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64.お断り
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「いらっしゃい、美樹ちゃん。美実さん」
既に美子から連絡を受けていた桜は、玄関で二人を笑顔で招き入れた。それに美樹と美実も笑顔で挨拶を返す。
「さくちゃん! こんにちはです!」
「お邪魔します」
「さあ、二人とも上がって頂戴。約束のプールを準備しておきましたからね」
「うん! ぷーる、ぷーる!」
喜び勇んで上がり込んだ美樹の後に続いて、美実も靴を脱いで廊下を進んだが、内心では首を傾げていた。
(それにしても『プールを準備』って、どういう事かしら? 美子姉さんに聞くのをすっかり忘れてたけど、温水プールとかに行くわけではなさそうよね。水着も準備していなかったし。さすがにここにプールはなさそうだし)
しかし楽しそうに話しながら前を歩く美樹と桜に、今更尋ねる気も起きず、すぐに分かるかと黙って後に付いて行った。
「ほら、美樹ちゃん。どうぞ? 約束のプールよ?」
「…………は?」
その直後、桜がスラリと引き開けた襖の向こうに、確かに大きなプールが存在しているのを目にした美実は無言で固まり、美樹は満面の笑顔で駆け寄った。
「うわー! ぷーる! どぼーん!」
「きゃあ! 美樹ちゃん、危ない!?」
「凄いわ、美樹ちゃん。お転婆さんね」
一声叫ぶなり、ご丁寧に目の前に設置してあった小さい階段を駆け上がり、高さが一メートルはある壁を飛び越えてその向こうに迷わず飛び込んだ美樹を見て、美実は肝を冷やしたが、桜は如何にも楽しそうにころころと笑った。
(うん……、これは確かにプールだわ。だけど自宅に、これだけのボールプールを設置しちゃうって……。加積さんって、やっぱりただ者じゃないみたい)
積み重なったプラスチック製のボールの深さが、見た感じ五・六十センチはありそうな、八畳二間ぶち抜きで設置されている長方形のボールプールを見て、美実は一瞬、気が遠くなりかけた。
「みーちゃん! みーちゃんも、どぼーん!」
「う、うん……、わ~い。入らせて、貰っちゃおう、かな~?」
「さくちゃんも!」
「はいはい、よっ、と」
「あのっ、桜さん!?」
美実が引き攣った顔と棒読み口調で言葉を返しているうちに、桜が着物の裾をからげながら、さっさと階段を上って勢い良くボールプールに飛び込んでしまった。そしてかなり年齢差がある女二人が、美実の目の前で自由に泳ぎ始める。
「ざぶーん! くろーる!」
「それじゃあ、こっちは背泳ぎしちゃうわよ? そうれっ!」
(ちょっと待って!? 美子姉さん程着慣れていないから、正確なところは分からないけど、何か如何にも高そうな着物がしわくちゃに!! 皆さん、黙って見てて良いんですか? 誰か止めないの!?)
恐る恐る階段を上ってからプールに足を入れた美実が、狼狽しながら周囲を見回したが、室内に控えていた何人かの使用人は、縋る様な彼女の視線から不自然に目を逸らした。それで色々諦めた美実は、プール内でゴロンと転がり、それから暫く浮遊感を疑似体験する事に専念したのだった。
「うふふ、久しぶりに良い汗かいちゃったわ。ああいうのもたまには良いわねぇ」
「うん! おもしろーい!」
(何か疲れた……。全然動いてないけど、色々非日常過ぎて、精神的に疲れたと言うか何と言うか)
そして昼時になってから全員で別の座敷に移動し、加積とも合流して昼食を食べ始めた。
全力でボールを跳ね上げながら泳いでいた二人とは対照的に、美実はボールの上に転がってボケっと天井を眺めていただけだったが、疲れた様に小さく溜め息を吐き、その様子を座卓の向こう側から眺めた加積が、苦笑いしながら声をかけてくる。
「美実さん、今日はお疲れ様。妊婦なのに、大丈夫だったかな?」
「はい、実際に泳いだ訳ではありませんし、ボールの上で寝ていただけですから」
「そうか。まあ、気分転換になったなら良かったが」
「はい……、十分に非日常的な体験ができました」
「物は言いようだな。さすがは作家さんだ」
そう言って穏やかに笑いつつ、茶碗を持ち上げた加積を見て、美実はこの間すっかり忘れていた、美樹と一緒にここに来た目的を思い出した。
(危ない危ない。予想外の事で度肝を抜かれて、うっかり忘れて帰る所だったわ。加積さん達のご機嫌も特に悪く無さそうだし、話を切り出すチャンスかも)
そして世間話をしながら様子を窺い、食事も滞りなく終わったところで密かに気合を入れた美実は、徐に話を切り出した。
「その……、私事の上、勝手な事を申し上げる事になって、誠に申し訳ないのですが、実は加積さんと桜さんに、お話ししなければならない事がございまして……」
