藤宮美樹最凶伝説

篠原皐月

文字の大きさ
24 / 57

美樹十一歳、適材適所を黙考する

しおりを挟む
「う~ん、やっぱりこれ、問題と言えば、問題かなぁ……」
 日曜に、自分の机で唸り声をあげながら何かを見ていた姉に、背後から美久と美那が声をかけた。
「姉さん。らしくなく、何を考え込んでるわけ?」
「ねぇね、あそぼ!」
 その声に美樹は瞬時に気持ちを切り替え、笑顔で椅子ごと振り返る。

「うん、そうね。皆で遊ぼうか。美那、せっかくだから、今日は新しい遊びを教えてあげる」
「うん! あたらしいの!」
「新しい遊びって……、何をするわけ?」
「大人の遊びよ。あんたにもやってもらうわよ?」
「はぁ?」
 おかしそうに笑った美樹に美久は当惑したが、それから姉の説明を聞いて、本気で頭を抱える羽目になった。
 藤宮家でそんな事があってから、約二か月後。
 その日は何故か午前中から美樹が桜査警公社に現れ、自分の机に陣取っていた。

「おい、美樹……」
「何?」
「どうして今日は、朝からここにいるんだ?」
「今日は開校記念日で、学校が休みなのよ。夕方まで特に何も用事は無いわ」
「ここに丸一日居る気かよ……」
 隣の席にいる彼女に、和真はうんざりとした視線を向けたが、その手元のかなり分量がある書類を目にして、思わず尋ねた。 

「それはともかく、ここに来るなり、何を見ているんだ?」
「ここの最新の財務諸表よ」
「はぁ?」
 意表を衝かれた和真が戸惑った声を上げると、美樹が少々不満げな視線を向けながら説明してくる。

「知らないの? 貸借対照表と損益計算書とキャッシュフロー計算書の事よ。公にもなっている、経営指標じゃない」
「それ位は知っているが、どうしてそれを見ているのかと聞いているんだ。ここの経営状態に不満でもあるのか?」
「いいえ、無いわ。公社設立以来、ずっと黒字経営だしね。本当に奇跡的よ」
「それならどうしてだ」
「相変わらず黒字だけど……。相変わらずなのよねぇ……」
「何だそれは。全然意味が分からんぞ」
 独り言の様にどこか不満げに呟いた美樹に、少々いらつきながら和真が悪態を吐く。しかしそれを聞いていないかのように、美樹は自分自身に言い聞かせながら、資料を閉じて勢い良く立ち上がった。

「やっぱりここは一つ、景気付けにどでかい花火……、違うわね。爆竹の束でも投げ込むか……。うん、そうしよう。決~めたっと。幸い仕込みはバッチリだしね!」
 そんな些か物騒な事を呟いたと思ったら、スタスタとどこかへ向かって歩き出した彼女の背中に向かって、和真は焦って問いかけた。

「おい、お前景気付けって、どこに何を!」
「取り敢えず、金田さんに相談してくるわ」
「だからちょっと待て! お前、社内で何をやらかす気だ!」
 しかし美樹は前を向いたまま片手を軽く振って歩き去り、それを見送った和真は「もう俺は知らんぞ」と頭を抱え、周囲の者達は何事かと密かに戦慄していた。

「金田さん、ちょっと相談があるんだけど」
 軽くノックをしただけで副社長室に押し入った美樹を、その部屋の主である金田は、机に座ったまま平然と出迎えた。

「はい、美樹様。何でしょうか?」
「ちょっと一億ほど使わせてくれない? 一年以内に、きっちり倍にして返すわ」
 その唐突な申し出に、傍らに居た彼の秘書は無言のまま目を見開いたが、金田は面白そうに笑いながら応じる。

「それはそれは……、また随分大きく出られましたね」
「大金を借りるわけだし、一応詳しい説明をしておきたいんだけど、今は時間があるかしら?」
「お伺いしましょう」
 即座に手元の仕事を中断した金田は話を聞く態勢になり、それから少しの間、二人の間で密談がかわされた。

 それから更に半月ほど経過したある日、信用調査部門に美久と美那が連れ立ってやって来た。
「こんにちは!」
「お邪魔します」
「おう、来たな、美那」
 いつも通り、上二人の訓練中美那を預かろうとして、和真は美樹の不在を不審に思った。

「ところで美久、美樹はどうした?」
「ちょっと野暮用。訓練開始時間までには、武道場に行くよ」
「うん、わるだくみちゅー!」
「……そうか。最近美那の語彙が、顔を会わせる度に劇的に増えているが、姉と兄からろくでもない言葉しか教わっていない気がするぞ」
 兄に続いて、元気に笑顔で答えた美那を見て、和真は深い溜め息を吐いたが、ここで美久が周囲を見渡しながら問いを発した。

「そんな事より、峰岸さんって誰の事?」
「はっ、はい! 何でございましょうか!?」
 そこで反射的に立ち上がった峰岸に向かって、美久がこの場の誰もが予想し得なかった事を言い出した。

