猪娘の躍動人生~一年目は猪突猛進

篠原皐月

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七月

2.七年前の真相

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「城崎君、上がるならまだそんなに遅くないから、一緒に飲んで行かないか?」
「村上さん?」
 区切りの良い所で残業を切り上げ、(今日は久々に早く帰れるな)と一息ついた所で、常には無い誘いの言葉がかかった事に城崎が戸惑っていると、横から清瀬も面白そうに口を挟んできた。

「お、良いねえ。偶には俺も城崎君と、色々語り合いたい事があるんだが。高須君もどうだい?」
「あ、俺はフリーですから。いつでもOKです。でもまた彼女ができたら係長と飲む機会も少なくなるから、是非今日はご一緒したいですね。係長も四月に総務部の仲原さんと別れたって聞いてますから、シングル男二人で慰め合いましょう!」
「……分かりました。お付き合いします」
 嬉々として手を挙げた高須に城崎は、(ここで断っても後々面倒そうだ)と苦笑いし、大人しく付き合う事にした。
 そして四人で美幸の歓迎会を催した居酒屋に移動し、座敷席でビールで乾杯してから、城崎が冷静に問い掛けた。

「それで? 今日はどうしてこの面子で、飲む事になったんですか?」
「おや? 私は純粋に、君と飲みたいと思っただけなんだが?」
「そうですか?」
 営業スマイルを顔に貼り付けながらも、眼光鋭く見つめてくる城崎に、村上は早々に白旗を上げた。

「全く、一筋縄ではいかない男だな。課長に頼まれたんだよ」
「課長が何を?」
「『最近城崎さんが何か悩んでるみたいで。だけど尋ねても否定するし、女性で上司の私相手では言いにくい事かもしれないから、村上さんと清瀬さんでさり気なく聞き出して、同性の年長者の立場で、相談に乗ってあげて貰えませんか?』ってな」
 不思議そうに問い質した城崎だったが、理由を聞いて溜め息を吐きつつうなだれた。

「参ったな……。誤魔化したつもりだったのに、不審に思われていたか。さすが課長」
「で? 悩み事って何なんですか?課長に言いにくいって事は、まさか課長に惚れてるとかじゃあ!?」
「そんな期待に満ちた目で俺を見るな、高須。見当違いだ」
「そうですか……。二十代代表として相談に乗ろうかと思ってたので、残念です」
「全く」
 途端に目を輝かせてにじり寄って来た高須を一蹴して苦笑いすると、清瀬が穏やかに問い掛けてきた。

「それでは、本当のところはどうなんだ? 何も悩み事が無いと言う訳では無いんだろう?」
「私達も何となく、城崎君がこの所少し余裕が無い様に感じていたからな」
 年長者二人に口々に告げられ、城崎はある事について隠し通す事を諦めた。そして一瞬どこからどう話せば良いか迷ってから、ゆっくりと口を開く。

「実は、課長に提出された藤宮さんの企画案の事なんですが。あれは全部この一月強の間に、俺と一緒に出掛けた先で彼女が考えついた物なんです」
 そう言われた三人は、揃って怪訝な顔をした。

「はあ? 一緒に出掛けたって……」
「この間毎週、企画案を提出してたよな? 彼女」
「って事は、係長! ほとんど毎週、藤宮とデートしてたんですか!?」
 驚いて身を乗り出し長らく尋ねた高須に、城崎はどこか暗い表情になって否定した。

「いや、本人はデートだと思っていないから。費用もしっかりワリカンだし」
「すまん、もう少し分かり易く、事情を説明して貰えないかな?」
 村上が無意識に眉をしかめながらそう促すと、城崎は深々と溜め息を吐いてから、この間の事情を語り出した。