妙にへりくだった口調で言い出した美実に、この屋敷の主夫婦は揃って首を傾げた。
「ほう? 何の事かな?」
「そんなに恐縮しなくっても良いのよ? どうかしたの?」
「その……、この前こちらに最初にお電話した時に、小野塚さんとのお見合いの話をお世話して下さったのが、加積さんご夫妻だと伺ったものですから」
そこまで言われてピンとこない二人では無く、口々に笑いを堪える口調で言い出した。
「そこまで恐縮する事は無いぞ? 美実さん」
「そうよ。単に和真に魅力が無かったってだけの話なんだから」
それを聞いた美実は、慌てて両手を振って否定した。
「いえいえ、滅相もありません! 小野塚さんは、私には勿体ない位の人ですから!」
「それならもう少し詳しく、和真との話を断る理由を聞かせて貰えるかな?」
そうにこやかに加積に尋ねられた美実は、神妙に話し出した。
「はい。あの……、今更な話なんですが、お腹の子供の父親とよりを戻したと言えば、一番近いと言いますか……」
「あら、そうなの? それじゃあ、その人と結婚するわけね?」
「いえ、当面は入籍とかは……。でもお互いに納得できる形で、一緒に生活していこうと思っていますので。あの、本当にお手数おかけして、申し訳ありませんでした!」
「みーちゃん?」
そう言って深々と頭を下げた美実を、美樹は不思議そうに眺め、加積と桜は苦笑しながら宥めた。
「そうか。それなら元の鞘に収まったという事で、結構な事じゃないか」
「そんなに畏まらなくて良いのよ? 元々美実さんに和真を紹介したのは美子さんから話を聞いて、お腹の子供の為にも父親役が必要だろうと、年寄りが気を回しただけなんだから。よりを戻したなら、それに越した事は無いもの」
「そう言って頂けると、恐縮です」
思わず顔を上げた美実と目を合わせた桜は、ここで穏やかに微笑んだ。
「本当に、私達や和真の事は気にしないで。確かに残念だけど、和真にはちゃんと別な女性を紹介するから、心配しないでね?」
「ありがとうございます」
そして再度頭を下げた美実は、心の底から安堵した。
(やっぱりちょっと変わってるけど、夫婦揃って良い人達だわ。ちゃんと筋を通して良かった)
そこで安心したのも束の間、美実にとって予想外の出来事が起こった。
既に美子から連絡を受けていた桜は、玄関で二人を笑顔で招き入れた。それに美樹と美実も笑顔で挨拶を返す。
「さくちゃん! こんにちはです!」
「お邪魔します」
「さあ、二人とも上がって頂戴。約束のプールを準備しておきましたからね」
「うん! ぷーる、ぷーる!」
喜び勇んで上がり込んだ美樹の後に続いて、美実も靴を脱いで廊下を進んだが、内心では首を傾げていた。
(それにしても『プールを準備』って、どういう事かしら? 美子姉さんに聞くのをすっかり忘れてたけど、温水プールとかに行くわけではなさそうよね。水着も準備していなかったし。さすがにここにプールはなさそうだし)
しかし楽しそうに話しながら前を歩く美樹と桜に、今更尋ねる気も起きず、すぐに分かるかと黙って後に付いて行った。
「ほら、美樹ちゃん。どうぞ? 約束のプールよ?」
「…………は?」
その直後、桜がスラリと引き開けた襖の向こうに、確かに大きなプールが存在しているのを目にした美実は無言で固まり、美樹は満面の笑顔で駆け寄った。
「うわー! ぷーる! どぼーん!」
「きゃあ! 美樹ちゃん、危ない!?」
「凄いわ、美樹ちゃん。お転婆さんね」
一声叫ぶなり、ご丁寧に目の前に設置してあった小さい階段を駆け上がり、高さが一メートルはある壁を飛び越えてその向こうに迷わず飛び込んだ美樹を見て、美実は肝を冷やしたが、桜は如何にも楽しそうにころころと笑った。
(うん……、これは確かにプールだわ。だけど自宅に、これだけのボールプールを設置しちゃうって……。加積さんって、やっぱりただ者じゃないみたい)
積み重なったプラスチック製のボールの深さが、見た感じ五・六十センチはありそうな、八畳二間ぶち抜きで設置されている長方形のボールプールを見て、美実は一瞬、気が遠くなりかけた。
「みーちゃん! みーちゃんも、どぼーん!」
「う、うん……、わ~い。入らせて、貰っちゃおう、かな~?」
「さくちゃんも!」
「はいはい、よっ、と」
「あのっ、桜さん!?」
美実が引き攣った顔と棒読み口調で言葉を返しているうちに、桜が着物の裾をからげながら、さっさと階段を上って勢い良くボールプールに飛び込んでしまった。そしてかなり年齢差がある女二人が、美実の目の前で自由に泳ぎ始める。
「ざぶーん! くろーる!」
「それじゃあ、こっちは背泳ぎしちゃうわよ? そうれっ!」
(ちょっと待って!? 美子姉さん程着慣れていないから、正確なところは分からないけど、何か如何にも高そうな着物がしわくちゃに!! 皆さん、黙って見てて良いんですか? 誰か止めないの!?)
