猪娘の躍動人生~一年目は猪突猛進

篠原皐月

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十一月

12.納得

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 その日、真澄を筆頭とする企画推進部の面々は、昼休み同様終業後も真澄の電撃入籍について聞き出そうとする他部署の者達に纏わり付かれたが、各自振り切って早々に職場を後にした。そんな中、ほぼ一日考え込んでいた美幸は、城崎を捕まえて一緒に食事に繰り出した。

「それで?」
「それで、って?」
 落ち着いた雰囲気の和食の店に入り、注文を済ませてから改めて美幸が切り出すと、城崎が困った様に尋ね返す。その顔を軽く睨み付けながら、美幸が確信している口調で再度問い掛けた。

「係長、絶対何か知っていますよね? 課長の結婚について、何か裏がある様な気がするのは、私の気のせいでしょうか?」
 言い逃れは許さないといった感じの鋭い視線に、城崎は早々に白旗を上げた。

「その……、結婚自体には裏は無いが、これまでの経過に裏は有る」
「やっぱり……」
 苦々しげに呟いた美幸に、城崎は宥める様に付け加える。

「そうは言っても、悪い意味じゃない。取り敢えずどこまで口外して良いか判断が付かないから、ここだけの話にしておいて貰いたいんだが」
「勿論です」
 真顔で頷いた美幸に、城崎は覚悟を決めて口を開いた。

「実は、課長の下で係長に就任した時から、業務の情報を課長が結婚した人に流していたんだ」
「はぁ!? ちょっと係長、何やってたんですか!」
 流石に声を荒げた美幸だったが、城崎は落ち着き払って宥める。

「とは言っても、それに関して有益な情報を返して貰ったり、商談先を紹介して貰ったりと、これまで色々便宜を図って貰ってたんだ。だからその人が課長に好意を持っていたのは、前々から何となく分かっていたし」
 そこまで聞いた美幸は、少しの間難しい顔で考え込んでから、再度城崎に視線を合わせて問いかけた。

「それ……、課長は知っていたんですか?」
「いや。その人に黙っていろと言われたもので、俺からは何も言わなかった」
「じゃあ養子縁組したっていうのも、改姓して課長が仕事上煩わしくならない様に、相手が気を配った結果ですか?」
「そこまでは何とも……。あの人が柏木産業の外部取締役だったのも、今日初めて知ったし。社長との絡みで、何か色々あったのかもしれないが」
 そうして再度考え込んでから、美幸は慎重に確認を入れてきた。

「じゃあ、その人は課長が働く事に関して、制限を加えたりするタイプの人じゃないんでしょうか?」
 その質問に、城崎はちょっと驚いた様な表情を見せてから、冷静に言って聞かせた。

「その類の心配はしなくて良いと思うぞ? 結婚したら家に入れというタイプの人間なら、陰からサポートなんかしない筈だし。あの人は昔から家事は完璧だった上、作家だから比較的自由に動ける人だからな」
「……それなら良いんですけど」
 ちょっと拗ねた様に美幸が口にした所で注文の料理が運ばれて来た為、取り敢えず二人はそれに箸を付けて食べ始めた。しかしすぐに城崎が笑いを含んだ声で問いかける。

「だけど、藤宮さんが今日あれこれ課長に聞いてたのは、課長の結婚自体が気に食わなくて怒ってたわけじゃなくて、結婚した事で課長の仕事に影響が出るかもしれないっていう懸念からだったか」
「当然ですよ! 何か課長って色恋沙汰の気配なんか微塵も感じさせなかったから、すっかり油断していました。男の人は単に家族が増えるってだけかもしれませんけど、女性の場合色々大変なんですよ。仕事を辞めたり配置転換になったり、出産するとなったら産休育休だって問題になってくるんですからね!」
 語気強く言い切った美幸に、城崎はここでしみじみとした口調で応じた。

「……やっぱり男女間で捉え方が違うな」
「何がです?」
「俺は今日、課長が入籍した話を聞いて、取り敢えずめでたいとしか思わなかったから」
「私だって、おめでたいとは思いましたよ!」
「悪い。祝ってないとは思ってないから」
 完全に腹を立てた風情の美幸を城崎が慌てて宥めると、美幸は溜め息を吐いて話を続けた。