「それが……、一番最初に彼女を誘った時、『どうして係長と一緒に出掛けないといけないんですか?』と軽くスルーされそうになったので、つい『企画案を練る為にも、従来には無い視点で遊興費に関する事を見直してみないか』という類の言葉で丸め込んで、連れて行ったので」
 そこまで語って黙り込んだ城崎に、清瀬が慎重に確認を入れた。

「だからワリカンだと?」
「はい。『係長に連れて行って貰ってるお陰で次々アイデアが出てくるんですから、私が全額出すのが筋です!』と彼女が主張して、押し問答した挙げ句の妥協案です」
「……城崎君」
「気持ちは分からないでも無いが」
「係長、賭けても良いです。それ絶対、藤宮はデートだなんて思ってませんよ?」
「…………」
 高須が容赦なく指摘した内容に、城崎は無言で俯いた。常に堂々とした立ち居振る舞いの城崎からは想像もつかないその姿を見て、流石に申し訳無く思った高須が、慰める様に話を続ける。

「係長が、四月に仲原さんと別れた理由が漸く分かりました。配属された途端、藤宮に一目惚れなんて意外ですよね。でもその時あっさりスルーされかけたってのも、まだ藤宮が仕事を覚える事だけに意識を集中していて、恋愛云々に向ける意識が希薄だっただけ」
「違うんだ……」
「は?」
「違うって、何がだい?」
 唐突に台詞を遮られた高須は勿論、村上も怪訝な顔で問いかけると、ここで城崎が重々しく言い出す。

「実は俺……、彼女とは、七年前に一度顔を合わせているんです」
「え?」
「本当かい?」
「七年前? あれ? ひょっとして、まさか……」
 脳裏をよぎった内容に、高須が顔を引き攣らせつつ城崎に確認を入れると、城崎は小さく頷いて予想に違わぬ答えを返した。

「ああ。課長が彼女の前で盗撮犯をぶちのめした時、俺もその場に居たんだ。当時同じ部署の先輩だった課長と一緒に、得意先回りをしていた時の出来事でな」
「えっと、あの、でも、藤宮の話に、係長は出て来てませんが?」
「……課長以外、目に入っていなかったんだろう」
「…………」
 当惑しながら指摘してみた高須だったが、城崎にどこか遠い目をされながら分析され、その場に重苦しい沈黙が漂った。そんな中城崎が、状況説明を再開する。

「あの時……、彼女の『盗撮犯を捕まえて!』の声を聞いた課長が、『城崎さん、駅員を呼んできて!』と叫んだので、つい反射的に呼びに行って連れて戻ったら、課長が犯人を叩きのめした後で。近くの店舗から貰った紐で、犯人を縛り上げて駅員に引き渡したのは俺で、一応彼女には挨拶はしましたし、課長と一緒にその場を離れたんですが……。課長に比べると、俺は存在感がゼロに等しかったんですね」
 そこまで話し、あらぬ方を見てフッとやさぐれた様に溜め息を吐いた城崎を見て、高須が焦って口を開いた。

「か、係長っ! 係長は百九十近くあるガタイも、凄みのある顔立ちも、存在感ばっちりですよ? この場合、藤宮の目が節穴通り越して抜け穴洞穴だっただけですから、気にしたら駄目ですっ!」
「高須君……、フォローになっていないぞ」
「それで、配属時に一目惚れじゃないとするなら、その時に一目惚れしたという事なのかな?」
 年長者二人が疲れた様に口を開くと、城崎は真顔で頷いた。

「ええ。当時、凄く可愛かったんです。サラサラのストレートヘアを二つに分けて束ねたのを前に垂らして、ちょっと大きめのセーラー服や、白いソックスが清楚な彼女のイメージにピッタリで……。つい最近まで中学生だった様な雰囲気を醸し出してる如何にも子供っぽい子に、れっきとした社会人の俺が惚れ込むなんて……。俺はひょっとしたら危ない性癖の持ち主なのかと、それから半年程、一人で悶々と悩みました」
「…………」
 そこで当時の懊悩を思い出したのか、城崎が深々と溜め息を吐き出し、年長者二人は思わず黙り込んだ。するとまたしても狼狽気味に、高須が声をかける。

