裏腹なリアリスト

篠原 皐月

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48.惚気

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「お互いの家族の話、時々していたじゃない?」
「え? ……ああ。それが?」
 唐突な話題の転換に、淳が戸惑いながらも応じると、美実は軽く頷いて話を続けた。

「休み毎に旅館の手伝いをさせられて、面倒だし力仕事ばっかりさせられるのが嫌で、東京に出て来たって言ってたでしょう?」
「そうだな」
「婿養子のお父さんはちょっと気が弱くて優柔不断で苛々する事があるとか、女将のお母さんは気が強くて万事押し付けがましくてウザいとか、しっかり者のお姉さんは忙しい両親の代わりに淳の面倒を見ていて口うるさいとか、色々文句は言ってたけど、一度も家族の事を嫌いだって言った事は無いわ」
 そう断言した美実に、淳はちょっと自信なさげな表情になった。

「……そうだったか?」
「ええ、そうなの。口では色々悪態を吐いてても、本気で家族を嫌いになったりしない所は、結構素敵だと思うもの」
 そこで美実は小さく笑ってから、話を続けた。

「勿論、淳の性格的に客商売なんか無理だと思うから、東京に出て来たのは正解だと思うわ」
「そうだな。客に頭を下げるのは、高校までで一生分やった筈だ」
「だからと言って私を理由に、あっさり家族を切り捨てて良い筈は無いわ。私は淳の話を聞いて、楽しそうだなって思ってたし」
「実家の話がか?」
「ええ」
 急に真剣な口調になって訴えてきた彼女に、淳が若干困惑しながら尋ねる。それに頷いてから、美実が話を続けた。

「賑やかそうだなって。家族だけじゃなくて、昔からの従業員の人達とのやり取りとかも聞いて、淳がすぐ他人と仲良くなれる、社交的な人間になった理由が良く分かったもの」
「それは確かに、子供の頃から大勢の大人に囲まれていた事が、影響しているかもしれないが」
「私、こだわりが強いって言うか、人に合わせるのが苦手だから、元々交友範囲が狭いもの。だから淳のそう言う所も好きだし、もし結婚したら淳の実家の人達と、仲良く賑やかに交流できたら良いなって思ってたし……」
 そこで言葉を濁した美実を見て、美幸は(それじゃあ笑いものにされたりしたら、怖気づいたり嫌になるよね)と納得し、彼女の育った環境を知っていた淳は、微妙に顔を歪めて謝罪した。

「藤宮家は家族が多いし、父方母方共に親戚付き合いが良好だしな。俺の母親が、狭量な人間で悪かった」
「別に、お母さんに対して文句を言ってるわけじゃないから」
 また話を蒸し返されて、美実は困った様な表情になったが、ここで淳が冷静に問いかけた。

「話は変わるが……、最近見合いをしたんだよな?」
「……そうだけど」
 若干後ろめたそうに視線を逸らした姉を見て、美幸は慌てて会話に割り込んだ。

「あの、ええと、それはですね! 漏れ聞く所では、何やら断りにくい筋からの話だったみたいで!」
 血相を変えて美実を擁護しようとした美幸を見て、淳は思わず苦笑気味に宥める。
「うん、それは秀明から聞いて分かってるから。気を遣わせて悪いね、美幸ちゃん」
「……いえ」
 どうやら事情は知っているらしいと安堵して、美幸が安心して口を噤むと同時に、淳は淡々と問いを重ねた。

「別に嫌味を言っているわけでは無いんだが、美実はこれからも他の奴と見合いをしたり付き合ったりする気はあるか?」
 その質問に、美実は真面目に考え込みながら答えた。

「別に、そういう事は……、取り立てて考えてはいないけど……」
「それなら、お袋の様な身内を持ってる俺に、愛想が尽きたか?」
「良い年の親の事まで、一々責任は負わなくて良いでしょう? 寧ろそれであっさり切り捨てる様な人間の方が、嫌なんだけど」
「じゃあ現時点で、俺の事はどう思ってる?」
「好きだけど?」
 美実があまりにもさらっと答えた為、淳は眉根を寄せて再度尋ねた。

