47 / 57
美樹十八歳、世知辛い戦い
しおりを挟む
「それでは試合開始の宣言を、会長にお願いします。藤宮会長、どうぞ」
そこで茂野の背後に控えていた美子は、促されて前に出てマイクを受け取り、一礼してから試合開始を宣言した。
「その……、皆様、ご苦労様です。明日以降のお仕事に差し支えない程度に、頑張ってください。……それでは、試合開始!」
その宣言と共に、菅沼は予め仲間の女性社員と打ち合わせていた通り、近くにいた新人の男性社員に襲いかかった。
「よっしゃあー! 田野崎、覚悟!」
「うわっ! ちょっと待ってください、菅原先輩! 岸田先輩も何なんですか!?」
半ばパニック状態で攻撃を防ぎながら訴えた後輩に、彼女達は微塵も容赦なく前後左右から攻撃を繰り出す。
「悪いわね!」
「こういう場合、強いのから潰すのがセオリーよ!」
「ぐはっ! ちょっと!」
「しかも若くて」
「経験も浅い!」
「……げはっ!」
「ストップ! 田野崎、脱落!」
みぞおちにまともに拳がめり込んだ田野崎は、身体を丸めて畳に転がった。それを見た審判のひとりがな慌てて駆け寄り、続行不能を宣言する。
「よし! 危ないからそれ、運び出しておいて!」
「次は狩野、お前だ!」
「逃げるな!」
「ひいぃぃっ! 勘弁してください!」
体力が有り余り、勤務年数が浅くて咄嗟に連携を取れなくて孤立しそうな若手の男性社員を、彼女達は狙い撃ちにしながら、着々と畳に沈めていった。その様子を眺めていた桜が、感心したような声を出す。
「女の人達が、本当にいきいきしているわねぇ」
「女性社員も働きやすい職場作りを、常々心がけていますから」
「やっぱり美樹がトップだと、下の人達の意識も変わるわねぇ」
「私が敢えて色々言わなくても、そうみたいですね」
(いや、それ、明らかに違うから)
護衛達は心の中で盛大に突っ込みを入れたが、桜達の会話に水を差すような真似はしなかった。
「ぐほぉっ……」
「よし! これで三人!」
美久は試合開始直後から誰とも組まず、同様に一人でいる社員達を各個撃破していったが、三人目を戦闘不能にしたところで、聞き覚えの有りすぎる声がかけられた。
「おう、頑張ってるな、美久」
「一人だけの奴を狙って、確実にしとめていく辺り、さすがだな」
「……寺田さん、清野さん、ご苦労様です。俺一人に、二人がかりで来てくれるわけですか。光栄ですね」
ゆっくり油断無く振り返りながら、公社の武道場で稽古をつけてくれている師匠達に対して軽く皮肉で返すと、男二人は渋面になった。
「嫌みを言うな」
「俺達だって、好き好んで二人がかりでやるわけじゃないぞ」
「そうですよね……。空気を、と言うより殺気を感じる事のできる人間が、好き好んであのバミューダトライアングルに侵攻しようとは思いませんよね……」
父親達の方を横目で見ながら、美久が達観したように告げると、二人は苦笑の表情になった。
「バミューダトライアングルとは、言い得て妙だな」
「しかしお前も、難儀な事だな。社員でも無いのに」
「『高校生になったばかりなのに、175cmもあって生意気よ。大人並の体格をしてるんだから、大人並みに働きなさい』と姉さんに難癖を付けられまして。弟に見下ろされるのは、我慢ならないそうです。見下ろしてはいても、見下してはいないのですが」
「……本当に不憫な奴」
「だが、手加減無しでいくぞ!」
「望むところです!」
その宣言通り、2対1での激しい攻防戦が始まると、美久の奮闘ぶりを目にした桜が、感心した声を出した。
「美久君も、頑張っているわねぇ。あんな小さかった子があんなに戦えるようになったなんて、本当に感慨深いわ」
「あれ位できないと、政界を渡っていけませんから」
「そうね。やっぱり男の子には、試練が必要よね」
(今の台詞……。ある意味、男女差別だよな)
護衛達は密かにそう思ったが、間違っても口には出さなかった。
「ちょっと! 飯島先輩!」
「何であの三人を無視して、女ばかりのこっちに来るんですか!?」
「平塚さんも、第一線で低オッズの人が楽しようなんて!」
「恥ずかしく無いの!?」
試合が進むにつれて、当然残っている参加者が少なくなり、防犯警備部門でも一、ニを争う実力の持ち主である二人が、次に女性四人組と相対した。途端に非難の声を浴びせてきた彼女達に、二人がムキになって言い返す。