「だっ、大丈夫ですよ係長! 本当に変態だったら微塵も悩んだりしませんって! 係長はノーマルだって自信持って良いですよ。社内で口説いてた彼女も、大人系美人ばっかりでしたし! 俺が保証します!!」
「高須君……」
「確かにそうだろうが」
 高須の叫びに益々疲労感を覚えた村上と清瀬だったが、城崎の独白っぽい話は続いた。

「それで……、単に欲求不満で可愛い子によろめいただけかと思って、それから彼女とはタイプの違う女性ばかりと付き合ってきてみたんですが。春に彼女と偶然再会して、単に若い可愛い子が好きだった訳では無くて、彼女だったから好きになったんだと再確認して、理彩と別れたんです」
 そこまで話を聞いた高須が、首を捻って疑問を呈した。

「でも係長? 何でその事を周囲にも、藤宮本人にも秘密にしてるんですか? 『実は七年前に一目惚れしてて、今でも好きなんだ』と言えば良いんじゃ無いですか?」
「言ったら言ったで『そうだったんですか? 全然気が付かなくて、記憶にも無くて申し訳ありませんでした。だけど私、課長一筋ですからお付き合いなんかできません』と、一刀両断されそうな気がして、踏み込めなくて」
「…………」
(間違い無く言うな、彼女)
(城崎君、不憫過ぎる……)
(係長……、藤宮より仲原さんの方が、絶対良い女なのに)
 冷静に状況判断をしてみせた城崎のみならず、他の三人も揃って項垂れてしまったが、城崎はここまで話したら下手に隠すつもりも無いらしく、ここ最近の心情を吐露した。

「それで……、課長が並みの男以上に仕事が出来るのも、人間的にも上司としても魅力的な人間である事は認めますが。恋のライバルが女性上司っていうのはどうなのかなと、最近ちょっと考えまして」
「いや、それは」
「藤宮君のは、多分に憧れの延長上だから」
「それに、俺が彼女を好きな事を課長が知ったら、彼女に纏わり付かれている課長が、俺に対して変な罪悪感みたいな物を感じてしまいそうで。現に、七年前に俺がその場に居たのを課長は分かってますから、『藤宮さんには私の事だけ記憶にあるみたいで、城崎さんに何となく申し訳無くて』と、再会直後にこっそり謝られましたし」
 そこで再び溜め息を吐いた城崎を見て互いの顔を見合わせた三人は、どこか確信めいた表情で告げた。

「なるほど。だから職場内で気まずい思いをしない為にも、再会した事自体を、課長に頼んで口止めしたって事かな?」
「更に一目惚れ云々も、課長には秘密にしたって訳ですか?」
「その隠し事が微妙に態度に出て、課長に不審に思われたって事だろうか?」
「おそらくは……」
 そこで話が途切れたが、村上が冷静に城崎に問い掛けた。

「それで? 今後の方針としては、どうするつもりなのかな?」
 それに一瞬迷う素振りを見せてから、城崎は淡々と自分の考えを告げた。

「当面、彼女に以前会っている事や一目惚れ云々については、伏せておいて下さい。スルーされない程度にまで親しくなってから、折を見て改めて口説こうと思っていますので」
 その真剣な表情を見て、村上も真顔で頷く。

「分かった。それでは今の一連の話は、ここだけの話にしておこう。課長にも適当に誤魔化しておくから」
「ありがとうございます」
「係長、取り敢えず、真っ当なデートをしないと駄目ですよ?」
「ああ、分かっている」
 素直に頷いた城崎を見て、高須は(年下の自分がこんな忠告をする羽目になるなんて)と思いつつ、(社内でも綺麗どころと付き合ってきた実績があるのに、彼女相手では勝手が違うんだろうな)と、心の底から上司に同情した。
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