る事はしたくなかったので、あれ以来お義兄さんにお願いした事は無かったですが、そんなつまらないプライドに拘ってたら、本当に良い作品なんか書けません! もうなりふり構っていられませんから! 作家としてのプライドと、私とお腹の子供の生活がかかってるんです!! お願いします、お義兄さん!!」
「と、うわっ!! ちょっと待った! 美実ちゃん、本当に落ち着こうか!?」
そして自分の隣に座ると同時に、美実が服の胸倉を掴んで迫ってきた為、秀明は押し倒される形で横に倒れ込んだ。その状況に、流石に秀明は狼狽しながら宥めようとしたが、美実は全く聞く耳を持たない状態のまま、上から秀明を見下ろしつつ語気強く迫る。
「もう、BL作家としての私の勘が、ビシバシ訴えてくるんです! お義兄さんの周りには、絶対小説のネタになる様な出来事や、モデルになりそうな一癖も二癖もありそうな人間がゴロゴロしてるって!!」
その強固な主張に、秀明は僅かに顔を引き攣らせながら、やんわりと断りを入れようとした。
「確かに、色々毛並みの変わった奴等は知っているが、そういう話のモデルになりそうな奴は」
「その中でも一番は、やっぱりお義兄さんですが。この際、デビュー本の続編を書いて良いですか? あれは以前から評判が良くて、編集さんから『続編を書いてシリーズ化はしないのか』とこれまでに何度も話が」
「分かった。俺の大学時代のサークルの後輩で、一癖も二癖もある奴らの中から厳選して、美実ちゃんの作品のモデルになりそうな奴らを紹介しよう」
「本当ですか!?」
自分にお鉢が回って来る可能性を察知した途端、秀明はあっさりと前言を覆し、無関係の後輩達を叩き売った。それに嬉々として美実が声を上げると同時に、ドアを開けて美幸が居間に入って来る。しかし目の前のソファーで横たわっている秀明の足を跨いで座り、両手で彼の胸元を握り締めている美実の姿を見て、ビシッと固まった。
「秀明義兄さん!」
丁度本人から直接話を聞きたかった事もあり、秀明は笑顔で振り返って、廊下を小走りにやって来た義妹と向き合う。
「ああ、美実ちゃん。今日は大変だったね。体調は大丈夫かな?」
その問いかけに、美実は神妙な顔付きで謝罪の言葉を口にしてから頭を下げた。
「はい、私は平気ですけど、美子姉さんに怪我をさせてしまって……。今日は本当にすみませんでした」
「気にしなくて良いよ。美子の怪我は、美実ちゃんのせいじゃ無いだろうし」
「でも!」
頭を上げて尚も言いかけた美実の台詞を、片手を挙げて止めさせた秀明は、真顔で要求を繰り出す。
「それより今後の事もあるから、できれば日中何があったのか、できるだけ詳しく教えて欲しいんだが。一応簡単に美子から聞いているから、できるならお義父さんには内緒で。お義父さんまで怒らせたくはない」
その申し出に、美実は硬い表情で頷いた。
「お父さんに関しては同感です。それなら美子姉さんが会話を録音していたデータがありますから、一部始終を聞きますか?」
「どうしてそんな物が?」
「美子姉さんが、準備していたんです。後から言った言わないの水掛け論にならないように、録る事にしたんじゃないかと。でも本人がすっかり忘れてしまったみたいなので、私が回収しておきました」
事情を聞いた秀明は、若干疲れた様に溜め息を吐く。
「……美子らしくないな」
「はい。いつもの姉さんなら、忘れたりしませんから」
沈んだ調子でそう言ってから、美実は気を取り直した様に冷静に提案してきた。
「それじゃあ、お義兄さん。先に居間に行ってて貰えますか? 一度部屋に行って、レコーダーとイヤホンを持って行きます。お父さんは食事が済んだら、すぐに書斎に行くでしょうし」
「分かった。頼むよ」
そんな風に話が纏まり、二人は一度別れて動き出した。そして秀明が他に誰もいなくなっていた居間で新聞を読み始めると、すぐに美実が現れる。
「お待たせしました。これです」
「ああ。ちょっと借りるよ?」
広げたばかりの新聞を綺麗に畳み、その間に向かい側のソファーに座った美実から頼んだ物を受け取った秀明は、早速イヤホンを耳に付けてデータの再生を始めた。