「私が課長に憧れてるのって、助けて貰った時の印象が強かったのは勿論なんですが、あの後調べてみたら、課長が社長令嬢なのにバリバリ仕事をしてたって事もあるんです」
「と言うと?」
「以前、お話ししたかと思いますが、私が末っ子で父が唯一名前を付けた事もあって、父に可愛がられていたんです。良く言われていたんですよ『大きくなったらうちの会社に入って、お父さんを助けてくれ』って。それなのに中三の時に一番上の姉が結婚した秀明義兄さんが経済産業省を辞めて入社したら、お義兄さんを褒めちぎって頼りにして、私に会社に入れとは全く言わなくなったんです。あ、勿論お義兄さんは仕事はできるし、家族への気配りを欠かさない、凄く良い人なんですが」
「そう思えるなら、幸せだろうな」
「え? 今何か仰いましたか?」
「……いや、別に」
 突然ボソッと口を挟んだ城崎に、美幸は不思議そうに尋ねたが、城崎は視線を逸らしながら何でもない事を告げた。それを受けて美幸が話を続ける。

「お義兄さんが実質的なうちの会社の後継者として現れるまでは、漠然と考えていたんです。私が父の跡取りだって。それが単なる考え違いって分かって、これからどういう人間になれば良いのかなって少し悩んでいた時期に課長と出会って、課長を物凄く羨ましく思ったんです。親がトップの会社に入って、人並み以上に仕事をしてるのが凄いなって。親に期待されてて羨ましいなって。……あの人の下だったら、本当になりたい自分も見えてくるんじゃないかって思ったんです。入社してみたら現実は結構厳しかったですが」
「社内抗争はあるわ、足の引っ張り合いはあるわ、縄張り争いがあるわで幻滅したか?」
 静かに語った美幸が最後に皮肉っぽく小さく肩を竦めたのを見て、城崎が笑いながら尋ねると、美幸は不敵に笑った。

「課長がそんな事を物ともせずにやってきたのが分かって、改めて尊敬しただけですよ。そして今回は、課長が仕事をする上でのリスクと考えないで、あっさりと結婚してしまった事と、そんな理解のある都合の良い相手を捕まえた事に感心しました。流石にちょっと動揺して日中散々問い詰めてしまいましたが、課長にはこれからもずっと今まで通り働き続けて貰いたいので、良かったんじゃないでしょうか」
 神妙にそんな結論を美幸が導き出すと、城崎は安堵した様に頷いた。

「俺もそう思う。取り敢えずこの結婚は、課長の仕事上の不利益にはならない筈だ」
「だけど、ちょっと羨ましいですね。そういう自分の都合に合った結婚相手を見つけちゃうのって。流石課長って感じです」
 美幸がそんな事をしみじみと言い出した為、城崎が思わず箸を止め、再び意外そうな顔で見やった。

「藤宮さんは、そういう都合の良い相手を探す気はあるのか?」
「私、まだ入社して一年経ってないんですよ? 仕事を覚える方が先でしょう」
 真顔でそんな事を言われて、城崎は噴き出したいのを懸命に堪えた。

「……実に真っ当な意見だな」
「馬鹿にしてます?」
「してるわけないだろう」
 軽く睨んできた美幸に弁解しながら、城崎は(確かに、この年で結婚云々を考えるのは早いだろうな……)などと自身との年齢差を思わず考えた。しかしそんな事は面に出す事無く、笑顔でビールが入ったグラスを持ち上げる。

「じゃあ藤宮さんが納得してくれた所で、課長の結婚を祝して乾杯」
 そう言ってグラスを美幸に向かって差し出すと、美幸も笑顔でウーロン茶が入ったグラスを持ち上げ、それに静かに合わせる。

「乾杯。近いうちに課内か部内で祝賀会を開きましょうね?」
「そうだな。その時の幹事は、藤宮さんにやって貰おうか」
「当然です。私以外の誰がするって言うんですか」
 そう言って幹事役を譲る気など皆無だと言わんばかりに胸を張った美幸を見て、城崎は如何にも楽しげに笑った。
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