「そうは言うがな!」
「それならお前達、あの三人の中に割って入れるのか!?」
「……無理ですね」
「嫌です」
「だろう!? そういう訳だから、いくぞ!」
「ちいっ! もう少し粘れるかと思ったのに!」
「こうなりゃ、とことんやってやるわよ!」
そんな混戦模様を眺めながら、桜は首を傾げた。
「ねぇ、美樹。さっきから会場のど真ん中であの三人が睨み合ったまま動かないけど、他の人達は全然ちょっかいを出さないのよね。どうしてなのか分かる?」
その桜の素朴な疑問に、美樹が溜め息を吐いてから答える。
「皆、危険と隣り合わせの第一線で活躍している人達ばかりだから、生存本能に従っているのよ。『あの三人に迂闊に手を出したら拙い』って、戦わなくても分かっているのね」
「でも、あのままだったら勝負がつかなくなって、困るのじゃない?」
「大丈夫。こんな事になる予想は付いていたから、予め強制終了させる手段は考えてあるから」
「さすがは美樹ね。何を準備しているか、楽しみだわ」
落ち着き払って答えた美樹に、桜が満足そうに微笑んだが、それを耳にした警備担当者は気が気ではなかった。
(美樹様、何を考えてるんだ? 本当に何か、物騒な事じゃ無いよな!?)
しかし全く美樹の考えが読めないまま、様々な思惑を孕んだ乱闘が、中央に陣取っている三人抜きであちこちで繰り返され、事態は終幕に向かって進んでいった。
「ぐはっ……」
「そこまで! 飯島、続行不可能!」
「……っ、ふう。危なかった」
ちょっとした隙に、美久が繰り出した回し蹴りを脇腹に受けた飯島がうずくまり、慌てて審判の一人が声をかけ、飯島に手を貸して場外へと出る。そして連戦している美久が、相変わらず睨み合っている三人を横目で見ながら乱れた息を整えていると、茂野の場違いに明るい声が響き渡った。
「さあ、防犯警備部門飯島さんが倒れて、ここで残ったのが四人になった! さあ、勝利者は誰だ!?」
そんな無責任な煽り文句を耳にした美久は、心底うんざりしながら問題の三人を凝視した。
(本当に、あのバミューダトライアングルには近付きたくないが……。やらないと終わらないんだよな)
そして一つ溜め息を吐いてから、考えを巡らせる。
(姉さんに続いて俺まで父さんを叩きのめしたら、さすがに父さんを今度こそ再起不能に追い込みかねない。加積さんは一応義兄だし、消去法で、まず寺島さんを沈めるしかないよな?)
そう決心した美久は、気配を消しながら慎重に寺島の背後に移動し、素早い動きで彼の右膝裏を蹴り込んだ。
「すみません、寺島さん!!」
「黙れ、ガキ」
「ぐあっ!」
しかしその蹴りは、無表情の寺島が素早く振り返りつつ、右足を上げて踏みつけて防いだ。
「うあっ!」
そして畳に押さえつけられた体勢になった美久の足から右足を離すと同時に、側面に回り込んで彼の脇腹を手加減無しに蹴りつける。反射的に転がって威力を幾らか殺しつつ、体勢を立て直そうと片膝を立てて起き上がった美久だったが、すかさず正面から寺島の蹴りが入った。
「ぐぁっ!」
殆ど条件反射で美久が体幹部を腕でガードしたが、一声呻いたきりその場にうずくまった。それを見た杉本が蒼白になり、慌てて二人の間に割って入る。
「ス、ストップ! そこまで!」
その宣言を受けて、寺島は相変わらずつまらなさそうに美久に背を向けて、他の二人に向き直った。それを見送った杉本が、肝を冷やしながら美久に尋ねる。
「美久さん、大丈夫ですか!?」
「なんとか……、急所は庇ったけど、腕が折れたかも……。足は大丈夫ですが、歩くのは……」
呻きながらも美久は冷静に状況判断したが、杉本は血相を変えて叫んだ。
「担架! 早く搬送しろ!」
「はっ、はいっ!」
「急げ!」
慌ただしく人が行き来するのを、残っている三人は横目で見ながら、それぞれ考えを巡らせていた。
(お前が、何を考えたのかは分かるが……。まだまだ甘いぞ、美久)
(一応、気を遣ってくれたのは分かるんだがな。寺島なら勝てると思ったなら、軽率だったな)
(場数踏んでない、馬鹿餓鬼が。断りを入れて襲ってくる賊がいるわけ無いだろうが。鍛え直しだな)
そんな微動だにしない三人に向かってそそのかすように、茂野が声を張り上げる。
