藤宮美樹最凶伝説

篠原皐月

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美樹四歳、己の限界を知る

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 急遽、美野が実家に戻ってから三日後。秀明は午後に職場を抜け出して桜査警公社に出向き、社長室の応接セットに座って、和真から報告を受けた。

「社長。こちらが、先日ご依頼のあった件に関する報告書です。どうぞご覧下さい」
「ああ、確認させて貰う」
 そして向かい側に座る和真から、それなりの厚さがあるファイルを受け取った秀明は、かなり早いペースで無言で目を通していった。和真に加えて、その隣で公社を預かっている金田も彼の反応を観察していたが、少しして最後まで目を通した秀明が、心底感心した呟きを漏らす。

「これは凄い……。俺は今の今まで、桜査警公社の調査能力を侮っていたな。まさかこの三日で、ここまで調べ尽くすとは……」
 それを聞いた金田は無言のまま微妙に表情を変えたが、その横で和真が、いつも以上に人当たりの良い笑顔で答える。

「恐れ入ります。珍しい社長からの直々のご依頼、しかも可能な限り早急にとの指示がある案件ですので、手の空いている者は勿論、余裕がある者は一時現状の仕事を止めさせて、全員そちらの調査に投入しました。その為、今回の請求費用は、通常の調査を行った場合の五割増しの金額になっておりますので、ご了承下さい」
 そう言われた秀明は、ファイルとは別にテーブルに置かれた請求書の金額を見て即答した。

「五割増しどころか、この短期間でこの内容なら、指定された金額の倍額でも足りない位だ。一両日中に所定の口座に、この倍額を振り込む。今回は本当に助かった」
「ありがとうございます」
 笑顔で恭しく頭を下げた部下に、金田が口を閉ざしたまま呆れ気味の視線を送っていると、和真はさり気ない口調で秀明に問いかけた。

「それで社長、今後はどうなさるおつもりですか? その男を排除するなら、改めてこちらで必要な人員を手配しますが」
 その申し出を聞いた秀明が、ファイルを持参した鞄にしまい込みながら、断りを入れる。

「いや。個人的な事で、これ以上、ここの人員を動かすつもりは無い。奴を葬る準備は、この三日で抜かりなく進めておいたから、この情報で完璧に計画を進められる」
「参考までにお伺いしますが、どのような方向性をお考えですか?」
 ここで、相手に隠す必要など認めなかった秀明は、淡々とその計画の内容を語って聞かせた。

「社内に関しては、義父と相談して、以前から経理部の穀潰し社員と名高い奴と組んで横領していた証拠をでっち上げて、いつでも二人纏めて解雇する準備を整えた」
「証拠をでっち上げ……。普通だったらできない上に、無関係の人間を巻き込む気満々の鬼畜な事を、さらっと仰いますね」
 半ば呆れながら和真が感想を述べたが、秀明は別に気を悪くする事も無く、淡々と話を続けた。
「そしてあの屑を誘惑して、自宅のベッドに引きずり込む女も手配済みだ。そこに義妹が踏み込んで浮気が露呈した上、逆上した彼女が奴に油をかけて火をつけるふりをして、パソコンを炎上させる手筈になっている」
 そこまで聞いた和真は、はっきりと懐疑的な表情になった。

「随分過激なシナリオですが……。それを素人の義妹さんが、実行できますか?」
「引っ張り込む浮気相手の女は、俺の大学時代の後輩だ。抜かりなく酔わせるなり薬を盛るなりして、奴の判断力と動作を鈍らせておくし、万が一の場合でも彼女にパソコンの内蔵データを、確実に破壊して貰う。ついでに家捜しして、出て来たデータの押収も頼んだ」
 その時点で和真は完全に呆れ果てたが、質問を続けた。

「本当にえげつないですね。するとそれと同時に、写真を投稿していたサイトのサーバーを、落とす手筈にもなっていますか?」
「ああ、全て同時にやらないと意味がないが、幸い後輩に、その方面にすこぶる情熱を燃やす奴がいてな。二つ返事で引き受けてくれた。念の為、奴の実家のパソコンにもウイルスを流す徹底ぶりだ。職場のパソコンはさすがに困ったが、どうするのかは不明だが、旭日食品のホストコンピューターには影響を出さないと確約してくれたので、了承した」
「『類は友を呼ぶ』と言うのは本当ですね。それではもし万が一、上手くいかなかった時には、いつでもご連絡下さい。是非、稼がせて頂きたいので」
「それは大丈夫だと思うがな。それでは失礼する」
「はい、お気をつけて」
 それ以上無駄な話はせずに立ち上がった秀明を、金田と和真は恭しく一礼して見送った。そして彼の姿が視界から完全に消えた途端、金田が和真に呆れ果てたと言った表情で告げる。

「随分、白々しい物言いをしていたな。美樹様から話を持ち掛けられてから、三ヶ月かけて入念に調べた結果を、いかにも三日で調べたなどと」
「副社長、人聞きが悪いです。社長が勘違いしただけで、私は一度も『三日で調べ上げた』などとは言っていませんよ? 優先的に調査させたのは本当ですし」
「その善人面が、本気で恐ろしいな。平然と五割増しの金額を請求するとは」
 平然と反論してきた部下に、金田は思わず溜め息を吐いた。その時内線の呼び出し音が鳴り響いた為、金田は受話器を取り上げて応答し、和真は一礼してその場を立ち去ろうとする。

