裏腹なリアリスト

篠原 皐月

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63.相談

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 藤宮家で、淳がなんとか美実から合格を貰った翌日の夜。ある事について考えあぐねた美実は、一本の電話をかけた。

「美恵姉さん、今話をしても大丈夫?」
「ええ、安曇も寝ているし構わないわ。どうかしたの?」
「ちょっと相談したい事があるんだけど……」
 結構深刻そうなその口調に、美恵は意外に思いながら問い返した。

「私に相談? 姉さんじゃ駄目なの?」
「うん。お断りの仕方だから、これはやっぱり美恵姉さんでしょ? 軽く三桁はお断りしてる筈だし」
 確信に満ちた口調で妹が告げてきた為、美恵は低く凄んだ。

「……ふざけてるの?」
 その声に含まれた怒りの気配に、美実は慌てて弁解した。
「本気だってば! 今の三桁は軽い冗談だったけど、軽く二桁はいってるでしょ? 私、ずっと女子校だったし、よくよく考えてみたら淳以外に告白された事ないし、お付き合いした事も無いから、全然分からないんだもの!」
「一人目であのレベルって……。何か凄くムカつくわね」
 本気で嫌そうに美恵が口にすると、美実が縋る様に言ってくる。

「そんな事言わないでお願い! それにこれに関しては、美子姉さんに相談しても無理だと思ったし」
「それはそうよね。義兄さんは姉さんに散々お断りされても、執念深く押し切ったし。……ところで、あんたがそう言って来たって事は、取り敢えず収まるところに収まったっていう認識で良いのかしら?」
 一応美恵が確認を入れると、美実は「うっ」と小さく詰まってから、ぼそぼそと詫びてきた。

「えっと、……はい。まあ、そこの所はなんとか。その……、大変お騒がせしました」
「本当にお騒がせよね」
「それで……、入籍云々はもう少し慎重に考えると言うか、時期を見ようとは思ってるけど……」
「向こうの実家と散々揉めた後だしね。それはゆっくりで良いんじゃない? 取り敢えずおめでとう」
「あ、ありがとう……」
 そうして事実確認を済ませた美恵は、苦笑いしながら話を続けた。

「それで、見合い相手の小野塚さんとやらに、きっぱりお断りしなくちゃいけないから、困ってるわけね?」
「うん。何て言ったら良いものかと思って。お見合いの話自体も、美子姉さんが断りにくい筋から来たみたいで。あ、因みにお世話してくれたご夫婦とは、この前偶然顔を合わせたの。年配の凄いお金持ちの人で、美子姉さんとは随分年の離れたお友達なんだけど……」
 それを聞いた美恵は、困惑した声で感想を述べた。

「う~ん、そうなると、姉さんを介してとかは、どうかと思うわ。姉さんだって後々の付き合いに、しこりを残したく無いでしょうし」
「やっぱりそうよね?」
 それは美実も考えていた事であり、素直に頷いた。すると電話越しに、美恵が確認を入れてくる。

「その小野塚さんって人の事、この前帰った時に軽く聞いただけだけど、凄く良い人みたいよね?」
 それに美実は、深く頷いて同意した。

「うん。そもそも妊娠中の女性でも構わないって言うのは、相当珍しいと思うわ」
「珍しいって言うか、完全に何か裏があるか、あんたの事がよほど気に入ったって事でしょう? 何か裏がありそうな、訳ありな感じとかしてた?」
「ううん。確かに仕事とか実家は特殊みたいだけど、物言いは丁寧だし、物腰は柔らかくて人を不快にする様な事は無いし、万事気の利く人だもの」
 それを聞いた美恵から、溜め息を吐いた音と苛立たしげな声が返ってくる。

「本っ当にムカつくわね。小早川さんだけでも高スペックなのに」
「……うん、何かごめんなさい」
 思わず自分が物凄く傍若無人な人間になった気がして、美実は一人項垂れた。それを電話の向こうでも察したのか、美恵が軽く叱りつつ言い聞かせてくる。

「何で謝るの。と言うか、聞きようによっては嫌みだからね? とにかくそういう良い人なら、直に顔を合わせて、きちんと理由や気持ちを伝えてお断りしなきゃ駄目よ? それから、他人が考えた言葉を並べてどうするの。ちゃんと自分の言葉で伝えなさい」
「う……。やっぱりそうだよね」
 そこで素直に同意した美実に向かって、美恵が念を入れた。

「確かに顔を合わせづらい気持ちは分かるけど、電話で済ませるのは相手に失礼よ。勿論、メールの一本で終わりにしようとしたりするのは、言語道断だからね? 非常識よ」
「美恵姉さん、幾ら何でもそんな事しないから!」
 一体自分は、姉にどんな人間だと思われているんだろうと、若干不安になりながら美実が声を上げると、美恵は笑って宥めてきた。

「それなら良いんだけど。あとできれば、その間に入ってる方にも、お詫びと説明をした方が良いかもね。美子姉さんが今後お付き合いしていく上で、変なしこりを残さない方が良いと思うし」
「うん、分かった。そうするから。相談に乗ってくれてありがとう」
「大した事は無いわよ。気まずいと思うけど、頑張りなさいね。それじゃあ切るわよ」
「うん、おやすみなさい」
 一応、考えていた内容ながら、美恵に話を聞いて貰って気持ちが随分落ち着いた美実は、迷いの無い表情で一人頷いた。