「ちょっとやって欲しい事があるんだけど。美那の代わりに、株取引をして欲しいんだよね。姉さんの手下だし、名義貸し位は何でも無いだろう?」
「は、はいぃ?」
「ほら、さっさと取引講座作る。ネットで申し込み可能なんだから。因みにあんた名義の通帳も、もう作っておいたからな。この通帳がそうで、カードはこれ、インターネットバンキングのワンタイムパスワードはこれで、中に資金も入金してあるから」
「……え?」
 自分の机までさっさと移動し、その上に背負ってきたリュックから次々と出した物を乗せていく美久を見て、峰岸は完全に固まった。

「おい、美久。お前いきなり、何を言い出す?」
「その資金で、美那が丸を付けた会社の株を買って欲しいんだけど」
「え? ええと……、新聞の株式欄?」
 和真の問いかけを完全に無視しながら、美久がリュックから最後に取り出した新聞紙を差し出す。それを受け取って広げてみた峰岸はまだ困惑していたが、その足下で美那が声を上げた。

「てしたさん、すわる!」
「え? あ、こうですか?」
「うん。えっとね……、これひとつ、これふたつ、これひとつ、それから」
「あの、美那様? 『ひとつ』と言うのは一株と言う意味ですか? そういう売り方はしていない所が殆どですが」
 素直に膝を曲げてしゃがみ込んだ自分の手元を、美那が指さしながら何事かを言い始めた為、峰岸は怪訝な顔で反論したが、それを美久が遮った。

「あ、違う違う。美那が言っている単位は一千万だから、『ひとつ』は一千万の事。一千万で買えるだけ、その銘柄の株を買うって事だよ。通帳には一億入れてあるから」
「はいぃぃぃ!?」
 その事実に、峰岸は元より周囲の人間も度肝を抜かれる中、美久が冷静に指摘する。

「それよりも、美那の言う事、ちゃんと聞いておかなくて良いの? 購入金額は、新聞に書き込んで無いんだけど」
「あ、は、はい! 美那様、申し訳ございません! もう一度お願いします!」
「うん、いいよ? これひとつ、これふたつ、これひとつ、これみっつ、これふたつ、おわり!」
「じゃあ早速購入手続きして。それから僕達が連絡したら、すぐに売却して。これから購入と売却の連絡、こまめに入れるからね」
「いえ、その……、あのですね」
 さくさくと話を終わらせた兄妹に、峰岸が数字を書き込みながらもしどろもどろになっていると、彼が広げている新聞紙を横から覗き込んだ和真が、眉根を寄せて言い出した。

「……おい、ちょっと待て。ここの『信楽薬』って『信楽製薬』の事だよな? 確かあそこは近年収益が悪化して、近々大手に吸収合併される噂が無かったか? そうなると株価が吸収先と1対1での等価になるわけが無いし、下手すれば売り抜けようとする輩のせいで株価が下落する可能性があるぞ? それに『高錬工』の『高梨精錬工業』は、鉱石輸入先でトラブルが起きているのを耳にした気がするし、『明石フ』の『明石フードサービス』は最近クレームが多くて、その背景を週刊誌がすっぱ抜いていた筈だが?」
「へえ? そんな噂があるんだ。知らなかったな」
「しがらきせーやく?」
 しかしそれを聞いても美久は素っ気なく応じ、美那は不思議そうに首を傾げただけなのを見て、和真は盛大に顔を引き攣らせた。

「おい……。まさかお前ら、どんな会社かも知らないのに、株を買うつもりじゃないだろうな?」
「知るわけ無いだろ? 僕は株取引なんて全然興味ないし。美那は漢字はまだ読めないし」
「ひらがなかたかな、だいじょーぶ!」
「あのな……」
 当然の如く言い返した美久と自信満々で告げた美那を見て、和真は額を押さえながら溜め息を吐いたが、そんな周囲を丸無視して、美久が一枚の文書を峰岸に押し付ける。

「とにかく、業務命令だから。言われた通りにさくさくやってよ。ほら、金田さんからの通達文書。業者への手数料とは別に、一回売買するごとにあんたに手数料として一万支払うよ」
「本当だ……」
「じゃあ美那の事、宜しく。僕は武道場に行くから」
 そして居合わせた者達が茫然としている間に、美久はさっさと武道場に向かい、残された美那は笑顔で和真を見上げた。

「かずにぃ、あそぼ?」
「それは構わないが……、美樹は一体、どこで何をしてるんだ?」
「えっとね、ここの、おんみつちょーさ!」
 にこにこと告げて来た美那を見下ろした和真は、再度深い溜め息を吐いた。

「ここは一応、隠密調査のプロの巣窟なんだがな……。あいつ本当に、このところ何をやってるんだか」
 その自問自答の答えは、約一か月後に判明する事となった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...