藤宮美樹最凶伝説

篠原皐月

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美樹十五歳、運命の一日

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 その日藤宮邸では、子供連れで娘達が勢揃いし、昌典の七十歳の誕生日を祝う会が盛大に華やかに催されていた。

「じゃあ皆、いくよ? せーのっ!」
「おじいちゃん、お誕生日、おめでとー!」
「じーちゃ? どーじょっ!」
 孫達の中で最年長の美樹が号令をかけると、孫達が一斉に笑顔で声を上げる。続いて昨年美野が産んだ最年少の萌が、よちよち歩きで近寄りミニブーケを差し出すと、昌典は完全に笑み崩れた。

「おう、萌、ありがとう。皆も全員揃って祝いに来てくれて、嬉しいぞ」
 長女夫婦に加え、次女以下娘四人、孫十一人に囲まれた昌典は、もう上機嫌である。娘達が相談して、夫である婿達を連れて来なかった事も、彼の機嫌の良さに拍車をかけていた。

「じゃあ今から、お祖父ちゃんの古稀を祝って、皆で出し物をします。最初は美昌と遙ちゃんと萌ちゃんの歌とお遊戯を披露します。タイトルは《両手に花》です。安曇、ミュージックスタート! 皆、拍手!」
「オッケー! 三人ともいくよ?」
「はーい!」
 美樹と安曇の声掛けに、ちびっ子達は昌典の正面の空いているスペースで横一列になって元気良く返事をし、音楽に合わせて歌って踊り始めた。その光景を眺めてほっこりしながら、昌典とその両側に座っている秀明と美子が会話をかわす。

「三人とも凄く上手じゃないか。それに歌と伴奏もオリジナルか?」
「ええ、作詞作曲演奏が安曇ちゃんよ」
「それは凄いな。それに息がピッタリじゃないか」
「そんなに合同練習はできなかったけど、各家で随分練習していたみたいだしね」
「衣装もお揃いとは、恐れ入った」
「それは美野が整えてくれたの」
「美野は相変わらず、手先が起用だな」
 満足げに三人が笑っていたが、妹達は微妙な顔付きだった。
 
「うん、可愛いわよ? 可愛いんだけど……」
「両手に花って……」
「歌詞が……、なんか如何にも遊び人風……」
「男女逆転したら、何股もかける悪女だよね。安曇ちゃん、この年で末恐ろしいわ……」
 年長者程純粋に楽しめなかった彼女達だったが、拍手のうちにそれは終了し、次の出し物に移った。

「次は組体操に移ります。安積、淳志君、美久、猛君、淳実ちゃん、宜しくね?」
「は~い」
「おっまかせ~!」
 屋内であり、高く飛んだり組み上がったりするような物はなかったものの、素人目にはかなりアクロバティックな技を、目の前で次々と繰り出された面々は、半ば呆れ半ば感心した。

「これは凄いな」
「皆、なかなか運動神経が良さそうですね。しっかり身体も作っているみたいですし」
「家の中で組体操って……」
「あの子達、いつ、どこで、あんな練習を……」
 それからはスーパークラブやディアボロを使ったジャグリングや、影絵を使っての朗読劇など続き、昌典達を驚かせつつ楽しませながら、余興は順調に進んでいった。

「さてそれでは、私達の出し物も全て終わりましたので、和やかな歓談の時間に移る前に、重大発表に移りたいと思います」
 笑顔で昌典達の正面に立ち、美樹がそんな宣言をした為、全く予想していなかった昌典と秀明は、揃って困惑した顔を向けた。

「重大発表?」
「何だ? 美樹」
「…………」
 今から彼女が口にする事を既に知っていた美子と、彼女の弟妹、従弟妹達が揃って無言を貫く中、美樹が明るく声を上げた。

「私、来年十六歳になったら結婚します! だから二年以内に曾孫を抱かせてあげるから、お祖父ちゃん、楽しみにしててねっ!」
「…………は?」
「………………」
 ウインク付きのその宣言に、男二人は完全に思考が停止した。そんな彼らの心情になど一切構わず、美樹が明るく話を続ける。

「因みに、結婚相手は小野塚和真だから。近いうちに家に挨拶に来るから、対応宜しくっ!」
「……あ、え? け、結婚って、はぁ!? 相手……、え、えぇえぇえ!?」
 そこで狼狽の極みに達したらしい昌典が、限界まで目を見開いて声を裏返らせたが、ここで横から美子が冷静に宥めた。