「うん、そもそも私がはっきりしなかったのが悪いんだし、自分自身できちんと話をしないとね」
 そう決意を新たにした美実は、翌日にも時間のある時に和真と加積夫婦に連絡を取ろうと考え、取り敢えず休む事にした。

 ※※※

 翌朝、それぞれが出社や登校し、朝食後に居間で美樹と遊んでいた美実が、そろそろ部屋に戻って、仕事を始める前に和真や桜達に連絡を取ろうかと考えていると、背後で美子が素っ頓狂な声を上げた。

「はい、藤宮です。……まあ、美智恵さん、お久しぶりです。どうかされたんですか? ……はぁ!? それで先生の容態は? 大丈夫なんですか?」
「……ママ?」
「どうしたのかしらね」
 滅多に動揺した姿を見せない姉が、電話越しに聞いたらしい話に驚いているのを見て、美実は美樹と共にその姿を不思議そうに眺めた。そして幾つかのやり取りの後に通話を終わらせた美子は、まっすぐ二人の所にやって来る。

「美実。悪いけど、今日は美樹の面倒を見ていてくれないかしら?」
「それは構わないけど、どうしたの?」
「先生が足を踏み外して、駅の階段から落ちたんですって。それで病院に搬送されたらしくて、そこに駆けつけた娘さんが連絡をくれたのよ。彼女とは顔見知りだし」
「え? 先生って、日舞教室の師範の方よね? 大変じゃない! 大丈夫なの?」
 さすがに驚いて問い質した美実だったが、美子は溜め息を吐きながら答えた。

「幸いな事に意識ははっきりしてるし、骨折はしていないそうだけど……。取り敢えず今日の教室の参加予定の方には休講の連絡をして、明日以降は私が代行するかどうか先生と相談してくるわ。どれ位で復帰できるか分からないし。それで美樹の世話を、暫くあなたにお願いする日が多くなるかもしれないけど」
 申し訳なさそうにそんな事を言ってきた姉に向かって、美実は明るく笑った。

「そんな事、気にしないで。普段散々お世話になってるし、美樹ちゃんの面倒位、いつだって見てあげるから。それに美樹ちゃんは、手がかからない良い子だし」
「そう? じゃあ、お願いね? これから出かける支度をするわ」
 安堵した顔つきになって今を出て行こうとした美子だったが、ここで美樹が走り寄って、彼女のスカートの裾を掴んだ。

「ママ!」
「美樹、どうしたの?」
「きょう、さくちゃん」
「え?」
 美実は何の事かと首を傾げたが、娘が言っている内容を思い出した美子は、しゃがんで美樹と目線を合わせながら、彼女に言い聞かせた。

「美樹、今日は用事が出来たから、桜さんの所には遊びに行けないの。お断りの電話をするわ。お家に行くのは、また今度にしましょうね?」
「や! さくちゃん、ぷーる! やくそく!」
「今日は駄目。美実の言う事を聞いて、おとなしくしていなさい」
「やーっ!! さくちゃん、あそぶ!」
「美樹! 我が儘を言うのは止めなさい!」
「やあぁぁっ!!」
「美樹!!」
 普段、聞き分けの良い美樹が珍しく駄々をこね、美子が切れかけているのを見て、美実は慌てて駆け寄って申し出た。

「あ、あの、美子姉さん? 今日加積さんのお宅に行く約束が有るなら、私が連れて行っても良いけど?」
「美実? あなたどうして、加積さんの事を知っているの?」
 途端に鋭い視線を向けられて、少々怖気づきながら美実は答えた。

「その……、美樹ちゃんに頼まれて、桜さんに電話をかけた事があって。それから小野塚さんにお屋敷に連れて行って貰った事が……。その時に聞いたんだけど、あのお見合い話ってあのご夫妻から話が持ち込まれたのよね?」
 それを聞いた美子は驚き、次に慎重に尋ねてきた。

「……加積さんが、どんな方か分かっているの?」
「顔が怖いけどなかなか面白くて得体が知れない、かなりお金持ちで美人な奥さん持ちのおじいさんでしょう?」
 恐る恐る美実が口にすると、美子は何か不味い物を無理やり飲み下した様な顔つきになったものの、余計な事は何も言わずに、美樹を預ける事にした。

「そういう認識なのね……、分かったわ。それなら美樹、今日は美実が加積さんのお宅に連れて行ってくれるから、ちゃんと言う事を聞くのよ?」
 そう説明された途端、美樹は満面の笑みで頷き、美実を見上げた。

「うん! みーちゃん、ありがとです!」
「どういたしまして。じゃあ、どうやって行こうかな?」
「迎えの車を差し向けてくれるから、心配要らないわ」
「……やっぱりお金持ちね」
 美樹と二人でにっこり笑った美実は、加積の金持ちっぷりを認識して動揺しながらも、願ってもないチャンスに感謝した。

(予想外だったけど、小野塚さんをお世話してくれたのは桜さんご夫妻だし、直接お詫びとお礼を言うチャンスだわ。様子を見て、話を出してみよう)
 密かにそう算段を立てた美実は、差し向けられた高級車に美樹と同乗して、急遽加積邸を訪問する事になった。
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