恐る恐る階段を上ってからプールに足を入れた美実が、狼狽しながら周囲を見回したが、室内に控えていた何人かの使用人は、縋る様な彼女の視線から不自然に目を逸らした。それで色々諦めた美実は、プール内でゴロンと転がり、それから暫く浮遊感を疑似体験する事に専念したのだった。
「うふふ、久しぶりに良い汗かいちゃったわ。ああいうのもたまには良いわねぇ」
「うん! おもしろーい!」
(何か疲れた……。全然動いてないけど、色々非日常過ぎて、精神的に疲れたと言うか何と言うか)
そして昼時になってから全員で別の座敷に移動し、加積とも合流して昼食を食べ始めた。
全力でボールを跳ね上げながら泳いでいた二人とは対照的に、美実はボールの上に転がってボケっと天井を眺めていただけだったが、疲れた様に小さく溜め息を吐き、その様子を座卓の向こう側から眺めた加積が、苦笑いしながら声をかけてくる。
「美実さん、今日はお疲れ様。妊婦なのに、大丈夫だったかな?」
「はい、実際に泳いだ訳ではありませんし、ボールの上で寝ていただけですから」
「そうか。まあ、気分転換になったなら良かったが」
「はい……、十分に非日常的な体験ができました」
「物は言いようだな。さすがは作家さんだ」
そう言って穏やかに笑いつつ、茶碗を持ち上げた加積を見て、美実はこの間すっかり忘れていた、美樹と一緒にここに来た目的を思い出した。
(危ない危ない。予想外の事で度肝を抜かれて、うっかり忘れて帰る所だったわ。加積さん達のご機嫌も特に悪く無さそうだし、話を切り出すチャンスかも)
そして世間話をしながら様子を窺い、食事も滞りなく終わったところで密かに気合を入れた美実は、徐に話を切り出した。
「その……、私事の上、勝手な事を申し上げる事になって、誠に申し訳ないのですが、実は加積さんと桜さんに、お話ししなければならない事がございまして……」
妙にへりくだった口調で言い出した美実に、この屋敷の主夫婦は揃って首を傾げた。
「ほう? 何の事かな?」
「そんなに恐縮しなくっても良いのよ? どうかしたの?」
「その……、この前こちらに最初にお電話した時に、小野塚さんとのお見合いの話をお世話して下さったのが、加積さんご夫妻だと伺ったものですから」
そこまで言われてピンとこない二人では無く、口々に笑いを堪える口調で言い出した。
「そこまで恐縮する事は無いぞ? 美実さん」
「そうよ。単に和真に魅力が無かったってだけの話なんだから」
それを聞いた美実は、慌てて両手を振って否定した。
「いえいえ、滅相もありません! 小野塚さんは、私には勿体ない位の人ですから!」
「それならもう少し詳しく、和真との話を断る理由を聞かせて貰えるかな?」
そうにこやかに加積に尋ねられた美実は、神妙に話し出した。
「はい。あの……、今更な話なんですが、お腹の子供の父親とよりを戻したと言えば、一番近いと言いますか……」
「あら、そうなの? それじゃあ、その人と結婚するわけね?」
「いえ、当面は入籍とかは……。でもお互いに納得できる形で、一緒に生活していこうと思っていますので。あの、本当にお手数おかけして、申し訳ありませんでした!」
「みーちゃん?」
そう言って深々と頭を下げた美実を、美樹は不思議そうに眺め、加積と桜は苦笑しながら宥めた。
「そうか。それなら元の鞘に収まったという事で、結構な事じゃないか」
「そんなに畏まらなくて良いのよ? 元々美実さんに和真を紹介したのは美子さんから話を聞いて、お腹の子供の為にも父親役が必要だろうと、年寄りが気を回しただけなんだから。よりを戻したなら、それに越した事は無いもの」
「そう言って頂けると、恐縮です」
思わず顔を上げた美実と目を合わせた桜は、ここで穏やかに微笑んだ。
「本当に、私達や和真の事は気にしないで。確かに残念だけど、和真にはちゃんと別な女性を紹介するから、心配しないでね?」
「ありがとうございます」
そして再度頭を下げた美実は、心の底から安堵した。
(やっぱりちょっと変わってるけど、夫婦揃って良い人達だわ。ちゃんと筋を通して良かった)
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