最初は落ち着き払って聞こえてくる会話に耳を傾けていた秀明だったが、すぐに顔が強張り、終盤に差し掛かると片手で額を押さえてしまう。そんな彼の様子を無言で観察していた美実は、身の置き所が無さそうにしていたが、最後まで聞き終えた秀明が顔を上げ、疲れた様に感想を述べた。
「経過は良く分かった。美子があれだけキレたのも当然だな。蹴り倒すのは拙いと、判断するだけの理性が残っていて良かった」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「気にしなくて良いから。しかしこれはどうしたものか……」
耳からイヤホンを外した秀明が、レコーダー共々美実の前に置きながら独り言を口にすると、ここで彼女が思い詰めた口調で言い出した。
「秀明義兄さん。私、美子姉さんが電話しながら泣いているのをこっそり見てから、ずっと考えてました」
「ああ、見ていたのか。だけどそれは、美子には内緒だよ? 面と向かって言ったりしたら、美子が怒ったり拗ねるから」
「勿論、見なかった事にします。それで今回の事で猛省して、考えを改めました」
「『改めた』って、何を?」
真剣な表情で告げられ、秀明は何事かと瞬きして義妹を見やると、美実は若干涙ぐみながら言い出した。
「今日……。美子姉さんが淳のお母さんに向かって、私の事を『誉める事はあっても恥ずかしいと思った事など一度も無い』って、あんなにはっきり言い切ってくれて……。私の仕事に関して、これまで美子姉さんに怒られたり嫌がられた事は無かったけど、きっと心の中では恥ずかしいとか、本当は止めて欲しいとか考えてるんだろうなって、ずっと思っていたんです」
そう言って目元を拭った美実の心境もそうだが、妻である美子の性格をそれ以上に把握していた秀明は、少々おかしそうに笑いながら言い聞かせた。
「美子は、そういう女じゃないだろう。そう思っているなら、はっきり口に出してそう言うさ。今回、それが良く分かったんじゃないか?」
「はい。だからとても驚いたし、凄く嬉しかったんです。それなのに私のせいで、悔し泣きまでさせてしまって……。それで今回、心を入れ替えました」
「『心を入れ替えた』って……」
そして再び真顔になって断言した美実を見て、秀明は内心で困惑した。
(今後はBL作家を止めて、他の路線で書くと言う事だろうか? それならそれで、不幸中の幸いだとは思うが)
しかしそんな秀明の期待と予測を、美実は真逆の方向に裏切った。
「私、人生を舐めてました。今まで私と子供が食べて生活していける位、書いた物がそこそこ売れていれば良いと思っていたんです」
「確かにそれだけ稼げれば、十分じゃないのか?」
「いえ、駄目です。今日庇ってくれた美子姉さんの期待に応える為にも、プロの作家としてのプライドの為にも、これからはトップを目指します」
「美実ちゃん、トップってどういう意味? BLのジャンルでベストセラー作家を目指すって事かな?」
「いえ。BL作品での、日本文壇の完全制覇です」
そんな事をはっきりきっぱり宣言された秀明は、一瞬絶句してから、慎重に義妹に言葉をかけた。
「……ちょっと待ってくれ、美実ちゃん。少し冷静に話し合おう」
本気で(今日のショックで頭がどうにかなったのか?)と心配してしまった秀明だったが、生憎と美実はこれ以上は無い位、正気で本気だった。
「私は未だかつて無い位、真剣に抱負を述べています。確かにBLと呼ばれる分野は、世間一般には色物だと見られて肩身が狭いし、偏見を持たれる事が多いです。ですが、そのハンデを克服してなお、万人に理解され感激して貰える作品を作り上げる事が、作家としての至上の喜びではないかと、今日漸く気が付きました。ええ、開眼したんです」
「いや、崇高な目標を持つ事は、確かに褒められるべき事だろうが」
あくまでも真顔で崇高な抱負を語る美実に、秀明は未だ動揺しながらも何とか宥めようとした。しかし彼女の訴えが、更にヒートアップする。