「お父さん、落ち着いて頂戴。今のは幻聴でも美樹の冗談でも無いわ。美樹の結婚相手は、以前美実との見合い話が持ち上がった、あの小野塚和真さんで間違いないから」
「よ、美子っ、おまっ」
「美子!! 何をふざけた事をほざいてる!! まさかそんな事を、本気で認めているのか!?」
 昌典を挟んだ位置で、秀明が盛大に座卓を叩きつつ憤怒の声を上げたが、美子は溜め息を吐いてから、そんな夫に言い聞かせた。

「……率先して認めた記憶は無いけど、七年以上かけても美樹を翻意させられなかったから、もう仕方が無いじゃない」
「正気か!? 小野塚と美樹は、どれだけ年が離れていると思っている!?」
「ちょうど三十歳違いね。だからあなたにとっては二歳年下の婿ができて、私にとっては一歳年上の婿が出来る事になるわ。……そういう訳だから、あなた達には来年、年上の義理の甥ができるの。頭の片隅に入れておいて頂戴」
 後半は妹達に顔を向け、美子は冷静に事情を説明したが、寝耳に水でとんでもない内容を聞かされた彼女達は、揃って顔を引き攣らせた。

「姉さん……、頭の片隅って無理……」
「年上の甥? 想定外過ぎる……。『事実は小説より奇なり』って、本当なのね」
「……はい? え、えぇえ!? 小野塚さんってあの小野塚さんだから小野塚さんなのよね!?」
「七年前って……、犯罪じゃないの?」
 そこでぼそりと美幸が口にした内容に、美子がすぐさま反応した。

「あ、一応小野塚さんの名誉の為に言っておくけど、迫ったのは美樹の方よ? おかげでそれから小野塚さんは、婚活にちょっかいを出されて悉く失敗するわ、職場中にロリコン売約済み情報を流されるわで、すっかり婚期を逃しちゃって。本当にお気の毒……。だから美樹に、責任を取らせる事にしたから」
「…………」
 ここで殆どの者は口を閉ざし、未だににこにこ笑顔を振り撒いている美樹に視線を向けたが、秀明だけは完全に切れて怒声を上げた。

「ふざけるな!! 断じて俺は認めんぞ!! 小野塚の野郎、ぶっ殺してやる!!」
「おい、秀明。気持ちは分かるが、少し落ち着け」
「お義兄さん、冷静に話し合いを!」
 本気の殺気を発し始めた秀明を、昌典と義妹達は顔色を変えながら宥めようとしたが、ここで彼を嘲笑う声が聞こえた。 

「あぁ? 何寝言ほざいてんだ、老いぼれ野郎。てめぇの許可なんか要るかよ。私が結婚するって言ってるんだし、和真はとっくの昔に諦めてるし、お母さんには許可を貰ってるし、何の不都合があるってんだ」
「……何だと?」
 室内の全員がその声の主に視線を向けると、美樹は立ったまま腕組みして不敵な笑みを浮かべつつ、秀明を見下ろしていた。それを見た彼女の叔母達が、そのあり得ない光景に凍り付く。

「ひっ……」
「よよよ美樹ちゃんっ!?」
「美樹ちゃんが豹変した……」
「……女の子の成長って、本当に早いよね」
「そんな事を呑気に言ってる場合!? それに成長じゃなくて、人格が変わってるわ!!」
 殆ど放心状態で美幸が呟き、そんな妹を美野が叱り付ける。しかしここで美子が、やんわりと訂正を入れた。

「美野、別に人格は変わっていないわよ? 元々こんな性格だったけど、これまでは対外的な事もあって猫を被っていただけだから」
「美子姉さん……、身も蓋も無いわ」
 それを聞いた美実ががっくりと項垂れる中、美樹がせせら笑った。

「一応、遺伝子を貰った親だし? これまではそっちの顔を立てておとなしくしてあげてたけど、いい加減潮時でしょ。桜査警公社の事は、私と和真で引き受けるし、心置きなく引退しなさいよ。『老いては子に従え』って名言よね」
 そこで秀明が目の前の娘に冷え切った目を向け、悪態を吐きながらゆっくりと立ち上がる。

「そうか……。知らなかったが、俺の娘はいつの間にか、随分とデカい口を叩く小生意気なガキに育っていたらしい。これは一度、徹底的な躾直しが必要だな」
「はっ、まさかやる気? そんな痛めつけられたいなんてね。自分の父親がマゾだったとは、今の今まで知らなかったわ」
「小野塚は、後で改めてぶちのめしてやる。まずはお前だ!! 親を親とも思わない、その腐った性根を入れ替えてやる!!」
「望む所よ! 後で泣きを見ても知らないからね!!」
 二人がそう叫んで油断なく構えた所で、美子から鋭く制止の声がかかった。