「さあ、残り三人! 奇しくも賭けでのオッズは、高倍率の方ばかり! この三人に賭けている人間は、ボロ儲けの大チャーンス!」
「…………」
それを聞いた三人は、全員がチラッと茂野に視線を向けたが、彼の余計なアナウンスは止まらなかった。
「因みに俺は、この三人に一万円ずつ賭けているので、誰が買ってもボロ儲け確実! もう誰でも良いんでちゃっちゃと勝って、俺を儲けさせてください! レディー、ファイッ!」
「…………」
あまりにも能天気すぎる台詞に、三人から紛れもない殺気が茂野に向けられたが、彼は変わらず満面の笑みを浮かべていた。それを見た観客達の方が、肝を冷やす。
「茂野主任、勇者だ……」
「それ以前に、変人だろ。普通アラフィフの三人に賭けるか?」
「でも、実際に残ってしまっているからな」
「他にあの三人に賭けた人間、居るのか?」
試合の行方を見守る社員達がぼそぼそと囁き合う中、試合会場の中央では、秀明が薄笑いを浮かべながら他の二人に声をかけた。
「お前達。さっきからピクリとも動かないで、どうした。かかって来ないのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。しかし、おとなしいじゃないか、寺島。お前は上司だからと手加減や躊躇するタイプでは無いと思ったが?」
和真も皮肉っぽく笑いながら寺島に矛先を向けると、彼も不敵に笑いながら応じる。
「勿論、幾ら上司だからと言って、そんな事をするつもりはありません。如何にこちらのダメージが少ない攻撃ができるかを、考えているだけです」
「物は言いようだな」
「お前も今では、扶養家族がいるしな」
そんなせせら笑いをしながら、油断無く他の二人の隙を狙っている三人を見て、美樹は呆れ気味に溜め息を吐いた。
「はぁ……、単なる睨み合いでつまらないわね。そろそろ、二人の出番かな? この均衡を崩して貰わないとね」
そう独り言を呟いた美樹は、近くに居た陸斗に歩み寄り、笑顔で声をかけた。
そこで茂野の背後に控えていた美子は、促されて前に出てマイクを受け取り、一礼してから試合開始を宣言した。
「その……、皆様、ご苦労様です。明日以降のお仕事に差し支えない程度に、頑張ってください。……それでは、試合開始!」
その宣言と共に、菅沼は予め仲間の女性社員と打ち合わせていた通り、近くにいた新人の男性社員に襲いかかった。
「よっしゃあー! 田野崎、覚悟!」
「うわっ! ちょっと待ってください、菅原先輩! 岸田先輩も何なんですか!?」
半ばパニック状態で攻撃を防ぎながら訴えた後輩に、彼女達は微塵も容赦なく前後左右から攻撃を繰り出す。
「悪いわね!」
「こういう場合、強いのから潰すのがセオリーよ!」
「ぐはっ! ちょっと!」
「しかも若くて」
「経験も浅い!」
「……げはっ!」
「ストップ! 田野崎、脱落!」
みぞおちにまともに拳がめり込んだ田野崎は、身体を丸めて畳に転がった。それを見た審判のひとりがな慌てて駆け寄り、続行不能を宣言する。
「よし! 危ないからそれ、運び出しておいて!」
「次は狩野、お前だ!」
「逃げるな!」
「ひいぃぃっ! 勘弁してください!」
体力が有り余り、勤務年数が浅くて咄嗟に連携を取れなくて孤立しそうな若手の男性社員を、彼女達は狙い撃ちにしながら、着々と畳に沈めていった。その様子を眺めていた桜が、感心したような声を出す。
「女の人達が、本当にいきいきしているわねぇ」
「女性社員も働きやすい職場作りを、常々心がけていますから」
「やっぱり美樹がトップだと、下の人達の意識も変わるわねぇ」
「私が敢えて色々言わなくても、そうみたいですね」
(いや、それ、明らかに違うから)
護衛達は心の中で盛大に突っ込みを入れたが、桜達の会話に水を差すような真似はしなかった。
「ぐほぉっ……」
「よし! これで三人!」
美久は試合開始直後から誰とも組まず、同様に一人でいる社員達を各個撃破していったが、三人目を戦闘不能にしたところで、聞き覚えの有りすぎる声がかけられた。
「おう、頑張ってるな、美久」
「一人だけの奴を狙って、確実にしとめていく辺り、さすがだな」
「……寺田さん、清野さん、ご苦労様です。俺一人に、二人がかりで来てくれるわけですか。光栄ですね」