「だから私、決心しました!! いつの日かきっと、美子姉さんが誇れるBL作家になってみせます!! 必ず真実の愛と深い葛藤と人生の真理を、余す事無く表現しきって高らかに奏でる、万人の心に深く訴える不朽の名作を書き上げて、日本の文芸界に金字塔を打ち立ててみせますから!!」
二人の間のローテーブルに両手を付き、自分の方に身を乗り出して鼻息荒く宣言してくる美実に、秀明は心持ち身体を後ろに引きながら、何とか宥めようと試みた。
「美実ちゃん……、それはどう考えても、少々無理がある様な気が……。そこまで頑張らなくても、もう少し気楽に目標設定を」
「何を言ってるんですか、秀明義兄さんともあろう人がっ!!」
「え?」
いきなり本気で叱り付けられて、秀明は目を丸くした。そんな彼の戸惑いには構わず、美実が怒りの形相で言い募る。
「天下の最難関、東成大出身者のお義兄さんがそんな事を言うなんて! 見損ないましたよ!?」
「……それは申し訳ない」
「二番手、三番手辺りで良いなんて言ってる人間は、十番以内にも入れないって相場が決まってるんです! 最初からトップを目指してひたすら努力した人間が、あと少し、僅かに力及ばず二番手三番手になるんじゃないんですか!?」
「まあ……、それは確かに、そう言えるだろうが……」
「だからお義兄さん。私に男を紹介して下さい」
「は?」
いきなりの話題の転換に加えて、言われた内容が内容だけに、秀明は咄嗟に話の流れが理解できなかった。すると美実が、真顔になってその理由を説明してくる。
「去年の春、私がスランプに陥った時、お義兄さんが大学時代の後輩さんを紹介してくれた上、その人達に何でも私の言う事を聞いてくれるように、頼んでくれたじゃないですか。あのお二人に協力して貰ったお陰で私、あの『情熱と劣情の狭間で』を無事に書き上げる事ができたんですから!」
「ああ……。そんな事もあったね、そういえば……」
前年の偶発的な出来事を思い出した秀明は、とんだ災難に見舞われた後輩達を不憫に思い、遠い目をしながら頷いた。すると脱力気味の秀明とは対照的に、両眼を血走らせた美実が勢い良く立ち上がり、ローテーブルを回り込みながら叫ぶ。
「本当だったら安易にコネに頼る事はしたくなかったので、あれ以来お義兄さんにお願いした事は無かったですが、そんなつまらないプライドに拘ってたら、本当に良い作品なんか書けません! もうなりふり構っていられませんから! 作家としてのプライドと、私とお腹の子供の生活がかかってるんです!! お願いします、お義兄さん!!」
「と、うわっ!! ちょっと待った! 美実ちゃん、本当に落ち着こうか!?」
そして自分の隣に座ると同時に、美実が服の胸倉を掴んで迫ってきた為、秀明は押し倒される形で横に倒れ込んだ。その状況に、流石に秀明は狼狽しながら宥めようとしたが、美実は全く聞く耳を持たない状態のまま、上から秀明を見下ろしつつ語気強く迫る。
「もう、BL作家としての私の勘が、ビシバシ訴えてくるんです! お義兄さんの周りには、絶対小説のネタになる様な出来事や、モデルになりそうな一癖も二癖もありそうな人間がゴロゴロしてるって!!」
その強固な主張に、秀明は僅かに顔を引き攣らせながら、やんわりと断りを入れようとした。
「確かに、色々毛並みの変わった奴等は知っているが、そういう話のモデルになりそうな奴は」
「その中でも一番は、やっぱりお義兄さんですが。この際、デビュー本の続編を書いて良いですか? あれは以前から評判が良くて、編集さんから『続編を書いてシリーズ化はしないのか』とこれまでに何度も話が」
「分かった。俺の大学時代のサークルの後輩で、一癖も二癖もある奴らの中から厳選して、美実ちゃんの作品のモデルになりそうな奴らを紹介しよう」
「本当ですか!?」
自分にお鉢が回って来る可能性を察知した途端、秀明はあっさりと前言を覆し、無関係の後輩達を叩き売った。それに嬉々として美実が声を上げると同時に、ドアを開けて美幸が居間に入って来る。しかし目の前のソファーで横たわっている秀明の足を跨いで座り、両手で彼の胸元を握り締めている美実の姿を見て、ビシッと固まった。
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