「金田だが、どうした? え?」
 そこで怪訝な声を上げた金田は背後を振り返り、今まさに部屋を出て行こうとしていた和真を呼び止めた。

「小野塚君、待ちたまえ。美樹様から君に、外線が入っているそうだ。四番を取ってくれ」
「……分かりました」
 一瞬、もの凄く嫌そうな顔になった和真だったが、大人しく金田の指示に従って受話器を受け取り、外線に繋いだ。

「もしもし。小野塚ですが、どうかしましたか?」
「あのね? かねださんに、ぱぱがきたらおしえてって、たのんだの。ぱぱ、きたよね?」
「……ええ。いらっしゃいましたね」
 チラッと金田に視線を向けながら和真が応じると、美樹が淡々と尋ねてくる。

「あのちょうさけっか、わたした?」
「ええ。それが仕事ですから」
「おかね、いくらもらった?」
「通常料金の五割増しの金額を請求しましたら、社長は気前良く、その倍額を支払って下さいました」
「ふぅん?」
 そこで一度黙った美樹は、電話越しにぶつぶつと呟きながら計算を始めた。

「ごわりまし、で、ばい……。ええと、そうなると……、いってんご、かけるには……。さん、だから……、さんひくいち、……に、だね。うん。ふつうのりょうきんの、にばい、よけいにもらってる。かずま、ぼろもうけ。ぜんにんのかおで、とことんあくどいね」
「……小数点のかけ算ができる四歳児って、気味が悪いですね」
 しみじみとした口調で断言されて、和真は憮然となった。すると美樹が、真面目に言い聞かせてくる。

「かずま。もうけたぶん、ふところにいれて、だめだよ? てしたにちゃんと、かんげん、ぶんぱい」
「当たり前です。何を言ってるんですか」
「それじゃあ、ぱぱ、おまけたくさんあげたから、よしきのりょうきんとさーびす、いらないよね。パパにないしょだし」
「はい、結構です」
 どうやら本題がそれだったらしいと推測した和真は、苦笑いしながら了承した。そんな彼の推理は外れていなかったらしく、美樹があっさりと話を終わらせる。

「はなし、おわり。それじゃあね!」
「失礼します」
 そして和真が静かに受話器を戻すと、金田がさり気なく尋ねてきた。

「美樹様は何の用だった?」
「父親が支払うので、自分が調査費用を払う必要は無いだろうと、確認の電話をしてきました。社長には内緒にしてくれるそうです」
「そういう事か。やはりしっかりしておられるな。本当に近い将来、ここを美樹様にお任せできそうだ」
 感慨深げに頷く金田に一礼して、和真は自分の職場に戻るべく、廊下を歩き出した。しかし先程金田が呟いた内容を思い返し、無意識に足を止める。

(“あれ”が将来、ここのトップで俺の上役……)
 その可能性を考えた和真は、心底うんざりして溜め息を吐いた。

(ここに入って以来、初めて転職したくなった)
 そんな風に、社内でも人使いの荒さと傍若無人さで恐れられている和真を、人知れずうんざりさせると言う偉業を成し遂げた美樹は、借りていた電話の子機を加積に返しながら、礼を述べた。

「かづみさん。でんわ、ありがとう」
「おわったか?」
「うん。かずまったらね? ぱぱから、けろっとたいきんまきあげて、するっととぼけて、よしきからも、だいきんとるつもりだった。しゅせんどだね」
 和真にしてみれば、決してそんなつもりは無かったのだが、積極的に料金は要らないと申し出なかった為、美樹の中では加積に吹き込まれた通りなのだと、勝手に思い込む事になった。そんな彼女の感想を聞いて、加積が少々面白そうに尋ねる。

「美樹ちゃんは、守銭奴は嫌いかな?」
「とりそこねる、おまぬけさんよりいい。さすが、よしきのげぼく」
「そうか。それは良かった」
 真顔で頷く彼女を見て、加積は何とか笑いを堪えた。そんな彼の前で、美樹がしみじみとした口調で言い出す。
「でも……、よしき、まだまだだね。かづみさんにいわれるまで、かずま、にじゅうせいきゅうするの、きがつかなかった。とんだあまちゃん。しっぱい、しっぱい」
 そう言って、掌で自分の額を軽くペシペシ叩いた美樹を見て、加積はとうとう我慢できずに吹き出してしまった。

「そっ、そうかっ……。しかし美樹ちゃん。天狗になるよりは良いぞ? この失態をバネに、より抜け目のない人間に成長すれば良いだけの話だからな。美樹ちゃんは四歳だから、まだまだ伸びる。俺が保証するぞ?」
「うん、がんばる」
 美樹が力強く頷いてところで、縁側から元気な声で呼びかけられた。

「よしきちゃん、おにわ、あそぼう?」
「おあぶーん!」
「いまいく! じゃあかづみさん、またあとでね!」
 そして笑顔で加積に断りを入れた美樹は、まだ十分明るい外に向かって駆け出し、脱ぎ捨てていた靴を履いて庭で遊び始めた。
 子供達が元気に遊んでいる、庭の様子を加積と共に眺めながら、笠原が苦笑気味に声をかける。

「藤宮様のお宅は、もう暫くゴタゴタしそうですね」
「子供達の面倒をみる期間が、もう少し延びるか?」
「おそらくは。ですが最近お屋敷内が賑やかで、これまでにない位、華やいでおります」
「そうだな」
 そんな会話を交わした加積達は、賑やかな庭の方を眺めやって、満足そうに頷き合った。
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