ゆっくり油断無く振り返りながら、公社の武道場で稽古をつけてくれている師匠達に対して軽く皮肉で返すと、男二人は渋面になった。
「嫌みを言うな」
「俺達だって、好き好んで二人がかりでやるわけじゃないぞ」
「そうですよね……。空気を、と言うより殺気を感じる事のできる人間が、好き好んであのバミューダトライアングルに侵攻しようとは思いませんよね……」
父親達の方を横目で見ながら、美久が達観したように告げると、二人は苦笑の表情になった。
「バミューダトライアングルとは、言い得て妙だな」
「しかしお前も、難儀な事だな。社員でも無いのに」
「『高校生になったばかりなのに、175cmもあって生意気よ。大人並の体格をしてるんだから、大人並みに働きなさい』と姉さんに難癖を付けられまして。弟に見下ろされるのは、我慢ならないそうです。見下ろしてはいても、見下してはいないのですが」
「……本当に不憫な奴」
「だが、手加減無しでいくぞ!」
「望むところです!」
その宣言通り、2対1での激しい攻防戦が始まると、美久の奮闘ぶりを目にした桜が、感心した声を出した。
「美久君も、頑張っているわねぇ。あんな小さかった子があんなに戦えるようになったなんて、本当に感慨深いわ」
「あれ位できないと、政界を渡っていけませんから」
「そうね。やっぱり男の子には、試練が必要よね」
(今の台詞……。ある意味、男女差別だよな)
護衛達は密かにそう思ったが、間違っても口には出さなかった。
「ちょっと! 飯島先輩!」
「何であの三人を無視して、女ばかりのこっちに来るんですか!?」
「平塚さんも、第一線で低オッズの人が楽しようなんて!」
「恥ずかしく無いの!?」
試合が進むにつれて、当然残っている参加者が少なくなり、防犯警備部門でも一、ニを争う実力の持ち主である二人が、次に女性四人組と相対した。途端に非難の声を浴びせてきた彼女達に、二人がムキになって言い返す。
「そうは言うがな!」
「それならお前達、あの三人の中に割って入れるのか!?」
「……無理ですね」
「嫌です」
「だろう!? そういう訳だから、いくぞ!」
「ちいっ! もう少し粘れるかと思ったのに!」
「こうなりゃ、とことんやってやるわよ!」
そんな混戦模様を眺めながら、桜は首を傾げた。
「ねぇ、美樹。さっきから会場のど真ん中であの三人が睨み合ったまま動かないけど、他の人達は全然ちょっかいを出さないのよね。どうしてなのか分かる?」
その桜の素朴な疑問に、美樹が溜め息を吐いてから答える。
「皆、危険と隣り合わせの第一線で活躍している人達ばかりだから、生存本能に従っているのよ。『あの三人に迂闊に手を出したら拙い』って、戦わなくても分かっているのね」
「でも、あのままだったら勝負がつかなくなって、困るのじゃない?」
「大丈夫。こんな事になる予想は付いていたから、予め強制終了させる手段は考えてあるから」
「さすがは美樹ね。何を準備しているか、楽しみだわ」
落ち着き払って答えた美樹に、桜が満足そうに微笑んだが、それを耳にした警備担当者は気が気ではなかった。
(美樹様、何を考えてるんだ? 本当に何か、物騒な事じゃ無いよな!?)
しかし全く美樹の考えが読めないまま、様々な思惑を孕んだ乱闘が、中央に陣取っている三人抜きであちこちで繰り返され、事態は終幕に向かって進んでいった。
「ぐはっ……」
「そこまで! 飯島、続行不可能!」
「……っ、ふう。危なかった」
ちょっとした隙に、美久が繰り出した回し蹴りを脇腹に受けた飯島がうずくまり、慌てて審判の一人が声をかけ、飯島に手を貸して場外へと出る。そして連戦している美久が、相変わらず睨み合っている三人を横目で見ながら乱れた息を整えていると、茂野の場違いに明るい声が響き渡った。
「さあ、防犯警備部門飯島さんが倒れて、ここで残ったのが四人になった! さあ、勝利者は誰だ!?」
そんな無責任な煽り文句を耳にした美久は、心底うんざりしながら問題の三人を凝視した。
(本当に、あのバミューダトライアングルには近付きたくないが……。やらないと終わらないんだよな)
そして一つ溜め息を吐いてから、考えを巡らせる。
(姉さんに続いて俺まで父さんを叩きのめしたら、さすがに父さんを今度こそ再起不能に追い込みかねない。加積さんは一応義兄だし、消去法で、まず寺島さんを沈めるしかないよな?)