「あなた、美樹。ちょっと待って頂戴」
「何だ、美子! 止めるな!」
「止めても無駄よ!」
「止めないわ。室内で暴れて襖や障子を壊されたらたまらないから、やり合うなら庭でやって頂戴」
 すこぶる冷静にそんな事を言われながら、手で追い払われた二人は、揃って小さく舌打ちしてから歩き出した。

「……行くぞ」
「分かってるわよ」
 そして険悪な空気を醸し出しつつも、美子の指示通り二人が襖の向こうに姿を消してから、美恵が盛大に非難の声を上げた。

「姉さん!! 襖や障子の心配をしている場合!?」
「だってあの二人だったら、攻撃をかわしたり受ける事は出来るけど、襖や障子は自分で逃げる事なんか出来ないもの」
「美子姉さんの価値観って、時々本当に分からないわね……。美樹ちゃんが怪我しても良いの?」
 今度は心配そうに美実が尋ねたが、美子の落ち着き払った態度は変わらなかった。

「この場合、心配しないといけないのは、秀明さんの方だけど」
「え? どうして? だってお義兄さんは、かなり腕が立つでしょう?」
「確かに若い頃は小早川さんと組んで、随分やんちゃな事をしていたかもしれないけど、もう四十代後半だし。対する美樹は、もう八年以上本格的な武道訓練を受けているもの。十中八九、美樹が勝つんじゃないかしら?」
「……冗談?」
「美実叔母さん、本当だから。僕も一緒に、訓練を受けてるし。あの姉さんが、勝算の無い闘いなんかするわけ無いじゃない」
「…………」
 美久が口を挟んできた為、妹達は無言で困惑しきった顔を見合わせた。するとある事を思い出した美野が、恐る恐る問いを発する。

「あの……、美子姉さん? さっき美樹ちゃんが『桜査警公社の事は引き受ける』云々と言っていたけど、そこは確か小野塚さんの勤務先よね? だけどそこを引き受けるって、どういう事?」
「あなた達には話していなかったけど、実は秀明さんは旭日食品に勤務しながら、そこの社長を兼任しているの」
「はい!?」
「社長って、どうして!?」
「そんな兼業って、できるの?」
 そこら辺の一連の事情を知っていた美実は黙ってやり取りを見守ったが、他の三人は顔色を変えた。しかし、淡々とした美子の説明が続く。

「殆ど名前だけだったしね。だから美樹はこの際、名実共に社長の座を分捕るつもりでしょう。まあ、秀明さんは公社社長の座には全くこだわりは無い筈だから、それは別に構わないんだけど」
「構わないんだけどって……」
「仮にも、れっきとした組織のトップの筈なのに」
「でも美樹ちゃんはまだ未成年だし、社長として登録は無理よね?」
「それはそうよ。だから名前はこれまで通り秀明さんの名前を使って、実権を握る事になるわね」
 美子がそう話を締めくくると、妹達の顔色が更に悪くなった。

「それって、ある意味クーデター……」
「親を排除しての、下剋上……」
「それが現実になった場合、お義兄さんの身体的精神的ダメージは……」
「こわっ!! 私だったら耐えられないかも! やっぱり止めに行った方が良くない!?」
 周囲を見回しながら、思わず腰を浮かせた美幸に、姉達も動揺しながら席を立とうとする。

「そ、そうね。やっぱり心配だし」
「お義兄さんと美樹ちゃん、どちらも怪我をする事前提みたいだから、これはやっぱり周りの人間が止めないと」
「あ、叔母さん達、待って。まだ報告は残ってるから」
 そこですかさず美久から制止された為、彼女達は反射的に再び腰を下ろした。

「え? 美久君?」
「残ってるって、何の報告?」
 揃って怪訝な顔を向けた叔母と、この間驚愕のあまり放心状態に陥っていた祖父に向かって、美久は先程の姉のそれ以上に良い笑顔で、厳かに宣言した。

「僕、将来は倉田家に婿養子に入って、日本の政界を掌握するから。そこのところ宜しく」
「……はい?」
 あまりにも爽やか過ぎる、日本を牛耳る宣言に、広い座敷内に再び沈黙が満ちた。

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