「……友人としてか?」
 それに美実は、変わらず真顔で答える。
「一人の男性としてだけど。見た目は良いし、頭の回転は早いし、皮肉屋だけど陰険じゃないし、八方美人っぽいけどそれは人好きするって事だろうし、体格が良くて腕が立つから安心だし、力仕事を任せられるし。これで子供が並みに育ったら、私の遺伝子のせいじゃない? 頑張って育てないとね」
「…………」
 そんな事を気負う事無く言い切って、一人でうんうんと頷いている美実を見て、淳は驚いた様に瞬きし、美幸も唖然として黙り込んだ。そして会話が途切れた事を不審に思った美実が、不思議そうに問いかける。

「ねえ、どうして二人とも黙ってるの?」
 すると美幸が美実の肩を掴みながら、盛大に訴えてきた。
「そこまではっきり言い切っちゃうなら、お願いだからさっさとくっついてよ! もう周りの迷惑って言うか、公害レベルだと思う!」
 その訴えに、美実はムキになって反論する。

「仕方が無いでしょ! 淳との結婚観とか価値観とかが違い過ぎるんだもの!」
「そんな物は結婚してから、摺り合わせいけば良いじゃないのよ! 案ずるより産むが易しって言うし。もう、今の美実姉さんの状況に、ピッタリの言葉だと思うんだけど!?」
「あんたは他人事だと思って、また好き勝手な事を!」
「だって本当の事じゃない! 小早川さん、そうですよね?」
「……え?」
 当事者の一人に意見を求めた美幸だったが、何故か相手は当惑した様に見返してきた。その反応に少し驚きながら、美幸が確認を入れる。

「あの……、ひょっとして今の話、聞いてませんでした?」
「あ、ああ……、悪い。ちょっと驚いたのと嬉しくて」
「はい? 何がですか?」
 意味が分からず首を傾げた美幸に、淳は片手で口元を押さえながら、ボソボソと弁解してきた。

「その……、美実から真顔でそこまで誉められたのが。話のついでに言われたりとか、茶化す風に言われた様な事はあったが、面と向かってそういうのは……」
「……そうだったかしら?」
 そこで思わず考え込んだ美実に向かって、今度は淳が真顔で断言する。

「ああ。俺も一言言わせて貰えば、変に媚びたり周囲に流されないで、自分の意見を持ってるお前は立派だと思うし、交友範囲が狭いって言うのも、広く浅くじゃなくて良く相手を観察して厳選してるって事だろうし、何事にも真面目に取り組む姿勢は魅力的だと思うぞ? 俺は寧ろ、子供は俺より美実の方に似た方が良いと思う」
「……ありがとう」
 そして微妙に淳から視線を逸らしながら、言葉少なに美実が礼の言葉を口にしてから、二人は再び俯いて押し黙った。その二人が醸し出す空気と、表情を目の当たりにした美幸は、完全に呆れかえる。

(何? この二人、まさかこの状況で照れてるの!? 六年以上付き合って、やる事やって子供までできてるのに、この状況で何やってんのよ!!)
 美幸の心境は「もう知らない、勝手にして!」的な物であったが、これ以上美幸が口を挟む必要は無く、何やら決意した様な顔つきの淳が、徐に口を開いた。

「よし……、分かった。取り敢えず結婚云々の話は、一旦棚上げする」
「小早川さん!?」
「その代わり藤宮家側には、俺が美実の子供の父親だと認めて貰いたい」
「え?」
 思わず悲鳴じみた声を上げた美幸だったが、淳の申し出を聞いて、恐る恐るその真意を問いただした。

「あの……、それってちょっと変な話じゃありません? 普通認知して欲しいって訴えるのは、母親側だと思うんですけど……」
 その指摘に、淳は尤もだと言わんばかりの表情で頷く。

「勿論、出産までに入籍できなかったら、きちんと認知する。だけど俺が言っているのは戸籍上の問題じゃなくて、認識上の事なんだ。法律上は父親となっても、今の状態だったら藤宮家、特に美子さんの意識では、単にそれだけの赤の他人だ」
(と言うか、小早川さんを目の敵にしてるのって、家では美子姉さんだけだよね?)
 思わず遠い目をしてしまった美幸だったが、淳の訴えを聞いた美実は真剣な顔付きで考え、すぐに了承した。

「淳の気持ちは分かったわ。私もできればすっきりとした気持ちで出産したいし、お父さんと美子姉さんにこれ以上不愉快な思いをさせたくは無いもの」
(何か益々、話がややこしくなってきた気がするのは気のせいかしら?)
 話がスムーズに進んでいる様で、益々迷走してきた予感を覚えた美幸だったが、その予感は不幸にも的中した。
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