そう決心した美久は、気配を消しながら慎重に寺島の背後に移動し、素早い動きで彼の右膝裏を蹴り込んだ。
「すみません、寺島さん!!」
「黙れ、ガキ」
「ぐあっ!」
しかしその蹴りは、無表情の寺島が素早く振り返りつつ、右足を上げて踏みつけて防いだ。
「うあっ!」
そして畳に押さえつけられた体勢になった美久の足から右足を離すと同時に、側面に回り込んで彼の脇腹を手加減無しに蹴りつける。反射的に転がって威力を幾らか殺しつつ、体勢を立て直そうと片膝を立てて起き上がった美久だったが、すかさず正面から寺島の蹴りが入った。
「ぐぁっ!」
殆ど条件反射で美久が体幹部を腕でガードしたが、一声呻いたきりその場にうずくまった。それを見た杉本が蒼白になり、慌てて二人の間に割って入る。
「ス、ストップ! そこまで!」
その宣言を受けて、寺島は相変わらずつまらなさそうに美久に背を向けて、他の二人に向き直った。それを見送った杉本が、肝を冷やしながら美久に尋ねる。
「美久さん、大丈夫ですか!?」
「なんとか……、急所は庇ったけど、腕が折れたかも……。足は大丈夫ですが、歩くのは……」
呻きながらも美久は冷静に状況判断したが、杉本は血相を変えて叫んだ。
「担架! 早く搬送しろ!」
「はっ、はいっ!」
「急げ!」
慌ただしく人が行き来するのを、残っている三人は横目で見ながら、それぞれ考えを巡らせていた。
(お前が、何を考えたのかは分かるが……。まだまだ甘いぞ、美久)
(一応、気を遣ってくれたのは分かるんだがな。寺島なら勝てると思ったなら、軽率だったな)
(場数踏んでない、馬鹿餓鬼が。断りを入れて襲ってくる賊がいるわけ無いだろうが。鍛え直しだな)
そんな微動だにしない三人に向かってそそのかすように、茂野が声を張り上げる。
「さあ、残り三人! 奇しくも賭けでのオッズは、高倍率の方ばかり! この三人に賭けている人間は、ボロ儲けの大チャーンス!」
「…………」
それを聞いた三人は、全員がチラッと茂野に視線を向けたが、彼の余計なアナウンスは止まらなかった。
「因みに俺は、この三人に一万円ずつ賭けているので、誰が買ってもボロ儲け確実! もう誰でも良いんでちゃっちゃと勝って、俺を儲けさせてください! レディー、ファイッ!」
「…………」
あまりにも能天気すぎる台詞に、三人から紛れもない殺気が茂野に向けられたが、彼は変わらず満面の笑みを浮かべていた。それを見た観客達の方が、肝を冷やす。
「茂野主任、勇者だ……」
「それ以前に、変人だろ。普通アラフィフの三人に賭けるか?」
「でも、実際に残ってしまっているからな」
「他にあの三人に賭けた人間、居るのか?」
試合の行方を見守る社員達がぼそぼそと囁き合う中、試合会場の中央では、秀明が薄笑いを浮かべながら他の二人に声をかけた。
「お前達。さっきからピクリとも動かないで、どうした。かかって来ないのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。しかし、おとなしいじゃないか、寺島。お前は上司だからと手加減や躊躇するタイプでは無いと思ったが?」
和真も皮肉っぽく笑いながら寺島に矛先を向けると、彼も不敵に笑いながら応じる。
「勿論、幾ら上司だからと言って、そんな事をするつもりはありません。如何にこちらのダメージが少ない攻撃ができるかを、考えているだけです」
「物は言いようだな」
「お前も今では、扶養家族がいるしな」
そんなせせら笑いをしながら、油断無く他の二人の隙を狙っている三人を見て、美樹は呆れ気味に溜め息を吐いた。
「はぁ……、単なる睨み合いでつまらないわね。そろそろ、二人の出番かな? この均衡を崩して貰わないとね」
そう独り言を呟いた美樹は、近くに居た陸斗に歩み寄り、笑顔で声をかけた。
0
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる